トレセン学園分遣隊活動記録   作:山屋な司令官(改)

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どうにか前回から一か月ちょっとで投稿出来ました。今回もよろしくお付き合いください。


第8話 取材

「取材?」

 基地司令用の執務スペースで仕事をしていた小島は、遠藤からかけられた声に間の抜けたような口調で答えた。

「はい。なんでも、デビュー戦の時期が近いので有力なウマ娘についての特集記事を書きたいと自分のところに電話がかかってきまして」

「どこからですか」

「確か、月刊トゥインクルとか」

 月刊トゥインクル。競争ウマ娘についての専門雑誌で、その手の雑誌の中では一二を争うほどの発行部数を誇る有力誌だ。小島も本屋通いをする中で幾度となく見かけたことがある。そんな雑誌が何でうちに? 

 彼は目の前のディスプレイ、その一点を見つめながら軽く首を傾げた。そのような、小島が疑問を浮かべるとき特有の表情を見た遠藤は口を開いた。

「先日真田海将補がいらした際の、アグネスタキオンとマンハッタンカフェの並走の様子を、他のトレーナーから聞きつけたようです」

 あの時かよ。確かに、あの後でデータを見たらかなり良いタイムが出ていたが。しかし、取材か。マスコミにはいいイメージ無いんだよな。いや、ならいっその事-よし、こうしよう。彼は思考を脳内で巡らせると、しばしの間を置いて口を開いた。

「分かりました。取材を受けることにしましょう。但し、条件を付けて下さい」

「どのような」

「1つ目は後日取材原稿を確認させてもらう事。2つ目は自分や他のメンバーが話した内容は一言一句そのままに書く事。この2つを必ず守ってくれるのでしたら受けると返答してください」

「了解しました」

 遠藤は小島の表情や態度を見て彼が何かを考えている事を理解したが、その点について尋ねることはしなかった。与えられた任務を遂行するのが彼の仕事であり、上官の命令の結果として引き起こされるであろう出来事について考えることは彼の職分では無いからだ。

 

 そして取材当日、分屯基地に現れたのは女性記者だった。ハイヒールにグレーのスラックスを身に付け、上半身はブルーのシャツに白いジャケットを身にまとっている。女性としての魅力に溢れたメリハリのある体つき、腰のあたりまである長い髪と細い眉、そしてはっきりとした形状の目を持つ、どこかすましたような顔をしていた。肩からは焦茶色のカバンを下げている。

 まあ、美人の範疇には入るな。彼女を見た小島はそのような感想を覚えた。だが、それだけで彼は人を判断しない。第一印象だけで人を判断するとろくな目に遭わないというのを、彼は過去の経験からいやというほど理解していた。

 

 基地司令用の応接スペースで立ったまま2人は向き合う。先に口を開いたのは女性記者の方だった。

「初めまして。月刊トゥインクルの乙名史と申します」

「分屯基地司令並びに分遣隊隊長を務める小島隆史一等空尉です。この度はよろしくお願いします」

 挨拶を終えるとお互い、相手に一礼する。虚礼を嫌う小島であったが、基本的な礼儀作法についてはきちんと行う人間であった。その後2人は互いに向き合う形でソファに腰かけ、まず乙名史が口を開いた。

「今回の取材の流れですが、まずは基地内の撮影とトレーニングで使用している機材並びに分遣隊メンバーの紹介、その後はグラウンドに移動してアグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんの並走とダンスレッスンの取材、続けて残りの3人についての取材の後、最後は小島さんとの一対一でのインタビューと分遣隊のメンバー全員及び担当ウマ娘の集合写真の撮影、という流れになりますが-何か質問はありますか」

「特にありませんね」小島は答えた。「強いて言うなら、取材を了承するにあたって私が挙げた2つの条件を厳守して頂きたい、とだけ申し上げておきます。それを守って頂けるのでしたら、こちらから特に条件を付けることはしません」

「分かりました」

 そう言うと乙名史は立ち上がり、小島に執務机へと着席するように頼んだ。彼が頼みに応じて着席したのを見ると、執務スペースの全体が画角に収まるような位置に移動し、カバンから小型のデジタル一眼レフカメラを取り出して撮影する。その後は入り口から分屯基地全体を撮影すると、それぞれのワーキング・スペースで仕事をしている4人を、1人1人に断りを入れた上でインタビューを行い、写真に収めていく。

 それらを終えると、次はトレーニングで使用する機材の紹介に移った。腕時計型の端末にセンサー付きの蹄鉄シューズ、それらから送られてくる情報の解析と取りまとめに使用するタブレット端末などを、小島自ら解説していく。そのいずれも、他のトレーナーを取材した際には目にすることの無かった物であった。特に、乙名史が一番驚いたのは電子砂板と呼ばれる機器だった。

 

「あの、これは何なのでしょうか」

 首を傾げながら乙名史は目の前の物体に目をやる。ちょっとした食卓程の大きさをした、15から20センチほどの厚さを持つ灰色の平たい直方体が、天板を外した透明なアクリルケースの中に入れられている。側面を見るとコネクターや受信装置と思われるものがおまけ程度に存在していた。

「まあ、見ていてください」

 その様子を見た小島は、悪戯を仕掛ける子供のような表情を浮かべながら、傍らでタブレット端末を操作する遠藤に合図を送った。彼はそれに答え、端末の画面に触れる。

 何が起こるんだろう、乙名史がそう思った時、作動音と共にケースの中の直方体が波打つように動き出す。やがてそれらは3次元的な形状となり、とある施設の形状に変化していった。

 目の前に再現された施設を見た乙名史は、それに目を奪われた。特徴的なオーバルトラック。第1コーナーと第2コーナーに沿うように設けられた、独特の形状を持つ引き込み線。剃刀のようなシャープさと機能美を併せ持つ形状のスタンド。

 立体的に再現された東京レース場の姿がそこにはあった。よく見ると、コース上に存在する起伏までもが精密に再現されている。目を輝かせながらそれを見つめる彼女に、小島は新しい玩具を自慢する子供のような口調で話しかける。

「どうです、凄いでしょう」

「こ、これは一体」

「電子砂板、と我々は呼んでいます。地形や施設、市街地などの地図データを読み込ませると、微小サイズのプラスチック・ブロックが動いてそれらを立体的に再現できるようになっています。ちなみに、この上に映像やスライドを映し出すことも可能です」

 もともと戦場の地形を立体的に再現する為に作られたものなのですが、コースの形状把握に役立つと思って持ってきました、小島はそう続けた。

「他のレース場も再現できるんですか」

目を輝かせながら乙名史は問いかける。

「ええ」小島は答えた。「地方中央含めて、全てのレース場のデータは端末に入っていますから-遠藤准空尉、ちょっとやってみてください」

「分かりました」

 遠藤は再び端末の画面に触れる。少しの間盤面が蠢いたかと思うと、次の瞬間東京レース場は中山レース場へと変貌を遂げていた。その光景を見た乙名史は、思わず恍惚とした表情を浮かべながら天を仰ぐと、素晴らしいですぅと呟く。

 

その様子を傍らで見ていた広瀬が、突っ込みを入れるように口を開く。

「本当、陸自(ウチ)でも第一線の部隊に配備が始まったばかりのものをよく持ってこれたと思うわよ」

「その辺はまあなんだ、遠藤准空尉はあちこちに顔が聞くから」

補給統制本部(十条)には同期が勤めてまして」

 端末を操作しながら、光栄ですとでも言いたげな表情を浮かべて遠藤は答えた。実際、年季の入った曹クラスの持つネットワークをもってすれば、この程度の事は難なくこなして見せる。

「奇遇ですね」

どこか感心したような表情を見せながら小島は答えた。

「自分は幹部候補生の筆記試験をあそこで受けたんですよ。あの時はまさかこんなことになるとは思っていなかったし、ましてや自衛官になるなんて考えてもいませんでした」

「その辺りの事情は、小島一尉が幹部候補生だった頃に聴いていますよ。確か、自分とよく似たご事情を持っておりましたな」

全てを理解したような表情で遠藤は応じた。それを聞いていた広瀬が口を開く。

「有沙とも似たような物でしょ。それ以外に選択肢が無かったからそうしたってところで」

「そんなもんだ。人生どう転ぶかわからん。一寸先は闇でもあり光でもあるからな」

 小島はどこか諦観混じりに答えた。その視線の先では乙名史が子供のように目を輝かせている。

 

「それにしても、随分とハイテクですね」

 見た機器の数々に一通り感心しきった乙名史が、興奮冷めやらぬ表情で小島に聞いてくる。彼女は立て続けに口を開いた。

「今までに他のトレーナーを何人も取材してきましたが、これほどまでに機器を多用しているトレーニングを見たのは初めてです」

「大したことではありません」小島は答えた。「フィットネス用シューズに取り付けてデータを取るセンサーや、身に付けた状態で体の状態をモニター出来る端末なら、会社勤めをしている人間にも買えるような値段で普通に市販されています。私たちはそれをトレーニングに応用したにすぎません。むしろなぜこのような方法をこの学園のトレーナーたちが思いつかなかったのか不思議でならないのですよ」

 そういう小島の声は(本人は意識していないが)、まるで嫌味を言っているように乙名史には聞こえた。

 

「それにしても」彼女は何かを思い出したように問いかける。「機器を使うのでしたら、学園にもVR機器-ウマレーターがありますよね。なのに何故これほどの物を」

「あれは使いたいときに使える訳ではありませんから。必要な時に使えないのでしたら、無いのと同じです」

「へえ」

乙名史は不思議そうに答えた。それに対して小島は、本職としての態度に立ち戻りながら答える。

「必要なものを必要な時に必要なだけ用意する-ロジスティクスの要諦はそこにあるんですよ。私たちに限らず、どのような組織でも必要とされる考え方です」

「成程」

彼女は納得したように答えた。

 

「これほどの物を自前で用意した理由については分かりました。その上で一つお伺いしたいのですが」

乙名史は小島に問いかけた。

「なんでしょうか」

「何故、これほどまでに機器を多用するのでしょうか」

それを聞いた彼は、少しの間を置いて答えた。

「仕事の属人化を避けるためです。機器を使ってトレーニングデータを記録しておいたり、ウマ娘ごとの練習メニューを全体で共有しておけば、チームに属するトレーナーの1人や2人、最悪全員が欠けてもトレーニングは出来ますから」

「成程」

「私たちのように構成員の消耗を前提に作られた組織では、だれがやっても同じように結果を出すことが出来る仕組みが必要不可欠なのですよ」

 乙名史はその言葉を聞いて、目の前の男と自分たちとの思考の違いに軽く驚いた。取材にあたって自衛隊についての基本的な予習は済ませておいたが、やはり本来は別の仕事をしているのだということを改めて実感する。

 

「どうかなさいましたか」

 そのことがいつの間にか態度に出ていたらしく、小島から心配するような口調で話しかけられた。

「いえ」

それを聞いた乙名史は何事もなかったかのように答えた。彼女は話を続ける。

「それよりも、そろそろグラウンドに行きましょう。肝心の2人の取材がまだですからね」

「ええ」小島もまた答えた。「それじゃあ、行くとしますか」

 

 

 小島と乙名史はそのままグラウンドに移動すると、タキオンとカフェのトレーニングについての取材に移った。端末と双眼鏡をそれぞれ両手に持ち、2人のトレーニングの様子を見守る小島の姿を見ながら、乙名史は時折彼に質問を行いつつメモや写真の撮影を行う。

 その時、不意に東側から聞こえてきた高周波音が、2人のみならずグラウンドに存在する者全員の耳朶を打った。小島は無意識にその方向を見上げる。角ばった形状をした、ドルニエ社製の双発プロペラ機が高度を下げつつ飛行している。調布飛行場に着陸する伊豆諸島帰りの旅客機だろう、彼はそう思った。

「飛行機がお好きなんですか」

その様子を見た乙名史が問いかける。小島はどこか懐かしむように答えた。

「子供の頃は、パイロットになりたかったもので」

「ではなぜ、今のような仕事をなさっているのですか」

 それを聞いた彼は、無言のまま眼鏡を取り出して目にかける。何事かと思った乙名史を尻目に、意味深長に答えた。

「こういうことですよ。普段はコンタクトをつけていますし、今もつけています-が、いざという時の事を考えて普段から持ち歩いていましてね」

「そ、そうでしたか」

「中学の時に負った怪我のせいで、この有様ですよ」

 その言葉を聞いた乙名史は、それ以上の質問を止めた。目の前の男の瞳から光が失われていることに気がついたからだった。

 

「気にしないでください」

 小島は苦笑いしながら答えた。ありがたさと戸惑いの双方を覚えるような表情で乙名史は答え、話題を切り替える。

「そう言えば、もうすぐデビュー戦が始まる時期ですが、あの2人-アグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんのデビュー戦については、どのように考えていらっしゃるのでしょうか」

 それを聞いた彼は自分の態度を、自分でも知らずのうちに身についていた、トレーナーとしてのそれに切り替えて応じた。

「今のところタキオンは阪神で、カフェは東京でのデビューを予定しています」

「理由は」

「あの2人の脚質の違いですね」

グラウンドに視線を向けたまま彼は答えた。

「タキオンは序盤から先行して押し切るタイプです。ですから、最終直線が短くて差しや追い込みが不利になるレース場の方が向いていると判断しました。現時点でその条件に合っていて、今の時期にデビュー戦を開催しているレース場となると阪神しかありませんでしたから」

「成程」

メモを取りながら乙名史は肯く。彼女は話を続けた。

「では、カフェさんを東京デビューにした予定は」

「彼女の武器は鋭い末脚です」断言するように小島は答えた。「それを活かすとなると差し追い込みの決まりやすい、最終直線の長いコースを持っていて今の時期にデビュー戦を開催している、という条件に全て当てはまる府中-東京レース場が向いている、と判断しました。2人のデビュー戦についてはまあ、こんなところですね」

 

 それを聞いた乙名史はメモを取りながら礼を述べた。小島は彼女の方を向き、答える。

「他に何か、聞いておきたいことはありますか」

 その言葉に、乙名史は少しの間考え込む。しばらくして、何かをひらめいたような表情を浮かべると口を開いた。

「本当は部屋に-分屯基地に戻ってから聞くつもりだったんですが、切りもいいですし、このままここで単独インタビューにしちゃいましょうか」

「構いません」グラウンドの方に視線を向けていた小島は答えた。「面倒なことはさっさと済ませた方がいいですからね」

それを聞いた乙名史はどこか心配そうな口調で問いかける。

「こんなことを言っておいて何なんですが、トレーニングの方は」

「その辺についてはご心配なく。今日やる分の指示は全て出してあります」

「そういうことでしたら」

彼女はそう答え、インタビューの準備にかかった。

 

 2人はグラウンドを見ながら横に並ぶような形で、スタンドにあるレース場の観客席のようなベンチに腰掛ける。

 -こんな服を着ていなければ、自衛官とは思えない顔ですね。正直、どこにでもいるサラリーマンのようにしか見えません。グレーを基調とした迷彩服姿に迷彩帽を被った小島の姿を見た乙名史は思った。それでも職業意識を忘れることなく、彼の許可を得てICレコーダーを取り出して作動させると、メモ帳片手に彼に話しかける。

 

「それでは、始めさせて頂きます」

「どうぞどうぞ」

「まずはここ-トレセン学園に来ることになった理由についてお伺いしたいのですが」

「それについては、命令だからとしか言いようがないですね」

「命令、ですか」

「何しろ辞令一つで北海道から沖縄まで全国各地に飛ばされますから。まあ、給料や福利厚生はここ5年で以前とは見違えるほど良くなったんで、それを思えばまあ何とか、というところです」

「それは大変ですね」

同情するように乙名史は答えた。

「今回も3月頭に辞令が出て、そこから引っ越しに関係することを全部同時並行でこなしましたよ。まあ、習志野から府中だったのでそんなに遠くなかったのが幸いでした」

「習志野というと、千葉の」

「ええ、私も森宮一尉もここに来る前はあそこの高射隊で勤務してたもので。あ、高射隊ってわかりますか」

「下調べをしていますので、一応は」

「それは良かった」

 小島は本心からそう思った。何しろこの国の知的エリート層(マスメディアも含まれる)は基本的に、ごく一部の例外を除いて軍事知識が皆無と言っても過言ではない。そういう中で、きちんと下調べをしたうえで取材してくれるだけ有り難い、というのが実情である。そんな彼をよそに乙名史は質問を続けた。

「この学園に来てみた時の第一印象というのは、どのようなものでしたか」

「何というか-みたいでしたね。外見にせよ何にせよ」

 小島は、浦安の埋め立て地にあるテーマパークの名を挙げて答えた。苦笑を浮かべる乙名史を尻目に話を続ける。

「まあ、私は第一印象だけで何事も-人も物も-判断しないようにしているので、だからどうしたということではありますが」

「それはなぜ」

乙名史は答えた。

「昔、外面だけは良い連中に何度もひどい目に遭ったことがありまして」

どこか遠くを見るような目で小島は答えた。

「それ以来、第一印象だけで何事も判断しないようにしているんですよ。おかげで色々言われるようになりましたが、その辺りはまあお好きにどうぞと思ってます」

「そ、そうでしたか」

 この人もそれなりに事情を抱えているんだな、そう思いながら乙名史は答えた。メモを取りながら質問を続ける。

「ここに来てからは、どのように仕事をされていらっしゃったのでしょう」

「最初は足場固めですかね。チームの方針を決めたり、トレーニングに必要なものを用意したり、練習のシステムを構築したりと、最初の1、2週間くらいはそんなことをして過ごしました」

「現在所属している5人をスカウトしたのはその後、と」

「ええ。私を含めた、遠藤さんを除く4人で選抜レースを見て、それぞれ別々にスカウトしました。もっとも、それなりの実力を持ったメンバーが揃うとは思ってませんでしたがね」

「今トレーニングをしている2人と、あとはグラスワンダーさんでしたね。入学前から実力を有望視されていた彼女が、有力なチームからのスカウトを断ってまで、皆さんのチームに所属したいと自ら申し出たと伺いました」

 そんなことよく知ってるな、この姉ちゃん。小島は話を聞いて思った。全く、何が彼女をここまで駆り立てているのやら。ウマ娘のことを、控えめに言っても好ましくなく思っている自分とは大違いだ。彼はそのような感情を表に出すことなく、平然とした態度で乙名史の質問に答えた。

「グラス曰く、最初から強いチームに入るより未知のチームで強いチームと戦う方が自分をより向上させられる、との事でした。私としてはその辺りはご自由にどうぞ、ただしこっちのやり方には従ってもらうとだけ言っています」

「こっちのやり方?」

 疑問形で乙名史は答えた。それに対する小島の回答は、彼女が想像していたことの斜め上を行くような内容であった。

 

「レースで勝つことを目的にはしない、ということですよ」

 

 それを聞いた乙名史はどういうことかと思った。この学園に来ている以上、どのウマ娘も多かれ少なかれレースに-出来る物ならG1の大舞台で-勝ちたいという意欲を持っているし、対するトレーナーの側もレースで勝たせるためにトレーニングを積ませている。たとえそれがほんの僅かな可能性に-実際、勝ち上がることが出来ない者の方が多い-過ぎないとしてもだ。

 そのようなこの学園、ひいてはトゥインクルシリーズに代表されるウマ娘のレースに関わる人間全てが常識のように考えているそれを、彼は真っ向から否定するような事を言ってのけた。乙名史自身、目の前の男の言葉に不快感すら覚えている。

 だが同時に彼女の職業意識は、この男が何故そのような発言をしたのかについて聞いておくべきだということを彼女自身に強く問いかけていた。そして乙名史は自らの発言で真っ向からそれに答えて見せた。

「何故、小島さんはそのような目的を掲げたのでしょうか」

 

 それを聞いた小島は少しの間考え込むと、やがて意を決したように強い意志を込めたような表情を浮かべ、口を開いた。

「考えてもみてください。レースに出ている期間とその後の人生、どちらが長いと思っているのですか?たとえG1レースに勝てたとしても、それと引き換えに二度と歩くことの出来ない体になってしまったとしたらどうです?果たしてそれが本当の意味での勝利と言えるのですか?」

「そ、それは」

 乙名史は言葉に詰まった。彼女自身、職業柄レースの表も裏も嫌になるほど見ている。勝者が歓喜の声を浴びる裏で、未勝利戦すら勝ち上がることが出来ずに学園から去る者、大怪我をして二度と走ることの出来なくなった者、そのショックで精神を病んだ者-色々なものを見てきた。だがそれでも、レースの魅力を伝え続けることが自分の使命であると信じてこの仕事を続けてきた。

 だが目の前の男の言葉は、それをもってしても拭い去ることの出来ない重苦しさに満たされている。果たしてこの後彼に、何をどう問いかければよいのか。その事を逡巡する間もなく、小島が乙名史に対して口を開いた。

 

「そもそも、何故一生に一度しか出走することが出来ないレースというものがあるんですか?私はそのことが理解できませんよ」

 その言葉に、彼女は再度の衝撃に襲われる。彼が問うているのは、クラシック路線とティアラ路線に分かれている、所謂クラシック・レースの事だった。

 前者であれば皐月賞に、競争ウマ娘すべての憧れである日本ダービー(東京優駿)、そして菊花賞。後者であれば桜花賞にオークス、秋華賞。これらはみな生涯一度しか出走の叶わないレースとして知られている。その理由については誰も理解しないまま、皆がそのようなものだと認識していた。

 だがそれに対して小島は、クラシック・レースの存在意義を根底から揺さぶるような質問を投げかけたのである。それを聞いた乙名史はまたもや言葉に詰まった。それを尻目に彼は話を続ける。

「今話題のゲームよろしく、レースの目的が優れた繁殖個体の選別にあるという事であれば百歩譲って理解は出来ます。ですが、彼女たちは経済動物ではなく我々人間と同じ知的生命体でしょう。一生に一度しか出られないレースなんてことをする意義がどこにあるんですか?」

 

 先ほどまでの重苦しさとは異なる、純粋に疑問を投げかけるような、未知の物事を目の当たりにした幼児のような声と表情。それを聞いた乙名史は三度返答に迷った。彼女もまた、クラシック・レースとは一生に一度しか出ることの出来ない(そのような)ものであると認識していたため、それに対する疑問を持つ者が存在すること自体、理解の範疇の外にあった。

 彼女は小島の言葉に対する沈黙を続けながらも脳内では思考回路を回転させ続け、どうにか解答らしきものをでっち上げると、困惑と謝罪を混ぜ合わせたような口調で言語化した。

 

「それについては-『皆がそれを当たり前の事だと認識しているから』、としか答えようがありません。私自身、クラシック・レースとはそのような物であると認識していたので、小島さんの質問は正直にいって想定外の物でした」

 乙名史の表情と態度を見た小島は、何かに気がついたような表情を一瞬見せると、次の瞬間には申し訳なさそうな表情を浮かべ、彼女に対する本心からの謝罪を込めた声で応じた。

「申し訳ありません。今の話は貴女個人に問うべきものではありませんでした」

その言葉に乙名史はどうにか安堵を取り戻す。彼は話を続けた。

「この問いを本当に投げかけるべきは、URAやこの学園、ひいてはファンも含めたレースに関わる全ての者だと思います」

それを聞いた乙名史は記者としての本文に立ち返り、インタビューを続けた。

「そうお考えになる理由は」

 それを聞いた小島は遠くを見つめるような表情をしながら、無感情ながらもどこか皮肉と重さを感じさせるような言葉で答えた。

 

「私は疑問を抱いているのです-レースで活躍し、勝利する事だけがウマ娘の輝く唯一の道だと感じさせている世間の風潮に。その『世間』の中には勿論-話を蒸し返すようで申し訳ありませんが-貴女方マスコミも含まれています」

 

 乙名史は言葉を発さず、無表情のままICレコーダーを回し、メモを取り続ける。取材対象からの自分たち(マスコミ)に対する批判は何度も聞き慣れていた。小島は話を続ける。

「レースにおけるウマ娘の輝きを伝えることが貴女方の仕事であると理解はしています。ですがそのことによって、レースで活躍する事だけがウマ娘の輝く唯一の道であると、知らないうちに世間一般に思わせているのではないですか」

 彼女は何も言わない。ただ重苦しさを感じながら機械的に仕事をこなし続ける。沈黙が2人の間に漂う。グラウンドからはトレーニングにふけるウマ娘の声や走行音、それを叱咤激励するトレーナーや他のウマ娘の声がBGMのように聞こえ続けていた。

 

しばらくして、唇と舌に錘が付いたような口調で乙名史は小島に問いかける。

「その考えに至った経緯について、お聞かせ頂けますか-勿論、答えられる範囲で構いませんので」

それを聞いた小島は少しの間考え込むと、やがて口を開いた。

「私と森宮一尉の関係については知っていますよね」

「ええ」

「彼女には幼馴染のウマ娘がいて、その子はレースの世界に憧れてこの学園に入学しました。クラシック・レースで良い成績を残す事こそできませんでしたが、シニア級になってから彼女は重賞を何勝もするようになって、1番人気で初めてのG1レースに挑みました。ところが-」

 小島はそこで言葉を切った。乙名史は彼が漂わせる雰囲気からその後の言葉を予想し、身構える。少しの間を置いて、意を決したように小島は口を開いた。

「ゴール前最後のコーナーを曲がり終えた直後、故障を発生して彼女は競争を中止しました。病院に運び込まれて受けた診断は『右足首粉砕骨折による競争能力喪失』-レース用語でいう予後不良という奴です。その診断が下されてしばらくして、彼女は半ば追い出されるように学園を去りました」

 ここまでは時折聞く話だ。レース中の怪我でウマ娘が走行能力を失うことは、残念ながら存在する。そして、それがどのような事態を当事者に招くかを理解出来ない乙名史ではなかった。小島はそのまま、機械的に話を続ける。

「本題はここからです。その後彼女は、実家で精神的に辛い日々を送ることになりました。森宮一尉が傍にいてやることが出来ていたのなら、まだどうかなったのかもしれません。ですが、運悪く森宮一尉は防衛大への進学のために彼女と行き違いで関東へ行ってしまいました。その結果、子細は省きますが、彼女は二度と自分の足で歩くことが出来ない体になってしまったのです」

 2人の周囲に重苦しい空気が漂う。彼はそのまま、淡々と事実だけを告げるように話を続けた。

「森宮一尉はそれ以来、幼馴染が精神的に辛い時期に傍にいてやれなかった事を今なお後悔しています。防衛大への進学を振り返ってみて、唯一にして最大の後悔だとまで言っていました」

「そう、だったんですか」

搾り出すように乙名史は答える。思い出すように小島は応じた。

「それを話している時の森宮一尉は後悔と悲しみ、そしてレースの世界やこの学園に対する憤りで満ち溢れているような表情をしていて、見ているこっちが辛くなるほどでした」

 彼はそれ以外にも個人的な何かを含んでいるような表情を浮かべている。神に祈りを捧げるような口調で小島は続けた。

「そのような経験があるからこそ、我々のチーム-『SDF』に所属するウマ娘たちにはそのようなことになって欲しくないのです。だからこそ、勝利を第一の目的とはしません。勿論勝ってくれれば嬉しいとは思います。ですがそれよりも現役生活を大過なく終えさせ、その後の人生をより良いものと出来るようにする事こそ、我々の仕事だと考えています」

 

 それを聞いた乙名史は、幼い頃友人であった1人のウマ娘のことを思い出す。彼女は自分よりもはるかに速く、そして強かった。だが、たった1度の勝負に敗れただけで、家族との約束によりレースを辞めることを余儀なくされた。

 今も時折その事を思い出しては考える。レースを1度の勝負だけで勝敗を決めるのではなく、プロ野球やJリーグのようなポイント制にできないものかと。

 

 そのような事を思っていた彼女に、小島は更なる問いを投げかけた。それはウマ娘のレース自体について、その存在意義を問うものであった。

「今のレースは勝利至上主義に堕しているのではないか、そう感じています。勿論勝負事である以上、勝者と敗者が存在することは百歩譲って止むを得ないものだとしても、皆さんは勝者のみにスポットライトを当て過ぎているのではないでしょうか」

「勝利至上主義に堕している」

 復唱するように乙名史は答えた。この学園に来るウマ娘の多くが望むレースでの勝利。しかしそれを叶えることが出来るのはほんの一握り。その一握りを得るために日々切磋琢磨し、その過程で生まれる物語を私たちメディアが報じることで、それに共感を覚えるファンの存在があってレースは成り立っている。

 だが紙面の都合や記者の数などの諸事情から、伝えられる範囲には自ずから限界があることもまた事実だ。それ故、どうしても勝者にのみスポットライトが当てられ易くなることは避けられない。結果として、敗者がライトを浴びることは少なくなってしまう。

 そして何より、敗者に興味を持つ者は基本的に少ない。そのような者を対象にしたところで、雑誌は売れないし利益も出ない。結局マスコミと言えど、その本質は一般的な営利企業と変わらないのが現状だ。

 

そのような彼女の内心を見透かしたように、どこか批判的な言葉で小島は答えた。

「まあ、それは仕方のないことだとは思っていますよ。『漂白された物語』だけを読みたがるのは人間もウマ娘も皆等しく持つ性ですから。貴女方マスコミだってそうでしょう。利益を求める営利企業である以上、読者の求める『需要』に沿った記事を書かなければ売り上げは伸びませんからね。そして、それにそぐわない不都合なことにスポットライトが当たることは少ない。ですが、果たしてそれが正しいあり方なのでしょうか」

 冷静ではあるが憤りのこもったような言葉。それはレースに関わるもの全てに向けられている様に乙名史には聞こえた。一呼吸置いて、再び目の前の男が口を開く。

「勝者の物語を伝える?大変結構。好きにやればよろしい。ですが人生において最も多感な時期に、ただひたすら勝利だけを求めた代償としてその後の人生が-たとえ勝利を得られたとしても-滅茶苦茶になってしまうことも多い、という現実が存在することも並行して伝えていくべきではないのでしょうか。そのような不都合な現実を皆がきちんと理解した上で、それを少しずつでもよいから是正していくことこそ、将来のレース界のためになる-個人的にはそう考えています」

彼はそうはっきりと言いきり、話を終えた。

 

(この人は、私たちとは異なる視点からレースの世界を見ている)

 

 一連の話を聞いた乙名史は思った。それも、レースに関わるもの全てが存在を認識していながらも触れてこなかった、一種のタブーに等しい側面から。実際本家本元であるURAがこのようなレースの負の側面に対して具体的にどのような対策を行っているか、という話については彼女自身、あまり話を聞いたことは無かった。

 そして彼はそのことを批判しつつも、時折感情を覗かせることはあれど、基本的には安易な感情論に走ることなく冷静な口調であり続け、最後には自分なりの対案まで出して見せた。

 並々ならぬ精神力の持ち主であるのだろう、彼女は小島隆史と言う男にそのような感覚を抱いた。そして思った。どのような人生を送れば、このような性格が出来上がるのだろうか。

 乙名史はそれを小島に聞こうと思ったが、先ほどのパイロット云々の話をした際に見た彼の目を思い出して止めた。誰しも触れてほしくない物事というのは存在する。そして彼の過去はそれにあたるのだろう。そこに安易に踏み込んだら-恐らく(陰画的な意味で)とても楽しいことになる。普段からウマ娘の事となると暴走しがちな彼女であったが、そこまでの危険を冒せるほどの冒険心は持ち合わせていなかった。

 

「さて、愚痴めいた話はここまでにしておきましょうか-すみませんね、なんだか一方的になりすぎちゃって」

先ほどとは態度を一変させた小島は頭を掻きながら、どこか優し気にそう答えた。

「い、いえ、こちらこそ実りのあるインタビューだったと思います」

それを聞いた乙名史は、何かを決意したような表情を浮かべながら応じた。

「どのような点で、でしょうか」

「他のトレーナーやウマ娘からでは、決して聞くことの出来ないようなお話を聞かせて頂きましたから」

「褒め言葉、と受け取っていいんですかね」

苦笑いを浮かべながら小島は答えた。

「そう思って頂けたのでしたら、私としては望外の喜びです」

 

 その時ふとグラウンドの方を見ると、練習メニューを終えたらしいタキオンとカフェが並んでスタンドの方へと戻ってきていた。小島は手元の端末でこの後の予定を確認する。彼が未だに持ってその存在意義を理解出来ずにいるウィニングライブの練習がそこには組み込まれていた。

「次はダンスレッスンの取材でしたね」

「ええ」

「それじゃあ、あいつらと一緒に行くとしますか。」

 彼はそう言って、重い腰を上げるかのような態度で立ち上がると2人のもとへと歩いていく。乙名史もまた、それに続いて歩き出した。

 

「そう言えば、トレーナー君」

4人でスタジオへと向かう途中、タキオンが乙名史を見ながら口を開いた。

「なんだマッドサイエンティスト」

「その言い方はやめてくれたまえ-スタンドで、彼女とどのような話をしていたんだい」

「私も気になりますね」

 タキオンにつられてカフェもまた答える。それを聞いた小島は、少しの間考え込むような素振りを見せた後、視線を動かさないまま口を開く。

 

「決まってるだろ」彼は答えた。「とてもためになるお話さ」

 

 そのような取材を終えた1週間後、小島は基地司令用の執務スペースで乙名史とディスプレイ越しに、オンライン形式での会議に臨んでいた。目的は勿論、完成した取材原稿のチェックである。

 彼女から送られてきた原稿を一通り読んだところでは、見た目も構成も内容もかなりの出来になっており、少々の誤字脱字の修正以外に変更するべき点は見当たらなかった。

 むしろ懸念を浮かべていたのは乙名史の方であった。彼女は小島の単独インタビューが記された部分を共に確認しながら、怪訝そうな表情を浮かべつつ口を開く。

 

「言われたとおり、小島さんの言った事をそのまま載せましたが-本当に大丈夫なんですか?」

「ええ、問題ありませんよ」

「ですがこの内容だと、小島さんが読者の方から好意的に見られないと思いまして。編集長からも、本当にこのまま載せていいのか確認してくれと言われました」

「私は正直者でしてね」小島は何をかいわんや、といった風に答えた。「嘘偽りを述べてまで他人に好かれようとは思っていません。全て正直に答えた上で、どのような評価を下すかは読者の皆さんにお任せしますから批判も称賛もご自由にどうぞ、というのが私のスタンスなので」

「勇気がありますね」

「不器用なだけですよ」自分を嘲るように彼は答えた。「そのおかげで自衛隊の中でも、あまり快く思われてはいませんでした。まあ、今の上官は『君のように自分の属する組織を平然と罵倒できるような奴がいた方がいい』と評価してくれていますが」

 それを聞いた瞬間、モニターに映る乙名史の表情がどこかはっとしたような、何かを理解したようなそれに変化した。彼女はしばらく視線を斜め上に向けて考え込むと、やがて口を開く。

「今のお話を聞いて思ったのですが」

記者としての本分に立ち返ったような口調で乙名史は答えた。

「先日小島さんがあんなことを言った理由が理解できたような気がします。正直に言って、どこか斜めから物事を見ているように感じました」

「中らずと雖も遠からず、と言ったところです」

遠くを見るような表情で小島は答えた。

「お話しましたよね、私が中学の時に怪我をしたこと」

「え、ええ」

「あれ以来、私は物事の明るい面だけを見ることが出来なくなってしまったんですよ。今のような性格になったのも、それが原因です」

 そう言う小島の目には、どこか怨恨と諦観が入り混じったようなものが浮かんでいた。彼の背景には、オトギリソウとクリスマスローズの刺さった花瓶が置かれている。

 それを見た乙名史の中で、ある一つの疑問が思い浮かんできた。ウマ娘の輝きを追い求める職業に就くものとしては否定したいし、また一ウマ娘ファンとしても決して認めたくはない不愉快な、正直にいってあまり聞きたくない内容のもの。彼女はそのような感情と、記者としての職業意識の間で揺れ動く。

 

 しばしの逡巡の後、乙名史の中で軍配が上がったのは後者であった。彼女は覚悟を聞見たように顔を引き締めると、意を決したように小島に問いかける。

「一つ、よろしいですか」

「なんでしょう」

「今までの話を聞いていると、まるで小島さんがウマ娘にあまり好意的では無いような印象を受けたのですが-それについて答えられる範囲で良いのでお答え頂けますか」

 それを聞いた小島は少しの間押し黙る。やがて口から息を吐き出すと、意味深長さを感じさせる表情を浮かべながら口を開いた。

「その辺りは、ご想像にお任せしますよ」

「そうですか」半ば予期していたように乙名史は答えた。

「私にも、他人に話したくない事というのはあるのです-と、それよりも一つ聞いておきたいことがあるのですが」

「なんでしょう」

「今回の取材についての記事が掲載されるのは、いつの号になるのですか」

その言葉を聞いた乙名史は、まるで取引先から商品の説明を求められた営業担当者のような態度で答えた。

「今月号になります。発売は丁度、アグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんのデビュー戦の頃になりますね」

「ありがとうございます」

 そうですか、とでも言いたげに小島は答える。それを見た乙名史は、記者としての態度に立ち戻りながら再び口を開いた。

「阪神になるのか東京になるのかは分かりませんが、その際はまた取材に伺うことになると思いますので、どうぞよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

「それではこれでお話の方を終了とさせて頂きたいのですが-最後に何か、言っておきたいことはありますか」

「繰り返しで申し訳ないのですが、私への単独インタビューを書いた原稿は修正せずに載せて頂いて構いませんので、その旨はきちんとそちらの編集長の方に言っておいてください」

念を押すような口調で小島は答えた。

「分かりました。では失礼します」

 そう言って乙名史は接続を切った。途端に、小島の目の前にあるモニターがオンライン会議の設定画面に切り替わる。彼は両手を組むと、それを頭上に伸ばした。同時に大きく息を吐き出しながら一人呟く。

 

「これでもう、後戻りは出来ねえな」

溜息をつくように小島は言った。椅子に深く腰掛け、背もたれに身を委ねながら思う。

 -果たしてどんなことになるやら。まあいいさ、周りから何を言われようと好きなようにやるだけだ。そのためのフリーハンドは真田のおっさんからもらっているし、それで手に負えない程の面倒なことになったら、遠慮なくあの人に押し付ければいい。何より当の本人からもそう言われている。

 だからと言って責任逃れをするつもりはない。と言っても覚悟を決めたというほどの事ではなく、組織内政治と保身しか頭にない世渡り上手になれるほど器用ではないというだけだが。

 

(まあ、最悪専業主夫(有沙のヒモ)になればいいだけの話だ。あいつの方が俺よりよほど稼げるしな。後の事はその時に考えるさ)

 

 そこまで思ったところで、彼は頭を切り替えることにした。レースへの出走登録に宿や交通機関の手配など、デビュー戦に臨むにあたってやらなければならないことはいくつもある。充実した私生活のためにも、面倒なことはさっさと片付けておかなくてはいけない。

 

 小島はゆっくりと両手を左右に大きく広げ、同時に首筋を軸に頭を左に一周させて首回りをほぐす。それを終えると再び目の前のパソコンに向かい、作業に取り掛かった。

 




次回はついにレース回になります。どうぞご期待ください。

しかし、この投稿ペースだとタキカフェがシニア級に入るまでいくらくらいかかることやら・・・・どうか気長にお付き合い頂けますと幸いです。
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