オブリビエイト1
今日から新学期が始まる。
「ドラコ、久しぶりね!休暇はどうだった?…雰囲気変わった?」
新学期早々パンジーはドラコの腕に蛇のように絡みつき、上目遣いであれこれ喋っている。
「ああ、久しぶり。雰囲気?そうかな?」
ドラコは深い会話はしないように受け流し、大広間へ向かったが、くっついて離れない。
「そうよ!あら、これ新しい指輪じゃない?素敵!どこのものなの?さすがマルフォイ家ね!こんな素敵な指輪見たことないわ!」
「触るな」
パンジーがドラコの指で光る少し太めのグリーンとシルバーの指輪に気がつき、手を取った瞬間、ドラコはその手を思いっきり振り払った。思ったより大きな声を出してしまったせいで、周りの目がこちらへ向けられる。
「うわ、マルフォイのやつ新学期早々から機嫌悪いな。それに新しいアクセサリーなんか見せつけて」
赤毛が嫌そうに顔を歪ませてドラコに目をやった。
「あなたの家じゃこんな良いもの買ってもらえないから嫉妬しているのね?」
パンジーはロンのドラコを蔑むような発言に腹を立てて言い返し、またドラコの指輪を見ながら腕に絡みついてきた。
「嫉妬なんかするもんか!マルフォイなんかに!」
ロンが自分の髪の毛と同じくらい顔を赤くして怒鳴るとハーマイオニーが口を挟んだ。
「そうよ。マルフォイは何でもかんでも買ってもらって自分の力で何かを手にすることができないし、その素晴らしさを知らないのよ?可哀想な奴よ。嫉妬なんかしないわ。」
「うるさい!穢れた血のくせに!」
そうパンジーが言い返そうとすると、
「これは買ってもらってなどいない!自分の力で手に入れた!だから僕にとって大切なものなんだ。」
とドラコはハーマイオニー達をを睨みつける。そして
「だから気軽に触ってほしくもない。」
と続け、パンジーの腕を振り落とした。
「へー自分で手に入れたのか?親のお金で?笑えるな」
とロンが馬鹿にしたように笑った。
「そう思っていればいい。これは世界でたった一つしかない僕だけの特別な物だ。僕が手に入れたものだ。」
ドラコはため息を吐きながら、大事そうにその指輪を撫で、パンジーを置いてスタスタ歩いて行ってしまった。
その後はしばらく落ち着いていたが、ドラコの様子は少しおかしい。休日は一人で外出し、学校生活でもハリー達につっかかることが少なくなり、一人でいることが多くなっていた。闇の帝王の復活が騒がれている中、ハリーは誰よりも敏感になっており、ドラコの行動をとても怪しんだ。
そのまま時間が過ぎ、ある休み時間。
「うわ〜マルフォイがこっち来てるよ、、クィディッチの試合も近いし、嫌な予感だ〜」
ロンは一緒に階段を下っているハーマイオニーとハリーに向かって嘆いた。ドラコはこちらに向かってゆっくり階段を登ってきている。
「…わっ」
しかしドラコは何か手紙のような物に目を奪われていて、ハリー達が目の前に来た時にやっと気がつき、咄嗟に手紙をたたみ、ローブの内側に隠した。
「きをつけろよな、マルフォイ。そんなに夢中になって誰からの手紙だい?」
ハリーは何かを疑うような目でドラコの手元をじっと見る。
「ああ…えっと、これは、父上からだ。そっちも広がって歩くな」
とドラコは一瞬言葉に詰まらせ、いつもの様に嫌味な口調でハリーの目を睨みつける。そして早足にその場を離れた。
「…怪しいと思わない?マルフォイ、最近ずっと手紙を貰ったり送ったりしてるよね?誰とやり取りしてるんだ…?本当にお父さんからなのか?」
ハリーがブツブツと二人に向かって話しかける。
「何が怪しいのかしら?ハリー、最近あなたマルフォイに対して敏感になっているわ。何を考えているの?」
ハーマイオニーはハリーの前へ周り心配そうに問いかける。
「ヴォルデモートは復活して絶対にホグワーツへやってくる。マルフォイの父親も親戚も死喰い人だからマルフォイ自身もそうなんじゃないかって…だって!新学期から何か雰囲気が変わったと思わないかい?それに様子がいつもより変だ。僕らに嫌味を言ってこなくなったし、一人でいることが多くなったし、ずっと手紙を気にしてる。それにあの指輪は自分で手に入れた特別な物だって。死喰い人か何かに関係ある物なのかもしれない。」
「たしかになぁ最近のあいつ、あいつらしくないよなぁでも例のあの人があいつなんか欲しがるか?」
と、ロンが少し上を眺めながら考えるように言った。
「そうね、ロン。ハリー、あなた考えすぎよ!たしかに最近いつもと違うけれど、マルフォイなんかが何かできるとは思えないわ!それに雰囲気変わったっていうのは、前よりさらにかっこよくなったって、女の子たちの間で話題なの。だからきっとお洒落か何かに前より気を使う様になって雰囲気が変わったのよ。指輪だってどうせお父様の財産で買ってもらったものよ。」
とハーマイオニーは笑った。
その後はしばらく変わらない生活を送っていたが、ハリー達はドラコの様子を慎重に伺っている。
そんなある日ハーマイオニーが図書室へ入ると、また手紙とプレゼントらしきものを手に持って椅子に腰をかけているドラコを見つけた。ハーマイオニーはハリーが言っていたことが気になり、慎重に見つめていると、
「ちょっ、、と!それ!マルフォイ!」
目を疑うような光景があり、思わずハーマイオニーはドラコの元へ駆け寄った。
「わっ!…なんだグレンジャーか、どうした?」
とドラコは怪訝そうにハーマイオニーに問いかける。
「あなたが持っているそれ、、プレゼントよね?これマグルの世界のものよ?一体なんで送られてきたのかしら?」
そう。ドラコが手紙と一緒に持っていたプレゼントらしきものは、イギリスのマグル界で有名なお菓子だった。
「ああ、そうなのか。これは父上の知り合いで、アメリカの純血一族の方から先ほど頂いたものだ。…アメリカの魔法界の物がイギリスのマグルの世界に流通しているということか?」
「それはわからないけれど、イギリスのマグルの世界ではとても美味しいと有名で、高価なスイーツなのよ。」
ハーマイオニーは少し落ち着いて説明をした。
「それで、これは、どうするつもりなの?マグルの食べ物だなんてあなたは…」
「美味しいと知られているのであれば、余計に頂くのが楽しみだ!彼らはアメリカの魔法界にいたが最近こちらへ引っ越してきてね、僕らマルフォイ家との交流が増えたんだ。」
と、ハーマイオニーの言葉を遮るようにドラコはペラペラ話し始める。それを聞いてハーマイオニーは驚きのあまり言葉が出ない。純血主義でマグルを差別するあのドラコマルフォイが、マグルの世界の食べ物を楽しみだといったのだ。そしてこれまでの手紙も、彼らから送られてられてきたものが多いと話した。ハーマイオニーは寮へ戻るとそのことをハリーに説明をした。だが、マグルの食べ物をもらっていたことは何故か言う気になれず、手紙の説明だけをした。
ハリーはハーマイオニーの話を聞いても未だにドラコを疑い続け、ハーマイオニーやロンも少しではあるが、ドラコを気にかけるようにしている。
そしてある休日の夜、廊下をハリー達3人が歩いていると、
「ちょっと!ドラコ見なかった!?ずっと帰ってこないのよ!」
とパンジーが走りながら叫んできた。その後ろでクラッブとゴイルがゼーゼー言いながら追いかけている。
「知るわけないだろ、そんなの」
とロンが呆れたように言うと、
「もうそろそろで就寝時間になるのよ?明日は授業だし、ドラコがこんな時間まで帰ってこないなんて珍しいのよ!!」
と、パンジーが声を荒げた。
「あれ?マルフォイじゃないの?」
ハーマイオニーの一言で、みんなが一斉にそちらへ目を向ける。するとドラコが早足で、しかしふらついた様子で歩いていた。「ドラコっっっ!どこへ行っていたの?心配したのよ?」
そこへパンジー達が走って駆け寄るが、ドラコの反応はない。ただ下を向きおぼつかない足取りで、焦ったように寮へ向かっている。
ドラコは後ろでパンジー達が騒いでいるのに気がついたが、相手をしているような余裕はなく、急いで寮へ向かった。寮に着くと自分のベッドに腰をかけ頭を抱えた。「ドラコ!!大丈夫?どうしたの?様子が変よ!」パンジーが急いでドラコを追いかけて、ベッドの横で心配そうにドラコを見つめる。
「、、、ああ。少し疲れてるから静かにして欲しい…。シャワーを浴びたらすぐに寝るから。」
ドラコは少しの沈黙の後、絞り出したような微かな声で答えた。3人は不安気にドラコを見つめたが、怒らせると厄介だと思ったので、そのまま言う通り自分達の寝床に着いた。
一方でグリフィンドール寮ではみんな寝床についていた。しかしハリーはまだ起きているようで、何かに取り憑かれたように、忍びの地図と睨めっこをしている。
「ねえ、ロン!マルフォイが寮を抜け出した!様子が変だ!さっきも焦った感じだったし、絶対何か隠してる!」
深夜1時を回ったあたりで、ハリーはロンを叩き起こした。
「んん…なんだよぉ。マルフォイなんか構わないで寝ろよ」
ロンは開かない目を擦りながら、眠そうにハリーに言う。ハリーは忍びの地図をまじまじと眺めて、マルフォイの文字を追っていた。
カツカツカツカツ
「ん?誰だ?…マルフォイか?どうした?起きれるか?」
リーマスが午前3時ごろ、学校内を歩いていると医務室の近くでドラコが倒れているのを見つけた。
「マルフォイのやついないな」
朝、朝食を食べながらロンがまだ眠そうな口調でつぶやいた。
「絶対昨日何かあったんだ!」
ハリーは苛立ちながらハーマイオニーとロンに向かって言葉を放つ。
「マルフォイは今日は風邪ですって。スリザリンの子達が騒いでるのを聞いたのよ。昨日も具合悪そうだったわね?」
ハーマイオニーは読んでいた本を閉じて呆れたように話した。
「あいつが風邪?珍しいこともあるんだなぁ」
ロンは興味なさそうに再び朝食を口に運んだ。
オブリビエイト2
気がつくと医務室のベッドで寝ていた。
「はぁ、、、、うっ」
ドラコは起きあがろうとしたが、苦しくなり、再びベッドに体を預ける。
「あら気がつきましたね!よかった!これ飲めるかしら?」
マダムポンフリーはその音に気がつくと、ドラコの背中に手を回し、起き上がらせてあげようとする。
「…大丈夫です。ありがとうございます。」
ドラコは苦しそうにコップを受け取り、ゆっくりと喉に流し込んだ。
(オブリビエイト)
その一言がドラコの頭の中を駆け巡る。その言葉が頭の中に何度も響くのに、これまでの記憶はしっかりと焼き付いている。頭痛でくらくらして、胸も苦しくなるが、オブリビエイトの一言は消えてくれない。
「あらあら大丈夫?まだ良くなってないのね。この後先生方がいらっしゃるけど、それまでしっかり休みなさい」
マダムポンフリーがドラコの背中を撫でながら、コップを片付けようとする。その時、ドラコはハッとし、自分が涙を流していることに気がついた。
その後寝ようとするが寝付けず、ダンブルドア校長、スネイプ先生、マクゴナガル先生、ルーピン先生が訪ねてきた。
「ドラコ、体調はどうだ?」
ルーピン先生が優しく微笑み、ドラコの顔を覗き込む。
(怖い。目を合わせてはいけない。)
ドラコはその瞬間そう感じた。そして開心術を使われているわけでもないのに勝手に閉心術を発動し、必死に心を閉ざす。
「昨日君は夜遅くに外から戻ってきて、すぐに寮に帰ったと聞いたのじゃが、午前3時ごろに廊下で倒れていたそうじゃ。何があったのか?覚えていたら聞かせて欲しい。」
ダンブルドア校長はドラコが心を閉ざしているのを知っているかのように、ドラコの目をしっかりと見つめ、問うた。
「…疲れていて、寝ぼけていたのかもしれません。…何も覚えていないです。」
ドラコは真実を悟られないように、喉が締め付けられたように僅かに言葉を絞り出す。
「何も覚えていないだと?昨日どこへ出掛けていたのか。それは覚えているだろ、ドラコ。」
スネイプ先生がいつもより強い言葉遣いで問いかけた。
「あ、、家の近くで用事があったので、出掛けざるを得ませんでした。」
先生たちからの視線がとても耐えられず、下を見ながら、右手で頭を押さえた。
「それにしては、どうしてこんなに傷があるのですか?」
マクゴナガル先生から言われて気がついた。頬と首と腕にガーゼや絆創膏が貼られている。
「…あ、えっと、、はぁ…何も覚えてないです。」
息がしづらくなり、自然と涙が溢れてくる。心を閉ざしているはずなのに、頭の中で記憶が蘇ってくる。
「まあまあ!いいだろう。まだ目覚めたばかりだ。落ち着くまで待ってあげよう。」
ルーピン先生が場を和ますように優しく声を出し、ドラコの頭を撫でる。
「そうしたら、ドラコよ。何か思い出したのであれば、すぐに報告することじゃ。いいかね?」
ダンブルドア校長はそう言い残し、他の先生達と共に医務室を出た。
サッ… 先生たちが医務室を出る前に、医務室の前を何かが通った気配があった。
ようやく一人になり、これまでのことを事細かく思い出そうとした。しかし全てを一気に思い出そうとすると自分が壊れてしまいそうで怖かった。自分の指で輝くグリーンとシルバーのリングを見つめ、ゆっくりと、1番幸せで、知られてはいけない、忘れなくてはならない思い出を頭の中で再生していく。
そう、ある少女との思い出だ。出会ったのは2年ほど前である。ルシウスの知り合いのアメリカの純血一族の娘さんだ。彼女はドラコと同い年で、ローズと名乗った。彼女たちは父親の仕事の関係でイギリスの魔法界に興味があり、いずれ引っ越してくると言っていた。だから自分達純血一族のマルフォイ家と関係を深めていたのだ。親同士が会話をしている間、ドラコはローズと部屋で会話をしたり出かけたりした。そ鬱している内に、ローズは純血主義ではないのだとわかった。親も、交際相手や結婚相手が純血であればマグルとの交流を許可しているようだった。当然マルフォイ家ではそんな教育をされていないため、ドラコは驚き、血を裏切るものだと彼女を軽蔑しそうになった。…しかしできなかった。ドラコは彼女に惹かれていて、彼女が話すマグルの世界に興味を持つようになっていたのだ。そして今学期が始まる前の長期休暇の間、親には内緒でローズとマグル界へ足を踏み入れた。これまでに二人でアメリカやイギリスの魔法界を案内するようなことはあったが、マグルの世界へ溶け込むのは初めてだった。そして彼女とのその思い出はドラコにとって非常に大切な宝物になった。そこで二人で作った指輪も彼の宝物だ。そして、新学期が始まってホグワーツに戻ってからは手紙でやり取りをし、休日に時間が合えば2人で出かけていた。周りに知られてはいけない。だけどそれが新鮮で楽しくて、幸せだった。ドラコは彼女と過ごす時間があっという間に感じていた。
「オブリビエイト」
そこで突然、その言葉が頭の中に再び響き渡る。そうだ、忘れなくてはいけないのだ。そう言い聞かせているのに彼女との思い出が鮮明に浮かんでくる。その度にオブリビエイトの言葉が繰り返され、吐き気がしてきた。
「僕はどうなってしまうんだろう…どうしたらいいのだろう」
ドラコは頭を抱え、途方に暮れたように乾いた声で呟いた。