鳥のさえずりが聞こえた気がした。
さっきまで痛んでいたはずの頭はすっかり軽くなり、瞼もすんなりと開けることができる。
ゆっくりと身体の感覚が戻って来るにつれ、自分はベッドで寝ているのではなく椅子へ座っている状態であることに刹那は気づいた。
「俺は、どうなって……?」
未だにぼんやりとする意識の中、咄嗟に前へ目を向けると木製のテーブルが視界に入り、視線を上にずらすと、そこには心配げな表情でこちらを見つめるマリナの姿が目に映った。
「良かった……ようやく、目を醒ましたのね?ソラン……」
「マリ、ナ……」
刹那が目を醒ました事に安堵し、マリナはほっと息をつく。
しかし、そんなマリナとは対照的に、刹那の心は疑念と戸惑いで心は荒れ切っていた。
「(本当に、ここは何処なんだ……?夢にしては意識がはっきりとし過ぎているが、かと言って現実でも有り得ない……)」
現状、リビングらしき部屋でマリナと二人で居る刹那。
そのリビングの窓から見える景色は一面花に覆われており、色とりどりの植物達が、別世界をこの場所へと作り出していた。
遠くの景色を見つめてもビルや家などは一つも見当たらず、まるで刹那とマリナだけが元の世界から弾き出されてしまったようである。
「身体の調子は大丈夫?頭痛は収まった?」
「ああ……なんとかな……」
険しい顔をして現状を整理する刹那は、甲斐甲斐しく自身を心配してくれるマリナに、思わず素っ気なく言葉を返す。
だが、それでもマリナの顔は花が咲いたように明るくなった。
「貴方が元気になってくれたようで、何よりよ……!本当に良かった……!」
「……っ」
「今回は、前に倒れた時よりもずっと症状が酷かったから、私……本当に心配で……!」
感極まってしまったのか、涙を流して言葉を発するマリナ。
心配をかけて、泣かせてしまった……今の置かれている状況を整理することで手一杯だった刹那も、思わず表情を気まずくさせる。
故意ではなかったにしろ、心には少しばかり罪悪感が芽生えてきてしまう。
「ごめんね……?貴方の事になると、ついつい涙脆くなっちゃって……!」
何とか表情だけは笑顔にしながら涙を溢すマリナ。
そんな彼女を見てか、不意に――刹那は椅子に座ったまま小さく頭を下げた。
「さっきは、すまなかった……マリナ」
「あ、いや!別に、これはソランのせいじゃないから……!だから、謝らないで……」
「だが、お前を泣かしてしまう程に心配を掛けた。すまない」
言い方や声こそ、あまり感情のこもっていない無機質な声での謝罪であったが、それでも普段の刹那を見ている者からすれば、別人と思ってしまうぐらいに素直な態度であった。
そんな素直な刹那を見てすっかり涙も止まったのか、マリナは目の端に涙を残しつつも再びにっこりと微笑む。
「ふふ……そういえば、貴方と私が出会った時って少し複雑だったよね?」
「……?そう、だな」
突然、昔の話をするマリナに戸惑いつつも、刹那は顔をゆっくりと頷かせる。
「検問に止められていた貴方を私が助けて、それから出身の国が近い同士で話をしようってことで、公園で話をした……そうしたら貴方がソレスタルビーイングの一員だって言いだすんだもの、あの時は悲しかったな……」
「……」
微笑んでいた顔に少しだけ陰を落としてそう語る彼女に同調するようにして、刹那も表情を暗くした。
無理もないだろう……戦うよりも対話による解決を求めていた彼女へ現実を突きつけるかの如く、まだ一般的には子供と言われているような少年が、目の前で”実際に戦っている”と自ら言ったのだ。理想ばかりを見ていたマリナにとって、それは耐え難い程に辛い出来事だったには違いない。
何か励ましの言葉を掛けるべきか……?そんな事を思い、刹那が改めてマリナの顔を見つめると、その顔は再び微笑みへと変わっていた。
「――でも。あれがきっかけで私もソランとも出会えたし、ソランのような人達が居る事も理解できた……だから私は、ネガティブには捉えてない」
「マリナ……」
「この世界で唯一無二の存在の貴方に出会えた。その為に、あの事を経験したって考えれば、少しは前へ進めそうな気がするの!」
そう言って刹那に微笑むマリナは、純粋で曇りのない瞳をしていた。
眩しい……その姿はとても眩しい。幼い頃から戦場に駆り出され、母親の温もりも分からぬままに穢れと憎しみだけを知り尽くしてしまった刹那。
優しさや温もり、それを甘さと言われる世界に生きていた刹那にとって、マリナとの出会いや触れ合いは、かつて忘れていた感覚を思い出させてくれるものだった。
「だからね……私はそんな大切な貴方に幸せでいてほしいの。誰かの為、世界の為だけじゃなくて、自分の為に生きて――ソラン」
「自分の為に……生きる……」
「そう、自分の為に。貴方は機械でも何でもない、一人の人間なんだから……」
実感は湧いてこなかった。常に戦いに身を置いていた刹那には、自分の為に生きる事がどんなものなのか想像もつかない。
感情豊かなプトレマイオスの[[rb:仲間 > ・・]]達との交流を経た今でも、自分のやりたい事や自分が幸福になる図が見えないのが正直なところだ。
だが、一つだけ刹那に望みがあるとすれば……それは――
「……マリナ、少しだけ外へ出ないか?」
「いいけど……どうして外なの?」
突然の刹那の提案に首を傾げるマリナ。
そんなマリナの瞳を真摯に見つめ、刹那は続けて言葉を発した。
「話したい事がある、大事な……話だ」