刹那とマリナが家を出ると、そこには窓越しから見ていた景色よりも綺麗な花畑が広がっていた。
赤、青、黄色といった具合に散りばめられた花達が咲き乱れており、快晴の空から射す太陽によって、その花達は一層輝いて見える。
二人は、そんな花畑に舗装されていた一本の道を歩きながら言葉を交わした。
「まず、俺から聞きたい事がある。ここはどこなんだ?」
「どこって言われても、私にも分からない。ここがどんな場所で、どんな所なのか……でも、ソランなら薄々気付いているんじゃない?」
「……夢、なのか」
質問に対して答えを返す様に、マリナは少しだけ寂しそうにして笑う。
「仮にそうだったとしても、私はソランと一緒に居れて嬉しい。それに、ここでなら離れていても貴方に会えるから……」
「お前は、それでいいのか?マリナ」
「良くはないわ……本当だったら、貴方と直接会って話をしてみたいもの。でも、お互いに色々と立場があるから、気軽に会うのは難しいでしょうね……」
そう言って顔を俯かせるマリナに、刹那は掛ける言葉もなかった。
事実として、アザディスタン王国の皇女という立場でのマリナと、ソレスタルビーイングの一員として世界中や宇宙を飛び回る刹那では、互いに会う機会など中々作れない。
というよりも、そもそもテロリストのような扱いを受けているソレスタルビーイングのメンバーと、王国の皇女が私的に会うなど絶対に許されない行為である。
刹那とマリナも、その現実を認識しているからこそ、互いに一歩踏み出すことができなかった。
「……」
「……」
いつの間にか場に漂っていた気まずい空気に押されてか、二人は口を完全に閉じた。
お互いに聞きたい事や、話したい事が頭の中に溢れる程あったはずであるが、どうにもそれを話す気が不思議と起きなかったのだ。
道端に生える美しい木々や花達を見つめつつ、平坦ではあるが長い道のりを一緒に歩いてゆく二人。
言葉は発さなかったものの、二人の表情は特段暗いものではなく、少し考え込んでいる様子であった。
「(自分の為に生きる……か)」
刹那はその意味と結論を出す為に、ひたすら脳内で思考を繰り返す。
この世界から去る前までには彼女へと伝える……その一心で、無限に続いていると錯覚してしまいそうな道を踏み締めた。
歩いて、歩いて……しばらく一本の道を歩き続けていると、やがて――公園の広場のような所へと辿り着く。
一見、ありふれた公園のように見えたが、刹那にはこの場所に見覚えがあった。
「ここは……まさか……」
「ふふ、懐かしいわね?この公園」
すっかりこの場所が何処かを気付いた刹那に、マリナは嬉しそうに笑いつつ、公園の奥の方へと足を進めていく。
「さっきは、黙り込んじゃってごめんね。私も、何を話そうかって迷っちゃって……」
「気にしなくていい。俺も聞きたい事があったが、言葉に出てこなかった」
「そう……じゃあ、どんな事が聞きたかったの?もしかして、貴方が見た夢の事についてかしら?」
「……!ああ、そうだ」
聞きたかった事を言い当てられ、目を見開かせる刹那。
マリナは少しだけ空へ瞳を向けると、その夢について語り始めた。
「まず、貴方がここに来たのは初めてじゃない……と言っても、前に貴方がここへ来た時はベッドの上でずっと眠ったままだったから、貴方は全く覚えてないと思う」
「じゃあ、そこで眠っていた時に俺は夢を見ていたのか?」
「ええ。あの時の貴方は、かなりうなされていたわ……正直、見ている私が辛くなっちゃいそうで……っ」
そう言うと、マリナは軽く拳を握り締め、表情を険しくする。
「ずっとソランが、叫んでたの。”俺は撃ちたくない”、”俺は母さんを殺したくない……!”そんな事を何度も、何度も……何度も言って……っ!」
悔しそうに顔を歪ませ、マリナは一瞬だけ語気を強めるが、すぐに気を取り直したようにして刹那に言葉を掛けた。
「ごめんなさい。冷静に話そうとはしてたんだけど、ついつい感情が出ちゃって……」
「いや……元はといえば、お前にそんな姿を見せた俺にも責任がある」
「そんなッ!貴方の責任なんかじゃ――……いえ、ソランはいつもそうやって自分で背負い込もうとする人だったわね……」
相変わらず何もかも自分の責任だと思い、馬鹿真面目に信じた道を突き進む刹那の姿。
刹那がマリナの優しさや包容力に惹かれているならば、マリナは刹那のそんな真っすぐな姿勢に惹かれていた。
「もう、着くな……」
「そうね。あの場所に」
少し緊張した面持ちをする刹那に微笑み、マリナは刹那の手をそっと握る。
最初は驚いた顔をしていた刹那だったが、数秒後には握られた手を握り返して穏やかな笑みを浮かべ、目の前まで迫った
――ああ……懐かしい。
石造りの橋から見渡せる無数の森林、そして周りの花壇に植えられていた色とりどりの花。
そこはかつて、刹那とマリナが初めて面と向かって会話をした公園……詳しく言うならば、スコットランドのとある公園であった。
「もう、あれから数年経つのよね……時の流れも随分速いものだわ」
「そうだな。俺自身も正直言って実感がない」
橋の手すりまで歩みを進めた二人は、互いに昔を懐かしむようにして言葉を漏らした。
「ねぇ、ソラン」
「何だ?」
「ソランは、私と出会えて良かった?」
「ああ、間違いなく良かった……間違いなくな」
マリナの問いに空を見上げつつ答える刹那。その顔はとても満ち足りていて、清々しい顔をしていた。
――いつまでも、この世界に居たい。
奇しくも二人は同時にそんな事を願い、同じ青空を眺めていた。
そんな綺麗な青空も、気付けば真っ白な物へと塗り替わり始めている。
先程まで歩いていた道や花畑も白くフラットな物へと変貌しており、気付けば白く染まっていないのは、この公園だけであった。
「……マリナ、お前が言っていた”自分の為に生きる”その事について、俺なりに考えた」
「そう……結論は出た?」
「いや、結果から言うと俺は答えを出せなかった。やはり俺には、仲間とお前を守ることしか頭に浮かんでこない」
あまりにも素直で、頼もしい刹那の言葉。
一瞬だけ目を丸くしたマリナだったが、すぐに刹那の方へと身体を向け、少しだけ赤く染まった顔を見せた。
「私は、ソランらしくていいと思う……他人の事を一番に考えれる優しいソランっぽくて凄くいい……」
「なら……良かった。お前の喜んだ顔が見れて、俺は満足だ」
刹那はそう言って、マリナの顔をじっと見つめた。
「(不思議だ……母と顔が似ているわけでもないのに、俺はマリナにいつも母の面影を見ていた……)」
自分の手で殺した母の事は完全に忘れ切ったつもりであったというのに、いつもマリナを見ては母を思い出していた。
”もう二度と自分の母は帰ってこない”それが分かっているからこそ、母性を感じさせるマリナの事が気になっていたのだろうか?
ペンキを塗るようにして公園を浸食していく白を見つめ、刹那が何度も自分の中で自問自答を繰り返している中、不意にマリナは懐から何かを取り出した。
それは――
「花?」
「そう、花。カキツバタって言うの」
刹那の質問ににっこりと微笑み、マリナは取り出した花の茎を両手で丁寧に持つ。
四つの花弁にそれぞれ美しい紫を色付かせているその花は、他の花と比べても、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。
「見たことない花だ……」
「ふふ、ソランがそう思うのも無理ないわ。本来、この花はアジアやロシアの方にしか咲いてないの……でもここは夢の中、本当は咲けないはずの花も咲いてくれる良い場所……だったわね」
そう呟いて、白一色に支配されつつある光景を寂しそうに見つめるマリナ。
もう既に、自分達の立っている橋の一部分しか残されていない夢の世界……その終わりを悟ったかのようにして、マリナは今までで一番の笑顔を刹那へと見せた。
「私はソランを応援するわ。でも、やっぱり仲間や私を守る事ばかり考えて、自分の事を蔑ろにはしてほしくない……だから、この花を貴方に」
「俺に?」
「ええ。人の為に頑張れる貴方だからこそ、私はこの花を贈りたいの……受け取ってくれる?」
刹那に柔らかな笑みを見せ、マリナは両手で持っていた花を刹那の胸の前に差し出した。
一瞬だけ……ほんの一瞬、伸ばそうとした手を躊躇しそうになってしまった刹那だったが、もう一度マリナの顔を見ると、彼女の手に重ねるようにして花の茎を両手で握る。
「良かった……ちゃんと受け取ってくれるのね?ソラン」
「ああ、もちろんだ」
マリナの言葉に力強く頷く刹那。
そんな刹那の顔を聖母のような笑みで数秒間だけ見つめ、マリナは花の茎から両手を放した。
すると――残り僅かに残されていた橋も消え、一気に辺り一面が真っ白な空間へと変わってしまう。
「そろそろ、お別れみたいね……ソラン」
「そう、だな……」
悟ったように周囲を見渡し、自身の身体を眺めるマリナ。
その身体は、まるで霊体にでもなってしまったかのように透けてしまっており、刹那も同じような状態に陥っていた。
しかし、二人はそれに動揺することなく、互いの目を見つめ合う。
「現実世界で会う時は、もっと話をしましょう……もっと、お互いの事を分かり合いましょうね……?」
「ああ……俺とお前はもっと分かり合える」
「じゃあ、それまで生きていてね?今度は平和な世界でありますように……」
身体が透けていくと共に薄れゆく意識。
それでもしっかりと想いを伝え切った……思い残す事は何もない、何もないはずだった。
「……母さん」
白く染まる意識の中、刹那は自身でも気付かぬ内にそう呟いていた。
ここに自身の母など存在しない、彼女は
だが、いくら自身に言い聞かせていたとしても、やはり彼女へ姿を重ねてしまう。
別れる最後まで自身の闇に苦しめられる刹那。
僅かに残った意識の最後ではっきりと聞こえたのは、マリナによる救いの言葉だった。
「自分を許してあげて、ソラン。これからの幸せは貴方の物、きっと貴方にも幸福が来るわ……過去ではなく未来に生きて」
その言葉に返事こそ返せなかったが、刹那は心の中にその言葉を刻み込んだ。
――絶対にお前の言葉を忘れはしない……絶対、に……
プトレマイオス2、廊下。
普段ならある程度は話し声も聞こえてくるはずの船内は、搭乗員の大半が寝静まった事で、不気味になってしまう程に静まり返っていた。
敵の反応を示すレーダーに異常がない限りは各員、休養に努めること……それがスメラギ・李・ノリエガの指示であったが、そんな廊下に人影が一つ見受けられる。
「……綺麗だ」
自身の部屋の前の壁にもたれかかり、手に持った紫の花を見つめるガンダムマイスター刹那・F・セイエイ。
その瞳には、まるで恋人か家族を見つめるような親しみが籠っており、同時に昔を懐かしんでいるような印象さえ与えた。
「マリナ……」
紫の花――カキツバタを持ち、夢の出来事を思い出す刹那。
色々と非現実的な夢ではあったが、それでも彼女に言われた言葉の数々を忘れはしない。
いつか、夢の中で彼女と話した事を必ず実現する……ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして戦い抜き生きて、必ず。
静かに花へと誓いを立てる刹那を応援するかのように、カキツバタはほのかに発光するのであった。
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