‐жертва-   作:姊園 理違

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手紙

 これが最後の一杯となるリャージェンカをコップに注ぎこんだ。

 小さい頃からこの飲み物が好んでいて、甘くて嫌な事を全部溶かして無くしてくれるようなそんな味が好きだ。

 この前、初めて合成のリャージェンカを飲んでみたけど、所詮は味の薄れた模倣品。だが今度からは良くて合成飲料、悪くてもう飲めないかもしれない。

 なので、今日はこの最後の味を心ゆくまで堪能する事にした。

 コップを手に取り、小さくまとめられた荷物をぼんやりと見つめる。もうちょっとで、この家ともお別れだ。たぶんもう帰ってこれない。

 私の住んでいる所は他の住宅と比べ少し大きめな方だけど、次の家がどうなるのかは検討もつかない。

 疎開先は、米国のアラスカ州。

 昨年の1982年に50年の租借が決定し、各地で移設が始まっている。

 それで今度は私達、一般市民。

 海を渡り国境を越えてしまって、温度やら湿度やらで最初は大変そう。

 でもまぁ、BETAがいるユーラシア(ここ)よりは良いんだけど。

 私は故郷なんてものにあまり思入れないがなく、ただ偶然そこで生まれ育って、生きてきた。

 ただそれだけの場所だと思っている。

 リャージェンカを少しずつ口に含みながら、机へと向かう。

 この大きな机はアラスカへは持っていけない。小学生の頃から置いてあった物でそれなりの愛着を持っていたから、こんな形で手放す事になるのは寂しい。

 引き出しから紙とペン、封筒を取り出し並べていく。

 夫も私の両親も、誰一人いない今のタイミングだから書ける。

 住んでいる家もわかるんだし、会いに行けばいいんだろうけど如何(いかん)せん今会うのはちょっと辛い。

 だから、こうやって手紙を送る事にした。しかし皆のいる所で書くのは恥ずかしい。正直、回りくどいとは自分でも感じている。

 

『──拝啓、アルジェイのお母様。私はアナスタシア・クドリナ。貴方の息子、アルジェイ・グラスキーの友人です』

 

 なんか、これ……ちょっと変? 堅苦しい? と、ペンを止めた。

 相手の母親に手紙を出す経験は、私にはなかった。

「ねぇ──どう書けば良いと思う?」

 自分のお腹へと手を当て、答えを求めたが何の返事も返ってこない。

 そんな当たり前のことに苦笑しつつも、中で実りつつあるいのちを愛でるように撫でた。

 君は生まれてきた時に何をしたいか、どんな自分になりたいか、私のお腹の中で考えてくれるだけで良いから。

 お母さん、それだけで幸せだから。

 もう一度ペンを握り机に向き合うと、断片だらけの記憶を探り当てながら書き綴っていく。

 この人生は何か、欠け過ぎているのだ。

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