‐жертва-   作:姊園 理違

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1.少年

□1977年

 

 生まれた頃から、私は同じ所に住んでいる。

 特別大きな出来事なんてある訳もなく、ごく普通に育っていった。

 しかし世界は、たった一人の事なんて置いてけぼりにして、簡単に変わっていく。

 4年前、テレビでBETAの着陸ユニットが喀什に落下したニュースを見た時の事を、今でも覚えている。

 それから、各地に“ハイヴ“という宇宙人たちの基地が増え続け、1年前にはモスクワも潰され、ソ連領土も徐々に削られていった。

 「正直マズいのでは?」というのが女子一般市民の直観型楽観的感想。

 食料の物価も少々上がっていると聞くし、最悪、疎開とか難民キャンプとかになるかもという話も出ている。

 

 しかし、BETAがいる世界よりも私の心の方が憂鬱だった。

 私はというと絶賛、不登校中。

 学校に行かず、朝から人気のない公園で学校が終わる時間まで暇つぶしをしている。

 こんな生活続くわけない、そんなのはわかっているけど今は学校がというよりも、()に対して怯えている。

 今までは普通に学校を過ごせていたが、最近になって嫌われるだけの能力を持ってしまったのがこうなった原因だった。

 

 一か月ほど前、授業中に前席の男の子から何か『色』の様なものを感じ取った事から始まった。

 その時はそれが何なのか、どういう意味なのかわからなかったが、前の席の子だけじゃなく、同級生、先生、両親や近所の人、それぞれに別の色を感じ取れるようになってきていた。

 但し、テレビに出ている人や本に載っている人では何も感じ取れず、感じ取るにもその人に近づかなくてはならない。

 色を感じ取れるようになってから一週間が経ち、前席の子の色を見ていると、それは言葉の様になっているとわかった。

『早く家に帰って、おやつでも食べたいな』

 それが彼の色の正体。色は言葉であり、その人の考え。

 コツを掴んでくると、他の人の考えている事も段々とわかるようになってきた。

 この色は、皆が頭の中で考えている事だったのだ。

 明日出るおやつも、テストも、皆とやるゲームでも、何でもわかっちゃう。

 凄い力持ってしまったようだ。そこで私は、この力を使って皆の悩みを解決してあげようと考えた。

 ──まずは、一番仲良しのレイラの悩みを解決させようと試みた。

 レイラは同じクラスのフランツが好きだというのを、色を見て知った。

「ねぇ! フランツ!」

「なんだよ、アナスタシア」

「実はね、レイラはフランツの事が好きなんだよ」

 唐突な思わぬニュースに注目を集めてしまう。

 顔を赤らめ、涙目になって私の顔を見つめるレイラはおかしなことに今まで見た事のない色を発していた。

 心を貫かれる様な恐怖、見つめるだけで飲み込まれてしまう様な黒色。

 そんな身の毛のよだつ色がレイラから発せられている事に驚きを隠せなかった。

「私……別にフランツなんて好きじゃないから!」

 そう言って、レイラは逃げるように教室を出ていった。

 どうしてなのレイラ? 告白できるタイミングだったのに。

 

 次の日から、私はレイラから無視される様になってしまった。

 色を読むと、私に対しての嫌悪が彼女から感じられた。

 確かに考えてみると、昨日の事はやりすぎだったかも。

 でも次からは間違えない、絶対成功させる。

「マリーナ! 飼っていた猫が死んでも大丈夫! 私が一緒に埋めてあげるから!」

 皆、支えになれれば良いな。

「ヤロスラフ、小うるさいおばあちゃんがいて大変だね、施設送りになれば良いのにね!」

 でもどうしてなんだろう。

「先生、他の男の人と会ったのが旦那さんにバレちゃったんですか? でも、先生がダメだと思います! 浮気はダメですよ!」

 どうして皆、私に向ける色が黒くなっていくんだろう。

 

 ある日、階段で転んだ。

 足も腕も全部痛い。

「……もう私の目の前に現れないでよ」

 紛れも無くレイラの声だった。

 はっとして酷い痛みの中無理やり体を起こすと、レイラは階段の上から私の事を下劣な物を見るような目で睨んでいた。

「レイラ……?」

 どうして、そんなにぐちゃぐちゃな黒色になってるの?

 

 ※

 

 遠くから鳴り響く学校の鐘で目を覚ました。

 気付いたら公園の遊具の中で寝ちゃってたみたい。

 よりにもよって、馬鹿な思い出を夢に見てしまうだなんて……。

「もう日が暮れちゃった、寒いな」

 帰ろうとして、先ほど描いていたぐちゃぐちゃとした黒い絵をスクールバッグの中に押し込んだ。

 遊具からゆっくりと出て辺りを見渡す。

 誰もいない、いるのは小さな雪たちだけ。

 あなた達なら歓迎よ、だって考えている事がわからないのだから。

 そっと遊具から出ると、鼻歌を歌いながら歩きだした。

 最初から歌うのがめんどくさいから、サビだけ歌う。

 公園を出ようとしたその時、鼻歌は終わりを迎えずに途切れる。

 後頭部にぶつかってきた雪玉が、終曲を阻止してきた。

 振り返ると、怒った顔で一人の男の子が紙を片手に立っていた。

 同じクラスのアルジェイ・グラスキー。

 彼が私の方へと迫って来る中、体が強張ってしまいその場で立ち止まった。

「お前、学校来いよな!」

 アルジェイの説教混じりな怒声に逃げ出したくなった。

「お前が学校来ないせいで、俺は毎日プリントを届けに行ってるんだぞ! それなのにお前は家にいないし、学校が終わって探しに来たらこんな所にいるし、何なんだよ!」

 ──あぁ、そういうことか。

 てことは、お父さんやお母さんは私が学校に行ってないのを知ってるのに黙っててくれたんだ。

「……貴方には関係ないでしょ」

 それ以上触れられたくなくて簡潔に返して去ろうとした瞬間、二発の雪玉が背中に飛んできた。

 振り向くと、何個も雪玉を作ってがむしゃらに私の方へと投げつけてくる。

 何個もの雪玉が当たり、鈍い痛みに耐えながらその場を逃げた。

「おい、逃げるな! おい!」

 そんな大声も振り切って家の方へと全力で走る。

「明日、学校来いよな! こなかったら酷い目に合わせるからな!」

 もはや脅迫だ、あんな男子と関わりたくない。

 なんだか今日は最悪な帰り道だ。

 

 次の日も学校に行かず、公園の遊具の中で過ごした。

 ここは私が落ち着ける場所。静かだし、昼間は誰も来ない。

 この間みたいに余計な事を言って誰かを傷つける心配もない。

 今日も時間になり、学校の鐘が鳴る。

 もう帰ろう、またあいつがやって来るかもしれない。

 遊具から顔を出そうとした瞬間、色を感じ取り警戒すると案の定雪玉が頬の辺りをかすめた。

 落ち着ける場所が、これから戦場へと変わっていく。

 さっき鐘がなったばかりなのに、早すぎるのよ。

「なんで学校来なかったんだよ」

 雪を踏みしめる音と共に、鬼の形相になっていたアルジェイ・グラスキーが力強くこちらへと近づいて来る。

「アナスタシア、いい加減にしろよお前」

 遊具の中に隠れている私を、覗くようにして睨んできた。

 負けぬようにこちらも睨み返す。

「学校に来いって言っても来ないし、お前いつもここで何してるんだよ」

「……だから関係ないって」

「学校に行かないんだったら、家にいろよ。いちいちこっちは探しに来てるんだぞ。てか来いよ」

「プリント置いて帰ればいいじゃん、そういうの気持ち悪いよ」

「お前なぁ~……」

 彼からは怒りの色がはっきりと見えていた。

 家に引きこもってたら、罪悪感みたいなもん抱いちゃうし、いらない心配もかけたくないし。

「プリント貰っておくから。いつもありがとうね」

 少々強引に彼の持っているプリントを奪い取りそのまま、背を向けて歩き始めるとキュッキュと雪玉を作る音がした。

 それしかレパートリーが無いのかしら。

 さっさと帰ろうと無視していると、彼は叫んだ。

「逃げるなよ! BETA野郎!」

「……BETA野郎?」

「学校に来ないのはクラスにいるのが気まずいからだろ! あんなの見てたら、見てるこっちだって胸糞悪いぜ。雰囲気ぶち壊したクズだよ! クズ!」

 アルジェイはそう叫びながら、雪玉を何度もこちらに投げつける。

「私は…………!」

 私は目一杯雪をかき集めた。何でこんな子供臭い事をしているんだろう。

「BETA野郎なんかじゃ……ないっ!」

 怒りを込めた渾身の一球だった。

 アルジェイを目掛けて宙を舞う雪玉は、顔面直撃コースで傷を与えることができる。

 よし! と心の中で勝利を確信する。

 ──しかし、怒りに任せて雑に造られた雪玉は空中で崩れ落ち、アルジェイの二歩手前で沈没した。

「………………何だそれ」

 もう一球、今度こそ当てようとぶん投げる。

「うるさいっ……!」

 崩れる事は無かったが、今度は普通に避けられた。

 無駄に力がこもってしまったせいで息をあげる。

「──くそっ……!」

 何度も『当たれ』と必死に投げても、一球も当たらない。

「下手くそ! 当てる気あんのかよ宇宙人!」

「うるさいって言ってんの!」

 喧嘩はいつの間にか、開始の合図も互いの了承も無くただの雪合戦へと発展した。

 

 かれこれ20分続いたこの戦争は、私が雪の上に倒れ込んだ事によって終わりを告げた。

 降参の意思表示のつもりだった。

 頭が回らず、冷たい空気が肺を内側から刺してくる。

 アルジェイは私に投げようとしていた雪玉から手を放し、私の隣へと座り込んだ。膝の上に手を置き、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

「なぁ……アナスタシア」

 空を見上げながら、アルジェイは話し出す。

 敵意のある色は今の彼にはもう感じ取れなかった。

「皆が『誰にも喋っていない事をアナスタシアが知ってて不気味だ』って言ってる」

 それはそうだろ。相手の心を読めるなんて言っても、分かって貰えるわけないのだから。

「……どうして皆の秘密が分かるんだ? 誰にも言わねぇから、俺にだけでもお教えてくれないか?」

 まだ警戒心を解くことはできないが、今の彼には怒りも私を利用しようとするような暗い色は感じ取れない。

 ただの疑問、興味。

 私は、白い吐息をもらしながら口を開く。

「一か月くらい前から、皆の心がわかる様になってきたの……色とか絵みたいで。最初はなんなのかさっぱりだったけど、それが相手の気持ちや考えだっていうのに気付いたの」

 それ聞き、アルジェイは物珍しそうに視線を向けてくる。

「本当なのか? それ?」

 足元を見つめながら小さく頷く。

 アルジェイは少し黙り込んだ後に起き上がり突然。

「すっっげぇーー‼」

 と大きな声を出した。

 そのけたたましい叫びが公園中に木霊する。

「なんだよそれ! 超能力⁉ 相手の心がわかる⁉ 本当に⁉」

「う、うん」

 私はただただ圧倒され、その場でキョトンとしてしまった。

「じゃじゃじゃ、じゃあさ、俺が何を考えてるかわかる?」

「え、えっと、アナスタシアすげぇ……」

「うわあぁ、当たってる‼」

 感情がそのまま言葉に出ているだけなのだから、私じゃなくても理解できる。

「はぁ……人の考えが読めるなんてすげぇよお前。良いなぁ、俺も人の心が読めるようになりてぇなぁ」

「そんなの意味ないよ」

 そう言って、アルジェイの感動を凄然と切り捨てた。

「ふーん、まっ、凄い奴には凄い奴の悩みがあるよな」

 あまり深く考えない人なのかもしれないが、問い詰められるよりは断然良かった。

「私……このこと言ったの初めて」

「俺以外誰も知らないの?」

「うん」

 私の返事を聞いて、少し考えると何かを決心した色を見せた。

「……お前、どうせ明日も学校来ないんだろ?」

「うん……」

「じゃあ、明日から俺のノートをコピーしたの持ってきてやるよ」

「……え?」

 その言葉には嘘の色を感じない、だけどどうして?

「どうして、私なんかの為に?」

「どうしてって……どうせ学校が終わるまで間は暇なんだろ? だったら、勉強でもって思っただけだよ」

 それは彼の純粋な、裏も闇も無い心遣いだった。

「でもコピーは?」

「そんなの学校の先生に言って、コピー機でも貸して貰えば良い。字の上手さだけは期待するなよ?」

 アルジェイの温かい笑みにつられて思わず口元を緩ませながら、小さく「そっか」と頷いた。

 この能力を得てから、私にこういう笑顔を向けてくれたのは彼が初めてだった。

 アルジェイは私の手を握り寝そべっていた体を起こすと、「じゃ、また明日だな」と言って歩き出した。

「明日の放課後、持ってくるから。それと、BETA野郎とかクズとか言って悪かった。また明日な!」

 私は公園を出ていく彼の背中を見送る。それから触れられた温もりを思い出しながら、自分の手のひらをじっと見つめた。

 

 ※

 

 アルジェイは学校帰り、毎日欠かさず公園へ顔を出してくれた。

 クラスにちゃんとした友達がいるだろうに、私にコピーしたプリントを忘れることなく渡しに来てくれる。

 アルジェイに悪い色はない。私に対して嫌悪が一つもない。

 不思議、こんな私を気持ち悪がらない人がいるなんて。

 ずっと雨模様だった私の世界に、少しだけ晴れが訪れた。そんな気分だった。

「なぁなぁ、なぁ」

「はいはい、はい」

 プリントを見ながら、教科書と照らし合わせてノートに書きこんでいく。

 なので目を合わせて話している暇がない。というか、今は目を合わせるのが何か恥ずかしい。

「俺、衛士になろうと思うんだ」

 ペンを動かす手が止まってしまう。

 目の前のプリントに集中しようとしている中、突然言われた予想外の宣言だった。

 だからこうして驚いて、彼と顔を合わせてしまっている。

「え、衛士? ……何で? 私達、ロシア人だよ? 戦うのはロシア民族の以外の人に任せれば良いんだよ」

「そこが問題なんだ」

 一点の曇りも見えない、勇気に溢れている色だった。

 そんな表情、今まで見た事が無い。

「知ってるか? 非ロシア民族の子供は生まれてすぐ、親元を離れて軍の施設に入れられるんだぜ?」

「え……?」

 生まれてすぐ……? 赤ちゃんの頃から親元を離れて、BETAと戦う軍人になる為に?

 そんな現実があるのかと言葉を失いながらも、おかまいなしに彼は続けた。

「ソ連が聞いて呆れる。ロシア人だけこんな風にしてて、同い年の子供たちは軍で訓練して、最終的には兵隊だ! そんな現状があるのに俺はのうのうとする事なんて出来ない」

 意味が分からない。

 確かに生まれが違うだけで理不尽なのはわかる。でもその人はその人、私たちは私たちだ。

「だ、だから? ロシア人の私達に関係ある?」

「俺は皆を、ソビエトを守りたいんだ! 非ロシア民族だけに戦わせる訳にはいかないだろ」

 アルジェイは粗暴にスクールバックを手に取ると、勢いよく立ち上がった。

「アナスタシアの言う事はもっともだとは思う。でも俺は一人でも多くの人を救いたいんだ」

 「じゃあな」と少しだけ強めな声で公園を後にした。

 そんな彼の背中を黙って眺めるしかなかった。

 彼の色に嘘はない、本当に軍に入る気だ。

 どうしよう、アルジェイが軍に入ったら、BETAに食われて死んじゃうかもしれない。

 そんなの嫌だ、彼が軍に入るのを止めなくちゃ。

 

 次の日もアルジェイは、公園へと訪れて来た。

 コピーを受け取って、教科書と照らし合わせながらペンを走らせる。

 5分くらい経ち、色を感じ取りながら頃合いだと思ったタイミングで話しかけた。

「ねぇ、軍とかやっぱやめない?」

「はぁ? なんだよそれ」

「ほら、この前お父さんが戦術機の設計局に勤めているとか言ってたじゃん。だから、そういう所とかさ……」

 仲良くなって数日経った頃に、父親が戦術機の設計局で働いていると話していた。

 軍にも関わりはあるしと、提案したが彼は。

「嫌だよ、あそこは倍率とか激しいんだよ。俺そんな頭良くないから絶対落ちる」

 と、切り捨てた。

「ミコヤム・グルビッチなんて、今から勉強すれば行けるよ」

 昨日ちょっと調べただけで、私はその会社の入社条件の難しさなんて理解しきっていなかった。

「後方で武器や機体を作ってお金を貰っても、それを取り扱う軍人がいなきゃ意味ないだろ? 乗る人がいなくなったら、一般人から徴兵される事だってもう遠くない話なんだぜ?」

 説得力のある理由に何も言い返せなかった。

 私も頭は良いほうじゃないから、彼の言い分に対する弁論が何一つ浮かばない。

 アルジェイは続ける。

「ソビエトを守るって事は、お前を守るっていう事でもあるんだ」

「…………私?」

 その言葉で、心臓の鼓動が一つだけ大きく上がるのを感じる。

 しかし、『怖い色を見た訳でもないのに、なんで心臓がおかしくなったんだろう』と頭の中は理解不能の文字を上げるだけで、彼を見つめるのに精一杯だった。

「だって俺の大事な友達だからな。ソビエトを守るって言ったけど、さすがに全員を守るのは現実的な話、無理に近い。それはわかってるけど、ならせめて大事な人達だけは守ってやりたいんだ」

 少女ながらに彼の言葉に光を感じた。

 色も勇気に満ち溢れており、こうなっては彼は止まらない。

 でも、衛士になったら死ぬかもしれない。そんなの嫌。

 感情が入り交じり、私の頭の中は少しずつかき乱されていた。

「衛士になったら、私を守ってくれるの……?」

 止めたいはずなのに、自分の口から出た言葉はやけに素直な本当の声だった。

 求めた答えを彼の口から聴きたくてしょうがない。

 じゃないと私は、この気持ちは……。

「何言ってんだよ、バーカ」

 彼は笑いながら、掌を私の頭へと乗せてきた。

 アルジェイの暖かな手が私の頭についた雪を払いのける。

「お前は俺の親友なんだから、絶対死なせねぇよ」

 その言葉を聞いて、安心すると共に痛ましい気持ちになった。

 彼の掌が頭から離れると、私は地面を見降ろすように頭を下げた。

「り、りんどん……」

「りんどん?」

 不思議そうに問いかけるアルジェイにはっとして、思わず口を塞ぐ。

 今の私は、傍から見たらボルシチの様に顔が赤くなっているのだろうか。

「えー、えと、戦術機の銃の音……のその……」

 戦術機の銃から弾が出た音が「りん」、BETAに当たった時の音が「どん」。

 それを私は「りんどん」と呼んでいる。

「突撃砲の事か?」

「そう、それ」

 少し動転していたからって、変な呼び方を口走ってしまうなんて。

「なんだそりゃ、変な奴」

 そう言って、微笑する。

 アルジェイが笑ってくれたので、多少恥ずかしさが紛れた。

「じゃあ、その『りんどん』をBETAに撃ちまくって、守ってやるよ」

「うん……うん」

 彼を衛士になる事を止める事は出来なかった。

 色を見れば、彼の衛士になるという気持ちは純粋な物だとがよく分かるのに。衛士になったら死ぬかもしれないのに。

 この時だけは、彼の『色』ではなく、『言葉』だけでアルジェイは大丈夫だ。と妙に納得してしまった。

 

 私の色の能力の事を両親に打ち明けた。

 死ぬまで秘密にしようと思っていたが、アルジェイに「せめて親だけにでも相談したら良いんじゃないのか?」と言われたからだ。

 あまり好きではなくても、親にはこの事は打ち明けた方が良いのは確かだ。

 自分で分かる範囲で全て伝え切ったことで、秘密にしていた事を明かし、少しだけ気分が楽になったが、私の話を聞いて両親の色が変わっていく。

 二人は黙りこんでしまい、重い沈黙が部屋を包み込んだ。

 色を読んでみると、「ESP発現者の可能性」と二人の考えが一致していた。

 ESP発現者? なんのことだろう。

 すると、お父さんが立ち上がり机の上の資料を漁り出して何かをパソコンに打ち込み始める。

 お母さんは私の手を繋ぎ、一言。

「明日、病院に行きましょう」

 私はお母さんの淡々とした様子に動揺しながらも、頷くしかなかった。

 その間、二人の色を読んでも出てくる言葉は「ESP」「ESP発現体」ばかり。

 その言葉の意味は、まだ私には理解できない。

 

 次の日、車で街外れの大きな病院に連れて行かれた。

 よくわからない内容の筆記診断テストをして、脳波計測のような事もやらされた。

 はっきり言って、その場の異様な雰囲気にただただ圧倒されていた。

 

 帰り道。少しクタクタになってしまい、後部座席で窓から広がる風景をぼんやり見ていた。

 すると、運転席からお父さんが少しだけ気まずそうに話し始める。

アナスタシア(ナーシャ)は驚くかもしれないが……私たちの結婚は、国家プロジェクトで決められていた事なんだ」

「……え?」

 唐突な宣告に思わず目を見張った。ふとお父さんの方に視線をやるが、その後ろ姿は堂々としていた。

「ナーシャ。ここから先の話は、友達や他の人には絶対にするな」

 お父さんの色を読み、これは重要な話だというのを直感で感じ取る。

「昔からソビエトは『ESP』という、いわゆる超能力を持った者達『ESP発現体』を量産しようと企んでいるんだ」

 そんな非科学的で映画のような人たちを、国をかけて探していたというの?

 少々、有り得ないと思ってしまうことだが、嘘をついてはいなかった。

「その能力を私が偶然、発現しちゃったって事……?」

「……偶然っちゃ偶然かもしれないが、少し違うかもな。私や母さんの父さんや母さんも少なからず、そのESP発現体だったんだ」

 私の家族は、皆同じ能力を持っていたの?

 私だけのものじゃないんだ。と少し安心するが、それにしたって違和感がある。

「じゃあ、お父さんとお母さんも、私みたいに色を読めるの?」

「いや、ナーシャみたいに正確にわかる訳じゃない。曖昧にしか見えなくて、何となくという感じだし。年を取ったらそれすらもあまり感じ取れなくなってきた。──そうやって世代毎に結婚して、強力なESP発現体を増やしていくのがソビエトの国家プロジェクトなんだ」

 …………ちょっと待ってよ、そんなの。

「そんなのって、おかしいよ……」

 声が少しあらげながらも、私は嘆いた。

 人から選ばれて、結婚させられて子供産ませられて。

 生まれた私って、まるで豚や牛。

「嫌よね、こんなこと。私も最初はそれが嫌だった。今のナーシャと同じ気持ちよ。家畜だ、道具だって思って泣いた日もあった」

 同性だからこその同情だったのだろうか。しかし、どこか静穏とした物腰でお母さんが口を開いた。

「でも、だからこそこうしてお父さんと出会えたの。最初は嫌だったけど、同じ能力を持った人同士でしかわからない共通の悩みとか話し合ったりして、そうやって仲良くなったのよ」

 私が言っているのはそういう事じゃない。

 めぐり逢いが好きなのであって、誰かに決められた運命なんていらない。

 その結果、自分が生まれたと知ってしまうと更に気分が悪くなる。

 私の命は最初から利用するためのものだったの?

「大丈夫、私たちは貴方の味方よ」

 振り返えりもせず、綺麗事を言う母親。

 やるせなくただ失望したこの気持ちを、私は一生抱えていくのだろう。

 

 数週間後、病院から手紙が届いた。

 その内容は、国連のプロジェクトに参加する為に私一人でハバロフスクへ行くというものだった。

 断りたかった。どんな事をするか何も書かれていない事に、並々ならぬ違和感を感じていた。

 だというのに、両親はその手紙を読むと大いに喜んでいた。

 私の疑いとは反対に、彼らは「おめでとう」と言ってプロジェクト合流を祝った。

 私が参加すると、国からお金を貰える。

 自分の娘が得体の知れない所に行くというのに、そんなにお金と名誉が欲しいのか。

 色を見ないでも分かってしまった喜びの意味に、私は絶望した。

 

 ※

 

「よう」

 放課後の時間、公園にやって来たアルジェイの声を聞き、ベンチから立ち上がる。

 今日私は虚しさを耐え、『早く終わらせて』と心の中で何度も祈り続けて一日を過ごした。

 目の前までやって来たが、私は目線を合わせられない。

「……行くんだよね?」

 たどたどしくなりつつも、こちらから話しかけてみた。

「明日の朝な」

 私の唯一の友達。

 彼とはこれでさよなら。

 ソビエトを、私達を守る為に軍に行くのだ。

「ごめんな、アナスタシア」

 アルジェイは私に対し、謝ってきた。

 それはさよならの意味を込めてのものだと、色で感じ取る。

「もう一緒に遊んでやれない」

「……何よそれ、しょうがないじゃない。あなたが決めた事なんでしょ?」

 彼の足元だけを見て話していたが、このままではいけないと少しずつ顔を上げる。

 上目遣いで彼の顔を覗くと、私は絶望した。

 目の前にいる少年は、純然たる決意を決めた人間の顔をしていた。

 それを見て、私は──。

「わ、私ね、色読めるじゃん?」

「……? あぁ、そうだな」

 言ってはいけない事なのに。アルジェイを前に、後ろ髪を引かれながらも言葉を止められない。

「その能力が、BETAとの戦争で役立つかもしれないって。なんか、大人のひとが……」

 重要機密だった。もちろん罪悪感もある。

 それを聞いたアルジェイは真剣な眼差しで口に手を添え、一点を見つめて黙り込む。

 驚かせちゃったかな。

 しかし、みるみるうちにアルジェイに熱い感情がこみ上げているのが見えた。

 小さな声で「すげぇ」と呟き、その次には。

「すっげぇぇぇ!!」

 と、突然雄々しい声を響かせた。

 すかさず私は慌てながら、「しーっ!」と人差し指を口元へやり、抑える仕草をした。

 そういえば、初めて私の力を教えた時もこんな反応だった気がする。

「お前の力があれば、BETAから皆を守れるかもしれないのか⁉」

「まだそうとは決まった訳じゃないけど……まぁ、そんな感じ」

「……やっぱすげぇよ、お前!」

 彼はまるで自分の事の様に喜んだ。

 世界が救われるかもしれない。

 そんな希望の色が見えて、なんだか嬉しかった。

「だからね、私も別の施設へ行くの」

 なんとか伝えられたが、声がこもって徐々に弱くなる。

「だけど……その施設、変なとこ、かもしれない」

「変なとこ……何なんだ、それ?」

 アルジェイは、心配そうに聞き返す。

「詳しくはわかんないけど……なんだか怖いの。嫌な感じがする」

「そこに行きたくないのか……?」

 彼の深緑色の瞳は、私の()に問い掛てくる。

「……行きたくない」

「だったら!」

「だけど、絶対行かなきゃダメなんだって」

 言葉を遮られ、アルジェイは口を再び(つぐ)む。

 誰よりも情に厚く、曲がったことが嫌いな男の子。

「どうしても、なのか? どうしても……」

 再度口元へ手を持っていくと、険しい表情で彼は繰り返す。

「そう、どうしても」

 アルジェイの手の隙間から白い吐息がこぼれ、落胆したように肩を落とす。

「……何もしてあげられなくて、ごめんな」

「何も……悪くないよ」

 何て言い返してあげれば良いか、何も思いつかない。

「アルジェイは、何も悪くないよ」

 どうにかできないかとと考えてくれた。彼は私を守ろうとした、それだけで心が温まる。

「……ちょっと話せて楽になった。ありがとう。そっちも戦術機の、えーっと……え、衛士! 頑張ってよね」

 すると、アルジェイはいつもの調子を取り戻したように微笑んだ。

 やっぱり、あなたにはその笑顔でいてほしい。シリアスとは無縁だもの、アルジェイは。

「そうだな……俺もアナスタシアも、皆を救う為にお互い頑張ろうな」

「……うん、お互い頑張ろうね」

 彼はこくんと頷くと、手袋を脱いで右手を差し出した。

 私は戸惑ってしまったけど、真似るように手袋を外して手を繋いだ。

 そこに言葉は無かった。

 そんなものを交わさずとも、私には分かってしまう。彼だからこその信頼の証だった。

 

『──友の今後を讃える』。

 

 アルジェイの色がそう語っていた。

 この時、とても嬉しかった。

 彼の眼差し、体温、希望、喜び。

 雪の中にいようと、全身が暖かく感じる。

 優しい男の子、兵隊になる男の子、死ぬかもしれない男の子。

 戦場に行ってしまう。どうか彼だけは救われて欲しい。

 他の兵隊なんて、死んでも良いから。

「またな」

「うん、また」

 彼が手を振りながら、公園を去る。

 だんだん姿が遠のいていく。

 一度呼びかけようとしたが、声を出す事はできなかった。

 頬に熱を感じながら、徐々に見失っていくアルジェイの背を私はただ見つめる。

 まだ少年の様なあどけない足取りの彼と、次会える日がいつになるのかはわからない。

 

 それならこの際、私の事をさらってくれないかな?

 と、子供ながらにそんなことを考えていた。

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