僕の皮膚と血を少しずつ採られてから、もう何時間経ったんだろうか?
上腕と肘裏に貼られたガーゼの下がジクジクと痛む。
上が皮膚を打ち抜かれた傷で、下が血液を抜き取られた傷だ。
「君の体内に発生したであろう変異型の偏食因子に合わせて新しい専用の腕輪を作るから、それまでの我慢だ」
とか何とか言って、榊支部長は僕をこの部屋に放置していった。
専用という言葉に少しだけ嬉しくなったのはきっと気のせいだ。
それはそうと。
暇だ、暇すぎる。暇すぎてやってられない。
部屋中を見渡す。
何も無い。
僕が閉じこめられているこの部屋の最大の欠点、時計を置いていないこと。
僕達人間の体内時計が計るのは、体の中の活動サイクルであって現実の時間じゃない。
即ち、今何時なのかすら僕は分からない。
時間感覚が狂うと、人間こうまで暇になっちゃうんだ、と何となく達観したふりをしてみたりする。
今のところ君の精神状態にも異常が見られないから外しておくよ、と言われて拘束を解かれたのがせめてもの
救いだ。
現在の僕の右腕と御対面したときは、その救いのことはすっかり頭の中から消し飛んじゃっていたんだけど。
「・・・・・・本当に真っ黒だなぁ」
僕は変わり果てた自分の右腕をしげしげと眺めた。
リンドウさんの腕ほど分かり易くトゲトゲゴツゴツはしていないけれど、それでも人間のものではないということは一目で分かる。
榊支部長は、荒神化の進行が右腕だけで停滞しているし、進行度もまだ色素変異に留まっている、と何やら頼んでもいない解説をしてくれた。
まあ、今はまだ安全なんだと思う。
・・・・・・そうなんですよね、支部長?
それにしても。
何て暇なんだろうか。
こう言う時、回想録になかなか浸れない僕の性格が憎らしくなる。
ついでに言うと、バガラリーのオープニングすらちゃんと覚えていない。
鼻歌もままならないくらいに。
ごめんコウタ、ちゃんと君が貸してくれたDVD見ておけば良かったって今更思ったよ。
仕方ないから、僕は自分の右腕の観察をすることにした。
まず、手の動き。
・・・・・・違和感は残るけど、まあ問題なく僕の言う通りに反応する。
グー、チョキ、パーの基本はもとより、少し難易度の高い中指立てや、狐の手、その他にも色々と試してみた。
結論としては、しばらくは右手に精密さを望まない方が良さそうだ、と言うところか。
次に、どこまで眼に見て侵食されているか。
肘の少し手前くらい。
そこまでが真っ黒に変色している。
そこから上は、少なくとも表面上ではまだ普通に人間の皮膚の色と質感をしている。
内部の方は・・・・・・もしかするともっと上の方まで侵食されているかも知れない。
日常生活の方に問題が出そうにないから、まあそこまで考えなくても良い、かな?
最後に、感覚の有無。
これ重要。凄く重要。テストに出ます(配点は15点)。
手始めに、右手の甲を軽くつねってみた。
結果、つねることが出来なかった。
「・・・・・・ははぁぁ」
僕は簡単のため息をもらしながら、手の甲をコツコツと指先で弾いてみた。
光沢がなかったから全然気が付かなかったけど、この表皮以外と硬かったりする。
それも緩衝材的なやや弾力のあるものではなく、硬質と言う方が正確な類のやつだ。
で、さっきからコツコツとつついているわけだけど、何も感じない。
痛い痛くないを通り越して、まず何も感覚が無い。
触れられている感覚はおろか、熱すら感じない。
「これは・・・・・・どうしちゃったんだろ・・・・・・」
何も返ってこないのは分かり切っているのに、それでも僕はこの黒い右手に話しかけた。
もしかしたら何か返事が来るかも知れないと思って。
まあ、何も返ってこないんだけど。
何もやることが無くなりかけてきたので、僕は慌てて次に興味を惹かれるものを探した。
部屋中を見渡す。
・・・・・・何もない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それまでの我慢だっつったって、目安ってものがあるでしょう榊さん!!
僕はあと少なくともどれ位この部屋に隔離されるんですか!? ちょっとぉ!
内心で榊支部長宛てに大ブーイングが暴れている。
それほどに、暇で、それほどに不満が溜まっているのだ。
僕も20歳なんだからもっと大人の対応が出来るかと思ったんだけど、無理だった。
しょうがないので、僕はついさっきまで僕を縛り付けていたベッド(?)に再び戻った。
無論、自分で縛り直したりなどはしない。
横になるだけ。
それでも、さっきよりかは幾分落ち着けた気がする。
暇な時は暇を弄べ、が出来る性分じゃない分こうやって寝ることしかでごまかしている。
実はこれが暇を持て余す、と言うやつなのかも知れないけれど、そこはまあどうだって良いこと。
僕は寝ることにした。