2003年7月10日。一つの店の前で、金髪の少女がうずくまって泣いている。
気になった俺は、急いでいた足を止めて観察してみるけど、何故か誰も相手にしていない。
「どうかした?」
俺は少女に声を掛ける。見ていられなかったから。
少女の前を沢山の人が通過しているのに、誰一人として見向きもしないで、泣き声に耳を傾ける人もいなかった。この歩道は都会の中で大通りにあって、人通りが悪いわけじゃない。現に俺が声を掛けた背後で、かなりの足音が鳴っている。
「使えないって……」
少女は顔を上げず答えた。
「使えない?」
俺は言葉の意味が分からず、疑問を返す。
「お前は一枚じゃ駄目だし、何と組ませても駄目。唯一、コンボに使えるカードでも結局ディスアドバンテージで、お前の価値は見た目だけ。本当に使えないカードだって」
(えーと……日本語だよな?)
少女の言葉に、俺の疑問が更に深まった。
「ぶちゃっけ私だって、脆弱なコンボしか生み出せない主人なんて願い下げなんですけど、それでもやっぱり使って貰いたい。だけど、世界がそうさせてくれないんです。何ですか、場にいる時だけ闇以外の属性としても扱うって。そこまでするなら闇属性も増やして下さい、サポートも多いんですから。何ですか、儀式モンスターって。出しにくいだけだし、ただの効果モンスターでいいじゃないですか」
言葉の意味は理解できない。それでも、少女が愚痴っている事は理解できる。
俺は、愚痴の捌け口になると決めた。ゲーム専門店が閉まるまで時間はあるし、愚痴を聞くぐらいなら問題ないかな。
「……つまり?」
「ゴミカードじゃないですか!!」
そしてこの少女は、本当に少女なのかな?
独特なデザインの赤い帽子。青、水、金色の三色を使ったローブに見える服。きらびやかで、どこかのお姫様と言われても納得できる。
体育座りで俯いているし、体型から少女だと思っていたけど、声質と口調から少女に感じられなくなってきた。
「ええと、良くはわからないけど……今までの主人? が悪かっただけで、君は悪くないんじゃ?」
本当に意味は分からなかったけど、慰めの言葉はこれでいいだろうか。
「そう、思いますか?」
「うん。君はしっかりと自分の……能力? を理解していて、それなのに気まぐれで……雇った? 人間が使えないと切り捨てる。これはつまり、相手の理解力とコミュ力が足りていなかっただけと思う。理解力があれば、そもそも雇うかどうかから考えて、雇った後に適材適所に振る。コミュ力があって、君と意思の疎通がしっかりできていれば、どこに振られたいかも分かったはず」
これ、同じ事を二回繰り返している様なものだけど、とりあえず君は悪く無いと伝わればいい。実際に、少女が本当の本当に使えないとしても、別に指摘する意味もないし。
お酒を片手に、愚痴を話してくる母さんを相手にしていて良かった。まさかこんな場面で使われるなんて、微塵にも思っていなかったけど、これで少女の気が楽になってくれると助かる。
「私は悪くないんですか?」
どうやら、考え通りに事が進んでいるらしく、俺は安堵した。
別に、適当な言葉で少女を楽にさせて、良い人と思われたいわけじゃない。
俺は3日前、15歳の誕生日に貰ったお金を使って、最新ゲーム機を買って遊びたいんだ。
プレイィィィ・ステェェェションEX。定価百万円という、今月出たばかりのハイスペックゲーム機。喉から手が出るほど欲しかった俺は、自分の誕生日が迫っている事に気づいて両親にお願いしたけど、金額が金額なので華麗に流された。
なので俺は、中学最後の夏休み前テストにて満点を叩きだしてから、再度両親を説得。
見事に勝利を手にし──「その代わりに自分で買って来い。夏休みまでやるなよ」と言われたので、夏休み初日の今日、俺はゲーム専門店に向かっていた。
ソフト代金とかを合わせて、約百万円もの大金を持って外に出るのは中々に緊張するけど、それもいい塩梅だと思う。
「悪くないよ」
「じゃ、じゃあ……貴方は私を使ってくれますか!?」
「っ」
少女が、ばばっと顔を上げた。俺は息を呑んだ。
目がぱっちりとしていて可愛く、ととのった顔立ち。そして、瞳には涙が溜まって、頬には涙の跡がある。
少女は少女でも……美少女の少女だった。
「あ、すっごく好きな顔です。励ましてたのがフツメンならどうしようって、顔を上げた瞬間に思いましたけど、むしろ想像していたより良かった。これって、もしかしなくても運命でしょうか? 私を見れるイケメンがいて、それに励まされる……ああそうですね、なんて良い日でしょう。ずっと神と世界を恨んでいましたけど、これが運命だというのなら全然──」
「ちょっと黙れよっ!! 俺の感動を返せよっ!!」
美少女の言葉に俺は叫んだ。
「いいですけど、ここ、街中ですよ?」
その指摘に、俺は逃亡した。
◆ ◆ ◆
それから少しして、ゲーム専門店に向かおうとしたけど、やはり気になったので店の前に戻った。
「私の美貌に惚れましたか?」
そして、せっかく戻ってきたのに、開口一番がこれ。この美少女、本当はかなり現金な奴じゃないかな。泣いていたのも、きっと演技に違いない。
「寝言は寝て言ってくれ……」
と、皮肉で返してみるけど、心臓はバクバク鳴っている。
運が悪いのか、巡り合わせが悪いのか……正直、ドンピシャで好きな容姿だ。
だからといって、この美少女と付き合える可能性は少ないし、上からの意見になるけどこんな性格なら願い下げしたい。
ただ、それでも。
「そうですか……残念です」
やっぱり、良いなと思ってしまう。
今の落ち込んだ表情に、演技かもしれないけど惹かれてしまっている自分が、確かにいる。
これは、そう……一目惚れだ。恋はした事ないけど、これはその始まりなんだと思う。
「あー、落ち込まないでくれよ。ほとんど冗談だから」
「もう、そんな冗談は本当に冗談だけにして下さいよ……私の美貌が落ちたんじゃないかと思いました」
美少女はため息一つ。俺もその様子にため息をつき、拳を強く握った。
なんで……なんで、こんなに……性格が悪いんだ。
性悪とまでは言わない。だけど、ナルシストなのは間違いない。それに加えて、泣いていた理由を考えると、能無しという事になる。
この娘が言われていた──「お前の価値は見た目だけ」って、そのまんまじゃないか。正しいよ、雇った人。酷い人間もいるとか思ったけど、本当にその通りだ。
「はぁ……」
俺は改めて、大きくため息をついた。
「ん、やっぱり私に惚れたんですね? そうなら早く言って下さい。私も決して満更じゃないので、買ってくれても良いですよ。まあ、お高いので、貴方が本気じゃないと買えませんけど。ただ、ここで渋ったなら私は見限ります……と、全て冗談ですので、本気にしないで──」
言葉の途中だったけど俺は我慢できず、彼女の手を取って立ち上がらせる。
「分かった。君を買うよ」
そして、目を合わせて意思を伝えた。
「はい?」
「買っても良いんだろ。どうすればいい? 君を雇えばいいのか?」
周りから、ひそひそという声が聞こえるけど、俺は言葉を続ける。
「あ、あ、あ、あのですね」
「うん」
「なんで、私に触れるんですか?」
「……は?」
この娘は、何を言っているのか。俺は意味がわからず、またまた首を傾げた。
「触れるも何も、現にこうして触っているし」
「いえいえ、それはいいんですけど……えーと、貴方は幽霊とか精霊とか信じていますか?」
話が飛躍したと感じながら、とりあえず俺は考えてみる。
「いないと断言はできないけど見た事はないから、いるって言われても疑うかな」
半信半疑。俺の答えはこれだった。
「じゃあ、次の質問です。デュエルモンスターズって知っていますか?」
デュエルモンスターズ。この言葉を知らない人間は存在しないし、これとあるルールを用いて行われるカードゲームは、世界を構築しているといっても過言じゃない。
デュエルモンスターズで勝利を得て世界に名を刻めば、一生分の富を手にできる。
そして、歴史に名を刻むデュエリストになれば、永遠の名誉を手にできる。
「もちろん。俺はやってないけど、兄がやっているよ」
ただ、俺には絵という道があるので、特に触れていない。ゆくゆくは、デュエルモンスターズのカードデザイナーとかになれればいいなとは思うけど、デュエリストになろうとは何故か思えなかった。
まあ、兄がやっているのもあるのかもしれない。
「それでは、最後の質問です…………本当の本当に、私に惚れちゃったんですか?」
「ぐっ」
長い溜めと念押しからの爆弾落とし。デュエルで言うなら、俺のライフは0にされた。
「あー、そうですか。これは困りました」
そして気持ちを察されるオーバーキル。どうも、俺の初恋は前途多難らしい。
この娘は困った顔をしているけど、脈がなさそうでもないのが俺を困らせる。
恋の駆け引きはわからないけど、これが焦らしプレイなのか。
「いや、その……なんか、ごめん」
とりあえず、どうしていいか分からなかったので謝っておく。
「ええ、本当です。本当を何度も使って申し訳ないですけど、本当に悪いですよ。もう口癖ですね……で、問題があります。聞きますか?」
「も、もちろん」
出会って初めて見る真剣な顔に息を呑み、言葉が詰まった。
だけど、俺は問題を後回しにしたくない。解決できるなら、今すればいいから。
幸いな事に、家庭に恵まれているから、この娘をメイド等として雇う余裕がある。
これまでの経緯や年齢はわからないけど、この娘が望めばある程度は都合よく叶えれるはず。
……なんて考えている時点で、やっぱり俺は本気なのかも知れない。
「そうですか、聞きますか……いいでしょう、お話します」
美少女は目を瞑り、手を合わせて祈りのポーズ取った後、雲一つ無い青空を見た。
「私は、私は……」
よほど話したくないのか、美少女の視線は何度も何度も、空とこちらを行き来する。
「私は……ですね」
もしや、これだけ美少女でいて、男とでも言うのかな。
これだけ溜めて、なお言いたくないなら、ギリギリありえるのが恐ろしい。
「一思いに、やってくれ」
「……分かりました」
男なら、非常に残念だけど諦める。
俺は同性愛者じゃないし、なってまでこの娘と付き合いたいと思わない。
理解はあっても、自分というなら別問題だ。
「私は…………」
これが、最後の溜め。
俺は、何となくそれを察する事が出来た。
『私は、人間じゃありません』
「は?」
だけど、その言葉はさすがに察する事が出来なかった。
人間じゃないって、なんすかね。
◆ ◆ ◆
「お、お買い上げ、ありがとうございました!!」
そして現在、俺の所持金は0になった。
一生の内に目的の物を買わないで、衝動で別の物買う。それも百万円。こんな経験、あるだろうか? 俺はある。
いや、起こってしまった。
「なんで……」
《はい?》
「俺はお前を買ったのかな」
《惚れたからですよ》
俺の疑問は、さも当然と即答されてしまう。
「ああ、うん、そうだね」
おかしい。俺の心を決めつけられるって、かなりおかしいよな。
右隣にいる美少女、名をドリアードという。本日、ヒトヨンサンマルに、俺の物となった。
《私の美貌に寝ぼけちゃいました? 大丈夫ですか、華雄さん?》
心配そうに名前を呼ばれたけど、生憎、大丈夫じゃない。
「ドリアードって、その言葉好きだよな」
《はい。これしか取り柄がないものでして》
「知ってるよ。でも、俺はそこが良いと思ってきたから、ぜひ続けてくれ」
「言われなくても、言い続けますよ」
デュエル初心者なのにカードショップに入って、一括で百万円を投げて、俺は精神的かつ経済的に無事な人間じゃなかった。
そりゃ、手に入れた物は大きい。なんせ、世界でたった一組しかないカードセットを手に入れたし。
しかもお値段はたったの七十万円。なんてお安い。
あまりにも弱い為に一組しか製造されなかった、という裏事情がある。だから世界に一組でも、凄い安かった。
何でも、最上級に高いカードは、桁が余裕で三つは違うそうだ。
例えば、伝説のデュエリストの武藤遊戯の使っていたクリボーは、一枚で一千万円だとか。
本当かどうかはわからないけど、同じカードのドリアードが言っているんだし、嘘じゃなさそうと判断している。
「それは結構。で、これから何をすればいい?」
《まずはルールとカードの種類を覚える。次に、カードプールの把握。数多のカードが存在しますので、全てを把握するのに時間がかかります。それに、世に出回っているだけでも多く、基本的に情報は命ですから、ネットにはあんまり転がっていません。ここはお兄さんや友人にも協力して貰いましょう。それから適当に買ったパックを開けて、デッキ構築ですね。これは知識とセンスの折り合いが大切です。おかしい点があれば、もちろん私も協力しますので、これから一緒に頑張りましょうね》
ドリアードは両手をぐっと握りしめて俺に言ってきけど、ここまで言わせておいて、俺は半分くらいしか理解できなかった。
どうやら、俺の恋路……いや、デュエリストの道は大変な様だ。
「頼もしいよ。豪華客船に乗った気でいいかな?」
《いえ、泥船ですね》
「そーすか」
自分で言い切る辺り、ドリアードは自分の無能さに自信があるらしい。
《はい》
……ああ、いいさ。泥船に乗って、沈んで、なお進んで這い上がってやる。
この笑顔の為なら、俺はどこまでも強くなってみせる!!
ドリアードを笑う奴がいるなら、俺はそいつをデュエルで叩きのめす。
ドリアードを悲しませる奴がいるなら、俺はそいつをデュエルで懲らしめる。
ドリアードを怒らせる奴がいるなら、俺はそいつをデュエルで制裁してやろう。
「行くぞ、ドリアード……いや、リア!! 俺はお前と頂点を目指す!!」
《……それはいいんですけど、叫ぶと変な人に思われますよ?》
その指摘に、俺はまたしても逃亡した。
どうでしたか? 面白ければ作った甲斐があります。
なお、筆者は遊戯王プレイヤーでして、そこそこガチだと自負しております。
だからこそ、夢見てネタデッキを組むも、勝てる見込みはないと理解している。
ならば、現実ではなく、デュエリストとしての理想郷で戦うしかあるまい!!
というわけで、これが出来ました。
ほんとさ、現実って無情だよね。
デュエル仲間はシャドール、ヴェルズ、インフェ、テラナイト……を使っていたかな。
私ですか? HEROビート、純光天使、聖域代行、サフィラパーデク……天使多いとか突っ込まない。