五等分の花嫁 GOLD   作:いるか

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中間試験

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

「ライス大盛りひとつ」

 

注文が鉢合わせになった。

風太郎と金太郎は顔を見合わせ、互いにうんざりした表情を作った。

 

「またかよ………」

 

「テメーがな………」

 

先日も同じように注文が重なったばかりだというのに、今日もである。

 

学食のおばちゃんは、早くしてくれという呆れ顔と、仲良いわねぇというにやけ顔を足して二で割ったような表情だった。

 

「………先頼めよ」

 

「いいよ、お前が先で」

 

しぶしぶ注文を促す金太郎に、風太郎は先日と同じように譲り返す。

 

「この前はテメーが先だったろ。いいから先行けや、混むだろうが」

 

手でしっしっと払う。

複雑な表情を浮かべながら、風太郎が先に注文台に並ぶ。

 

口調は荒いが、金太郎なりの気遣いだった。

 

 

 

 

 

200円のライス大盛りを受け取り、座れる場所を探して今日も風太郎と反対の席に向かう途中だった。

 

「───上杉の奴、また一人だぜ」

 

ピクリと、眉が動くのを感じる。

 

「ああ、二年のガリ勉君だろ」

 

「あいつガリ勉過ぎて友達いないんだぜ、マジウケるよな!」

 

「性格も最悪らしいぜ!」

 

「ああ、そんな風に見えるよな!マジキモいって!」

 

耳に入ってくるのは、嘲笑うような悪口。

誰のことかなんて言われずともわかる。

 

言われていることは全て事実だ。

兄は頭がおかしいほどのガリ勉だし、友人もいなければ、性格も悪い。

 

それに、兄が何と言われようと自分には関係ないことだ。

聞こえてきたことは事実。兄とは無関係。

 

ならば、金太郎がすべき行動は一つ。素通りだ。

 

「でさ、上杉の奴一丁前に中野さん達に話しかけててさ、もうマジキモくって───あ?」

 

話を続ける生徒達の間に、金太郎が入り込んだ。

 

「え、何?」

 

───バゴンッ!!

と、とてつもない音が食堂に響く。

金太郎が拳で机を叩き割っていた。

 

「えっ!?えっ!?」

 

困惑し、怯える生徒達に、青筋を立てた金太郎が、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「すんません。なんか虫が止まってたみたいで、つーいヤッちゃいました。虫、ちゃんと潰れましたかねぇ………ッ!?」

 

「ヒィッ………!?」

 

ドスの効いた声に、生徒がたじろぐ。

そんな生徒を尻目に、真っ二つに割れた机を指差す。

 

「あ~虫潰すのに机壊れちゃいましたかぁ、でもこれ事故ッスよねぇ………ッ!?」

 

「は、はひぃ……っ!」

 

怯む生徒に、めちゃめちゃに顔を近付けた金太郎。

必然、真っ向からガンを食らった生徒は、泣きながら必死で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたを部屋に入れるなんて、本当は死んでも嫌だけど」

 

高級マンションの一室。

女の子らしい飾りや、ファッション雑誌が置かれた本棚に彩られた部屋に、風太郎は足を運んだ。

 

「なんだよ………早く生徒手帳を返してくれ………」

 

風太郎の要件は一つ。

部屋の主───中野二乃に貸しっぱなしであった自身の生徒手帳を返してほしいということだった。

 

そんな風太郎の声には耳を貸さず、二乃はピアッサーを差し出す。

 

「ピアス。あけてくれたら返してあげてもいいわ」

 

「はぁ?」

 

唐突な要求に、困惑の声を上げる。

風太郎は現状二乃に煙たがられており、五つ子の姉妹の絆に亀裂を入れられるのではないかと、訝しまれている。

 

そんな二乃が、自身の耳に穴をあけるなどという痛みを伴う繊細な作業を、自分に託すということが風太郎には信じられなかった。

 

「自分でやれ」

 

「嫌よ、怖いわ」

 

「じゃあなんであけんだよ………忠告しておくがしばらく痛いぞ」

 

「やったことないのに適当なこと言わないで。いいからやって!」

 

「………」

 

「………」

 

ピアッサーを差し出したまま、硬直する二人。

 

「良いわよ。あんたにその気がないなら、何が書いてあるのか見ちゃおうっと。そんなに必死で返してほしがってるんだから、きっと深夜のノリでかいたポエムあたりが………」

 

「わー!やめろー!」

 

風太郎が必死に制止する。

二乃に取られたままの生徒手帳には、大事なものが挟まっており、それを見られることは何とか避けたかった。

 

「返してほしいんでしょ。やりなさいよ」

 

その言葉に火が点いたのか、風太郎が二乃の手からピアッサーを奪い取った。

 

「動くなよ」

 

「………っ!」

 

突然耳元にピアッサーをあてがわれ、二乃が息を呑む。

 

「ねえ、ちょっと待って!」

 

「3秒前」

 

「ちょちょ、ちょっと!」

 

「2……」

 

「待っ………」

 

「1………」

 

「こ、心の準備ってものが………」

 

「0!であけますからねー」

 

ゴッ!という鈍い音と共に、風太郎の脛に蹴りが入れられた。

 

「痛っ………ってうぉっ!?」

 

「いい加減にしなさ───きゃっ!?」

 

脛を蹴られた勢いで、風太郎が体勢を崩し、二乃を引き連れて床に倒れ込んでしまった。

 

「っ痛………あ、おい大丈夫か?」

 

「な、何よ。脛蹴られたぐらいで………って、え?」

 

「えっ?あっ………!?」

 

(しまっ………)

 

倒れこんだ拍子に、二乃のポケットに入っていた生徒手帳が転げ落ちる。

それも、よりによって風太郎が一番見られたくないページが開かれていた。

 

「ちょっと、この悪ガキ………」

 

そのページに差し込まれていたのは、逆立てた金髪に、機嫌が悪そうに目を背けた小学生の少年が映った写真であった。

 

二乃はその写真をマジマジと見つめる。

何を言われるかとビクビクしていた風太郎であったが。

 

「めっちゃタイプかも!」

 

少年の写真を見た二乃が、キラキラと目を輝かせた。

その容姿は、二乃の好みのタイプにドンピシャだったらしい。

 

「誰これ?なんであんたがこの子の写真持ち歩いてんの?」

 

(いや、昔の俺なんだが………)

 

その写真はまぎれもなく小学六年生の頃の風太郎のものだったのだが、しかしその事実を告げれば何を言われるのかわかったものじゃない。

 

「そ、それは弟の写真だ………恥ずかしいから、あんまり見られたくなかったが………」

 

故に、使いたくないが、容姿の似ている金太郎を使うこの言い訳を使わざるを得なかった。

 

お世辞にも、風太郎と弟は仲が良いとは言い難い。

そんな弟の写真を、後生大事に生徒手帳に差し込んでいるとは、嘘でも苦しいものだった。

 

「ほ、ほら、ピアスはもういいのか?」

 

「うっ………」

 

ピアッサーを指差す。

耳に穴が空くのがよほど怖かったようで、二乃は冷や汗をかいていた。

 

「ま、あんたを脅す材料もなくなっちゃったし、今回はやめてあげるわ」

 

「そうかよ………」

 

一安心、といった感じでため息をつく。

代償は高かったが、事態が収まったことに一息ついた。

 

「それにしてもこんな子があんたの弟ねぇ」

 

よっぽど気に入ったのか、弟と言われた少年をまだ見つめていた。

 

「あんたなんかよりよっぽどイケてるわ。今度会わせなさいよ」

 

そう言う二乃の表情は、これまで風太郎が相対してきた当たりの強いものから、比較的柔らかいものになっていた。

 

「まぁ、そのうちな………そろそろ返してくれ」

 

二乃から生徒手帳を受け取る。

 

そうだ、と二乃が自身の本棚からアルバムを取り出した。

 

「私たちもその写真くらいの時は可愛かったのよ。久々にあの子たちにも見せてあげよっと」

 

そう言うと、部屋を飛び出してリビングの姉妹たちの元へ駆けて行った。

 

(よかった………)

 

二乃がいなくなったのを確認し、生徒手帳を広げる。

 

「俺の写真は見られちまったが、半分だけでよかった。この写真まで見られなくて」

 

生徒手帳から取り出し、広げた写真は半分に折り畳まれており、その半分には長髪にワンピースを着た、同年代の少女の姿が載っていた。

 

その少女は、二乃が取り出したアルバムの中に、全く同じ姿の少女が五人映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちまった………」

 

結局、事故で誤魔化すのを心苦しく思った金太郎は、割った机の弁償を申し出た。

 

無論、兄の悪口にムカついて殴ったとは言わず、事故でこけてしまったと理由を改めはしたが。

 

結果、安いものではないし、事故なら不問だろうと言われてしまったが、いささか心苦しかったので半額だけでもと申し出たのだった。

 

(暴力には頼らないって決めたのにな………)

 

兄のことになるといつも感情を抑えられなくなる。

 

それは、数年前から今もずっと続く兄への劣等感から始まった、金太郎の心に燻る癌のようなものだった。

 

「机の代金なぁ………はぁ………」

 

自業自得とはいえ、出費が痛い。

普段から自分の出費を切り詰めている金太郎には、かなりの痛手だった。

 

「これから昼飯抜くかなぁ………」

 

とはいえ、一日200円の昼食を抜いたところで机代は賄えない。

成長期の男子高校生が食事を抜くという不健康性は全く考えず、どうすれば節約が出来るかのみに思慮が回っていた。

 

そんな金太郎が、頭を悩ませながら歩いていると。

 

「良いじゃんっ!俺らと遊ぼうよ!」

 

「い、いえ、急いでるんで………」

 

「んな用事より、絶対俺らと遊んだ方が良いって!」

 

「あの………」

 

ショートヘアーの女子高生が、見るからに不良といった生徒三人に絡まれていた。

女子高生の方は制服を見ると、金太郎と同じ旭高校のものだった。

 

「なあ、良いじゃん、な?ほら、いこうぜ!」

 

「あっ、ちょ、ちょっと………」

 

女子高生が腕を引っ張られる。

 

「やめてって、言ってるでしょ───!」

 

強引なやり方に、流石の彼女も頭にきたようだった。

思いきり、腕を振りほどく。

 

「なっ、下手に出りゃいい気になりやがって、いいから来いっての………!」

 

「きゃっ───!?や、やめ………」

 

不良が女子高生の腕を強引に掴む。周囲の不良たちが女子高生を囲もうとしたその時。

 

「なっ!?」

 

金太郎が不良の腕を掴み、その腕を捻り上げた。

 

「やり口がダッせーんだよ」

 

「えっ………」

 

女子高生が驚きの声を上げる。

その声を背中で庇いながら、不良の腕を締め上げて、そのまま思い切り捻って地面に転がす。

 

「がぁっ………!い、いてぇ………!」

 

変な方向に回った腕の痛みに、地面でのたうち回る不良。

 

「くそっ、っざけんな───!」

 

周囲の不良が迫って来るも、一歩下がって足を引っ掛けてやる。

すると、足をほつれさせた不良が崩れ落ち、その後ろから迫って来た不良もドミノのように崩れ落ちた。

 

「ぐぇっ───!」

 

不良たちが、ガンッと頭をぶつけ合い、そのまま気絶したようだった。

 

気絶した不良たちから目を離し、腕を痛めた不良の髪を引っ掴む。

 

「ぐっ………痛っ………」

 

ゼロ距離で思い切り睨む。

恐怖に怯むのが目でわかった。

 

「二度と同じマネすんじゃねーぞ、あ゛?」

 

「ひぃ………」

 

放り投げるように不良から手を離した。

ワックスの感触が気持ち悪い。

 

「あ………」

 

呆気にとられた女子高生が、声を漏らした。

 

「大丈夫か?あんた」

 

「え?う、うん、まあ………」

 

ちらりと背中ごしに視線だけ向けて安否を確かめる。

 

「さっさと行った方が良い。後、この辺の道はこれからあんまり使わない方が良いかもな」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」

 

用は済んだと歩みを進める金太郎に、女子高生が静止をかけた。

 

「ありがとうっ!私、中野一花!君はーっ!?」

 

その問いかけには答えず、手を軽く振って返した。

 

バイト先に向かい始めた金太郎の頭の中は、節約の方法をどうするかで占められていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じで!かっこよく退治してくれたんだ~!」

 

高級マンションの一部屋。

中野家のリビングに集まった五つ子。と上杉風太郎。

 

明日の中間試験に向けて、一夜漬けで勉強するために机を囲んでいた。

 

「おい、いいから集中しろ。まだテストの範囲をカバーしきれてない、時間がないんだぞ」

 

「まあまあ。休憩は挟まないと、集中途切れちゃうじゃん?」

 

「そうですよー!私、もう集中力が限界で………」

 

「ほら、ね?」

 

「………五分だけな」

 

ペンを止めて雑談を始める一花に、良い顔をしない風太郎であったが、長時間集中しろというのが、この五人にはいかに難しいかということをよく知っていたため、渋々頷いた。

 

「っていうかなんで私まで参加させられてるのよ」

 

「一人だけ仲間外れなのも嫌でしょ?」

 

「だからって私まで勉強するなんて………」

 

二乃が苦虫を嚙み潰したような表情でペンを置く。

中野家で泊まり込みで勉強するとなった際、一人反対していた二乃は、最初は勉強会に参加するつもりはなかったが、流されるままノートを広げることとなっていた。

 

「………一花、大丈夫だったのですか?」

 

「ん?ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと危なかったかもだけど、さっき言った通り、通りがかりのヒーローに助けてもらったから」

 

心配そうな五月に、一花がなんでもないように答える。

 

「それにしても、不良に絡まれるなんて………普段はそんなことなかったですよね?」

 

「あー………あの時は、事務所に急いでて、普段使わないような道使っちゃったんだよね~………」

 

「その道、もう使わない方が良い」

 

それまで黙って話を聞いていた三玖が、心配そうに目を向ける。

 

「あ、それヒーロー君にも言われたよ」

 

「ヒーロー君って、どんな人だったの?」

 

四葉が聞くと、一花はうーん、と顎に指を当てて考える。

 

「顔はよく見えなかったんだけどね、なんか金髪で、ツンツン頭だったかな」

 

「えっ!」

 

二乃が声を上げた。

 

「それ、もしかして上杉の弟じゃない!?」

 

「は!?」

 

次に教える問題の確認をしていたところを、唐突に出てきた名前に風太郎が驚きの声を上げる。

 

(なんだって金太郎の話になるんだ………)

 

風太郎としては、先日二乃に生徒手帳を見られた手前、あまり弟の話はしてほしくなかった。

 

「上杉君の弟さんですか?確かに、特徴は似ているかもしれませんが………」

 

「でしょ!?えっ、っていうかなんで五月が上杉の弟のこと知ってるのよ?」

 

「なんでって、会いましたから、上杉君の給料を渡す時に」

 

えー!?と二乃が五月に詰め寄る。

 

「私も会いたいなぁ。今度は私が給料渡しに行こうかしら。どんな子だったの?」

 

「えっ?そ、そうですね………怖かっ、いえ、その、とても目力の強い人でしたかね………」

 

「目力?」

 

初対面で怖い印象を持った五月だが、風太郎の手前、怖かったとは言えずに誤魔化す。

 

「うーん、ちらっとしか顔は見えなかったけど、言われてみればフータロー君に似てたような」

 

「ほら!やっぱりそうなのよ!いいなあ。あんな子に颯爽と助けてもらえるなんて」

 

「………」

 

自分の弟の話がどんどん広がっていくことに、どこか居心地の悪さを覚える風太郎。

 

「不良を一人でやっつけちゃうなんて、腕っぷしも強いのね、上杉の弟」

 

「あ?あ、ああ、中学の頃はやんちゃしてたからな………」

 

自分に言われていると思わず、生返事を返すが、二乃は気にせず顔を輝かせていた。

 

「ワイルドで素敵ね………」

 

(なんでだよ)

 

マイナスな一面を語ったはずが、なお上がっていく好感度に心の内で突っ込んだ。

思いを馳せられる相手が、気まずい関係の弟であることに、何とも言えない表情が拭えない。

 

「二乃、なんでフータローの弟のこと知ってるの?」

 

「そりゃあ見たからよ。上杉の生徒手ちょ───」

 

「あー!さあお前ら!もう休憩は充分だろ!再開するぞー!時間はないぞー!」

 

あまり広められたくない生徒手帳の話を遮り、強引に教科書を広げる。

 

「ええ!?もうこんな時間じゃない、私は嫌よ、夜更かしは美容の天敵だわ」

 

「泊まり込みで一夜漬けだって言ったろ、今日は可能な限り朝までやる」

 

「そうそう、観念して勉強しよ?」

 

時計の針は23時を差していた。

休憩して少しやる気を取り戻したらしい四葉が二乃に語りかけるが、二乃はうんざりした表情を浮かべていた。

 

「私はもう寝るわ」

 

「なっ………」

 

風太郎が面喰う。

ただでさえ、二乃は普段から勉強会に参加していない。

雇い主である、五つ子の父親に”赤点を回避できなければクビ”という条件を突き付けられた風太郎は、なんとしてもこのまま二乃に勉強をしてもらいたかった。

 

「私たちはこのまま朝までやるよ?」

 

「好きにしたら。あとはあんた達だけでやったらいいじゃない」

 

一花の言葉に、にべもなく返す。

 

「な、なあ、二乃。お前だって、赤点は取りたくないだろ?」

 

「さあ、どうかしら」

 

ペンケースに筆記用具をしまった二乃は、本当に自室に引き上げるつもりだった。

そんな二人を、五月は黙って見ていた。

 

「せめてあと少しやっていってくれないか。テスト範囲まではカバーしておきたい」

 

「………」

 

あくまで引き留めようとする風太郎に、二乃は良いことを思いついた、とニヤリと笑う。

 

「ねえ皆。こいつの生徒手帳に、何が入ってるか聞きたく───」

 

「わかった!確かに睡眠をしっかりとった方が良い時もある!」

 

仕方がないと、またも二乃の言葉を遮る。

満足げな二乃は、「おやすみ〜」と自室へと入って行った。

ちらりと、風太郎を見た気がした。

 

赤点を取るリスクは高まるが、それよりも自身の生徒手帳の中身について、話を広げられ、あまつさえ中身を見られてしまうような可能性は避けたかった。

 

それに、元々風太郎の授業や勉強会にこれまでほぼ参加せず、”赤点をとったらクビ”という条件を知られてしまっている、風太郎を毛嫌いしている二乃だ。

 

例えこれ以上机に向かわせたとしても、やる気など見せずに勉強はさせられなかっただろう。

 

少しだけだったが、勉強会に参加させられただけでも良しとすべきだろう。

 

「はぁ………まあいい。お前らだけでもやるぞ」

 

「ねえねえ、結局私を助けてくれたのって、フータロー君の弟さんなの?」

 

「さあ、俺はその場を見てないからな」

 

「そうじゃなくって、弟さんとそんな会話しなかった?ほら、美人女子高生を颯爽と助けたぜ!的な」

 

「自分で言うかそれ………」

 

だって女優だし、と自信満々の一花に、風太郎は冷ややかな目を向けた。

 

「あいつとはほとんど会話なんてしないからな。もし本当に弟だったとしても俺は知らねえよ」

 

「なーんだ、そうなんだ」

 

少し残念そうな一花。

 

「フータロー、弟と仲悪いの?」

 

「まあ、お前らと違って、良くはないかな………」

 

(確かに、仲睦まじくはなさそうでしたね………)

 

遠い目をした風太郎に、五月が思案する。

 

家計を支えるために、朝から晩までアルバイトをしているという風太郎の弟。

そんな彼が、もし自分たちが赤点をとって、クビになったとしたら、何を思うのだろうか。

 

そう思うと、ペンを握る手の力が少し強まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中間試験が返却される。

一喜一憂するクラスの声が耳に入りながら、赤字で45点と記載された自分の答案用紙を、何の感慨もなく見つめる。

 

睡眠時間を確保するため、大体の授業を居眠りして過ごしている金太郎にとって、赤点が避けられているだけで及第点だった。

 

そもそも、テストの点数にこだわるのは随分前にやめてしまった。

周りの生徒のように、テストの点数で喜ぶことも落ち込むこともない。

 

バイトに支障をきたさないよう、赤点を回避することだけが金太郎のテストを受ける意味だった。

 

(複雑だけどな………)

 

頬杖をつきながら、次の教科で使われる教科書を眺める。

上杉風太郎と名前が記載されたそれは、兄が去年使ったものだった。

 

ノートもほぼとっていない金太郎にとって、びっしりと要チェックポイントなどが記載されたこの教科書は、赤点を回避するために必要不可欠だった。

 

兄に間接的に助けられていることに、思うところはおおいにあったが、バイト時間を確保するために背に腹は代えられなかった。

 

(そういや、五月って人は成績が上がったのかね)

 

以前給料を届けにきていた五月。

 

成績が悪くて困っているため、風太郎が家庭教師をしているという話だったが、今回の中間試験で結果を出せているのだろうか。

 

(わざわざ家庭教師を頼むってことは、赤点でも取ってたのか?)

 

家にやってきた五月は丁寧な物腰で、頭が悪そうには見えなかったが、成績に悩んでいたのだろうか。

 

(あいつが人に教える、ね)

 

兄はこれまで自分の勉強は完璧だったが、果たして教師側に立った時、どういう結果になっているのか。

 

これまでバイトが長続きしなかった兄には、家庭教師の仕事は難しいように思えた。

 

(でも、なんか必死だったな)

 

夜中に金太郎が帰ると、風太郎はいつも家庭教師の問題を作るために起きているか、机に突っ伏して眠っていた。

 

いくら家庭教師の仕事が割りの良いものであるとはいえ、少々一生懸命過ぎていた。

 

まるで、これが失敗すれば、最後であると言わんばかりに。

 

「うわ最悪!俺赤点だよー!」

 

「お前、赤点とったらゲーム禁止だったよな」

 

「そうなんだよ、だから絶対赤点だけは回避したかったのにー!」

 

隣の生徒が騒がしく落ち込んでいる。

 

そう、普通は赤点をとれば何かしらペナルティが与えられることもある。

例えば、それが赤点をとらないために雇われた家庭教師だった場合は、どうだろうか。

 

(赤点とったら、クビ、とか)

 

そうなったら、らいはが悲しみそうだ、と他人事のように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中間試験が終わり、テストが返却された日の図書室。

 

「答案用紙を見せてくれ」

 

「見せたくありません」

 

五つ子と風太郎が集まり、テストの点数を見せようという時だった。

 

「テストの点数なんて、他人に見せるものではありません。断固拒否します」

 

「五月ちゃん?」

 

答案を見せることを拒絶する五月に、一花たちは不審に思う。

 

「………ふぅ~………」

 

その五月の言葉に何かを察した風太郎は、息を吐いて腹を括った。

 

「ありがとな。だが覚悟はしてる。教えてくれ」

 

そう言った風太郎に、五月は決心して答案を渡した。

 

五つ子の答案用紙を見た風太郎は、はあ、とため息をついた。

 

「ったく、短期間とはいえ、あれだけ勉強したのに30点も取ってくれないとは………」

 

返却された答案用紙は、五人全員が一科目だけ合格点の30点を越えていたが、他の四科目全てが赤点という有様だった。

 

「でも、最初の時のフータローのテストの点数に比べたら………」

 

「ああ、確実に成長してる」

 

五人全員が四科目赤点であるが、最初に風太郎が課したテストの、”五人合わせて100点”という結果よりも高い点数ではあった。

 

「三玖。今回のテストで68点は大したもんだ。今後は姉妹に教えられる箇所は自信をもって教えてやってくれ」

 

「え?」

 

突然の言葉に、三玖は呆気にとられる。

 

「四葉。イージーミスが目立つぞ。焦らず慎重にな」

 

「了解です!」

 

四葉が明るく敬礼をして答える。

 

「一花。お前は一つの問題に拘らなすぎだ。最後まで諦めんなよ」

 

「はーい」

 

一花が頬をかく。

 

「二乃。結局最後まで言うことを聞かなかったな」

 

そう告げる風太郎に、二乃は仏頂面で返す。

 

「俺は今までのように来られなくなる。俺がいなくても油断すんなよ」

 

「ふん」

 

「フータロー?」

 

そっぽを向いて鼻をならす二乃をよそに、三玖が不安げな顔をした。

 

「もう来られないってどういうこと?なんでそんなこと言うの?」

 

目を逸らす風太郎に、詰め寄ろうとする。

風太郎に仄かな想いを秘める三玖は、聞こえてきた言葉にとても不安になる。

 

「私………」

 

「三玖。今は聞きましょう」

 

そんな三玖を、五月が止めた。

 

「五月………お前は本当にバカ不器用だな!」

 

「なっ!?」

 

バカ呼ばわりに反抗の声を上げようとする五月だが、風太郎は気にせず続けた。

 

「一問に時間かけすぎて最後まで解けてねぇじゃねぇか」

 

「反省点ではあります………」

 

反抗の言葉をグッと飲み込み、アドバイスを受け止める。

 

「自分で理解してるならいい、次から気を付けろよ」

 

「でも、あなたは………」

 

───プルルル───

 

五月のスマートフォンが着信を伝える。

画面には"お父さん"と記載されていた。

 

「はい、五月です………はい、ええ、今一緒にいますが………しかし………わかりました」

 

五月が、スマートフォンを風太郎に差し出す。

 

「上杉君、父が出てほしいと………」

 

「わかった」

 

覚悟を決めたように、電話を受け取った。

 

「上杉です」

 

『ああ、五月君と一緒にいたんだね。君の口から、試験の結果を聞こうか』

 

「わかりました、ただ………」

 

ちらりと、風太郎が五つ子達を観る。

事情を知らない三玖は不安げに見つめ、五月の目も不安に揺れている。

 

「次からこいつらには、もっと良い家庭教師をつけてやってください」

 

そう言う風太郎を二乃が静かに見つめていた。

 

『ということは?』

 

「はい、試験の結果は………」

 

パシッと、二乃が電話をひったくった。

 

「え?」

 

「パパ?二乃だけど」

 

『二乃君もそこにいたんだね』

 

電話を奪われた風太郎は呆気にとられるが、二乃は気にせず父親と話を進める。

 

「一つ聞いていい?なんでこんな条件だしたの?」

 

『上杉君が家庭教師として見合うか計らせてもらっただけだよ。彼が君たちに相応しいのか』

 

「私たちのためってことね。ありがとうパパ」

 

思わぬ人物が話を切り出したことに、三玖は固唾を呑んで見守る。

 

特に五月は、二乃が何を言い出すのか、と緊張の面持ちであった。

 

「でも相応しいかなんて、数字だけじゃわからないわ」

 

『それが一番の判断基準だ』

 

「あっそ。じゃあ教えてあげる」

 

その言葉に、二乃は何かを決心したようだった。

 

「私たち五人で、五科目全ての赤点を回避したわ」

 

「!?」

 

風太郎が驚く。

あれだけ敵視されていた二乃から出た言葉に、驚きを隠せなかった。

 

『本当かい?』

 

「嘘じゃないわ」

 

『二乃君が言うなら間違いはないんだろうね。これからも上杉君と励むといい』

 

電話が切れた。

折角久しぶりに娘と話したというのに、随分味気ないと二乃は思った。

 

「二乃、今のは………?」

 

「私は英語、一花は数学、四葉は国語、三玖は社会、五月は理科。五人で五科目クリア。嘘はついてないわ」

 

「そんなのありかよ………答案用紙見られたら終わりだろ」

 

あまりに強引なやり方に、風太郎が頭を抱える。

 

「大丈夫でしょ。パパは滅多にウチに帰って来ないし、私たちの答案なんて見ないわよ」

 

そう呟く二乃の表情はどこか寂しげだった。

 

「とはいえ、パパはそんなに甘くないわ。多分二度と通用しない」

 

二乃が片目だけ、風太郎に向ける。

 

「次は実現させなさい」

 

「………やってやるよ」

 

道のりは険しいが、やり遂げてみせる。

風太郎は冷や汗をかきながらも、不敵に笑ってみせた。

 

「それにしても、まさかお前があんなことを言うとはな」

 

「………あんたがクビになったら、弟君に会えないかもしれないもの。それだけよ」

 

(………こりゃ、本格的に会わせないといけないかもな)

 

腕を組みながら答える二乃に、風太郎はどうやって弟と二乃を引き合わせれば良いのかを少し考えた。

二人ともが、自分を毛嫌いしていることに、少し頭を痛めた。

 

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