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「林間学校楽しみだねー!」
一年のクラス中が沸いている。
少子化に伴う生徒数減少の影響で、今年から林間学校は一年と二年が合同で行う、二年に一度の行事になっていた。
「ねえ、知ってる?最終日にやるキャンプファイヤーのダンス、フィナーレの時に踊ったペアは結ばれるんだって」
「何それ、伝説?」
「うん、旭高の林間学校の伝説だって~」
「なんかロマンチックだねぇ」
(くだらね………)
はしゃいでいる女子生徒の会話が耳に入り、金太郎は心の中で感想を漏らした。
「はーい、これ林間学校のしおりだから、よく読むように」
配られたしおりをパラパラとめくる。
二泊三日。キャンプファイヤーだのスキーだのと予定が詰まっている。
(休んでバイト行きてぇ………)
しかし、そのどれも、金太郎の心に響かなかった。
林間学校に行くための費用を、なんとか家計に回せないものかと考える。
───プルルル───
(バイト先か?)
着信に震える携帯電話の画面を見ると、父親からだった。
父親からの電話は珍しい。
「もしもし。なんだよ」
「金太郎!大変なんだ、らいはが倒れた………!」
「っ!?」
聞こえてきた言葉に、思わず立ち上がった。
◆
「ごめんね金太郎お兄ちゃん。バイト休ませちゃって………」
「んなことお前が気にすんな」
妹の額に、冷却シートを貼ってやる。
「あ………冷たくてきもちいい………」
小学校で倒れたらいは。
一度病院で検査し、高熱による衰弱と診断され、よく休むようにと言いつけられた。
昔から、妹は身体が弱かった。
何かあれば体調を崩したし、今回は入院しないだけまだマシな方だった。
「お薬飲ませて」
「ん。じゃあお粥でも作るから、それ食ったらな」
「汗ふいて」
「タオル絞ってくる。ちょっと待ってろ」
「あと学校の宿題やっといて」
「………お前、わがまま放題言って、本当は元気だろ」
ぽす、っと軽くらいはの頭を小突く。
あはは、と力なく笑ったらいは。熱があるとはいえ、冗談を言える程度には余裕があるらしい。
「───らいは!」
ガチャッと勢いよく玄関のドアが開かれる。
兄の風太郎が帰ってきた。
「病人いんだぞ、もっと静かに帰れ」
「うっ………」
痛い所を突かれた風太郎がバツの悪そうな表情を浮かべるが、そんな二人をらいはが笑う。
「金太郎お兄ちゃん、こんなこと言ってるけど私を迎えに来た時同じような感じだったよ」
「………」
今度は金太郎がバツが悪そうに目を逸らす番だった。
「大丈夫なのか?」
「入院するほどじゃねえ。良く寝て食べれば治るってよ」
お粥を作るため、台所へ立ち上がる。
らいはの様子を見ていない風太郎はまだ不安げだったが、様子を知っている金太郎は落ち着いていた。
「あ、そうだ、これ、いろいろ買ってきたんだ、使ってくれ」
風太郎が自分の鞄を床に置き、レジ袋を広げる。
ゼリー飲料やスポーツドリンク、市販の風邪薬などがたっぷり入っていた。
「………大げさなんだよ。薬は病院で貰ってる」
「あっ、そ、そうか………すまん………」
「………」
「………」
気まずい沈黙が流れるも、大きくため息をついて金太郎がスポーツドリンクを手に取った。
「これは、俺も買ってなかった。そもそも、病院に急いだから買い物も出来なかったしな。飲めるか?らいは」
「のませてー………」
甘える妹の身体を起こし、スポーツドリンクを飲ませてやる。
心地よさそうに嚥下するらいはを見て、風太郎が安堵の息を漏らす。
「そうか………悪かった、もう少し早く親父からの電話に気付いてれば………」
「俺が気付いたんだ、問題ないだろ。大体、家庭教師の仕事でも行ってたんじゃないのか?」
「あ、ああ、まあ、そんなとこかな………」
(妹が倒れてたのに、林間学校に着ていく服を買ってたなんて言えねえ………)
金太郎の言葉に冷や汗をかく風太郎。
「そ、それより親父は仕事で明日の夜まで帰れないそうだ」
「そうなんだ…お兄ちゃんたちも、明日は林間学校だったよね?」
らいはが二人を見つめる。
「もういっこわがまま言っちゃおうかな」
林間学校を休んで一緒にいてほしい、そんなことでも言うのかと金太郎が思っていると。
「帰ったら、楽しいお話いっぱい聞かせてね。私は一人で大丈夫だから」
らいはがにっこりと微笑む。
高熱でほてった顔が、少し痛々しい。
「………わかったから。すぐにお粥作るから、それ食べて薬飲んだら寝るんだぞ」
鍋に火をつけて、準備を始める。
そんな姿を、風太郎は見つめていた。
◆
「お前、明日林間学校に行け」
「は?」
らいはが寝静まった頃。
看病をする金太郎を見ながら、手持ち無沙汰な風太郎が語りかける。
「俺は夕方、電話に気付けなくてらいはを迎えに行ってやれなかった。今度は俺が看てやる番だ」
「んで、自分は休むから俺に行けってか?」
妹が寝ているため、声は抑えていたが苛立ちに眉間に皺を寄せていた。
「元々、林間学校自体どうでもよかったしな。行けなくなって、思う存分勉強できる」
「じゃあ、これはなんなんだよ」
金太郎が、机にバサッと冊子を置いた。
「こんなに用意周到に準備しといて、どうでもいいとはお笑い種だな」
「………」
それは、付箋が大量に貼られ、皺がついた、風太郎の林間学校のしおりだった。
「あの五月って人と一緒だからか?知らねーけど。随分楽しみにしてることで」
「関係ないだろ。それより、親父が帰ってくるまで、俺が看病するぞ」
「うるっせーな、お前が行けっつてんだろ」
話を変えようとする風太郎に、舌打ちが出そうになる。
あくまでも、金太郎は頑なだった。
「俺は林間学校を休んでバイトに行ける。お前よりよっぽど思い入れもないしな」
それに、と続ける。
「今度は俺が看てやるって話なら、………その、なんだ、俺があの時看られなかった分の借りがまだあるだろ」
「………その話ならもう終わった話だろ」
中学時代、金太郎が喧嘩してばかりで心労をかけ、寝込んだらいはを看病していたのは風太郎だった。
風太郎は終わった話だと首を振るが、金太郎は未だその過去の責任を果たせていないと思っていた。
まだまだ、借りを返すことなど出来ていない。
そんな思いから、掘り返したくない過去を引っ張り出してまで、看病を担いたがっていた。
「五月って人が同級生なんだったら、家庭教師の相手と仲良くなる機会だろ。活かした方が良いんじゃねーの?給料に関わってくるかもしれねーしな」
(それはないな………)
中野家のことも、雇い主である彼女たちの父親のことも知らない金太郎に、風太郎が突っ込む。
「いいから、林間学校はお前が行けよ」
「………お前は、良いのか?」
「お前と違って、強がりは言わねえ」
これで話は終わりだ、とばかりに金太郎が立ち上がり、風呂場に向かった。
机の上に置かれた、付箋まみれの林間学校のしおりを見る。
こういう学校行事を、楽しみだと覚えたのは五年ぶりだった。
───最高の思い出を作りましょうね!───
五つ子に連れられて買い物をしている時に、四葉に言われた言葉を思い出す。
最高の思い出になるかはわからないが、五つ子達と過ごす林間学校は、確かにここ数年の勉強だけしかないような思い出に比べれば、彩りに満ちたものになりそうだとは思った。
「………それじゃあ、お前の分の思い出はどうすんだよ」
その思い出の中に金太郎がいないのは、何か違うような気がした。
◆
「らいは!生きてるか!?」
「縁起でもねえこと言いながら帰ってくんな」
父の勇也がバッという勢いで玄関のドアを開けて入って来た。
自分もそうだったが、兄も同じような帰り方をしてきた辺り、血の繋がりを感じてしまう。
「はえーな。夜まで帰って来れないんじゃなかったのか」
「切り上げてきた。当たり前だろ。それより、看病してくれてたのか」
眠っているらいはの様子を見ながら、父が時計を見る。
「って、もう林間学校のバスが出てる時間じゃないのか!?」
時計の針は10時を指している。
バスはとっくに出発しているはずだった。
「そうだな。行けなくなってラッキーだよ」
もう林間学校に行くことはない。
そう思った金太郎は、林間学校のしおりをゴミ箱に投げ入れた。
「お前………」
「もう学校には連絡してる。どのみち今日は家で看病するつもりだ」
看病のために学校を休むことは伝えてある。
父がなんと言おうと看病する心積もりだった。
「風太郎は………行ったのか」
「勘違いすんなよ。俺が行かせた。あいつが勝手に行った訳でも、俺に押し付けた訳でもねーよ」
「そんなことはわかってる」
勇也が知る風太郎は、弟に厄介ごとを押し付けるような子供ではない。
それは、他ならぬ父である勇也がよく知っていた。
恐らく、金太郎が無理やり行かせたのだろうことも。
「お前は、それで良いのか?」
「………はあ」
昨晩、兄に言われたようなことをまた耳にして、金太郎がため息をつく。
「言いたかねえけど、クラスに仲良い奴いねーし。バイトにも行けなくなるし。元々行きたくなかったんだよ」
家族に迷惑をかけた罪悪感からか、あるいは責任感からか、金太郎は放課後や休みの時間をほとんど労働に捧げている。
クラスメイトと遊んだことは一度もなかったし、そもそも遊べるほどの友人を意図的に作らなかった。
金太郎の容姿や目つきの悪さから、クラスメイトに恐れられていることが、それに拍車をかけていた。
「………そうか」
勇也はそう呟き、携帯電話を手にした。
やっと納得したのかと、らいはの看病に戻ろうと台所に立つ。
「もしもし。上杉の父です。いえ、一年の………いや、二年の上杉の父も俺ですが」
父が、どこかへ電話をかけ始めた。
「林間学校の住所を教えてもらいたいんです。ええ、今から、息子を行かせます」
「はぁ!?」
予想外の言葉に、らいはが眠っていることを忘れて大声が出る。
「てめ、何言って………」
「───わかりました、そこへ向かわせます。バスはない?ああ、それについては大丈夫です。はい、それじゃあ」
父が住所のメモをとり、電話を切った。
「ふざけんな!勝手に決めんなよ!」
「金太郎」
父が視線を向ける。
まっすぐに息子の目を見つめていた。
「林間学校なんてのは、一生に一度のイベントだ。今から行っても遅くないんじゃないか?」
「だから、俺は………!」
「お前の学校に、林間学校の伝説があるそうだな。一緒にキャンプファイヤーで過ごしたカップルは結ばれるとか」
「それがなんだよ、くだらねえ………」
苛立ちを抑えられない様子の金太郎に、あくまでも父は冷静だった。
「そのくだらなさで、人生が変わることもある。例えば、本当にそのカップルが結婚するとかな」
「知るかよ、んなこと………」
金太郎の苛立ちが増していく。
林間学校の伝説など知ったことではなかったし、自分には関係ない。
そんなことよりも、自分が決めたことを蔑ろにされていると感じて、より父に反抗的になっていた。
「金太郎。お前の気持ちは、父親として嬉しいさ」
勇也は、そんな苛立った息子を真正面から受け止める。
「らいはのため、家族のために休んでくれたことも、それにいつも身を粉にして働いてくれてることもな」
勇也が、金太郎の肩にぽんっと手を乗せる。
「ありがとう。いつもな」
「………」
思わぬ言葉に、怒りの矛先を失ってしまい、黙り込む。
ありがとう。その言葉は、金太郎が正面から受け取ることのできないものだった。
そんなことを、言ってもらえるような権利を自分は持っていない。
金太郎はそう思っていたから、急な感謝の言葉に、面食らってしまう。
「だがな、金太郎。お前はもう少し自分を大事にしろ」
自分を大事にする。
それは、母が亡くなってからというもの、金太郎がいつしか忘れてしまった感覚だった。
どうやって、大事にすればいいかもわからないぐらいに。
「それにな。いっつもバイト漬けなんだから、たまには自然の中でリラックスするのも良いだろ。気分転換がてら、休むつもりで行って来い」
ゴミ箱から林間学校のしおりを取り出し、金太郎の手に無理やり渡しながら、ニッと笑う父。
そんな父を金太郎は見ることが出来ず、目を逸らした。
悔しいが、もう強く反論する気は失せていて、林間学校のしおりを手にしてしまった。
「………もう、バスねえし」
「貸してやる」
父が自分のバイクの鍵を見せる。
「バイクって………結構距離あんだぞ」
「長距離ドライブってのも良いだろ?」
現実的ではない選択肢を押し通そうとする父に、金太郎は困り果てた。
どうあっても、自分を林間学校に行かせたいらしい。
「金太郎お兄ちゃん」
布団からか細い声が上がる。
まだ顔が赤いらいはが、弱々しく起き上がっていた。
「あ………わりぃ、起こしたか?」
「ううん、お父さんのドアの音で起きたから」
「ぐっ」
大声を出して起こしたかと謝るが、どうやらもっと前から起きていたようだった。
「私からもお願い、林間学校、行ってほしい」
「お前まで………」
金太郎の味方はいなくなった。
家族全員が、金太郎を林間学校に行かせようとしている。
そこまでして、林間学校にこだわる理由が、金太郎にはわからなかった。
「楽しいお話、聞かせてほしいって言ったじゃない。約束、守ってくれないの………?」
「………わかった、わかったよ」
金太郎としては、一方的に言われただけで、約束を交わしたつもりはなかったが、妹にそんな野暮なことは言えなかった。
「わかったから、土産話ならいくらでも聞かせてやるから。お前は寝て、それまでに体を治せ」
「うん、楽しみにしてるから」
布団に戻ったらいはが「あ、そうだ」とバツが悪そうな表情を浮かべる。
「あのね、お守りにミサンガを編んでたんだけど、金太郎お兄ちゃんの分は熱出ちゃって作れなかったんだ」
らいはの罪悪感に駆られる表情に、金太郎は呆れながら笑みを漏らした。
「そんなもん作ってたのか………」
「ごめんね、金太郎お兄ちゃん………」
落ち込むらいはに、金太郎は頭をポンっと撫でた。
「作ってくれようとしてただけで嬉しいよ。ありがとな」
奥ゆかしい妹に、決心が固まった。
「じゃあ、バイク借りるぞ」
「おう。らいはの看病は任せろ」
バイクの鍵を受け取り、荷物をリュックサックに詰め込む。
住所を確認すると、遠くはあるが、夕方には着くぐらいの距離だった。
「いってこい」
「いってらっしゃい、金太郎お兄ちゃん」
「ん」
家を出て、バイクに跨る。
父のバイクに乗るのは初めてではなかったが、長距離をずっと走るのは初めてだ。
ドライブ自体は嫌いではない。
風を切る感覚は好きだった。
まだ林間学校が良い思い出になるとは思えなかったが、少なくともこの長距離ドライブは、楽しめるかもしれない、とエンジンをふかしながら思った。