五等分の花嫁 GOLD   作:いるか

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お見舞い

「………」

 

「………」

 

寝覚めは最悪の気分だった。

 

柄にもないことを思い、おまけに目覚めると隣には見たくもない兄の姿があったのだから。

 

「………なんでテメーまで入院してんだよ」

 

「熱が悪化したんだよ、お前を探し回って」

 

「………」

 

そう言われると、反論の言葉は出せなかった。

 

「っつーか、熱あったんなら休んどけば良かったろうが。何で普通の顔して肝試しとかやってたんだよ」

 

「熱が出始めたのが夕方からだったんだよ。それに、肝試し係は俺一人だった」

 

「一人って、あの人がいたろ。あの、確か中野さん………」

 

中野さん、という自分の言葉に、怪我をした原因を思い返す。

 

「そうだ、中野さんは無事か!?」

 

「どの中野さんだよ」

 

冷ややかに返す兄に苛立ちながらも、あの時言われたことを思い出す。

 

「ああ、そういえば五つ子なんだっけか………中野二乃さんだよ、崖から落ちかけてた」

 

「ああ、二乃なら大丈夫だぞ。お前が崖から落ちたってことを伝えに来たのは二乃だ」

 

「そうか………」

 

二乃が無事と聞いて一安心する。

 

自分が落ちた場所に降って来なかったことから、おそらく助けられたのだろうとは思っていたものの、確証はなかった。

 

「五月を見つけた後、泣きながら慌てた二乃がやって来てな。あんなあいつの姿は中々見れないからレアだったぜ」

 

「何言ってんだお前………」

 

悪趣味な発言に引き気味になる。

二乃も風太郎のことを”あいつ”と呼んでいたし、おそらく仲が良くないことは想像できた。

 

「………お前、怪我は大丈夫なのか?」

 

「さあ、大丈夫なんじゃねーの、生きてるし」

 

本当は、体を動かすとまだ痛みが走るが、正直に言うのは負けた気がした。

 

「そうか………まあ、なんだ、お前が生きてて良かったよ」

 

「………」

 

ちらりと風太郎に視線を向けると、まだ熱があるのか、顔が赤かった。

 

意識を失う前に見た兄の姿が幻じゃなかったのなら、風太郎は熱がある中、かなりの距離がある崖下まで助けに来たことになる。

 

おそらく、必死に走り回ったのだろう。

 

「………学食の話なんだが」

 

「あ?」

 

突然の話題転換に、金太郎が疑問の声を上げる。

 

「焼肉定食、あるだろ。それの焼肉皿を抜きにすると、200円でご飯に味噌汁とお新香が付いてくる」

 

「………だからなんだよ」

 

「お前、ライスを頼んでたろ。同じ200円でも、焼肉定食焼肉抜きの方が良い食事が摂れる」

 

「………なんだそれ」

 

唐突なメニュー説明に、意味が分からず、思わず苦笑が漏れた。

兄の言葉に、苦笑でも笑みを漏らしたのは久々だった。

 

「生活の知恵だ。お前に、教えておきたくてな」

 

「………そうかよ」

 

満足したのか、風太郎が一息ついた。

高熱で体が怠いのだろう。

 

「っていうか、まだ熱あんだろ。寝てろよ」

 

「お前が言うか………そっちの方が重症なんだから、お前こそ大人しくしてろ」

 

「っるせーな………」

 

風太郎が目をつむる。

その姿を見て、少し決心がついた。

 

「おい」

 

「なんだよ………」

 

「助かったよ、兄貴」

 

「………おう」

 

久しぶりに発した”兄”の呼び方は、昔とは異なっていた。

そして、それがお互いに気恥ずかしくて、二人は目をつむって眠るフリをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入院費、稼がねーとな………」

 

「ああ、それなら心配ないぞ」

 

独り言のつもりだったが、兄が起きていたらしい。

 

「なんだよ。自分の給料から出すとか言うんじゃねーだろうな」

 

「ちげーよ。払ってくれてるんだよ、五月たちの親父が」

 

「………はあ?なんでまた………」

 

バタバタという足音が聞こえてくる。

ガラッと勢いよく病室の扉がスライドされる。

 

「キンタロー君っ!?」

 

制服を着てリボンを付けた長髪の女子生徒、二乃であった。

 

「あっ………良かった、目、覚めたんだ………」

 

駆け寄った二乃は、金太郎の手を握る。

 

「昨日お見舞いに来た時は目覚めてなくって、私、もしキンタロー君が目覚めなかったらどうしようって………!」

 

「ちょ、落ち着いて」

 

目に涙を浮かべながら金太郎の手を額にあて、まるで懺悔するかのような二乃に、ついていけない。

 

「私のせいでキンタロー君がって考えたら怖くて………良かったぁ………」

 

泣き始める二乃に、金太郎は困惑する。

 

「あー………まあ、その、中野さんが無事で、俺も良かったっすよ」

 

「っ!うぅ………」

 

更に泣き出す二乃に、どうしていいかわからず、途方に暮れる。

 

「ははは。お前の泣き姿が拝めてスッキリだぜ」

 

「うるっさいわね………!あんたには関係ない………こともないけど………!」

 

風太郎が口を挟む。

邪険に扱いたいようだが、助けてもらった手前、あまり強くも言えないようだった。

 

「上杉さん!大丈夫ですか!」

 

そこへひょこっとリボンをカチューシャのように差し、ウサギの耳のように立てる四葉が現れる。

 

「やっほー林間学校ぶり」

 

「体調はどう?」

 

「お前ら………」

 

そこへ、ショートカットの一花と、ロングヘアにヘッドホンをクビにかけた三玖が現れる。

 

五月以外の中野姉妹が病室へ集まっていた。

 

「よかった!お二人とも生きてて、一安心です!」

 

「ったく、誰が来いって言ったよ………」

 

しみじみと呟く風太郎の表情は、どこか嬉しそうだった。

 

「あーっ!」

 

四葉が笑顔で二人を見ていると、一花が声を上げる。

 

「君!この前助けてくれた子じゃん!」

 

「は?………ああ、あの時の」

 

以前、一花が不良に絡まれていた所に割って入ったのを、金太郎は思い出した。

 

「やっぱり君がフータロー君の弟だったんだねー、そっかそっか」

 

一花が納得したように頷く。

一方、金太郎は病室に一気に増えた中野姉妹に、窮屈さを覚える。

 

「じゃあ、改めて。私、中野一花。この子たちのお姉さんだよ。ほら、三玖も」

 

「中野三玖。一花と二乃、助けてくれてありがとう」

 

「いえ、大したことじゃ………あ、上杉金太郎っす、どうもご丁寧に………」

 

彼女たち全員が兄の家庭教師の生徒であり、それはつまり金持ちの雇い主であるということ。

どう接していいのかわからなかった。

 

「じゃあ、私も!四葉です、いつも上杉さんにはお世話になっています」

 

「本当にな」

 

「ひどい!」

 

姉妹の中で一番協力的であるのに、一番成績が上がらない四葉に、風太郎が茶々を入れる。

 

「───だが、あの時一番駆け回ってお前を探してくれたのは、四葉だ」

 

「えっ───」

 

意外な言葉に、思わず唖然とする。

 

「私、走るのは得意なんです。結局、見つけられなかったんですけどね」

 

「そうだったんすか………どうも、ありがとうございます」

 

「いえ!見つけられませんでしたし!」

 

「いえ、そんなことは………」

 

「いえいえ、お役に立てなくて………」

 

四葉と金太郎が言葉を繰り返す。

その姿に、一花がくすくすと笑う。

 

「それで、二乃はずっとそうしてるの?」

 

「うっ………」

 

三玖が未だ涙を浮かべる二乃に声をかける。

 

「いい加減泣き止んだら?金太郎君はこうして無事だったんだし」

 

一花も続けて二乃へ声をかける。

 

「………キンタロー君、許してくれる………?」

 

上目遣いで金太郎を見る二乃は、まだ手を握ったままだった。

 

「いや、許すもなにも、俺が勝手にやったことですし」

 

「………優しい………」

 

そっと呟く二乃に、何を言えば良いのかわからなくなる。

 

「自己紹介、はあの時したよね。私のことは、二乃って呼んで………?」

 

「は、はあ………」

 

どこか距離感の近い二乃に、金太郎は手を離してほしかった。

 

「あ、そういえば、入院費払ってもらってるって聞いたっすけど………」

 

「そう!私がパパに掛け合ったの!」

 

「ど、どうも」

 

(お嬢様………)

 

二乃の発言に、家柄の違いを感じる。

 

「二乃の命を救ってもらったんだから、それぐらいは当然だよ」

 

「いえ………ありがとうございます」

 

一花がニコリと微笑む。

金太郎としては借りを作ったような感覚で罪悪感を抱いてしまい、居心地の悪さを感じる。

 

「でも回復して良かったです!金太郎さんは大変なことになってましたし、上杉さんは体温が真夏の最高気温くらいになって、倒れちゃいますし」

 

「救急車が来た時は、びっくりした」

 

どうやら、風太郎は金太郎を見つけた後、力尽きて倒れたらしい。

その後、救急車で運ばれたという。

 

「フータロー」

 

三玖が、風太郎のベッドの隣の椅子に腰掛ける。

 

「さみしくなったら呼んで。いつでも看病に来るから」

 

「サンキュー、でも一人の方が楽だから」

 

笑みを浮かべる三玖を邪険にする風太郎。

そんな風太郎に、一花が頭に手刀を入れた。

 

「痛っ………俺病人なんだけど………」

 

「今のはフータロー君が悪いぞ」

 

「そもそも、俺がいるから一人にはなれねえよ」

 

一花と金太郎が突っ込みを入れる。

 

「私もっ、キンタロー君がさみしくなったらいつでも看病しに来るから!」

 

「えっ?はい、どうも、お気遣いなく………」

 

どうにも、グイグイ来る二乃に、苦手意識を抱いてしまう。

 

二乃からの好感が何故か高いことには、流石に気付いている。

だが、その理由がさっぱりわからない金太郎は不審に思い、怖いとさえ感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ治りきっていないね。入院はもう少し継続かな」

 

「いえ、もう歩けるようもなったんで、そろそろ退院したいんですが………」

 

診察する医者に、金太郎は不満を漏らす。

いい加減バイトを休み過ぎていて、来月の給料がとても不安だった。

 

「無理をして悪化してもいけないからね。医者の言うことは聞くものだよ」

 

「はあ………」

 

医者が静かにカルテに指を落とす。

 

「君が、二乃君を助けてくれたそうだね」

 

「へ?」

 

予想外の言葉に、呆けた声が出た。

 

「崖から落ちそうになったのを、君が身代わりになってくれたそうじゃないか」

 

「ああ、まあ………」

 

またその話か、と少しうんざりすると同時に、突然当事者しか知りえないことを話し出した医者に不信感を抱く。

 

「僕は二乃君たちの父親でね。助けてくれたことには感謝しているよ」

 

「………いえ」

 

父親だと告げる医者の顔を見る。

猫のようなツリ目に、三白眼が目につく。

 

あまり、五つ子姉妹と似ているとは思えなかった。

 

「入院費、払っていただいてるって聞きました」

 

「ああ、そうだね。二乃君たちに頼まれてね」

 

「ありがとうございます」

 

「別に構わないよ、ここは僕の病院だしね」

 

(僕の病院………医院長か何かなのか)

 

頭を下げる金太郎に、何でもないように医者が答える。

 

「兄の分まで払っていただいたことも、ありがとうございます」

 

「上杉君には娘たちの家庭教師も頼んでいるからね、これぐらいは必要経費さ」

 

「………」

 

医者の低い声は、言葉通りのことを思っているようには聞こえなかった。

 

「診察は終わりだ、病室へ戻るといい」

 

「はい、失礼します」

 

席を立って扉に手をかける。この医者といると息苦しさを感じ、長居はしたくなかった。

 

「ああ、そうだ、上杉金太郎君」

 

「………はい?」

 

静止をかけられ、医者の方へ振り向いた。

 

「あまり、娘と近付きすぎないように、注意しておくよ。娘たちは成績が良くなくてね。君と慣れ親しんで、それが悪化するといけない」

 

「………気を付けておきます」

 

今度こそ、診察室を出た。

 

(別に、言われなくたってそのつもりだっつーの)

 

要は、チャラついた見た目の自分と、娘を近付けたくないのだろう。

 

金太郎としても、金持ちのご令嬢とこれ以上親しくするつもりはなかった。

 

もし失礼を働いたり、親しくしたとしたら。雇い主である先ほどの医者に兄が解雇されてしまうかもしれなかったし、金太郎自身どう接すればいいのかわからない。

 

それに、退院すればアルバイトに励むつもりで、誰かと親しくする気はなかった。

 

「………中野二乃さん、どうすっかな………」

 

そのために、やたら距離が近い二乃の存在を、どうにか振り払う必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お礼がしたいの!」

 

(本当、どうしよう………)

 

今日も病室へやって来た二乃。

風太郎は熱が下がり退院したため、彼女は金太郎の見舞いのためだけに足を運んでいた。

 

「私の家に来てくれないかな………?キンタロー君のためにシュークリーム作ろうと思うんだ」

 

「いやあ………」

 

二乃の誘いを断りたいが、邪険にする訳にもいかず、曖昧な言葉しか返せない。

 

「あっ、もしかして甘い物好きじゃなかった?」

 

「いや、甘いのは嫌いじゃないんすけど」

 

むしろ、甘い物は好きだ。

だが、そこが問題ではなかった。

 

「じゃあ、退院したら来て欲しいなぁ………」

 

「う、うーん」

 

どうやって断るべきか。

なるべく、当たり障りのないようにするにはどうすればいいのか。そればかりが金太郎の頭をめぐる。

 

「あー、そうだ、退院したら、林間学校のコテージに親父のバイク取りに行かないといけないんで。ちょっと時間が」

 

丁度いい理由があった。

父のバイクで林間学校へ向かった後、病院に運ばれたため、当然バイクはコテージの駐車場に置きっぱなしだ。

 

それを取りに行くという口実があった。

 

「えっ、バイクで来てたの!?」

 

「まあ、はい、色々あって」

 

驚く二乃に、このまま押し切れるかと続ける。

 

「バイクに乗れるなんて、ますます素敵………!」

 

「いや、免許持ってるってだけなんで」

 

以前、バイト先の配達で免許が必要になったので、ついでに中型二輪の免許を取った。

 

金ばかりかかったので、金太郎としてはあまり誇れるようなものではなかった。

 

「まあ、そんな訳なんで、申し訳ないんですけど………」

 

「あっ、そんなすぐにじゃなくてもいいの!都合良い時、いつでもいいから、キンタロー君に私の作った物食べてほしくて」

 

「えーっと………」

 

煮え切らない金太郎の態度に、二乃がもーっ!と憤る。

 

「とにかく、私はキンタロー君にお礼がしたいの!ダメ?」

 

「その、バイトが忙しいんで、ちょっと時間なくて」

 

「じゃあ、予定が空いたら教えて!連絡先、交換しよ?」

 

「………わかりました」

 

本当は断ってなんとか逃げたいと思ったが、連絡先の交換を断るのは流石に気分を害するだろうと携帯電話を取り出した。

 

ピロン、と連絡先の交換を知らせる電子音が鳴る。

 

「オッケー、じゃあ会える日教えてね?待ってるから───!」

 

二乃が病室から出て行く。

出ていく際、ひょこっと顔を出してウィンクをして去って行った。

 

「はあ………」

 

困ったことになった。

バイトを口実に、誘いを断るのがいつまで続けられるのか。

 

金太郎は気が重くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………♪」

 

山道を進むバスの中、広く座席が空いているというのに、わざわざ隣同士で座る男女の姿があった。

 

「………あの」

 

「なに?キンタロー君?」

 

「なんでいるんすか?」

 

「?」

 

首をかしげる二乃に、頭を抱えそうになる。

 

「いや、なんで着いて来てるんすか………?」

 

「上杉───あ、お兄さんの方ね?あいつが家庭教師でウチに来た時に、キンタロー君がいつコテージに行くのか聞いたの」

 

(あいつ………)

 

脳内で兄を殴った。

 

「キンタロー君、バイトで忙しいって言ったでしょ?だから、私が着いて来ればお礼が出来るなって」

 

そう言って二乃が手提げから弁当箱を取り出して見せる。

どうやら、逃げることは出来ないようだった。

 

「言っときますけど、バイク取りに行って、帰るだけですよ」

 

「一緒にお昼食べる時間ぐらいあるでしょ?」

 

笑顔で見つめてくる二乃に、どう返せばいいのかわからず、目を逸らした。

 

「………っていうか、どうやって帰るんですか?このバス片道ですけど」

 

「あ、えっとね………」

 

もじもじする二乃に、何を言い出すのかと身構える。

 

「バイクの後ろ、乗っけて………?」

 

「ははは………」

 

乾いた笑いが出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ」

 

林間学校の会場だった場所から、高級マンションの前に辿り着き、長い時間をかけた長距離ドライブが終わりを告げる。

 

朝に出発したが、もう日が落ちていた。

 

「ありがとう………さ、流石にこの距離はしんどかったわ………」

 

バイクの後部シートから二乃が降りる。

休憩は何度か挟んだが、基本的にひたすら帰り道を走るだけだったため、疲労が溜まっていた。

 

「キンタロー君も、お疲れ様………」

 

「いえ、そちらもお疲れ様でした」

 

二乃からヘルメットを受け取り、シートの中へしまう。

 

(………もうちょっと、お話出来るかなって思ってたけど、全然無理だったわね………)

 

ドラマなどでよく見かけるような、バイクに乗った恋人同士が会話するシーンを再現できるかと期待していた二乃だったが、実際にバイクに二人乗りして会話することは、難しかった。

 

(でも、キンタロー君にずーっと抱き付いちゃった………!)

 

しかし、それでも想い人に長時間、合法的にしがみつくことが出来たため、二乃にしてみれば幸せな時間ではあった。

 

「………じゃあ、俺、行くんで。弁当、ご馳走様でした。失礼します」

 

「あ、待って!」

 

バイクに跨った金太郎を引き留める。

 

「今日はありがとう、勝手について行ったのに、バイクに乗せてもらって」

 

「まあ、置いて行くなんて出来ないですし」

 

「あ、それ!」

 

「?」

 

二乃が金太郎を指差す。

 

「敬語!なんだか距離を感じちゃうわ。ため口でいいわよ、キンタロー君」

 

「いえ、流石にそれは………」

 

「どうして?あ、もしかして、迷惑だったとか………?」

 

「そういうんじゃないですけど………年上っていうか先輩ですし」

 

そして、兄の雇い主だ。

色々理由はあるが、ため口で話すことは憚られたし、距離を近付けたいと思わなかった。

 

「むー。じゃあ、その先輩が敬語をやめてほしいって言ってるんだけど」

 

「勘弁してください………」

 

困ったように眉をひそめる金太郎に、二乃は表情を暗くした。

 

「………金太郎君、もしかして私のこと、嫌い………?」

 

「えっ?」

 

不安そうに声を震わせる二乃に、金太郎は焦り始める。

 

「いや、嫌いとかじゃないですが………」

 

「確かに、私、キンタロー君に迷惑しかかけてないし………」

 

「そんなことはないですよ、林間学校の時は事故だったんですし」

 

顔を青くする二乃を、どうにか立ち直らせようとする。

 

「でも………」

 

「あー、バイトの時間なんで、とにかく失礼します、ゆっくり休んでください」

 

「あっ………」

 

バイクのエンジンをかけて、走り出す。

今の金太郎は、無理やり会話を断ち切るしか方法が思いつかなかった。

 

「キンタロー君!私、絶対また誘うからね!」

 

微かに聞こえた言葉に、返事を返せなかった。

 

 

 

 

 

(嫌いかどうか、か)

 

二乃にかけられた言葉を思い返す。

 

正直に言えば、彼女のような美人に好意を見せられるのは嫌な気分ではない。

 

問題は、彼女の立場と自分の立場、そして金太郎自身の心の問題だった。

 

(嫌いとかじゃないんだが………)

 

彼女の父親に釘を刺されたばかりだったし、いささか二乃と親しくするには問題が多かった。

それに、金太郎は誰かと親しくする気がそもそもない。

 

(俺は、どうすればいいんだ………)

 

ふと、二乃が作ってくれた弁当の味を思い出す。

 

(弁当、美味かったな)

 

誰かの手料理を食べたのは久しぶりだった。

その上、二乃が作ってくれた料理はお世辞抜きで美味しいものだった。

 

緊張した面持ちだった二乃が、自分の”美味しい”という言葉に喜ぶ顔が脳裏に思い返される。

 

その笑顔は、金太郎にとって愛らしいと思えるものだった。

 

ただ、今の金太郎にはその感情が理解出来なかった。

 

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