五等分の花嫁 GOLD   作:いるか

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シュークリーム

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

「あんたもそれ頼むのかい?好きだねえ」

 

学食のおばちゃんにそう言われたことに思うところはあったが、黙って焼肉皿のない定食のトレイを受け取る。

 

同じ200円でも、おかずのないただの大盛りの白米と比べると、味噌汁とお新香の塩気に箸が進んだ。

 

兄の言うことも、たまには役に立つものだ。

そう思いながらお新香を噛んでいると。

 

「───金太郎」

 

その兄が目の前にやって来た。

 

「………何?」

 

出来る限りの近寄るなオーラを漂わせながら、金太郎が不機嫌さを隠さずに呟く。

 

確かに、この主食のない侘しい定食は兄に教わったものだし、それにありがたみを感じないでもない。

だが、目の前に来られるのはそれはそれとして鬱陶しかった。

 

「兄貴がいると飯が不味くなるからとっとと失せてほしい(要件があんなら早く言えよ)」

 

「お前、多分本音と建前が逆になってるだろこの野郎………」

 

要件を言う前からあんまりな言い分に、風太郎が青筋を立てる。

 

「頼みがあるんだよ」

 

「嫌」

 

「せめて聞いてから断れよ!?」

 

普段からあまり金太郎に頼み事をしない風太郎の言葉ではあったが、兄の顔を見ると受ける気が失せた。

 

というか普段会話をしないので頼み事も何もないのだが。

 

「………実は、二乃と五月が喧嘩しててな。二人とも家出してるんだ」

 

「だからウチで寝てたのか」

 

五月がウチにいる理由を知って納得する。

 

夜中に帰宅した際に赤髪が見えた時は、まさか二乃が待ち伏せしていたのかと飛び上がる気分だった。

 

「しかし、ウチを頼るのか」

 

「それは俺も思う」

 

お嬢様である五月が、あの狭いアパートを家出先に選ぶことを意外に思う金太郎。

 

実際は、狭いアパートに五月は慣れているのだが、それを金太郎が知る由はなかった。

 

「それで、二乃の奴は今ホテルに寝泊りしてるんだが」

 

「………随分なことで」

 

普通の高校生は、家出したからといってホテルで暮らすことなど出来ない。

 

自分との明確な金銭感覚の差に、金太郎は呆れた。

 

「戻るように説得しに行ったんだが、話を聞いてくれなくてな」

 

「それはご苦労さんなこって」

 

どうやら、家出した二乃を説得に行く程度には、家庭教師としての務めを果たしているらしい。

 

二乃が家族と上手くいっていないことに、関心がない訳ではなかったが、それよりも兄が説得のために苦心していることの方が気になった。

 

「そこでだ。お前に頼みがあるんだ」

 

「嫌」

 

「聞けよ!」

 

「え~………」

 

大体、予想がついてしまった。

自分が説得に行けというのだろう。

 

「頼む、お前と話がしたいって言われたんだよ」

 

「………俺が説得に行ったところで、大したことは言えねえぞ」

 

そもそも、出来ることなら会いたくないというのが本音だった。

 

二乃からは、何度となくデートの誘いを受けている。

 

それに何かと言い訳をつけて、というか最早言い訳すらせずにシンプルに断り続けている金太郎としては、何とか会わずに済ませたかった。

 

「中野二乃さんなぁ………気まずいしなぁ………」

 

「?お前二乃と何かあったのか?」

 

「いや、何もないから、っつーか………」

 

まず、どんな顔をして会えばわからず気まずい。

それに、これ以上親しくしたくない。

 

ただ、気分を害して、万が一兄の家庭教師に影響を与える訳にもいかない。

 

金太郎にとって二乃は、爆弾のようなものであり、なるべく関わりたくなかった。

 

「頼む!説得はしなくていい、ただ会わせてほしいってセッティングを頼まれただけなんだ。お前は会って話をするだけでいい。説得はその後の俺の仕事だ」

 

「いや、でも、なぁ………」

 

断り続けた手前、兄に言われたから今回は会いました、ではあまりに勝手なものだろう。

 

第一、兄に言われたから自分が行動した、という理由になるのも気に食わなかった。

 

しかし、そんな金太郎と違い、風太郎は言い淀まなかった。

 

「頼む、金太郎………あいつらには元の家族に戻ってほしい………五人で一緒にいてほしいんだ」

 

「………」

 

眉をひそめる風太郎の表情は、必死なもので、真剣な目だった。

 

林間学校の時を思い出す。

あの時も、兄が珍しく頼み事をしてきた。

 

あの時も今も、全て生徒である彼女たちのための頼みだった。

 

それほどまでに、彼女たちは兄に影響を与えたのか。

勉強と家族以外何にも目を寄越さなかった兄を、ここまで真摯に動かすほどに。

 

「………わかった、わかったよ、会えばいいんだろ………」

 

そんな兄の姿に、もう少しだけ、二乃と真摯に向き合うべきだと思った。

 

それに、家族が仲違いしたままというのも、他人事の気がしない。

自分のことを棚上げにしながら、金太郎はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たかそー………」

 

自分が泊まることはまずないだろう、値段の張りそうなホテルにやって来た。

 

高級で上品な雰囲気に、居心地の悪さを覚える。

 

気のせいか、周りの視線も値踏みをするかのように感じる。

 

貧相な自分に、場違いだと目で言われているようで気持ちが悪かった。

 

怪訝な表情を隠しきれないフロントに取り次ぎ、部屋の前まで訪れた金太郎は、意を決してドアをノックした。

 

「はーい」

 

弾む声と共に、ガチャ、とドアが開かれる。

そこには、爛々とした表情の二乃がいた。

 

「ど、どうも」

 

「さっ、遠慮せずに入って」

 

「お邪魔します………」

 

部屋へと足を踏み入れる。

 

(………気まずいな)

 

なにせ、あからさまに避けてきた相手だ。

今更どの面を下げて話せばいいのか、頭を悩ませる。

 

「ねぇ、キンタロー君」

 

「は、はい」

 

どう話を切り出せば良いのかわからず困っていた金太郎へ、二乃から声が掛けられる。

 

「私に言うことあるでしょ」

 

「あー………」

 

いきなりきたか、と身構える。

避けては通れない話だったが、まさかこうもいきなりとは思わなかった。

 

(そういえば、随分直球な人だったな………)

 

そのストレート具合に、以前山のコテージにバイクを取りに行った際無理やりついて来たことを思い出す。

 

その時の行動といい、二乃の直球さに苦笑が漏れそうになる。

 

「すみません、ずーっと断ってばっかで」

 

頭を下げる。

色々言い訳は考えたが、彼女の直球さを見習って、真っ直ぐに謝ることにした。

 

それに、今更言い訳がましいのはダサいだろう。

 

「中野さんには、悪いことしたと思ってます、せっかく、何度も連絡いただいたのに………」

 

「いいよ」

 

その返事は、予想に反してあっさりしたものだった。

 

「キンタロー君にずっとフラれてたことは水に流してあげます」

 

腰を曲げた二乃が、上目遣いで金太郎を見上げる。

 

「ま、流すも何も私が一方的に誘ってただけなんだけど」

 

「………ありがとうございます」

 

ほっと胸を撫で下ろしたが、そんな金太郎に二乃が一歩近寄り、詰め寄った。

 

「でも!私だって断られてばっかで、傷付くんだからねっ。そりゃ、キンタロー君もバイトで忙しいかもしれないけど一回ぐらいは受けてくれても良かったじゃない」

 

「す、すみません、悪かったと思ってます」

 

距離を縮められたことで、金太郎は背中を少し反らした。

相変わらず、距離が近いのは慣れないことだった。

 

「いいよ、この話はこれでおしまい。今日来てくれたから、全部許しちゃう」

 

くすりと微笑んだ二乃が、キッチンスペースへ足を向けた。

 

「じゃあ、そこら辺に座ってて。まだ作ってる途中だったから」

 

二乃がリビングのソファーを指差す。

 

「作ってる………?」

 

キッチンスペースに目を向ける。

そこには、鍋やボウルが置かれており、中にはパイ生地のようなクリーム状のものが広がっていた。

 

「シュークリーム。前にお見舞いに行った時に、作ってあげるって言ったでしょ?」

 

「………ああ、そういえば」

 

林間学校の件で入院した時、見舞いに来た二乃が以前言っていたことだった。

 

「本当はキンタロー君が来るまでに作っておきたかったんだけど、ちょっと準備に手間取っちゃって」

 

(………っていうか、ホテルってこんな料理出来るスペースがあるもんなのか………?)

 

値段の張るホテルのことは、よくわからなかった。

 

「待っててね、集中して作るから………!」

 

顔を強張らせながら腕まくりをする二乃の手は、少し緊張で震えているように見える。

どうも、気を張っているようだった。

 

「………それなら、手伝いますよ。お菓子作りはあんまり経験ないですけど」

 

通されたリビングから、キッチンスペースの二乃の隣に赴く。

どうやら、生地は作れているが、カスタードクリーム部分がまだのようで、牛乳やバニラエッセンスの瓶が置かれていた。

 

「そっち、今から生地焼くんですよね?クリーム、作ったらいいですか?」

 

「………」

 

手を洗い、牛乳を手に取り、測りにかける金太郎に、二乃が驚いたように目を見張る。

 

「ちょ、ちょっと待っててね」

 

「えっ、はい」

 

ベッドルームの方に二乃が姿を消す。

壁を挟んで、完全に見えなくなった。

 

「───なにこれ!?ちょー優しいんですけど!!しかもお菓子作りまで出来るなんて、キンタロー君ってば何!?王子様なの!?」

 

(全部聞こえてる………)

 

何やら聞こえてないと思い込んで叫ぶ二乃に、金太郎の顔が引き攣る。

 

「───ごめんねっ!じゃ、じゃあ私は生地を焼いていくから、キンタロー君はクリーム作りお願いしていい?」

 

「は、はい」

 

全力で聞こえてないフリをしながら、鍋に材料を入れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ。紅茶淹れたから、出来上がるまで飲んでて?」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

ティーカップが二つ、テーブルの上に置かれる。

 

「………」

 

「………」

 

あとは生地が焼き上がりと、クリームが冷えるのを待つだけとなり、ソファに二人並んで座って過ごすことになった。

 

「………」

 

「………」

 

しかし、どうにも会話が続かず、気まずい沈黙が流れたまま、時間だけが過ぎていた。

 

「ちょ、ちょっと電話してくるね」

 

「はい、どうぞ」

 

二乃が席を立った。

それを見送りながら、金太郎はため息をついた。

 

(………何話せばいいか、わっかんね)

 

何しろ、ずっと避けてきた相手だ。

お金持ちのお嬢様であるし、そういえば金太郎は二乃のことをよく知らない。

 

おまけに、何故かわからないが好かれている。

 

そんな二乃に、どう接すれば良いのかがわからなかった。

 

(………家族と喧嘩したって言ってたよな)

 

彼女は、家族と喧嘩して家出。

それは、かつて家族と上手くいかずに、家を出歩いてばかりだった金太郎にとっては他人事のように思えないことだった。

 

(………説得できるかは、わかんねえけど)

 

腹を割って話すぐらいは、出来るかもしれない。

 

「───何で知らないのよ!使えないわね───!!」

 

(また、全部聞こえてる)

 

伝えた方が良いのだろうか。

そんなことを考えながら、金太郎は苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 

「何でキンタロー君の趣味も知らないのよ!」

 

『仕方ないだろ!金太郎とは普段話さねーんだよ!俺は勉強しかしてないし!』

 

一方、二乃はというと、話のタネに困って兄の風太郎に電話で弟の趣味を聞いていた。

 

しかし、頼みの綱の風太郎は”知らない”という言葉を返してきたのだった。

 

『俺も最近の金太郎はよく知らないんだよ………!あいつもバイトばっかで、顔合わさないことも多い」

 

「あんたたち兄弟でしょ!?もっとちゃんと話しなさいよ」

 

「それは絶対嫌」

 

金太郎の声が聞こえてきた気がしたが、緊張と風太郎への苛立ちで頭に血が上った二乃の耳に入っていなかった。

 

『ともかく、趣味とかそういうのは本人に聞けよ。そこから話を繋げればいいだろ』

 

「………仕方ないわね………」

 

電話を切る。

話のタネの収穫はゼロに等しかった。

 

(バイトばっかり、かぁ)

 

金太郎の情報で、話のタネに繋がりそうなのはそれぐらいだった。

 

(そういえば、バイトで忙しいって言ってたし、好きなのかな)

 

聞いてみよう。そう思いながら、二乃がソファへ戻った。

 

 

 

 

 

「ごめんね、キンタロー君」

 

「いえ、お構いなく」

 

ソファに腰掛けた二乃は、相変わらず落ち着かない様子だった。

 

「………あ、あのね!キンタロー君ってアルバイト、好きなの?」

 

「えっ?」

 

「ほら、キンタロー君、いつもバイトだから来れないって言ってたでしょ?そんなにいっぱいやってるなら、好きなのかなって」

 

「………いや、好き、とかじゃない、ですかね………」

 

バイトが好きかどうか。

そんなことは、考えたことがなかった。

 

「そうなの?」

 

「ええ………必要だから、やってるってだけなんで」

 

バイトが好きか、と聞かれたら、肯定も否定もできなかった。

金太郎にとって、バイトはただの手段だったからだ。

金を稼ぐため、そして自分の心から目を離すため。

 

「ふーん。どんなバイトしてるの?」

 

「あー、新聞配達とか、居酒屋とか、あとガソリンスタンドとか」

 

「えっ、そんなに!?」

 

二乃がバイト先が一つではなかったことに、驚愕する。

 

「もしかして、朝早く働いて、放課後も働いてるの?」

 

「まあ、なるべく金稼ぎたいんで」

 

なんでもないことのように答える金太郎を、二乃は不思議に思った。

 

「どうして、そこまで働くの?」

 

「どうして、ですか」

 

何故そこまで働くのか。

それは、バイトが好きか、とは違うベクトルで答えにくい質問だった。

 

その理由は、金太郎にとって、触れられたくない部分だったし、気恥ずかしいものだからだ。

 

(適当に誤魔化せは、するけど)

 

バイクが欲しいとか。

一人暮らしがしたいとか。

 

理由はいくらでもでっち上げられる。

 

どれを言っても、納得はしてくれるだろう。

 

───頼む、金太郎………あいつらには元の家族に戻ってほしい………五人で一緒にいてほしいんだ───

 

兄の言葉が脳裏にチラつく。

 

家族が、離別してしまうのは、悲しいことだ。

 

「………家族のため、です。ウチ、家計がヤバいんで、それ助けるために」

 

金太郎が出来ることは、適当に誤魔化すことではなく、真摯に本当のことを話すことだと思った。

 

「………」

 

二乃が驚きの表情を浮かべる。

金太郎の言葉には、少しの照れと、隠しきれない真摯さがこもっていた。

 

「………本当に、優しいね、キンタロー君は。とっても、立派だわ」

 

「そんなことはないです。まあ、色々、あったんで」

 

どこか、二乃は落ち込んだ様子だった。

 

「………私が、ホテルで暮らしてる理由、聞いてる?」

 

「………多少は」

 

そっか、と二乃がこぼす。

 

「情けないよね、家族と喧嘩して、家出なんて」

 

「………そんなことは」

 

それは、金太郎が最も共感できるはずのことで、否定できないことだった。

 

「ううん。わかってるの、こんなことになったのも、私が原因だから」

 

二乃が立ち上がり、部屋の机に置かれた羽のついたペンを手に取る。

 

「私たち、五つ子っていうのは知ってるでしょ?昔は、本当に同じ外見で、性格も同じだったの」

 

ぽつりぽつりと話し始める二乃を、金太郎は黙って見つめていた。

 

「その頃はね、まるで全員の思考が共有されているような気でいて、居心地がよかった」

 

「………」

 

「でも、五年前から変わった」

 

「………!」

 

五年前。

それは、ちょうど兄が変わり始め、自分も狂い始めてしまった時期と同じだった。

 

「みんな少しずつ離れていった。長女の一花なんてね、女優やってるんだけど、そんなこと知らなかったの」

 

羽根のついたペンが、机に落ちた。

二乃が遠い目を向けていた。

 

「みんな、まるで五つ子から巣立っていくみたいに思えたの。私だけを残して………私だけが、あの頃を忘れられないまま」

 

二乃が寂しげな表情を浮かべる。

 

「だから、今の私には、家族のためなんて言えるキンタロー君が、ちょっと羨ましい」

 

静かに語るその姿が、不思議と自分と重なって見えた。

 

家族に───姉妹に───兄弟に、置いていかれるような感覚。

同じ足並みだった兄弟に、取り残されていく感傷。

 

それは、金太郎が最も理解できる感情だった。

 

「ごめんね、こんな話………」

 

「同じだ」

 

「えっ?」

 

「俺も、同じです」

 

突然の金太郎の言葉に、二乃が呆気にとられる。

 

「それって、どういう………」

 

「昔、兄貴は勉強が全然出来なかったんです。いや、しなかったっつった方が正しいかな」

 

「えっ、そうだったの!?」

 

「ええ。勉強なんかしてないで、外で遊ぶような奴でした」

 

意外な言葉に、二乃が驚きの声をあげる。

今や勉強の虫である風太郎が、勉強嫌いだったとは、想像がつかなかった。

 

「でも、五年前から変わった。何があったか知らねーけど、突然人が変わったように勉強に励み出したんです」

 

「あ………五年前………」

 

二乃と同じ、五年前という年月に反応する。

 

「理想に向かって、人一倍努力して変わってく兄貴に、取り残されてるって思った。それが辛くて、兄貴を正面から見ることができなかった」

 

それは、その心に今も残る影だった。

 

自分の得意だった勉強で負けたことも辛かったし、子供の頃、いつも自分を引っ張ってくれていた兄に置いていかれるような感覚が、怖かったのだ。

 

「二乃さん、俺がバイトに熱心な理由なんて、大したもんじゃないんですよ」

 

家族の家計を支える。

家族にかけた迷惑の分の借りを返すため。

 

確かにそれらの理由は嘘ではない。

紛れもない働く理由だ。

 

「俺は………ただ、取り残されてるってことに、目が向けられなくて、それを直視したくなくて………そんで、足踏みしてるってだけなんです」

 

だが、朝から深夜まで、何かに追われるようにアルバイトに身を焦がす理由は、結局のところ変わっていく兄と、変われずに足踏みする自分から、目を逸らすためだった。

 

「キンタロー君………」

 

二乃が金太郎が呟いた"同じだ"という言葉の意味を理解した。

 

「………私たち、同じなんだね」

 

「そう、ですね」

 

どちらからともなく、互いに、苦笑いが漏れだす。

 

二人とも、過去に囚われて、変わっていく今を受け入れられない。

そのことを理解し合い、共感を覚えていた。

 

「………それでも、キンタロー君は立派だと思う。だって、それでも家族のために働いてるんでしょ?それって、凄いことだわ」

 

「………俺、昔グレてて、そん時家族にかけた迷惑を取り返すためです。立派なもんじゃ………」

 

「それでも、よ!」

 

二乃が前のめりになる。

 

「どんな理由でも、家族のために行動してるのは変わらないでしょ?意地張って、喧嘩した私とは大違いだわ」

 

後ろめたい理由があったとしても、家族のために行動していることに変わりはない。

それは、胸を張って誇れることのはずだった。

 

「キンタロー君は、立派で、優しい人よ、私が保障するわ」

 

真っ直ぐに伝える二乃の言葉が、金太郎に伝わる。

 

(俺が優しい、か)

 

その真っ直ぐな言葉は、罪悪感から、誉め言葉を素直に受け取ることのできない金太郎にも届くものだった。

 

直球な彼女がそう言うのなら、きっとそうなのだろうと思えるほど。

 

「………それに比べて、私は変わらないまま。髪型だって変えられないし………今だって、意地張って仲直りしようなんて考えてない」

 

家族のために働く金太郎と比べて、自分が昔と変わっていないということに、顔を暗くする。

 

「私だけ、ずっと変わらないままなのかな」

 

「………俺、前はこんな髪型じゃなかったんです」

 

寂しげに俯く二乃に、金太郎が自分の髪を触りながら語りかける。

 

「昔は、今の兄貴みたいな髪してて………それが、今だとこんなになりました」

 

思えば、今の金太郎の髪型は、昔の兄と、父の髪型に似ている。

髪型にさえ、兄の影響が出ていることに、内心笑ってしまった。

 

「だから、その、つまり、俺も昔を忘れられないままですけど、何か変わったことはあって………二乃さんにも、何かあるんじゃないんですか?その、変わったことが」

 

呆気にとられた二乃が、ややあって笑い出した。

 

「ははは───キンタロー君、もしかして、励まそうとしてくれてる?」

 

少し、不器用な励まし方に、笑みがこぼれた。

同時に、二乃の心は温まるような心地になる。

 

「あー………まあ、その」

 

「ありがとう、やっぱり、キンタロー君は優しい人だよ」

 

にこりと微笑んだ二乃は、テーブルに置かれたカップを手に取る。

 

「………私、昔は紅茶なんて飲まなかったな。苦味があって、ちょっと苦手だった」

 

二乃が砂糖を手にして、紅茶に入れた。

 

「でも………今もお砂糖がないと飲めない。私、やっぱり変わってるようで何も変わってないわ」

 

紅茶の苦味は気品があると思いながらも、砂糖の甘さで誤魔化さなければ飲むことができない。

それは、二乃が結局のところ、昔と変われていない象徴であった。

 

「やっぱり、無理やりでも、あそこから巣立たなくちゃいけないのかな………私だけが取り残されて、髪の長ささえ変えられないんだもの」

 

二乃が自身の髪を撫でる。

腰ほどある長さのそれは、二乃にとって囚われている過去の象徴だった。

 

「───良いんじゃないですか?」

 

「えっ?」

 

「綺麗な髪だと思います、よく似合ってますよ」

 

「───っ!?」

 

突然の言葉に、二乃が息を詰まらせる。

ずっと素っ気ない態度をとられていた金太郎からの、初めての賛辞だった。

 

「き、キンタロー君!?えっ、き、綺麗って、そんな………」

 

「はい、綺麗です。それって、素敵なことじゃないですか?」

 

金太郎が微笑み、紅茶に砂糖を入れた。

 

「変わらないものも、あって良いでしょう。変わらなきゃダメなんて、誰が決めたんですか」

 

紅茶を一口飲む。

甘さが口につくが、甘いものが好きな金太郎にとって、その甘さは心地の良いものだった。

 

「確かに、今変わっていくものに取り残されるのは辛いです。それは、俺も実感してます。でも、だからって変わらないものも、あっていいはずです」

 

家のアルバムにたくさん差し込まれてる、母親との写真が頭によぎる。

 

自分自身はもう写真を撮らないように変わってしまったが、母親との思い出の写真は、変わらないモノとして金太郎の心に残っている。

 

変わらないモノを大切にすることは、決して悪いことではないはずだった。

 

「………キンタロー君は、過去を忘れて、今を受け入れるべきだって思わない?」

 

「忘れられない、大切な過去だって、ありますよ」

 

それは、今もなおずっと過去に囚われてしまっていた金太郎が出した結論だった。

 

「二乃さんが、ご家族と喧嘩したのはきっと、二乃さんが過去を大切にしてるからで、それは素敵なことなんじゃないかって、俺は思います」

 

元はといえば、風太郎という”異物”が家族を引き裂いてしまうのではないかと恐れたことが、五月と喧嘩した原因だ。

 

それは、誰よりも二乃が家族を、過去を大切にしているからに他ならなかった。

 

「だから、二乃さんは、そのままで良いんですよ」

 

「───っ!」

 

その言葉は、成長していく姉妹に取り残されるように感じて、焦燥感を抱いていた二乃にとって、救われるものだった。

 

「………キンタロー君って、ほんと、ずるい」

 

その言葉が嬉しくて仕方がない。

 

容姿に見惚れ、命を救われ、優しい言葉をかけて、受け入れてくれる。

そんな彼への想いで、二乃はどうにかなりそうだった。

 

「キンタロー君、私ね………」

 

チン、とオーブンが音を立てる。

 

シュークリームの生地が、焼き上がったようだった。

 

「───シュークリーム、仕上げましょうか」

 

「───そ、そうだね、焼けたみたいだもんね………!」

 

立ち上がって、キッチンへと向かう。

 

熱にあてられて、喉から出そうになった、想いを告げる言葉は、ぐっと呑み込んだ。

 

 

 

 

 

金太郎が、冷えたカスタードの種に、生クリームをかき混ぜる。

一方二乃は、焼き上がった生地を二つに切っていく。

 

出来上がったカスタードを、生地に流し込んだ。

 

二人ともが、手際よく共同作業を行えている心地よさに、得も言われぬ感覚を覚えていた。

 

「キンタロー君がいると、凄くスムーズだわ」

 

中野家の台所を一身に担う二乃にとって、何も言わずとも作業を任せられる金太郎に安心感を抱いた。

 

「俺も、お菓子作りはあんまりやったことなかったですけど、案外楽しいですね」

 

金太郎も同じようにキッチンで頼りになる存在がいることが、気に入っていた。

 

「出来上がりましたね。ただ………」

 

ずらーっとテーブルにシュークリームが並ぶ。

その数は両手の指では数えきれないほどの数があった。

 

「作ってる時から思ってましたが、めっちゃありますね………」

 

「たくさん作るつもりだったからね。どんどん食べて!」

 

「どんどんって………」

 

いくら甘い物好きとはいえ、これだけの数を食べるのは難しいと思った。

 

「とりあえず、いただきます」

 

いちごが添えられたシュークリームを手に取り、口にする。

クリームの甘味といちごの酸味を、サクサクした生地が包む。

 

「………ん。美味いですね」

 

それを聞いた二乃が、パァっと顔を輝かせる。

その表情は、以前に見たのと同じ、満面の笑顔だった。

 

「………二乃さん、これ、使えるんじゃないですか?」

 

「え?」

 

「仲直りに使うんです。これだけあるんです、これを口実にすれば………」

 

そう言う金太郎に、二乃は少し伏し目になる。

 

「………今更、どんな顔して会えば良いかわからないわ」

 

そう呟く二乃の声は弱弱しく、意地を張り続けることに辛さを感じているようだった。

 

「俺、兄貴と仲悪いんです」

 

金太郎が、そんな二乃に語りかけた。

 

「っていうか、俺が兄貴のこと毛嫌いしてたっすけど………でも、そんな俺でも、ちょっとは認められるようになったっつーか………」

 

崖から転落した金太郎を、高熱の中探し回った風太郎。

そんな兄に、自分の大人げない態度を少しは改めるべきだと考えていた。

 

「俺も、ずーっと意地張ってたんすけど………自分が悪かったって認めたら、案外楽になるもんですよ」

 

「………」

 

実感のこもった言葉に、二乃は反論が出来ないでいた。

 

「だから、きっかけなんて些細なものでいいと思うんです。例えば、一緒にシュークリームを食べるとか」

 

「………きっかけ、かぁ」

 

二乃がシュークリームを手に取り、口にする。

自分で作った物ながら、上出来な物であると思えた。

 

「五月ってね。食べるのが好きなの。食べすぎで体型気にしちゃってるぐらいね」

 

二乃がくすりと笑う。

 

「私も、キンタロー君を見習ってみるわ。だって、キミの言うことなんだもん」

 

二乃が微笑みを浮かべて、金太郎に笑いかける。

その表情は、金太郎にとって好ましいと思えるものだった。

 

そんな彼女の笑顔を見つめながら、ふと、その表情を写真に切り止めたいと思った。

 

(写真撮りたい、か)

 

金太郎が写真を撮りたいと思ったのは、母を亡くして以来だった。

 

(きっかけは些細なことでもいい、ね)

 

自分で口にした言葉を反芻する。

 

大切な過去を再び掘り起こすきっかけは、そんな些細な彼女の笑顔であるのかもしれなかった。

 

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