穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】 作:PureFighter00
昔々のおはなしです。
海に面した小領に、皆もよく知る穴部瑠璃という大層美しい娘が住んでおりました。
娘の想いはただ一つ、思い寄せたる男子を愛し愛されること……
九州地方X島の北側には奇妙な風習がある。海の幸が豊富なこの地において、何故か古老は魚介類……特に蟹を食さない。現在ではその傾向も段々と薄れつつあるが、この地で生まれ育った明治生まれぐらいまでの古老にこの傾向が強く出ている。
地域で
話は少々長くなる。茶でも飲みながらゆっくり読んで欲しい。
前近代に於いて、女子とは記録に残りにくいものである。特に史書に名を残すことは稀で、多くの場合太政官誰某の娘であるとか誰某の妻など男の付帯物として名すら残らない。名を残す場合も清少納言や紫式部という家名+官位や筆名のみとなったり、何故か父や伴侶、子の名前は確認できるが当人の名前は伝わっていないというのが通例である。その中で複数の文献に名を残し、現在も瑠璃祭として祭事の中に名を残す「
穴部瑠璃は商家に生まれた。実父は元西国の海運商人であるが、家を継いだ後にほど無くして没落(船が難破した?)、取引先の一つであった九州X島北岸の町で再起した。驚くべき事に息女瑠璃の名は伝わっているが父母の名は失伝している。これには訳があり、商家の娘である瑠璃は長じた後に武家である江戸川家に嫁入りし、その直前に当地を治めた島津藩中の侍大将の老臣の家の養女となっているのだ。穴部はこの老臣の姓である。
穴部瑠璃は、歌にも読まれた美女であった。再起したものの中規模の漁村の乾物を商う家で育ち、何不自由とまでは行かないがそれなりに安定した暮らしをしていた様だ。幼少期よりその美しさは有名であり、近村の男衆の間では
その様な美人であるならば、良家に嫁ぐか島津家臣団の誰某と結ばれても良さそうなものであるが、失礼ながらあまりパッとしない江戸川家(40石程度)に嫁いだのは、瑠璃の意向による。馴れ初めは
後に伴侶となる江戸川七郎左エ門(幼名 藍砲)は聡明な人物として知られている。武芸も達者で道理を弁え、元服前には論語を誦じ、春秋の注釈に取り組んでいたと伝わっている(X島郷風土記より)。この若者も小禄ながら分際を弁え義理を重んじ、隠棲後は仏道に帰依して海の畔の小領の繁栄に尽力したと伝えられている。
瑠璃は藍砲の乗る子馬に乗せられ、眼前に広がる海を見た。キラキラと輝く波頭は午後の強い日差しに照らされて刃物の様に輝き、その青さは波頭の白さを際立たせた。頬を撫でる浜風は潮の良い香りがした。
海を見下ろす丘の上。子馬達が草を食む牧草地。村を挟んで向いにある岬では葉桜がゆらゆらと風にたなびく。
子馬に乗り無言で海を眺める2人は幼ささえ感じさせる
この地に於いて婚姻前の男女は付き合わぬものである。家中では
何か良き事があれば瑠璃は微笑む。天女とはこの様なものかと皆が口を揃える天上の微笑みだ。瑠璃の笑顔に釣られて町娘達も微笑み、町娘達も美しく愛らしくなった。それを見て男衆も笑顔を湛える。そして皆男前になった。瑠璃が喜べば皆も喜び、瑠璃が悲しめば皆も胸を締め付けられる様な苦しさを味わう……僅か十余年で皆は思い知らされた。瑠璃を悲しませると自分はもっと辛くなる……結果、互いに助け合い、喜びを分かち合い、男はより勇猛に、女はより美しく愛らしく……これで村が栄えぬ訳が無い。栄えた結果、皆は顔を顰めることすら忘れたという。瑠璃と藍砲が村を歩けば喧嘩していた野良犬ですら鳴き止んだ。宛ら聖人である。(流石に誇張が過ぎるのではないかと筆者も訝しんだ)
しかしそれが事実であるならば、誰が藍砲との仲を止めるだろう! 藍砲と連れ立ち、微笑む瑠璃が尊いのだ。2人は互いを愛し、村の人々は2人を愛した。神仏も彼らを愛でたのか、関ヶ原で西軍に就いてしまい窮乏を究める島津の地でありながら、ここ長島郷だけは穏やかな日々が続いていた。十余年前には目の前の島原で大規模な乱があったにも関わらず、長島は平和だった。人々はこれも瑠璃の功徳と敬った。
仏典無量寿経に曰く、
「瑠璃を悲しませる者は
2話以降は少し時間を頂きます。