穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】 作:PureFighter00
凡そそれは武芸者の立ち合いとは思えぬ有り様だった。大柄の修験者が繰り出す技は彼の得意とする大力による力任せの技ではなく……いや、蹴り上げるというか足で空に放り投げられた男が1丈の高さに到達するのだから
「て……天狗じゃ、天狗の仕業じゃ……」
老臣穴部は驚愕していた。それは
(天狗とは大仰な……)修験者は少し拍子抜けした。天狗はもっと恐ろしい。鞍馬の
更に天狗は木の葉を舞い上げ視界を奪う。何度も何度も木の葉が眼前を覆い視界を奪う。宛ら目隠しをして試合うようなものだ。彼らは木の葉隠れの術やら葉隠の術と言っていた。ワシも天狗の前では木の葉に過ぎぬ──天狗の実在により「天狗」にならずに済んでいる修験者だった。
その様な中で、カルロスだけは修験者の技を避けていた。此奴、やりおる。
「フ、ミきりマした」カルロスが嘯く。
「ソのワザ、カルすぎまス。そレではシにません」
(何を言っとるんじゃ、この
修験者は一瞬悩んだ。神武不殺だから殺さぬ様にしているだけで、修験者には初見なら
カルロスは
カルロスには敵が無かった。彼は今までまごう事なき強者であった。対して修験者の傍らには大天狗や烏天狗、牙の行者や数多の神々が居た。修験者は決して強者ではなく神仏の高みを目指して
カルロスの余裕はテッカン(南派カラリパヤット)にある。彼はごく僅かの期間でこれを習得し、彼の地で敵は無かった。あくまでも素手の技術であり、実際修験者も素手だから勝てると錯覚するのは無理もない。彼には修験者の「殺さぬ様に敵を倒す」苦労が見えていない。また、天狗と異なりこちらの技を見切れる相手がいないものだから、修験者は陰陽(虚実、フェイント)も陽炎(動作中の技の変化)も何も使っていない。ただ手足を伸ばして関節を極め、崩して投げただけである。雑に、ただただ殺さぬ様、不具にせぬ様心を配った。
「試すか」
修験者は素気なく振りかぶって、無造作に愚直に拳を突き出した。現代でいうテレホンパンチ。稚拙な技だが3人力の馬鹿力だけはこもっている。カルロスは受け流そうと試みたが拳は軌道を逸らす事なく直進する。それでもかわしたカルロスは十分手練れであるが、その技量は烏天狗の足下にも及ばない。人の間での修行と、人外との修行の差異である。見た目では分からぬが修験者は小周天・大周天、洗髄経や易筋経までも習得している……教えたがりの大天狗が授けたのだ。
(ふむ、内功は積んどるし肉付きも良い……) これなら死なぬだろう、そう修験者は判断した。
「では参るぞ、でうすの
す……と足裏を滑らす様に歩を進める。
オンイダテイタモコテイタソワカ……
修験者が甲板を強く踏み込むとまるでそれに呼応したかの如く船が大きく傾き、下に沈む。鍛錬された下半身を持つ2人は不動である。祈りの姿勢からカルロスは合掌の形のまま大きく振りかぶって振り下ろそうとしたが……
「ナウマクサマンダボダナン
修験者が天地合一を果たす真言呪を唱えると、沈んだ船体が大きく傾き彼の身体を押し上げた。カルロスは下段の蹴りと見切って十字受けを試みるが、刹那修験者の両膝が僅かに撓んだ事を認める。膝かっ!と慌てて上体を反らせて回避を試みるが、修験者の足先は下段受けの腕をすり抜けたが如くカルロスの顔へと伸びる!
雷竜だの葉牙だの大仰な名前が好きな修験者が珍しく地味な名を付けた技である。陽炎の様にゆらゆらと変化して相手を捉える。安直に
修験者はカルロスの顎を砕きつつ韋駄天真言呪の力により強化された脚力で矢のように天空を駆けた。
思いの外軽い音がした。1丈(約3m)の高さでトンボ返りをした修験者の半分くらいの高さにカルロスは浮かんでいた……薩摩武士たちの目にはアビラウンケンの呪文で2人が空に突如浮かんだかの様に見えた。
まぁ、確かに突如空に浮かんだのであるが。一説に寄れば人の脚の筋力は腕の三倍。拳の力で野生動物を半死半生に出来る修験者の蹴りは現代日本で言えばダンプカーに撥ねられたが如き衝撃であろう。これで命の灯火が消えぬカルロスは超人と言って差し支えない。ただ、相手が神仙の域に入り込み、神仏から