穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】   作:PureFighter00

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龍宮の民

「人攫いの噂はどうであったかな、お(ゆう)

「攫っておりました。領主殿が退治しましたが。それと……「傾国」を見ました」

「噂の瑠璃か。美しいのか?」

「美しゅうございますよ。顔形は元よりその心根が。娘を悲しませぬ様皆が幸せを作ろうと尽力する様……傾国ではなく、あれは盛国聖(ひじり)ですなぁ」

「側室に欲しいものじゃが……」

「ははは、お(たわむれ)を。娘が最も輝くのは好いた男の傍にいる時に御座います。奥に隠しては輝かず、民に恨みを買いましょう。神仏のバチが当たりますよ」

「そうだな。ワシも娘を輝かせたい。帯の一つも贈るとするか。ところで、人攫いは?」

「竜宮城にございます」

「何? 竜宮?」

「土地のものに依れば、その男よく見たら竜宮城の元衛兵で、竜宮のヒラメが探していたとか……」

「面白いことをしとるのぅ。斬首しなかったのか」

「石を抱かせて簀巻きにした上竜宮城に向けてドボン。今頃タイやヒラメと仲ようしとるでしょう。山に万物がある様に、海には万物が眠っておると【あの修験者】は申しておりました」

遠乗りに来た藩主は茶屋の団子を齧りながら微笑み、お夕は恭しく熱いお茶を淹れた。

 

 

 

 

「──これで良かったのか?」

「お主、中々の役者よのぅ……」

走り去る殿様と近従を見送りながら、修験者は弁天の演技に感心していた。無論、修験者の目の前で人を殺せる訳はない。伴天連達はあちこち酷い傷を受けながらもかろうじて生きていた。

修験者曰く、人生は魂の鍛錬期間であると言う。鍛錬の末に悟りを得て彼岸に至る……そこで漸く人間は人間を辞めて仏になれる。これを成仏と言うのだ。釈尊に帰依し仏道を歩む修験者は、他人の修行を手助けすることはあっても邪魔する事はない。耶蘇教の人間が仏になりたがるかは思案が必要だが……

「それに、どうしても奴に会いたくて彼岸に行かぬ阿呆が居るのでなぁ」

「彼岸? 秋分はかなり先だぞ?」

「お彼岸ではない。全くお前と言う奴はモノを知らんな……」

 

 

 

 

「起きろカルロ、客を連れて来てやったぞ」

「ぅ……ぅ、ぅ……」

カルロスは顎をこれでもかと粉砕されて未だ喋ることが出来ずにいた。まぁ、修験者は他心通という神通が使えるので問題は無い。弁天から見ると修験者が勝手に一人芝居している様に見えるのだが、意思疎通が出来ている様なので大変不思議に思っている。

「シロウと言ったか。お前が耶蘇教から離れて邪宗やるもんだから残念しとったぞ。いい加減諦めてシロウを見送ってやれ」

「シロウ……」

「おいおい修験者! 幽霊はやめろ!」

「すぐに旅立つから怯えたりガタガタするこたーない。何もせんぞ、こいつ」

修験者の隣に座る若者(半透明)は、カルロスに頭を下げると何やら異国の言葉で別れを告げた。それを見届けてから、修験者は特別に大般若波羅蜜多経巻第五百七十八第十般若理趣分を唱え始める。

弁天もカルロスも驚愕した。2人とも馬の耳に何とやらでお経に関する知識はまるでない。なのに修験者が般若理趣分を唱え始めると、それは鮮やかなイメージを伴い……内容が理解できてしまうのだ。

特にカルロスは髑髏本尊の呪文の「真の意味」に驚愕を隠せないでいた。仏教とは愛や欲に否定的で、キリスト教とは全く異なる教えだと思っていたが……小欲ではなく大欲を持ちて一切諸衆を救う大願を果せ。欲望を是認する邪教の呪文と思っていたものがこの様な意味を持っていたとは……

 

「海の果てから来たのであろう? お前とシロウは本来出会う筈もなかった見知らぬ他人よ。だが不思議の縁によりお前たちは大海を超えて出会ってしまった。

今再びシロウは六道輪廻の輪の中で魂の修行に励むが、あの海の果てから来てまで出会った不思議の縁だ。いつの日がまたお前たちは出会うに違いない。その日を楽しみに人生を歩むが良い」

「別れは辛いな……別れたくない気持ちは分かる……」感極まった弁天が涙を湛えて言葉を零す。

「今生ではもう逢えないかもしれんがな、お前ら凡俗が悟りを得るには何百何千億の時が必要だろう。何せ弥勒様(弥勒菩薩)でも如来になるのに56億7千万年掛かる。それだけの時間が「魂」にはあるのだ。これだけの時間があれば5〜6回と言わず100回1000回会えるかもしらんぞ」

 

 

奇しくも、天草四郎と呼ばれた益田時貞がカルロスに告げた最後の言葉はHasta La Vista。スペイン語で「また会う日まで」という意味であった。

いつか、また出会う日まで。

 

 

 

 

「良いのか、仏に仕えるものが男女交合を良しとしても?」

「子作りしなけりゃ死に絶えてしまうではないか。人の繁栄と悟りを同時に達成できなければ仏教は亡国の宗門になってしまうだろ。お釈迦様がそんなバカな教えを説くわけ無かろうに……ただ、諸衆はバカだから迂闊にこの辺教えると勘違いして年中盛るからな。顕教で欲との付き合い方学んだ後じゃなきゃ密教は教えんのだ。しかも対面で懇切丁寧にやらにゃいかん」

「大変だな、民草を導くのも」

「やりがいがあると言え。人が一生を掛けて取り組む価値がある仕事よ」

 

 

 

 

 

 

昔々のお話です。

海のほとりの小領に、穴部瑠璃と呼ばれた美しい娘が住んでいました。

娘の想いはただ一つ、夫の江戸川と愛し愛されること。

天使も羨むその愛を、神仏は愛でて良しとされ、今日も当地は日本晴れ。

2人は末永く楽しく暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。




この後少しだけ追補が入ります。
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