穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】   作:PureFighter00

14 / 14
追補

カルロス達が帰国の船出をするまでにあの事件から3年を要した。その間に江戸川少年は元服を迎え、瑠璃と結婚した。

後に6男3女に恵まれて、江戸川瑠璃は幸せに暮らしたと伝えられている。

 

そして、令和2年某日。

江戸川邸の跡に建築された神社の新築工事が行われた際に、旧社の土台に使われていた古い石碑が見つかった。その石碑には忍者の様な出立ちのものが鬼を空高く蹴り上げる像容の彫刻が為され、梵字が彫られていた様である。現在九州大学で調査が進められているそうである。

 

 

今も長島郷では瑠璃祭という神事が続いている。今でこそ子ども神輿を引いて練り歩く牧歌的な祭りになっているが、かつては年男を簀巻きにして港から海に放り投げる荒々しい祭りであったらしい。この奇習は流石に明治初期には問題視されて禁止される事になる。禁止に際して住人はかなり難色を示したのだが、ある山伏がこれを説き伏せたと伝えられている。なんも簀巻きにせんでも良いだろうと。ワシも瑠璃もそんな事はせんかったし、簀巻きにしたのは瑠璃組の奴らだぞ、と。

 

 

そう、瑠璃組は今でも当地で海運業を営んでおり、存続している。祭りの保存もこの企業の協賛による。

 

 

 

 

瑠璃が2人目の子供を出産してから4日の後、お夕こと弁天は涙目になりながら根子岳山中で遭難していた。島津の殿様から命を受けて修験者に忍び働きを依頼しに来たのだが、肝心の修験者は根子岳の獣道すらない奥に居る。朝に炊飯の煙が見えたからあの辺だろうと見当を付けて向かっているのだが、いくら歩いても修験者の庵は姿を見せない。

山の神は醜女なので、美人が来るとやっかみから意地悪をするのである。頼むなら牙の行者辺りに頼めば良かったものを、ならば私がと弁天が名乗り出たのが運の尽き。これは誓って真実だが、低山でも道を間違えれば人は遭難するものなのだ。なんなら筆者は高尾山で道に迷い、農家さんの段々畑から山をやっと降りた経験がある。

 

「修験者ーっ! どこに居るーーっ!」

るーー

るーーーー

るーーーー

 

無論修験者は気付いて居るのだが、彼は今炊飯中であった。

「始めちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣くとも蓋取るな」

悲壮な木霊を聞いてはいるが、炊飯は弁天救済よりも大切な作業である。そも女性(にょしょう)の分際で霊山に踏み入るな。山の神に祟られても知らんぞ……修験者はかまどの火を厳しく睨みながらちょっとだけ弁天を気遣った。

 

実は特定日に山に入ると山の神に木と勘違いされて「山から降りれなくなる」という言い伝えがあるのだが……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。