穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】   作:PureFighter00

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唐突に舞台は山中に。


阿蘇山根子岳

 霊峰、阿蘇山。

 大体「霊峰」と呼ばれるのは山岳信仰がある地方で「一番神聖な山」であり、仏教と古神道(の内、山岳信仰)が混ざった修験道の聖地である。ここ阿蘇山も古くから修験道の聖地であり、特に根子岳には天狗が住んでいた。

 この天狗という存在も極めて複雑な成り立ちをしている。実際これは台湾在住の方に質問された事であるが、天狗は天の(いぬ)と書くのにその姿に狗らしき要素は無い。元々は中国で音を立てて飛来する隕石(流星)をその音から狗に見立てて「天狗」と呼んだのだ。日本にこの語が伝来した時にはまだ天狗は流星の意であった。しかしここに山岳信仰が組み合わさり、高く空を飛ぶ鳶や鷹が神聖視され、更に神道の「死ねば神になる」「偉大な人間は死して偉大な霊になる」などとスクランダークロスした結果、偉大な存在は山で羽根を生やした(原義の「流星の様に高速で自在に空を飛ぶ」)テングになるという信仰が生まれてしまったのだ。この際これを(漢字はおろか文字すら知らない為に)口伝伝承した民草は天狗をテングと言う音のみで伝承し、その伝承を書き記した知識層はテングを出自通りに「天狗」と書いた。天狗伝承が生まれる山裾の人々の識字率の低さが狗なのに鳥の要素を持つ妖怪を生み出したと言えるだろう。この際元来の鳥の要素が強い天狗が所謂(いわゆる)烏天狗である。カラスが天孫を導いた「八咫烏(やたがらす)」を見れば分かる通り、本来は神聖な存在と言える。

 更にここに仏教伝来後に少し堕落した僧侶などの逸話が混じる。源平の昔には既に人格的にはどうか?と思われる堕落した僧侶がいた様で、山に籠り権勢を持った僧侶の中には知識豊富で他を軽んじ、威張った僧侶が居たらしい。この威張った僧侶(つまり、鼻が高い)を揶揄する目的で「天狗」と嘲ったのが、当世で言うところの「バズった」状態になる。こうしてピノキオの様な長い鼻を持った大天狗が生まれた。当時は仏教と神道が混ざり合って存在しており、その姿は山伏……修験者に近いものだったのだろう。事実今でも密教系の修行で山を練り歩く時には修験者に近い服装をする。これが前述の烏天狗と混じり、天狗と言うのは原義から外れて修験者の格好をしたカラス頭と鼻高天狗がおり、教えたがり(知識マウントを取りたがる)で謎の神通力や験力を使い、偉そうで実際強いと言う謎の存在になった。

 そして天狗というのは大変な教えたがりなのだが、多くの場合不可視の存在である。各種伝承を調べると分かるが、意味不明な現象が天狗の仕業とされるのに、天狗の目撃例は殆ど無い。見えないのだ。この為天狗は自分を知覚できる人間を見つけるとべったりと取り憑いて、あれやこれやと知識や技を教えて英才教育を施す。この様にして天狗メソッドで結果にコミットした人間として大変有名なのが牛若丸、後の判官九郎源義経だ。

 そして今、この霊峰阿蘇山根子岳にも、天狗を知覚出来る若き修験者がいた。1年の3/4以上を山窩や猟師も立ち入らぬ深山で過ごし、下手すると人間のことばを忘れがちな彼は自分の名前すら忘れがちで、その時々で猫行者だの大力行者などと名乗っており、ごく僅かな知り合いのみ簡素に「修験者」と呼ぶ。

 

 

 修験者が仲間のキバだかキハだかの行者から話を聞いたのが3日前。ほぼ強制的に五穀断ちの修行をせざるを得なくなり、滝行のついでに沢で岩魚を狙っていた所だ。空気を読まぬキバだかキハに声をかけられメシを取り損ねた。(問題はない。キハはいい奴なので握り飯をくれた)  そして山裾の湯治場で温泉に浸かっていれば忍び働きの口があるぞ、米もらえるぞと(そそのか)されて温泉まで降りてきた。何でも害意がないことを示す為に裸で命を授かるのだとキバは言うのだが、修験者は験力(げんりき)(本人談)により、素手で人の2〜3人は殴り殺せる。全く不可解な話だった。

 

「近頃領内で神隠しが頻発していてな……」お殿様はグビリと酒盃を呷り言葉を継ぐ「お主の知り合いの天狗が攫っているわけではあるまいな?」

「いや、その様なことは」

 修験者は真面目に答えた。天狗岩に住んでいる烏天狗の「マタザ」は富士に住む叔父御の手伝いで今頃樹海辺りを回っている筈だし、この前まで遊びに来ていた鞍馬の大天狗(僧正坊)は飯が尽きたのを見届けると自分の山に戻った。今この辺りに天狗は居ない。

 小粋な冗談のつもりで話したお殿様は、修験者が真面目くさった顔で答えたので少々反応に困っている。まさかこの修験者に天狗の知り合いがいるとは思ってもみない。徳川の治世に天狗もあるまいて、と。

「すると……伴天連だろうか?」

 豊臣秀吉が伴天連禁止令を発した理由の一つとして、伴天連が日本人を奴隷として海外に売却していたという説がある。その数凡そ5万人。それを見咎めた代官が問い詰めた所、彼らは「売る奴がいるのだから買って何が悪い」と不思議な顔をしたという。伴天連禁止は今も続き、彼らとの付き合いは徳川(とくせん)の世では長崎出島でのみ許されていた。表向き奴隷売買は無いはずだ。ただ、接岸はしないものの伴天連の船が沖合に停泊することはままある事と報告を受けているし、神隠しにあったものが美男美女であるとも聞いている。

 伴天連と言われて修験者は唸った。

 (何だそれ?) 

 片眉を上げて難しい顔をする修験者。それを見てお殿様はほうと相好を崩す。流石に耶蘇は嫌いか。ならば適任かも知れぬ。

 牙行者(きばのぎょうじゃ)にこの事を尋ね荒事を頼まれてくれるかと依頼を持ちかけた際、牙は「私より適任がおります」とこの修験者を薦めた。験力においては……この部分だけ特に強調した牙はやはり良い人間である……験力に於いては役小角の次に此奴かと。荒事なれば一騎当千。朝鮮の役の時に居ればひとかどの侍大将を務めたでありましょうと。暗殺に長けて幾人もの不埒者を成敗してきた牙がそこまで勧めるのだからと脚を運んだかいがあった。

「よし、修験者。伴天連を探れ。彼奴等は領内の美男美女を拐い遠く印度で売り捌いている可能性がある。もしもその様であれば神仏の罰をくれてやれ」

 美男美女を売り捌く……女郎や男娼だろうか? バテレンとは如何なるものか分かりかねるが、神隠しも何も神仏はその様な事をしない。悪事は大抵鬼や人間がするものだ。修験者は知らぬ言葉を彼なりに解釈した。要するに女衒(ぜげん)を見つけて殴れば良いのだろう。修験者は静かに首を垂れて受諾の意を示す。早めに見つけて米を貰おう。神妙に首を下げる様を見て、殿様は愉快そうにかかと笑った。

 

 忍び働きをするに当たり、殿様は従卒を付けた。監視役と言っても良い。女間諜でお(ゆう)と名乗ったが修験者は琵琶を持った男装のおゆうを「弁天」と呼んだ。弁財天に見えたからである。

 

 (自分のものも含め)人の名前は覚えられないが、一応神仏の名ぐらいは修験者も覚えている。おゆうは弁財天に(なぞら)えられて悪い気がしなかったが、何故と問うと後悔した。

「いや、琵琶を抱えておるからだが」

……この山猿が。

「いやいや、こんなにでかい猿はおらんぞ。山の兵八も背丈はこんなものだ」

 平然と修験者は弁天の心の声に応えたが、これは所謂他心(たしん)通である。プンプン怒っている弁天はこの怪異に気付いていない。修験者は仏典に記された幾つもの神通を使えるのだ。牙行者が「役小角の次に」と評したのはあながち間違いでは無い。本人がそれを喧伝したりはしないので、気付くものは少ないが。彼が喧伝しないのは天狗達の自慢話に辟易して反面教師にしたからである。

 

 

 やはり女性(にょしょう)か……修験者は困り果てていた。殿様から命を貰ったはいいが、目付けの弁天殿の足が遅くて難儀する羽目になった。最初の半刻程度……いや、四半刻まではやかましい程であったが、一刻もすると目に見えて足が遅くなった。

 普段天狗や山の鹿、猪と戯れている修験者である。験力や御仏の加護以前に足腰は非常識に頑健である。無論歩く修験者を走って追い抜けぬわけではない。ただ単に歩速が落ちず、休憩が不要なのだ。走って追い抜いてもいつの間にか再び抜かれてしまう。彼が歩く山は現代日本の一般的なレジャー用に登山道が整備された山ではなく、獣道や獣すら通らぬ山中。別に山道を避けて歩いている訳ではなく、修験者の住む辺りに来る人間は殆どいないのだ。偶に迷い込むものがあっても烏天狗のマタザがちょっかいをかけて追い返してしまう(そして天狗が出るとの噂でより人が近付かなくなる) 藪漕(やぶこ)ぎも崖もない平坦な道など彼にとって家の中も同然だった。

 更に言うと、修験者はその生涯の中で人と同道すると言う経験がほぼ無かった。数少ない経験も他の修験者などの同輩。故に里のものとしては驚異的に足腰が頑健な弁天が遅いのは女性だからと錯覚した。こんな歩きやすい道を難儀する理由が修験者には分からない。

 なんとなく弁天が悲壮な気持ちで付いてきているのは分かる。彼は道端の杉の木の枯れ枝を一本山刀で切り落とし、小枝を払って綺麗に樹皮を剥がし、表面に小刀で韋駄天の像様を刻み込もうかと手を動かし始めた所で、止めた。弁天が髪を振り乱して凄い目でこちらを睨み、それを遠巻きに眺める数人の旅人を見たからである。旅人達は修羅場を期待していた。豪壮な山伏を男装の女性が髪を振り乱して(旅人達から見たら)驚異的な速度で追いかける。どう見ても酒の肴になり得る醜聞(ゴシップ)だ。心の中でチリンチリンと小さな鈴の音色が響く。彼が死地にいる時の神仏からの注意せよ通達である(社会的にヤバい時しか鳴った事はない) 彼は実際神仏に愛されている。

 

 修験者は立ち上がると杖を弁天に手渡し何事か唱えた。弁天含めた聴衆が何?と身を乗り出した刹那に大声を上げる。

 

「六根清浄! 内外清浄! 貴様まだ修行が足りぬ。我は先に行く故後からゆるりとついて参れ!」

 (縮地か?)との弁天の心の声に、縮地って何ぞ?と思いつつ修験者はまじめくさった顔で返す。

「これは神仏の加護でも験力でもない。ただの修行じゃ。足腰の鍛錬じゃ。その様な足では山で熊は追えぬ。鹿も追えぬ。兎すら怪しい。杖をやる故ついて参れ!」

 修験者が熊を追う必要があるのか……当然過ぎる問いは修験者の迫力の前に霧散した。そして、修験者は……逃げた。先にも増して一本下駄で道を急いだ。彼女が目付けとして修験者を見張らなければならないと言う使命は無視した。修験者の行動に関しては神仏なり閻魔大王に尋ねれば良い。大体……大体彼は無実である。稀に勘違いによる問題は無いでもないが、概ね彼は修験者として並み以上、世間一般にも善人である。腹ペコで遂にはイワナやヤマメを取って食おうとすると絶妙のタイミングで取り損ね、三種の清肉しか食せぬ星の下に生まれている。

「そ……その調子では……」弁天は何事かを訴えようとしたが言葉は続かなかった。あの調子で歩いたならば宿場を通り過ぎてしまう。無論修験者は「雨が降る訳でもなし、野宿じゃ」ぐらい言いそうだが、実際には夜通し歩けば良かろうと考えていた。

 現代でも千日回峰行で京都大回り84kmを100日間毎日歩く僧侶もいる。修験者にとっては平地(と言っても現代の基準から見ると幾分うねってはいるが)を走破することなど苦ではない。

 突如修験者が戻って来ると、安堵の顔を浮かべた弁天にこう告げる。

「ああ、長島郷に行くのでその様に」

「……そ……そ……そこに……何か……あるのか?」

「うむ、美男美女揃いの村がある。もし人攫いが出るならあの辺りであろう」

 修験者は自信満々に答えた。勿論弁天も「傾国」の噂ぐらいは知っている。しかし、美男美女が拐われていると言う話の調査で拐われた人物の足跡ではなく、これから拐われるに違いないであろうとヤマを張る考えは無かった。いや、もしこれがたまたま美男美女が拐われただけで、攫う側には別に美男美女に拘る必要が無かったら……思案して息を整える間に修験者は彼方まで歩き去っていた。あの調子で海まで歩いて渡る気か。

 

 

 弁天は案外簡単に修験者には追いついた。修験者は茶屋で湯漬け(丼飯にお湯を掛けただけのもの)を三杯平らげ、悠々と(薄めの)茶を飲んでいた。弁天を見つけると手招きして呼び支払いは任せ……まで告げた所で杖で叩かれた。無論弁天に、である。




 無自覚無敵チート持ち主人公。世の流行りに阿る姿勢でござる。
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