穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】 作:PureFighter00
瑠璃が病に倒れた! その報は瞬く間に町に知れ渡った。不思議な事に近村から来たであろう若衆と接触したもの、その病に臥した者と触れ合った者は権蔵を含め皆病に倒れたが、それ以外の者は元気であった。無駄に元気な町衆は錯乱していきなり斎戒沐浴して仏様を拝むもの、御百度参りを始めるもの、医者を求めて鷹栖に向けて走り出すもの……町をあげての大騒ぎだ。
その中に異国の坊様の装束を着たものがいた。禁教の筈の伴天連の司祭である。その姿を見た弁天は「これぞ鬼ではないか」と恐れを抱いた。
黒衣に包まれた身体は筋肉質で、肌は海風に晒されて赤く染まっていた。髪は金色、鼻は高く、彫りは深い。突き出した額の奥にある目玉は灰色をしていて……
「
「帰れ伴天連!」意を決して弁天が物陰から姿を現すと、伴天連は酷く驚いた様に身を仰け反らせる。こんな僻地で伴天連と看破される筈はない。此奴スパイか。ならばカバーする者も居るに相違ない……伴天連は十字を切り、アーメンと唱えると何処かしらに消えて行った。
それと行き違う様に酷くやつれた若衆を背負い、修験者は瑠璃の家を訪ねた。この家の婆が存命中は良く訪れていた家なのだ。婆は今回目出たく極楽行きが宿命通で見えていたにも関わらず、請われて枕経を唱えたのだが……それが先に述べた般若心経ド忘れ事件である。若き日の修験者の失態であった。その失態をいい感じで誤解して助けてくれたのが幼き日の瑠璃なのだ。読者諸兄がお気付きの様に、瑠璃の名付け親はこの修験者だ。
瑠璃の家を見張っていた弁天が慌てて飛び出してきて合流する事になったのだが、忍び仕事なのに全く忍ぶ気がないとどやされたのは言うまでもない。
修験者は人の名を覚えるのは苦手だったが、向けられた好意や窮地を救ってくれた人々の恩義は忘れない(勿論、名前は抜け落ちるのだが) 彼はこの家族を良く知っていた。
修験者はしんどそうにしている瑠璃の両親から鬼を引き剥がす。「練習の甲斐あって」今回は余計なものを引き剥がさずに済んだ。病魔を取り除いただけだが、病魔を取り除けたなら後は唯の風邪だ。じきに病は癒えるであろう。
「ここ娘の事ならこーんな小さい頃から知っとるぞ」
「瑠璃殿は一寸法師のご親戚か?」弁天は修験者が右手で僅か一寸程度の長さを示した辺りでぶっきらぼうに突っ込んだ。実は嫁御が懐妊してるぞと婆に教えて吃驚させたのがこの修験者である。彼の神通力は僅か一寸程度の大きさだった瑠璃すら見通せたのだ。次第に腹が膨れる様を見て婆は修験者の験力が本物であると確信し、折に触れて祈祷をせがんだ。娘と聞かされて多少落ち込んだが、美女になるぞ、侍に輿入れするぞと伝える度に険が取れて良い顔になっていった。その様な経緯が無ければこの世間知らずが長島郷という地名や美男美女がいると言う噂を知るはずが無い。そして修験者を信じて徳を積んだから婆様は往生出来たのだ。
弁天はこの話をそこらの修験者がやる様な大言壮語として受け止めた。事実修験者や山伏の中には験力も無いのに偉そうな事を言うものもいる……大体徳高い行者は忍び働きなどしないだろう。誠に以て正論だが、困った事に修験者は何一つ嘘を吐いてはいない。
「でだ、この若衆が鬼に憑かれておったんだが……」
「鬼って、これか?」弁天が頭から人差し指を2本突き出す仕草をする。鬼に対する講釈が必要らしい。講釈を聴いて弁天は「修験者らしい所もあるのだな」と感心したが、天狗とお友達であるとか鞍馬山の大天狗の下りはまたホラ吹きおってと馬鹿にした。源平の昔なら分からんが、今は徳川の治世だぞと。
「まぁ、それは兎も角として、鬼とやらは勝手に人に憑く物なのか?」
「古戦場や恨みつらみが募った場所に居ればな。後は陰陽師が呪って憑けるか……」
「じゃあ前者か。この先は島原だ。伴天連連中の怨霊だろう」
「……なんじゃそれ?」
修験者は天草四郎の乱を知らない。
「……知らんか。まぁそりゃ知らんわなぁ。10余年前に
むぅ……と修験者が唸る。ただの怨霊が宿命通の障害になるだろうか。何らかの術を使わねば遮れない様な気もするが……勿論弁天は「神通で見通せなかった」と言うのは与太であると信じている。修験者も神通力持ちである事を彼女に信じさせる必要を感じていない。大体皆信じないのだ。まともに信じたのは死んだ婆様を始めとして5〜6人しかいない。しかもその内2人は天狗である。他人に見えないものが見えると言う事を証立てるのは難しい。人は見えたものを信じる。
余程の事が無ければ、鬼などに憑かれる事はない。その鬼が拡散して病魔を広めるなど聞いたこともない。余りの不自然さに何度も臥せった若衆を凝視するが、若衆が何故鬼に憑かれたかが黒いモヤの様なものに阻まれ確認できない。修験者はもしこの俺に釈尊や神仏並みの験力があればと悔やんでいる。神仏を身近に感じて実際天狗や河童と遊ぶ彼は、神仙の域に片足を突っ込んでいる。人としては類い稀な権能を持ちながら、彼の真の意味での隣人が正にヒトではない為に、彼は天狗になり損なっていた。いつも彼は自分の無能を悔やみ、それ故に修行と功徳を積む。
その風景を遠く漁師小屋から見つめる男がいた。先の伴天連である。その彼の手元には異様な呪物が置かれている……世に言う髑髏本尊だ。俗に真言立川流と伝わる集団が奉じた邪教の漆塗り髑髏。これは与太でも民明書房ネタでも無いのだが……近年当時の文献調査が進み、真言立川流はこの名も無き邪教を批判した宗派であり、名も無き邪教は便宜上「彼の法集団」と呼ばれている。様々な邪淫の後に作られたこの本尊には、
如何なる経路でこの髑髏本尊が伴天連……名をカルロスという……の手に渡ったのかは不明だが、カルロスはこの髑髏本尊を用いて長島郷に鬼を撒いた。そして彼自身を伴天連と見抜いた弁天と彼女と共にある修験者を脅威として捉えている。この髑髏本尊では反魂は叶わなかった。もっと良い素材を用いた髑髏本尊でなければシロウの反魂は成功しない……その思考は既に伴天連としての範疇を逸脱していた。
尚、弁天は紅毛碧眼の連中は全て伴天連だと思っているし、その名がポルトガル語のパードレ(padre:父,神父)に由来し,ローマ・カトリック教会の司祭を意味する事など一切を知らない。商館の商人でも船乗りでも伴天連扱いしたであろう。大体そんなものに詳しいのだとしたらそれこそ耶蘇教徒だ。その意味では修験者と弁天はツッコミ不在のボケ漫才である。本来伴天連を探る役目だと言うに弁天はその任務を忘れている。存外この目付けも節穴と言えよう。(一点、弁天を擁護するとしたらだが、花の慶次に出て来るカルロスの様な男に敵対出来るだけ、弁天は勇敢であった)
我も我もと瑠璃の家を見舞った人々が持ち込んだ食材を前に、弁天は卵粥を作っていた。病に臥せる瑠璃の母を慮っての事だ。肉はよせとの修験者の言に、流石神仏に帰依するだけあってとほんの一瞬だけ感心したが、修験者は普通に鶏肉を捌き串に刺している。三種の浄肉だからである。
初期仏教に於いて、仏教修行者は食物を托鉢に頼った。本来的にはこれを
この様なインド式思考の果てに生まれたのが三種の浄肉という条件だ。「殺されるところを見ていない」「自分に供するために殺したと聞いていない」「自分に供するために殺したと知らない」……この3つの条件に合致した肉は食しても良いのである。明らかに今串に刺された肉は条件に合致するし、「肉はどうだ?」「ちょっと肉は……」との会話で「今日はいいです」の言質を取った。
彼の棲まう根子岳近くでも、鬼八という伝説の鬼に捧げられた肉などを有難く戴き、鬼八所縁の地で祭祀を執り行い、後に神饌を頂いたりしている修験者だった。彼は滔々とこの話を説いて聴かせて、案外お前も物を知らぬなと弁天を説き伏せたりなどした。托鉢僧が頭を下げぬのを疑問に思っていた弁天はあっさりこの事を信じた。(功徳を積ませて戴き有難うございますと布施した側が手を合わせ頭を下げるのが道理だが、近年ではこの事を知らぬ人も多い) 修験者の言う事は間違ってはいない……間違っては居ないが、寺でも荘園を持ち、それなりに財貨もある17世紀中盤の仏教界では、やはり肉食は禁忌である。今この時代に本気で原始仏教をやっているのは修験者ぐらいのものである。