穴部瑠璃 〜海の畔の小領で〜【完結】   作:PureFighter00

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僕知ってる、これみんな読み飛ばす奴ー


伴天連襲撃

 髑髏本尊の根絶咒(アルテマ)の秘蹟が効かない! カルロスは一瞬狼狽したが、直ぐに思い直した。刺客は返り討ちにされたが、大男(修験者)は岬の木々の中に消えた、今なら新しき髑髏本尊の素材が手に入る!

 夜陰に乗じて六人ほど引き連れ瑠璃の家に向かう。ドンドンと戸板を叩き、顔を出した弁天に一言

Amen(そうあれかし)

 カルロスの鬼を思わせる巨体が流れる様に弁天の身体を引き出し、側方入身から喉を押し仰け反らせ、水月に手刀を一撃! 南派カラリパヤット「テッカン」の技だ。

『やれ』

 カルロスは配下に瑠璃と(ついでに)弁天を担ぎ拐おうとした。そこに熱で朦朧とした江戸川少年が土間の包丁片手に立ち塞がる。

「南蛮人め、瑠璃をどうする気だ!」

 気力を振り絞り突き出した包丁で蜻蛉を取る。鋭い猿叫(えんきょう)と共に地まで裂けよと必殺の一撃を繰り出すも、熱と倦怠感で鈍った包丁は素手のカルロスに軽く払われてしまった。

 「それなりに気合いの入った」一撃に残忍な微笑みを浮かべたカルロスは、江戸川少年の脇腹を蹴り上げ、(うめ)く彼にとどめを刺すべく飛ばした包丁に手を伸ばすが、外の異様な音を聞き足早に逃げ出した。

 

「瑠璃殿の家はどこじゃぁ!」

 鷹巣の地頭の声だ。地を揺さぶる裂帛の気合いが夜の静かな空気を引き裂く。

「瑠璃殿はどこじゃぁ!」

 薩摩武家衆は総じて恐ろしい。これより200年近く後の世で、生麦峠で言葉が通じずうっかり島津の行列(兵400人)に紛れ込んだイギリス人を殺傷したのも彼らであった。(生麦事件。一応薩摩の名誉の為に付け加えると、下馬しなかったから3秒で切り捨てたのではなく、一応身振り手振りで傍に寄せろ、引き返せなどのジェスチャーによる説明は試みている)

 地頭の侍も、十余年前に不思議な山伏から「瑠璃は長島の宝であり、これに害あれば主家が傾く」と予言されている。息子の癇を一晩で癒した験力と、米俵を悠々と担ぎ風の様に去る様を見て家中のものが天狗か鬼かと恐れた山伏であった。瑠璃に何かがあればあの怪異が降りて来よう……朝鮮の役や島原の乱に参陣した古兵(ふるつわもの)の老臣穴部までが恐れたと、その話は家中にも広まっている。

 

 修験者は、島津藩以外でも九州各所で活躍していた。しかし年の3/4を霊山で過ごし、常人の何倍もの速度で移動して験力や術を用いて事件を素早く解決しながらも「自身ですら自分の名を忘れる」と言うその(たち)故に、九州各地に残る怪異に説話が吸収され……彼の名が失伝しているのである。根子岳周辺では彼は天狗の化身であったり鬼八という記紀神話の昔の不死の鬼と勘違いされた。鬼八伝説は高千穂でも広まっている。その他古豪の武士の怨霊であるとか高徳の山伏だとか、実はお大師様(弘法大師空海)であるなどと言われた事もある。変な意味で悟りを開いて自分の名にも執着しない修験者は、結果的にこの時期の九州地方の怪異の総元締めとなっている。この事自体は実在する烏天狗のマタザにも、当地に遊びに来る鞍馬の大天狗(僧正坊)や愛宕の杉山僧正も都合が良いので、彼らも何者かに見咎められると積極的に「根子岳の修験者だ」と積極的に濡れ衣を着せた。それが故に阿蘇山の修験者が人気となり、阿蘇の修験者は厚遇された。この様な事実を知るのは牙行者を始めとする一部の優れた修験道関係者しか知らない。

 

 つまり過去において修験者が「瑠璃を大切にする様」町衆や侍どもに「頼んだ」ことは、彼らには鬼や天狗や役小角、遂には弘法大師的存在に「申し渡された」ものと誤解されている。奇しくもちょうどその頃修験者は当地の産土様の社を整え、神仏の監視網を復活させ、結果として阿蘇山が噴煙を吹き始めた。どう見ても凶兆だ。

 修験者の活躍により怪異が信じられていたこの地で、怪異に守る様申し渡された瑠璃が風邪を引く。信心深く験担ぎを好む島津武家は焦りに焦る。困った事に凶兆まで現れ始めた。軍勢は倒せても神仏は倒せない……この九州にも「その怒りと呪いが激し過ぎて手に負えぬ」太宰府の天神様(菅原道真公)が祀られており、隣の四国には崇徳院。超自然的な怪異により世が乱れたと言う三大事例の内2つが島津の近郊にあった。

 

 そして瑠璃の家に地頭の一団が到着すると、家は襲撃を受けた後だった。江戸川少年は地に臥して顛末を語る。そして、何度も何度も頭を下げた。己の不甲斐なさに泣き何度も地に頭を擦り付けた。

「お前が噂の女々か」

「女々にございます。私は私の女を守れませんでした!」

(一応調べ上げてフル薩摩弁を取り入れようとした事もあったのだが、すると全てのセリフにルビを振らないと解読できないと言う大問題が発生するので、全て標準語に変換されているとお考え頂きたい)

 顔を上げた江戸川少年の涙は赤い色をしていた。一団はその悔恨の深さを知る。

「女々よ、チェストしたか?」

「チェストが足りませんでした」

 ついて来た老臣穴部が口を開く。

「足りぬチェストなど無い。足りるまでやるのがチェストであり、それでも足りねばサバッと死ぬのが薩摩兵子(さつまへご)のチェストよ。つまりお前はまだチェストせねばならぬ」

「穴部、女々は使えるか?」

「こちらをご覧あれ」穴部は土間の床を指差す。そこには深く刻まれた振り下ろした包丁の跡があった。

「……成る程な。敵が上手だったか」

「江戸川の倅よ、お前は男か?」

二才(にせ)ではありますが」

「議を申すな。お前は男か、薩摩兵子か?」

「兵子にございます」

「ならばチェストじゃ。薩摩兵子に奪われて女々しく泣く様な奴は要らぬ」

「はいっ!」

「……死ぬが、良いか?」

「よかです! 瑠璃ば取り戻します!」

「穴部、取り返したなら瑠璃殿を養女に迎えよ」

「はっ!」

「江戸川の倅よ、瑠璃を取り返して生き延びれば褒美に瑠璃をやろう。ワシが仲人として正式に媒酌致す」

「はいっ!」

「立てるか?」

「はいっ!」

「……ふらついとるの。熱でもあるのか?」

「腑煮えくり返って頭まで熱くなり申した!」

「女々と聞いたが言うではないか。のぅ、穴部?」

「我が家中に女々など居りませぬ」

「急ぎ具足もて。夜明けと共に南蛮狩りじゃ。皆のもの、ひえもんとりと思い奮起せよ!」

 

「「応!!!」」




 二才(にせ)などに関して解説入れると長くなるのでこちらに。
 薩摩では郷中制度というものがあり、町村単位での男子集団で年上の者が年下を教育するシステムがある。この教育を受ける側が二才(にせ)だ。詳しくはググると良い。
 江戸川少年はかなり学才があり、この点に於いては一部「教える側に回れる」程度なのだが、システム上教授を受ける側として体練その他の修行をしている。
 また、薩摩の気風として男色があるが、瑠璃関係で特例的にここは免除されている。(男色にハマり瑠璃を放置したら瑠璃が悲しみ、瑠璃を悲しませる事は長島郷での禁忌に当たる。作中でも書いたが異様な山伏からの「お願い」は、この地に於いては「鬼や天狗からの予言」に等しい)
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