――ふと目を開けたら、真っ白な部屋の中に居た。
辺りを見回しても、先ほどまで寝ていた大きなベッドと、高い所の小窓以外、何もない。
(え……ここどこ……?)
何か夢でも見ているのかと、布団を握りしめて考えていると、
ゆらりと長い影を揺らしながら、長身の少女が目の前に現れる。
「おはよう」
物々しい触手を携えて、物静かに語りかけてくるのは、
頭部が触手に覆われて『見える』クラスメイト、みちるちゃんだった。
「あ……。みちるちゃん、ここ、どこか知ってる?」
「籠の中よ」
……籠? よくわかんないけど、出られないってことなのかな。
「えっと……。みちるちゃんも閉じ込められたの?」
質問を変え、目の前の触手を纏った少女に再度問いかける。
もしかしたら、彼女と一緒に誘拐されたのかもしれないし……。
「いいえ」
ゆるやかに否定の言葉を口にした後、
彼女から発されたのは、思いもよらない言葉だった。
「あなたのために用意したの」
「……へ……」
何も無い空間に、くすくすと、吐息を漏らす音だけが響き渡る。
――今、彼女はなんて?
「ずっと考えていたの。あなたを失わない方法を」
「ちょ、ちょっと。話が見えてこないんだけど……!」
先程の発言が飲み込めず、困惑する私の元に、
触手が一本伸びて来て、するりと頬に添えられた。
「あなたが轢かれかけて、入院したと聞かされた時。
わたし、どれほど心配して、不安だったか……」
「それは……ごめん……」
その件に関しては彼女に助けられたのもあって耳が痛く、
つい顔を背ける私に、高揚した声が下りて来た。
「それでね、とてもいいことを思いついたの」
みちるちゃんが胸の前で、両掌を合わせてみせる。
……表情は見えないけれど、なんだか、嫌な予感がした。
「安全なところに、閉じ込めてしまえばいいの。
そしたら、どこにもいかない。ずっとわたしが守ってあげられるわ」
歌うように機嫌よく紡がれた言葉の内容が、理解できない。
いや、したくない……が、正しいのかもしれない。
「み……、みちるちゃん」
自分から出た声は、思っていたよりも掠れていた。
けれど、彼女には届いたようで、みちるちゃんは言葉を止める。
「よくわからないけど……、や、やめようよこんなの。
私、ちゃんと気を付けるようにするからさ……」
「信じられないわ。目の前で、トラックに飛び込んでいったもの」
それに関しては、彼女の触手のせいでもあるのだけれど……
なんて話が出来るわけもなく、黙り込んだ私に対して更に言葉が繋がっていく。
「あんな思いは二度とさせたくないし、わたしもしたくないの。
……わかってくれるかしら?」
まるで子供に言い聞かせるように優しい声色で紡がれても、
納得なんて出来るわけもなく、どうにか彼女を説得しようと試みる。
「人を閉じ込めるのは、だめなことだよ……
私、誰にも言ったりしないから、だから」
「――だめ? わたしの気持ちが、罪だと言うの?」
彼女の頭部から伸びる触手が、僅かに硬質化する。
それは翼のように広がって、この世全てに威嚇しているようだった。
「それなら、わたしを捕まえてみればいいのよ。
それができないのなら、わたしの気持ちは罪じゃない」
――彼女は本気だ。暗く圧し掛かるような声色と、
全方位に鋭く尖る触手が、彼女の心の内を表していた。
「……ふふ、わかってもらえたみたいね。うれしい」
畏怖して黙り込んだのをそう解釈したらしく、
彼女は少しだけ弾んだ声を出して、私に背中を向けた。
「何か食べたいものはあるかしら。お腹空いたでしょう」
今が何時なのかはわからないが、小窓から差す僅かな光を見るに、
朝を迎えてはいるのだろう。……けど、この状況でお腹なんて空くわけない。
「思いつかないのなら、適当に買ってくるわ。食べたいものを食べて」
そう言って立ち去ろうとした彼女が、突然身体ごと振り向いた。
「そうそう。……みこちゃん、って呼んでもいいかしら」
……このタイミングでされるには、意味の分からない問いかけだった。
けれど、今の彼女を刺激したくないという思いで、頷いて答える。
「これから永い付き合いになるものね……。
ふふ、じゃあ、また後でね、みこちゃん」
扉が閉まる音の少し後に、ガチャリと鍵が掛かる音がする。
(……嘘でしょ。閉じ込められるとか、そんなことある?)
未だに現実味が無くて、ベッドから降りて部屋を歩くも何もない。
部屋のドアを開けて、廊下の先に出てみると、玄関に繋がっていた。
ただし、内外の両側に鍵がついているようで、開けることが出来ない。
(一応、最低限の設備はあるみたいだけど……)
廊下のドアを開けると、トイレと浴槽に繋がっていて、
簡易的な物だがキッチンもあるようだ。ただし、包丁等の刃物は一切無く、
棚の中にあるのは最低限のコップや食器類だけだった。
(……部屋も、もう一度見てみよう)
ベッドがある部屋に戻る。あるのはベッドに、机、
それから、高い所にある小窓……。がんばれば、登れないかな?
(通れるかは怪しいけど、確認だけでも……!)
ベッドの上に立って壁をよじ登ろうとしていた時、
ガチャリと鍵が開く音が鳴って、慌ててベッドの上に座り込んだ。
「ただいま」
「お、おかえり……」
バクバクと、心臓が激しい音を立てる中。
彼女は乱れているシーツと、小窓、それから冷や汗をかく私に、順番に身体を向ける。
「何をしていたの?」
「ちょっと、外の空気が吸いたくて……」
じっと、彼女が動きを止める。その間も揺らぐ触手は、
まるで私の言葉の真偽を確かめているかのようで、緊張で胸が締まる。
「……少し狭いかしら。換気はしているから、大丈夫よ」
「そ、そっか……」
彼女は特に追及することなく、手元の袋をテーブルに置いた。
……どうにか、誤魔化せたと思っていいのかな。
「色々買ってきてみたけれど……食べたいものある?」
「あんまり、お腹空いてない……」
「だめよ、きちんと食べないと」
身体に良くないわ、と言って、彼女は袋から、
惣菜パンやプリンを取り出し、テーブルに並べていく。
(どれも、私がよく買うやつだ……)
見覚えのある銘柄の食品を並べられ、たまたまかな、と思いながらも、
やっぱり食欲が沸かずベッドに座り込む私の前に、スプーンが差し出される。
「はい。食べさせてあげる」
その上にはプリンが乗せられていて、どうしようか、と
迷っている間、彼女はそのままの姿勢で一切動かない。
「いらな――」
断ろうと口を開けた瞬間にスプーンが突っ込まれ、反射で口を閉じる。
口内に広がる甘い味わいを飲み下す間に、彼女は再びプリンをスプーンに乗せた。
「っ、わかった。自分で食べるから……」
再度口にスプーンを突っ込まれかけるのを寸でのところで止めて、
彼女からプリンとスプーンを受け取り、口にする。
「おいしい?」
……こんな状況でも、味は変わらないんだな、なんて。
現実逃避に近い思考をしながら頷くと、くすりと微笑む声がする。
「よかった。無理やり食べさせるなんて、したくなかったから」
(……食べるって言って良かった……)
どうやら選択は間違っていなかったらしいと安堵していると、
みちるちゃんがこちらを見つめるのをやめて、立ち上がる。
「それじゃあ。ご飯は置いておくから、食べれるぶんだけ食べて」
「ちょ、ちょっと。どこ行くの?」
部屋を出て行こうとする彼女を呼び止めると、
触手を揺らしてこちらを振り向く気配がした。
「学校。行かないと不自然に思われるもの」
「待って、ちゃんと話を――」
慌てて追いかけたけれど、無情にも目の前で扉は閉められて。
ガチャリと鍵の掛けられる音が静かな廊下に響き渡る。
「……あ……」
思わず漏れた呟きが、私しかいない空間に反響する。
(みちるちゃん……本気なの……?)
胸の前で手を握り、自分が置かれた状況に考えを巡らせる。
私物は全て没収されていて、衣服も今着ているパジャマだけ。
(……しばらく帰ってこないはず。どうにか、出る方法を考えないと)
彼女の考えていることはわからない、けれど。
今なら、脱出の糸口なり、何かしらの手がかりを掴めるかも――
--------
――なんて、前向きに考えられたのは最初だけだった。
どうにか壁をよじ登って確認した小窓には格子が嵌められていて、通風孔も同様。
大声も出してみたけれど、自分の声が戻ってくるだけだった。
……そもそも、小窓の外を見た感じ、付近に人が住んでいる気配はない。
(だめ、完全に手詰まり……)
早々に出来ることがなくなってしまい、ベッドに座り込んで窓を見上げる。
(……まだ、日は高いな)
ベッドに座ったまま、時間が流れるのを静かに待っていると、
何気ない日常にどれほどの娯楽手段があったのかを思い知らされる気分だ。
スマホも本も、気分を変えられる物が何もない場所で過ごす数時間は、
目まぐるしく動いていた日常とは打って変わって、悠久の時のように感じられた。
(少しだけ、寝ちゃおうかな……)
ベッドに横になって、しばらくの間うとうとしていると、
ガチャリと扉が開く音が耳に入ってきた。
「ただいま」
ゆらりと触手を揺らめかせながら、
手に買い物袋を持って、みちるちゃんが部屋に入る。
「何か困ったことはなかった?」
……ここから出られないことに一番困ってるのだけれど、
それを言っても無駄なのは、この状況になった時点で理解している。
「ううん……。やることがなさすぎて、困るくらい、かな」
首を振って、思ったままのことを答えてみると、
彼女から予想外の返答が戻ってきた。
「……それは、気づかなかったわ。ごめんなさい」
そうよね、退屈よね、と同調するように繰り返して、
みちるちゃんは何か考え込むように、自身の顔付近に手を持っていく。
「本とか、ゲームとか……家具でもいいわ。
これからは、何か欲しい物があったら、わたしに言って」
それなら、と、気になっていたことを確認するための物を要求する。
「テレビと新聞が欲しいな……あと、ラジオとか……」
「……それ以外なら」
日付と時間、出来れば現在地を確認したかったのだけれど、
考えが読まれていたのか、即座に拒否されてしまった。
「そうね……。とりあえず、雑誌くらいは早めに持ってくるわ。
後は、冷蔵庫も必要かしら……そうそう、ティーカップも……」
ぶつぶつと呟きながら考え込む様子を見るに、
彼女自身もあまり深いところまで計画していなかったのかもしれない。
「ねえ……。やっぱりさ、こんなのやめにしない……?」
「…………」
声を掛けると、彼女が黙り込んだ。
その反応を見て、もしかしたら……なんて、思ったのだけれど。
「みこちゃん。わたしと一緒に居るのが嫌なの……?」
室内だというのに、ふわりと風が巻き起こったかのように
彼女の触手が浮き上がるのを見て、慌ててフォローに回る。
「う、ううん。そんなことないよ……」
「…………」
沈黙と共に、触手が、ゆっくりと下ろされていく。
――今の彼女を刺激してはいけないと、私の勘が告げている。
「退屈な思いをさせて、ごめんなさい。
とりあえず……読み物だけでもすぐに用意するわ」
触手が完全に下りると同時に、彼女から禍々しい気配が消えた。
「あとは……服も必要ね、明日の朝には揃うようにするわ」
ただ、爆発寸前の機雷のような、そんな不安定さを感じて、
彼女の言葉に、刺激しないよう頷くことしかできない。
「みこちゃんのお願いなら、出来る限り叶えてあげる。
あなたの安全を脅かすようなことじゃなければ、なんでも……」
みちるちゃんが、私の隣に腰掛ける。
しゅるりと、彼女の触手が伸びて私に巻き付いた。
「だから……大丈夫。ずっとここにいていいのよ」
みちるちゃん本人も、私の肩を抱き寄せて……
触手のせいで見えなかったけれど、たぶん髪にキスをした。
(なんでだろう……こんな状況なのに、安心する……)
彼女は私をこの部屋に閉じ込めた張本人だというのに、
ずっと一人にされて孤独を感じていた後だったからか、
じんわりと感じるぬくもりに安心感を覚えて――ぐうと、お腹が鳴った。
「お腹すいた? ご飯、用意するから待っていて。
出来合いのものばかりでは、味気ないでしょうし」
すいとみちるちゃんが買い物袋を持って離れ、キッチンに向かう。
コトコトと、小気味良い音が聞こえてきた――
--------
「おまたせ。……口に合うと良いのだけれど」
目の前に、シンプルなクリームシチューとパンが置かれた。
……少し躊躇いはあるけれど、食べなかったら
また口に突っ込まれかねないし、スプーンを手に取って口をつける。
「……おいしい」
この状況にはそぐわない、優しくてほっとする味。
お腹が空いていたのもあり、次々とスプーンを口に運ぶ。
「ふふ、よかった」
私が食べ進めるのを確認して、彼女も自分のシチューを食べ始め、
監禁されているのを忘れてしまいそうになるほど、平和な時間が流れる。
「全部食べてくれたのね。……うれしい」
しばらくして二人とも食べ終わると、彼女は食器を片づけに席を立つ。
(…………)
――一人部屋に残されて、じっと考える。
彼女は本気だ。けれど、私に危害を加えようという気はまったく感じられない。
(みちるちゃんが落ち着いてる時に、少しずつ説得していけば……)
そう遠くない内に、解放してくれるかも。
お互い無事に日常へ帰れるような言い訳を、何か考えておかないと。
……なんて思考をしていた私は、
まだ現実を受け入れることが出来ていなかったんだと思う――
「みこちゃん。今日は編み物の道具を持ってきたの。
暇つぶしに、丁度いいんじゃないかと思って……」
「みこちゃん。今日は撮影で少し遠くに行く機会があってね、
有名なお店のプリンを買ってみたの。……ふふ、気に入るかしら」
「みこちゃん。最近元気がなさそうだから、評判の良い
入浴剤を買ってきたわ。だから、一緒に入りましょう――」
……数日経っても、数週間経っても、
それより長い時が経っても、この生活が繰り返されるという現実を――
第一話、ここまで読んで頂きありがとうございました。
pixivでは1話完結でみこちゃんとみちるちゃんの話を多数投稿しているので、よろしければそちらもお尋ねください!
同士に飢えているので、評価や感想を頂けると大変喜びます……!
6/24追記:誤字修正いたしました。報告いただきありがとうございました!