籠の中の見える子ちゃん   作:hinadori2424

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みちるは獲物を寵愛する

「ただいま」

 

ガチャリと、音を立ててドアを開ける。

同時に、チェーンを鳴らしてみこちゃんが駆け寄ってきた。

 

「おかえり、みちるちゃん……!」

 

首輪に結ばれたチェーンをチャリと揺らしながら、

嬉しそうに抱き着いて来た彼女の背中に、腕を回す。

 

「ふふ、いい子」

 

軽く背中を撫でると、彼女は私の胸元に顔をすりよせてきた。

 

「甘えん坊さんね……」

 

わたしが帰るのを健気に待っていたのだと思うと、

本当に愛おしくて、愛おしくて……身体の底から熱くなるわ。

 

「みこちゃん」

 

名前を呼ぶと、彼女は顔を上げてこちらを見る。

彼女の頬をゆっくりと撫でてあげると、くすぐったそうに首をすぼめる。

 

「わたしのこと、すき?」

 

そんな仕草一つを愛おしく思いながら、わかりきった答えを尋ねると、

彼女は少し考えるような仕草のあと、頬に添えていたわたしの手を取った。

 

「…………」

 

こっちを上目遣いに見つめたまま、すり、と手に頬擦りをされる。

 

「……っ」

 

――あまりにも可愛らしいリアクション。

心臓が跳ねるのを感じて、思わず彼女に触れてない方の手で胸を押さえる。

 

「急に可愛らしいことをされると、心臓に悪いわ」

 

愛しい彼女の額に、欲望の赴くままキスを落とす。

みこちゃんも一生懸命背伸びして、わたしの頬にキスを返してくれた。

 

「……ふふ」

 

その姿が、あまりにもいじらしいものだから、

つい笑みが漏れてしまう。かつて夢見ていた生活が、今、目の前にある。

 

(身も心も、全部、全部わたしだけのもの)

 

――ああ……。なんて、ステキなのかしら。

 

心が弾むのを感じながら、彼女に、

何かしてほしいことはないかと、いつもしている問いかけを行う。

 

「お風呂入れて欲しいな……。あとね、冷蔵庫のプリン食べたい」

 

「勝手に食べてよかったのに」

 

遅くなることも多いから、軽食としてプリンは冷蔵庫に常備してある。

お腹が空いたら食べてと、伝えていたはずなのだけれど……

 

「みちるちゃんに食べさせて欲しいの」

 

――ほんのり赤らんだ顔で、照れながら言われた一言。

そのあまりの破壊力に、一瞬、何も考えられなくなってしまった。

 

「あ……手間だったら、自分で食べるよ」

 

返事が遅くなったことをどう解釈してしまったのか、

遠慮がちに身を引こうとするみこちゃんを、大丈夫、と言って抱き寄せる。

 

「わたし、みこちゃんのお世話を手間に思ったことなんてないわ」

「本当に……?」

 

不安気にする彼女に頷いて、背中をぽんぽんと叩いてなだめる。

 

徹底的な『しつけ』をしたあの日から、

彼女は少しだけ臆病で、甘えん坊になった。

 

(まあ、そうなるように仕向けたのだけれど)

 

わたしが居なければ生きていけないと、そう教え込んだのだから。

むしろもっと、頼って欲しい。わたしだけに、依存してほしい。

 

「お湯を張ってくるわ。プリンはお風呂あがりにする?」

「うん」

 

彼女が頷くのを確認して、入浴剤の入った小袋を手に持つ。

 

「撮影先で珍しい香りの入浴剤を貰ったから、使ってみましょうか」

 

立ち上がり、お湯を張りに行こうと歩き出したところに、

突然、ぎゅ、と背中に抱き着かれて、驚いて足を止めた。

 

「……みこちゃん?」

 

僅かに、背中越しに震えが伝わって来る。

……ああ、本当に、なんて可愛らしいのかしら。

 

「大丈夫。……もう、どこにも行かないから」

「……ほんと?」

 

みこちゃんの方に向き直って、正面から抱きしめる。

 

「ええ……。学校や撮影は行かないといけないけれど……

それ以外の時間は……ずっとずっと、一緒にいましょうね」

 

穏やかな声を出して、優しく背中を撫でてお話する。

腕の中で、くす、と彼女がほんの小さくだけれど、笑みを零した。

 

「ふふ……。やっと笑ってくれたわね」

 

彼女の自然な笑顔は、いつ何度見ても癒される。

頭を撫でて一度離れ、お風呂に入る準備だけして、すぐに戻った。

 

「お湯が溜まるまでの間、ごはんにしましょう」

 

テーブルに座るように促して、

撮影帰りに買って来たサンドイッチとお茶を並べる。

 

「はい、あーん……」

 

声をかけると、彼女はわたしに言われるがまま、口を開けた。

その姿がなんだか愛おしくて、胸がぽかぽかと暖かくなる。

 

「ん……。みちるちゃん、なんかご機嫌だね?」

「……少し、幸せを噛みしめていただけよ」

 

……また、彼女に心を読んだかのような言葉を掛けられて、

身体の奥が熱くなるのを感じながらも、サンドイッチを食べさせ続ける。

 

「明日は早く帰るけれど……何か作ってほしいものはあるかしら」

 

飲み込んだタイミングを見計らって声を掛けると、

みこちゃんはじっとこちらを見ながら、考え込む素振りを見せた。

 

「……シチュー。クリームシチューが食べたいな」

「シチュー?」

 

いいけれど、せっかくだからもう少し手の込んだものでも、

なんて考えながら聞き返すと……彼女は、少しだけはにかんで、頷いた。

 

「初めてここに来た時、食べたやつ……また作ってくれる?」

 

――理由を聞かされて、トクン、と心臓が跳ねる。

ああ、彼女にはいつも、心を振り回されてばかりね……。

 

「ええ。よろこんで」

 

答えると、彼女は目を細めて微笑んだ。

最近、みこちゃんはよく笑ってくれる……それが嬉しくて、たまらない。

 

そんな時。ピー、と電子音が部屋に鳴り響く。

 

「……お風呂が沸いたみたいね。食べ終わったら、早速入りましょうか」

 

みこちゃんにお茶を飲ませてあげながら話しかけると、彼女は小さく頷いた。

 

 

--------

 

 

――お風呂の時間は、大好きよ。

お互いにありのままの姿で、触れあうことができるもの。

 

「それで、スタイリストの人におすすめされて……

みこちゃんにもいいんじゃないかと思って、試供品を貰って来たの」

 

なんだか、とてもいい気分になって、ついついお喋りも進む。

 

「ふふ……試して、良ければ取り寄せるから、一緒に使いましょうね」

 

みこちゃんはあまりお返事はしてくれないけれど、

わたしの話は聞いてくれているみたいで、時々頷いてくれる。

 

「石鹸に、シャンプーに、入浴剤に……お揃いって、ステキなことね」

 

泡だらけの身体を流してあげて、みこちゃんを湯船に浸からせる。

 

それから、自分自身も綺麗にして……

改めて、わたしも彼女を抱きかかえるようにして湯船に座った。

 

「この入浴剤、変わった香りね……。みこちゃん、どうかしら」

 

小さくて柔らかい身体を抱きしめながら問いかけると、

みこちゃんは少しだけ首を傾けて、答えてくれた。

 

「……あんまり嗅いだことない匂いだけど、私は好きだよ。甘くて」

 

わたしも好きな匂いだと思っていたけれど、彼女もそうだったのだと聞くと、

胸が暖かくなって、もっと大好きな匂いに感じられる。

 

「そう。……なら、今度取り寄せておきましょう」

 

みこちゃんの身体を抱き寄せて、もっと近くでしっかりと抱きしめる。

濡れた髪からは、普段から嗅ぎなれている、落ち着く香りがした。

 

(ああ、今、わたしたち……同じ香りに包まれてる)

 

みこちゃんの匂いを吸い込んでいると、

彼女が身体を後ろに傾けて、体重を預けてきた。

 

その仕草一つが、とても愛おしくて――零れた笑みが、狭い浴槽に反響する。

 

 

--------

 

 

髪を乾かして、お手入れをしてあげたあと、

約束していたプリンを、みこちゃんのところに持って行ってあげた。

 

「食べるでしょう?」

 

問いかけて、みこちゃんが頷いたのを確認したら、

わたしはプリンの封を開け、スプーンに乗せて彼女に近づける。

 

「あー……」

 

すると、みこちゃんは小鳥の雛みたいに口を開けて、わたしを待つ。

その顔があまりにもかわいくて、つい手を止めて眺めてしまった。

 

「……?」

 

ぽかんと口を開けたままの顔で、不思議そうにするみこちゃん。

わたしを信用しきっている、という感じがして、すごくかわいい……。

 

「ふふ……。自分からお口を開けて、かわいい」

「……っ……」

 

指摘すると、みこちゃんの顔が、みるみる内に赤く染まっていく。

それがまた可愛らしくて、じっと見つめていると、ふいと目を逸らされた。

 

「……いじわる」

 

拗ねてしまった彼女の口に、プリンが乗ったスプーンを差し込むと、

みこちゃんはまだ不満げな顔をしながらも、むぐむぐとプリンを食べる。

 

「ふふ、ごめんなさい。あんまり可愛らしいものだったから、つい」

 

つい笑みが零れながらの謝罪。みこちゃんは納得していなさそうだったけれど、

黙々とプリンを食べている様子からして、怒っているわけでもないみたい。

 

「おいしい?」

 

次のスプーンを差し出すと、みこちゃんは口に含んで、頷いた。

 

「よかった。気に入ったのなら、また買っておくわ」

 

彼女が飲み込んだタイミングで、次のスプーンを差し出すと、

みこちゃんは少し機嫌が直ったみたいで、素直に口を開けて食べ進める。

 

「口元、ついてるわ」

 

つい、と指先で彼女の口元についている

カラメルソースをぬぐって、自分の口に持っていく。

 

「……甘い」

 

ぽつりと感想を呟くと、みこちゃんは恥ずかしそうに

視線を彷徨わせた。そんな初々しい反応も、とってもかわいいわ。

 

「ふふ……。おいしかった? 今日はもう遅いから、ベッドに入りましょう」

 

空になった容器を手に彼女が立ち上がると、

みこちゃんがついてくる気配がした。きっと、歯磨きでもするのね。

 

 

 

--------

 

 

 

彼女のために用意した、シンプルだけど質にはこだわったベッドの中。

横たわるみこちゃんを背後から抱きしめて、首筋に顔をうずめる。

 

「ん……、くすぐったいよ……」

 

そのままの体勢で深呼吸して、大きく息を吸い込むと、

彼女はもぞもぞと身じろぎしながら、息を漏らした。

 

「ふふ……わたしが使っているシャンプーと、同じ香りがするわ」

「おんなじの使ってるんだから……」

「それもそうね」

 

彼女のうなじにすっぽりと顔をうずめて、笑う。

そのたびにわたしと同じ香りと、

彼女だけの甘い香りがして、幸せな気持ちになった。

 

「みこちゃんから、わたしと同じ香りがすると……

なんだか、胸が熱くなるの……ふしぎね」

 

「……私も」

 

ぽつりと、みこちゃんが零すのが耳に入る。

抱きしめたまま、彼女が続きを話すのを待った。

 

「私も、みちるちゃんの匂い好きだよ。おんなじ匂いすると、安心する……」

 

みこちゃんは身体の向きを変えて、

わたしの胸元に甘えるように顔をうずめてきた。

 

(ああ……幸せ……)

 

今では身体だけではなく、心もすっかりわたしの物。

そう実感して、幸福に身を震わせていると、背中に腕が回された。

 

「みちるちゃん……すき……」

 

それは、囁くような小さな言葉だったけれど、

わたしの胸を高鳴らせるには充分で、彼女を強く抱きしめ返す。

 

「ええ。わたしも、だいすきよ……みこちゃん」

 

幸せな気持ちになりながら、

目を細めて、胸元に顔をうずめるみこちゃんを見る。

 

(最近は、外の様子を教えてとせがむこともなくなった)

 

学校の話や仕事の話をしても、微笑みながら聞いているだけ。

そこに、昔ほどの真剣さや憂いは感じられない。

 

(完璧に思い通りにならないところも、彼女らしくて好きだったけれど)

 

だからといって、もう二度とあの時のように、

逃がしてしまうようなことがあってはいけない。

 

……外の世界は危険だから。この『籠』にわたしとずっといればいい。

 

(わたし、幸せよ……。みこちゃんも、そうでしょう……?)

 

やっと、欲しい物を捕まえた。

彼女はもう羽ばたく意志さえなくて、身も心も籠の中。

 

(もう、逃がさない。絶対に……みこちゃんは、……わたしだけのもの……)

 

この生活は、これからも、ずっとずっと、続いていく。続けていく。

心の底から決意したわたしは、これ以上ないってくらい、満たされていた――




最終話です。何か思いついたら、続きを投稿するかもしれません。
ここまでご愛読いただきありがとうございました。
自分の『好き』から生まれたシリーズですが、
少しでも皆様の『好き』に繋がっていたなら幸いです。

pixivにも同シリーズを投稿している他、
R-18版などもございますので、よろしければそちらもお尋ねください。
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