「ただいま」
ガチャリと、音を立ててドアを開ける。
同時に、チェーンを鳴らしてみこちゃんが駆け寄ってきた。
「おかえり、みちるちゃん……!」
首輪に結ばれたチェーンをチャリと揺らしながら、
嬉しそうに抱き着いて来た彼女の背中に、腕を回す。
「ふふ、いい子」
軽く背中を撫でると、彼女は私の胸元に顔をすりよせてきた。
「甘えん坊さんね……」
わたしが帰るのを健気に待っていたのだと思うと、
本当に愛おしくて、愛おしくて……身体の底から熱くなるわ。
「みこちゃん」
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げてこちらを見る。
彼女の頬をゆっくりと撫でてあげると、くすぐったそうに首をすぼめる。
「わたしのこと、すき?」
そんな仕草一つを愛おしく思いながら、わかりきった答えを尋ねると、
彼女は少し考えるような仕草のあと、頬に添えていたわたしの手を取った。
「…………」
こっちを上目遣いに見つめたまま、すり、と手に頬擦りをされる。
「……っ」
――あまりにも可愛らしいリアクション。
心臓が跳ねるのを感じて、思わず彼女に触れてない方の手で胸を押さえる。
「急に可愛らしいことをされると、心臓に悪いわ」
愛しい彼女の額に、欲望の赴くままキスを落とす。
みこちゃんも一生懸命背伸びして、わたしの頬にキスを返してくれた。
「……ふふ」
その姿が、あまりにもいじらしいものだから、
つい笑みが漏れてしまう。かつて夢見ていた生活が、今、目の前にある。
(身も心も、全部、全部わたしだけのもの)
――ああ……。なんて、ステキなのかしら。
心が弾むのを感じながら、彼女に、
何かしてほしいことはないかと、いつもしている問いかけを行う。
「お風呂入れて欲しいな……。あとね、冷蔵庫のプリン食べたい」
「勝手に食べてよかったのに」
遅くなることも多いから、軽食としてプリンは冷蔵庫に常備してある。
お腹が空いたら食べてと、伝えていたはずなのだけれど……
「みちるちゃんに食べさせて欲しいの」
――ほんのり赤らんだ顔で、照れながら言われた一言。
そのあまりの破壊力に、一瞬、何も考えられなくなってしまった。
「あ……手間だったら、自分で食べるよ」
返事が遅くなったことをどう解釈してしまったのか、
遠慮がちに身を引こうとするみこちゃんを、大丈夫、と言って抱き寄せる。
「わたし、みこちゃんのお世話を手間に思ったことなんてないわ」
「本当に……?」
不安気にする彼女に頷いて、背中をぽんぽんと叩いてなだめる。
徹底的な『しつけ』をしたあの日から、
彼女は少しだけ臆病で、甘えん坊になった。
(まあ、そうなるように仕向けたのだけれど)
わたしが居なければ生きていけないと、そう教え込んだのだから。
むしろもっと、頼って欲しい。わたしだけに、依存してほしい。
「お湯を張ってくるわ。プリンはお風呂あがりにする?」
「うん」
彼女が頷くのを確認して、入浴剤の入った小袋を手に持つ。
「撮影先で珍しい香りの入浴剤を貰ったから、使ってみましょうか」
立ち上がり、お湯を張りに行こうと歩き出したところに、
突然、ぎゅ、と背中に抱き着かれて、驚いて足を止めた。
「……みこちゃん?」
僅かに、背中越しに震えが伝わって来る。
……ああ、本当に、なんて可愛らしいのかしら。
「大丈夫。……もう、どこにも行かないから」
「……ほんと?」
みこちゃんの方に向き直って、正面から抱きしめる。
「ええ……。学校や撮影は行かないといけないけれど……
それ以外の時間は……ずっとずっと、一緒にいましょうね」
穏やかな声を出して、優しく背中を撫でてお話する。
腕の中で、くす、と彼女がほんの小さくだけれど、笑みを零した。
「ふふ……。やっと笑ってくれたわね」
彼女の自然な笑顔は、いつ何度見ても癒される。
頭を撫でて一度離れ、お風呂に入る準備だけして、すぐに戻った。
「お湯が溜まるまでの間、ごはんにしましょう」
テーブルに座るように促して、
撮影帰りに買って来たサンドイッチとお茶を並べる。
「はい、あーん……」
声をかけると、彼女はわたしに言われるがまま、口を開けた。
その姿がなんだか愛おしくて、胸がぽかぽかと暖かくなる。
「ん……。みちるちゃん、なんかご機嫌だね?」
「……少し、幸せを噛みしめていただけよ」
……また、彼女に心を読んだかのような言葉を掛けられて、
身体の奥が熱くなるのを感じながらも、サンドイッチを食べさせ続ける。
「明日は早く帰るけれど……何か作ってほしいものはあるかしら」
飲み込んだタイミングを見計らって声を掛けると、
みこちゃんはじっとこちらを見ながら、考え込む素振りを見せた。
「……シチュー。クリームシチューが食べたいな」
「シチュー?」
いいけれど、せっかくだからもう少し手の込んだものでも、
なんて考えながら聞き返すと……彼女は、少しだけはにかんで、頷いた。
「初めてここに来た時、食べたやつ……また作ってくれる?」
――理由を聞かされて、トクン、と心臓が跳ねる。
ああ、彼女にはいつも、心を振り回されてばかりね……。
「ええ。よろこんで」
答えると、彼女は目を細めて微笑んだ。
最近、みこちゃんはよく笑ってくれる……それが嬉しくて、たまらない。
そんな時。ピー、と電子音が部屋に鳴り響く。
「……お風呂が沸いたみたいね。食べ終わったら、早速入りましょうか」
みこちゃんにお茶を飲ませてあげながら話しかけると、彼女は小さく頷いた。
--------
――お風呂の時間は、大好きよ。
お互いにありのままの姿で、触れあうことができるもの。
「それで、スタイリストの人におすすめされて……
みこちゃんにもいいんじゃないかと思って、試供品を貰って来たの」
なんだか、とてもいい気分になって、ついついお喋りも進む。
「ふふ……試して、良ければ取り寄せるから、一緒に使いましょうね」
みこちゃんはあまりお返事はしてくれないけれど、
わたしの話は聞いてくれているみたいで、時々頷いてくれる。
「石鹸に、シャンプーに、入浴剤に……お揃いって、ステキなことね」
泡だらけの身体を流してあげて、みこちゃんを湯船に浸からせる。
それから、自分自身も綺麗にして……
改めて、わたしも彼女を抱きかかえるようにして湯船に座った。
「この入浴剤、変わった香りね……。みこちゃん、どうかしら」
小さくて柔らかい身体を抱きしめながら問いかけると、
みこちゃんは少しだけ首を傾けて、答えてくれた。
「……あんまり嗅いだことない匂いだけど、私は好きだよ。甘くて」
わたしも好きな匂いだと思っていたけれど、彼女もそうだったのだと聞くと、
胸が暖かくなって、もっと大好きな匂いに感じられる。
「そう。……なら、今度取り寄せておきましょう」
みこちゃんの身体を抱き寄せて、もっと近くでしっかりと抱きしめる。
濡れた髪からは、普段から嗅ぎなれている、落ち着く香りがした。
(ああ、今、わたしたち……同じ香りに包まれてる)
みこちゃんの匂いを吸い込んでいると、
彼女が身体を後ろに傾けて、体重を預けてきた。
その仕草一つが、とても愛おしくて――零れた笑みが、狭い浴槽に反響する。
--------
髪を乾かして、お手入れをしてあげたあと、
約束していたプリンを、みこちゃんのところに持って行ってあげた。
「食べるでしょう?」
問いかけて、みこちゃんが頷いたのを確認したら、
わたしはプリンの封を開け、スプーンに乗せて彼女に近づける。
「あー……」
すると、みこちゃんは小鳥の雛みたいに口を開けて、わたしを待つ。
その顔があまりにもかわいくて、つい手を止めて眺めてしまった。
「……?」
ぽかんと口を開けたままの顔で、不思議そうにするみこちゃん。
わたしを信用しきっている、という感じがして、すごくかわいい……。
「ふふ……。自分からお口を開けて、かわいい」
「……っ……」
指摘すると、みこちゃんの顔が、みるみる内に赤く染まっていく。
それがまた可愛らしくて、じっと見つめていると、ふいと目を逸らされた。
「……いじわる」
拗ねてしまった彼女の口に、プリンが乗ったスプーンを差し込むと、
みこちゃんはまだ不満げな顔をしながらも、むぐむぐとプリンを食べる。
「ふふ、ごめんなさい。あんまり可愛らしいものだったから、つい」
つい笑みが零れながらの謝罪。みこちゃんは納得していなさそうだったけれど、
黙々とプリンを食べている様子からして、怒っているわけでもないみたい。
「おいしい?」
次のスプーンを差し出すと、みこちゃんは口に含んで、頷いた。
「よかった。気に入ったのなら、また買っておくわ」
彼女が飲み込んだタイミングで、次のスプーンを差し出すと、
みこちゃんは少し機嫌が直ったみたいで、素直に口を開けて食べ進める。
「口元、ついてるわ」
つい、と指先で彼女の口元についている
カラメルソースをぬぐって、自分の口に持っていく。
「……甘い」
ぽつりと感想を呟くと、みこちゃんは恥ずかしそうに
視線を彷徨わせた。そんな初々しい反応も、とってもかわいいわ。
「ふふ……。おいしかった? 今日はもう遅いから、ベッドに入りましょう」
空になった容器を手に彼女が立ち上がると、
みこちゃんがついてくる気配がした。きっと、歯磨きでもするのね。
--------
彼女のために用意した、シンプルだけど質にはこだわったベッドの中。
横たわるみこちゃんを背後から抱きしめて、首筋に顔をうずめる。
「ん……、くすぐったいよ……」
そのままの体勢で深呼吸して、大きく息を吸い込むと、
彼女はもぞもぞと身じろぎしながら、息を漏らした。
「ふふ……わたしが使っているシャンプーと、同じ香りがするわ」
「おんなじの使ってるんだから……」
「それもそうね」
彼女のうなじにすっぽりと顔をうずめて、笑う。
そのたびにわたしと同じ香りと、
彼女だけの甘い香りがして、幸せな気持ちになった。
「みこちゃんから、わたしと同じ香りがすると……
なんだか、胸が熱くなるの……ふしぎね」
「……私も」
ぽつりと、みこちゃんが零すのが耳に入る。
抱きしめたまま、彼女が続きを話すのを待った。
「私も、みちるちゃんの匂い好きだよ。おんなじ匂いすると、安心する……」
みこちゃんは身体の向きを変えて、
わたしの胸元に甘えるように顔をうずめてきた。
(ああ……幸せ……)
今では身体だけではなく、心もすっかりわたしの物。
そう実感して、幸福に身を震わせていると、背中に腕が回された。
「みちるちゃん……すき……」
それは、囁くような小さな言葉だったけれど、
わたしの胸を高鳴らせるには充分で、彼女を強く抱きしめ返す。
「ええ。わたしも、だいすきよ……みこちゃん」
幸せな気持ちになりながら、
目を細めて、胸元に顔をうずめるみこちゃんを見る。
(最近は、外の様子を教えてとせがむこともなくなった)
学校の話や仕事の話をしても、微笑みながら聞いているだけ。
そこに、昔ほどの真剣さや憂いは感じられない。
(完璧に思い通りにならないところも、彼女らしくて好きだったけれど)
だからといって、もう二度とあの時のように、
逃がしてしまうようなことがあってはいけない。
……外の世界は危険だから。この『籠』にわたしとずっといればいい。
(わたし、幸せよ……。みこちゃんも、そうでしょう……?)
やっと、欲しい物を捕まえた。
彼女はもう羽ばたく意志さえなくて、身も心も籠の中。
(もう、逃がさない。絶対に……みこちゃんは、……わたしだけのもの……)
この生活は、これからも、ずっとずっと、続いていく。続けていく。
心の底から決意したわたしは、これ以上ないってくらい、満たされていた――
最終話です。何か思いついたら、続きを投稿するかもしれません。
ここまでご愛読いただきありがとうございました。
自分の『好き』から生まれたシリーズですが、
少しでも皆様の『好き』に繋がっていたなら幸いです。
pixivにも同シリーズを投稿している他、
R-18版などもございますので、よろしければそちらもお尋ねください。