……閉じ込められたあの日から、どれほど時間が経ったのだろう。
時計もカレンダーも無い小部屋は、時間の流れを曖昧にさせる。
(暇つぶしには、あまり困らなくなったな……)
彼女は、食事以外にも色々な物を持ってきてくれるようになり、
最初は殺風景だったこの部屋も、気が付けば色々な家具や小物で溢れていた。
(……今日は、何月何日なんだろう)
……ただし、新しい週刊誌や新聞など、
今の日付や外の状況を確認出来るような物だけは渡してくれず、
尋ねてみても、意図的に避けるように話題を変えられてしまう。
――外のことを考えさせないためかもしれないけれど、
それで誤魔化されるほど、私も単純ではない。
(みんな、心配してるよね……)
私は今、外ではどういう扱いを受けているんだろう。
行方不明扱いだったら、家族も、ハナも、ユリアちゃんも、
きっと心配してる……やっぱり、どうにかここから出ないと。
「ただいま」
考え事のせいでドアが開く音に気付くことが出来ず、
気付けば真正面に立っていた『彼女』に声を掛けられ肩が跳ねる。
「みこちゃん。今日はコンビニで期間限定のプリンを見つけたの。
どろどろミルク味って書いてあったけれど、お口に合うかしら」
いつも通り、一方的な帰宅の挨拶がなされた後に、
彼女は悠々と触手を躍らせ、プリンを見せて冷蔵庫にしまう。
「……みちるちゃん」
声を掛けると、冷蔵庫を閉めた彼女が振り向く気配がした。
「ハナは、元気にしてた?」
もうしばらく顔を見れていない、親友について尋ねる。
ゆらりと触手が揺れ、しばしの間沈黙が流れた。
「……そうね。いつも通り、よく食べていたわ」
「そっか……」
みちるちゃんはあまりハナに興味がなさそうだから、
詳細はわからなかったけど……一先ずは、無事みたいだと安心したのも束の間。
「百合川さん……ずっと、みこちゃんのことをわたしに話すの」
「……!」
続けられた言葉に、思わず身体が固まる。
「どこにいるんだろう、何をしているんだろう、って、
会えばそのことばかり……。早く諦めてしまったほうが楽なのに」
いつになく饒舌に、淡々とそう話す彼女の言葉を聞いて、
きゅうと胸が締め付けられる気分になる――
(――会いたい。ハナに、家族に、学校のみんなに)
強く願って、胸の前で震える手を握りしめた。
「……少し話しすぎてしまったかしら。
遅くなってしまったから、出来合いの物だけれど……ご飯、温めるわね」
黙り込んだ私を見てどう思ったのか、彼女は少しの沈黙のあと、
手に惣菜屋さんの袋を持ってレンジの方へ向かっていった。
(……ここを出よう……)
触手を揺らめかせる背中を見ながら、密かに決意する。
彼女は学校や仕事に行く関係で、ここを留守にする時間が長い。
(逃げて、どこか外部と連絡が取れる場所まで辿り着ければ――)
――充分に、勝機はある。
となれば、後は脱出方法だけど、これに関してはアテがある。
「みこちゃん。ご飯の時間よ」
惣菜を温め終えたみちるちゃんが、戻ってきた。
怪しまれないよう席について、いつものように食事を摂る。
「おいしかった? ……今日はもう遅いから、
お風呂で身体を綺麗にして、一緒に寝ましょうか」
彼女は、いつもお風呂に入った後自分の家に帰っていくけれど、
やってきた時間が遅い日や、気まぐれで私の隣で眠ることを選ぶ。
「おいで、洗ってあげる」
まるで犬猫みたいに呼ばれて、浴室まで歩いていく。
……最初の頃は抵抗したけれど、今はもう、無駄だって悟っている。
「……ふふ」
彼女は私を綺麗に洗うのが好きみたいで、
この時はいつも上機嫌に、触手を揺らして笑っている。
「かゆいところは無いかしら」
「……大丈夫」
みちるちゃんの手先はとても器用で、洗ってもらうと、恥ずかしいけど
美容師さんにシャンプーして貰っている時のような心地よさも感じる。
「はい、綺麗になった」
最後に頭からシャワーでお湯をかけられて、
頭や身体についた泡を隅々まで流されていく。
「わたしも綺麗にするから……浸かって待っていて」
彼女が自分自身を洗っているのを眺めながら、改めて思考を巡らせる。
――この場所からの脱出を妨げているのは、玄関の扉。
その鍵を、彼女は二つ以上所持しているのを、私は知っている。
彼女が普段使いしている鍵が、一つだけだと言うのも――
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「…………」
深夜。寝付いたフリをして、
私よりも先に眠らない彼女が眠りに落ちるのを待つ。
(そろそろ、寝たかな……?)
もう30分以上は寝たふりを続けている。
隣の彼女も動く気配がなく、そうっと身体を動かして様子を確認した。
(うん……眠ってる……)
私が身じろぎしてもリアクション一つ返すことなく、
規則正しい寝息が聞こえてきて……みちるちゃんも眠るんだ、なんて
失礼なことを思わず考えてしまった。
(みちるちゃんがいつも使う鍵は、制服のポケットに入ってる)
彼女がポケットから鍵を出し入れするのは、
いつも見ているから覚えている。……そして――
(――予備の鍵が、鞄の内部ポケットに入ってる……!)
一度だけ、彼女が鞄からヘアゴムを取り出す際に鍵を落とし、
拾い上げて丁寧に中に戻す姿を見たことがある。
(普段使わない鍵なら、無くなってもしばらくは気づかないはず)
ヘアゴムだって、いつも着けているのであろう髪留めを外していた時に
たまたま必要になって取り出しただけで、他に出す瞬間は見たことがない。
(たしか、このポケットに……あった……!)
鞄を開けて、内部ポケットがあるチャックを開けた、更にその奥。
一番底に沈んでいる鍵を取り出して、すぐに袖の中に隠す。
後は、丁寧に鞄を元通りにして、静かにベッドに戻るだけだ。
(……仮にバレても、たまたま拾ったで押し通せるはず)
その日は、ずっと胸が高鳴っていて、
結局日が昇るまで、一睡もすることが出来なかった。
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「おはよう。朝よ、みこちゃん」
寝たふりをしている私の隣で、
みちるちゃんが身を起こして私に軽く声を掛ける。
「……よく眠れなかった?」
顔に寝不足が出ていたのか、開口一番にそんなことを聞かれ、
心臓が跳ねるのを感じながらとっさに誤魔化しの言葉を考える。
「ちょ、ちょっと怖い夢見て……」
「……そう。起こしてくれてよかったのに」
気遣うように彼女の指先が、私の目元を撫でた。
……クマでも出来てしまっているのかもしれない。
「ここには、怖いことなんて何もないから大丈夫よ。
コバエ一匹だって、入れたりしないわ……」
安心させるような声色で彼女が囁くのと同時に、
頭部から伸びる触手が部屋中に伸びて張り巡らされる。
……ここに来てから一度も『ヤバい奴ら』を見かけていないのは、
彼女の『何も入れない』という意思で、触手が駆逐しているからなのかな。
「もう少ししたら私は出なければいけないけれど……
置いて行っても大丈夫? 今日は休もうかしら」
心配そうにそう言われ、内心でとても焦る。
彼女が家に居る時間が伸びる程、計画がバレる可能性が高くなるからだ。
「う、ううん。後で軽く寝るからヘーキ……! 行ってきなよ」
「そう……?」
それなら、と彼女は顔を洗いに行き、ドレッサーの前に座る。
……その様子を見ながら、袖の中にある鍵の感触を確かめた。
少しして、彼女がスマホを見ながら立ち上がる。
「それじゃあ、行ってくるわ」
鞄を手に取って、すいと去っていく背中を見送りながら、
ゴクリと唾を呑む。いよいよだ――
――いよいよ、決行の時が来る。
ガチャリと、扉の鍵が開け閉めされる音が鳴る。
彼女はこの後学校に、日によっては撮影に向かい、日が落ちるまで帰ってこない。
(……焦るな、私。少しだけ、時間をおいてから……)
鍵が無いことに彼女が早々に気付いた場合、戻ってくる可能性がある。
だから、少なくとも三十分は時間を空けた方が良さそうだ。
(……そうだ……これを、こうすれば……)
小窓から光が差す場所に小物を置き、簡易的な日時計にする。
これで正確な時間はわからないけど、時間が経ったかどうかがわかる。
(そろそろかな……)
鍵を手に、そろりと立ち上がって玄関へ向かう。
バクバクと高鳴る胸を押さえ、鍵穴に手元の鍵を差し込んだ。
――ガチャリ。
聞きなれた音と共に、鍵が開く感触がある。
ドアノブに震える手を掛けて、慎重に回した。
(やっとだ、やっと、外に出れる……!)
とにかく、急いでここから離れなければ。
そう思って、ドアを開けた時、視界いっぱいに入ったのは――
「何をしているのかしら」
――明るい空を覆うようにゆらりと舞い上がった、無数の暗い触手だった。
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「……っ……」
何か言おうとしたけれど、声にならず、ヒュウと息が喉を抜ける。
その間も、彼女は無数の触手を激しく波立たせ、こちらを見つめている。
「…………」
触手の波立ちは、彼女の感情の波立ちを表す。
ビタビタと床を激しく叩く触手は、明らかに正の感情ではなさそうで、
恐怖で固まる私の身体が、彼女に持ち上げられて浮き上がる。
「……悪い子ね」
それだけ発して、彼女は私を抱えて家の中に戻って、
丁寧に鍵を掛けると、私をベッドの上に座らせた。
「ご、ごめ……ごめんなさ……」
――失敗した。失敗した、失敗した……!
身体の震えが止まらず、辛うじて謝罪の言葉を紡ぐ私の前に、彼女が立つ。
「怒っているわけではないのよ。
ただ……少し、ショックを受けているだけ」
言いながらも、彼女の触手がビタンと音を立てて、
私の目の前の床を打ち据えた。
「ねえ、みこちゃん。
どうしてわたしが鍵を二つ持っていたのか、考えたことはある?」
私を囲むようにゆっくりと浮き上がった触手への畏れで
声を発することが出来ず、無言で首を振る。
「一つは、使うため。もう一つは――」
そこで、少しだけ間が空けられた。
「――あなたが、わたしの言うことを、
ちゃんとわかってくれているのかどうか、確認するため」
私の手元から鍵が取り上げられ、彼女のポケットに仕舞われる。
(ああ、そうか……。最初から全部、仕組まれていたんだ)
鞄から鍵を落として見せて、目の前に餌をちらつかせ、
食いついた私がどうするか――それを見るための二つ目だったのだと、
気が付いた時にはもう、何もかもが遅かった。
「鍵が無いことには、直ぐに気づいたわ。
だから、今日はしばらく……見張っていようと思ったの」
玄関を出た時、目の前に彼女が居たのはそのためかと頭をよぎる。
みちるちゃんは震える私を一瞥して、鞄の中を探った。
「信じていたのだけれど……残念ね……」
鞄から出てきた彼女の手には、頑丈そうなロープが握られていた。
それを手に、彼女はゆっくりと、こちらに近づいてくる。
(な、何する気……? ……まさか……)
――失望して、私を処分する気なのだろうか。
「ひっ……! ごめ、ごめんなさ……おねがい、ゆるして……!」
気付けば、必死に謝罪と懇願の言葉を口に出していた。
そんな私に、彼女はロープを広げて見せながら、静かに口を開く。
「大丈夫。痛いことはしないから……」
どうやら、処分されるわけではないことに少しだけ安堵しながらも、
一体そのロープで何をする気なのかという不安が、強く胸を打つ。
「わたしも、こんなことはしたくないのよ、でも……
悪い子にはしつけしないとって、本にも書いてあったから」
(……しつ……け……?)
物騒な単語におののく私の前に、ついに彼女が立った。
ピンとロープを両手で張り詰めらせて、じっとこちらを見つめる気配がする。
「これは、みこちゃんのためなの。だから――」
ぐい、と身体が押し倒され、両手首にハンカチを巻きつけられた。
擦れて怪我をしないためだろうか、
その上から、彼女はロープを巻き付けて、きつく結ぶ。
「なに、を……」
反対側をベッドの端に結び付けられ、いよいよ身動きが取れなくなる。
恐れから身じろぎすると、ギシリと、張り詰められたロープが鳴った。
「――ごめんなさいね、みこちゃん」
私の上に跨ったまま、彼女はゆっくりと私の頬に手を伸ばした―
第二話です。
みこは にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!
この二人が好きなお仲間探しをしているので、感想等頂けるととても喜びます。