――あれから数日。彼女の『しつけ』はまだ続いていて、
私は朝彼女に拘束され、日中は腕をベッドに縛り付けられ、
目隠しをされた状態で過ごす日々を送らされていた。
毎日、拘束されたまま彼女の帰宅をただ待って、
帰宅した彼女に腕以外の拘束を解かれては、食事や入浴をさせられる。
今日だって、そんな日々の繰り返し……その一日。
(少しは、慣れてきたけど……)
ずっと同じ姿勢のままというのもつらくて、
身じろぎすると手首のロープがギシ、と鳴る。
(やっぱり、この拘束はやだな……)
動けないのは勿論、何も見えないというのが精神的にかなりきつい。
(……ただでさえ、怪異一つ出ない静かな部屋なのに)
視覚まで無くされると、この世界に自分一人しか居ないのではないか、
といった風な漠然とした不安に襲われ、それだけは慣れることが出来ない。
(……みちるちゃん、早く帰ってこないかな)
暇を潰せないのもあり、彼女が帰ってくるまでの時間が、
いつもよりもずっと、ずーっと長く感じる。
――ガチャリ。
待ちわびていた音が耳に入り、ハッとして顔を上げた。
「おかえり、みちるちゃん……!」
待ち望んでいた『彼女』の帰宅。
自分から出た声は、出そうとした声よりずっと明るいものだった。
「……ただいま」
少しだけ間が空いて、いつもと変わらない平坦な声が下りて来る。
それと同時に彼女はこちらに近づき、目隠しを取った。
「…………」
うねうねと、触手が普段よりも激しく蠢いているのが目に入り、
いったいどうしたのだろう、と首を捻る。
「みこちゃんから、おかえりを言ってくれるなんて……はじめてね」
ほんの少し弾んだ声でそう言われて、そういえば、と思い返す間も、
みちるちゃんの触手は喜びを表すように、ゆらゆらと踊っている。
「ふふふ……。しつけは、このくらいで大丈夫かしら」
「……! それじゃあ……!」
ついにこの生活――拘束されて日中を過ごす日々から
解放されるのかと期待の眼を向ける私に向けて、彼女はくすりと吐息を漏らす。
「もう、このロープも要らないわね……」
彼女はベッド側だけでなく、私の両手を縛っていたロープも解き、
擦れないようロープと手首の間に挟んでいたハンカチも回収された。
(やった……やっと自由だ……!)
――そう、喜んだのも束の間。
「代わりに、これを着けておきましょう」
カチリと首に何かが嵌められて、鍵が掛けられる。
驚いて首元に触れると、革製の何かが首に装着されていた。
(い、今の何? なんか、鍵掛けられた……?)
何が着けられたのかよく見えず、首元を触っていると、
みちるちゃんが手鏡を取り出して、私の方に向けた。
「ふふ、どうかしら。あなたのための特注品よ」
手鏡に目を向けると、そこには、おしゃれに飾られた
鍵付きの青いチョーカー――いや、首輪を着けられた自分の姿が映っていた。
「怪しまれないように用意するのは、少しだけ苦労したけれど……
でも、苦労した甲斐があったわ。とてもよく似合ってるもの」
くすくすと小さな笑い声を漏らして、彼女が触手を揺らす。
「――これで、わたしのものだって、一目でわかるわ」
ふわりと浮き上がり、私の周囲を覆う触手は、
まるで彼女の執着心を表しているかのようで……恐怖で、身体が凍る。
「ふふ……いい子ね……」
触手への畏れで固まった私をどう解釈したのか、彼女はくすりと笑って、
私の頭に手を伸ばし、髪の流れに沿って優しく撫でた。
「よしよし……。わたしの気持ちも、ようやく伝わったのかしら」
彼女が手を離すと同時に、檻のように私を囲っていた触手も引っ込んで行く。
「でも、万が一、ってことがあるものね……だから……」
チャリ、と金属音が聞こえ、そちらを見ると、
彼女が鞄の中から細い金属製のチェーンを取りだすところだった。
「こうしておけば、ほら……万が一にも、逃げられない」
首輪の鍵を開け、専用の穴にチェーンを絡めて鍵を閉めた後、
彼女はベッドの淵とチェーンを繋ぐようにして、南京錠を掛けた。
(苦しくはない、けど……)
首輪はゆとりをもって巻かれていて、チェーンもかなり長い。
が、動くたびにチャリ、とチェーンが鳴ることで、
まるで私は彼女の所有物なんだと、理解させられているみたいで……。
(……なんか、複雑……)
チェーンを手に持って、じっと眺める私の肩に、
触手がするりと巻き付いた。続いて、みちるちゃん本体も肩を抱いて来る。
「ねえ、こんなの無くても、逃げたりしないよ……」
言い切るや否や、チェーンを引かれ、首輪ごと身体が引き寄せられた。
「……信じられると思う?」
暗い声色と共に、ふわり、と触手が周囲に浮き上がり、
彼女の感情の変化に合わせてゆらゆらと不穏に波立つ。
「……ごめん……」
――完全に許されたわけではないのだと、そう理解して謝罪すると、
彼女はチェーンに手をかけたまま、私の頬に手を添える。
「いい子ね。かわいいかわいい。わたしだけの、みこちゃん……」
触手がチェーンに絡まりながらこちらに伸びて来て、
首輪の上から私の喉元に、ぐるりと一周巻き付いた。
「もう、逃げられない。逃がさないわ。絶対に……」
「……っ!」
暗い声と共に更にチェーンを強く引かれ、息が詰まる。
「ずっとずっと……あなたは、わたしだけのもの……」
引っ張られることで、ギリ、と首輪が締め付けられる。
それによって呼吸を制限される苦しさに耐えかねて、
自分から触手の塊に密着するように、彼女の身体に身を寄せた。
「ねえ、そうでしょう? みこちゃんだって、
ここにいるのが一番安全で、一番幸せなんだって――」
(……くる、し……!)
これ以上寄ることなど出来ないのに、さらにチェーンを引かれて、
少しでも締め付けを緩めようと密着した背中に、
不意にチェーンを握っていない方の手が回され、優しく抱きしめられた。
「――わかってもらえると、うれしいわ」
耳元でそう囁いた後、彼女はようやくチェーンから手を離した。
「っ……。けほ、けほ……!」
彼女にもたれかかるようにして息を整えていると、
空いた両腕が背に回されて、ぎゅっと包み込むように抱かれる。
「わたし、信じてるから……」
全身に、するすると触手が巻き付いて来るのと同時に、
彼女の大きな手が私の後頭部に回されて、優しく引き寄せられた。
「…………」
ちゅ、と軽いリップ音を立てて、彼女は私の額にキスを落とす。
それから、名残惜しそうにゆっくりと触手ごと離れ、立ち上がった。
「それじゃあ……。ご飯の用意をしてくるわ」
最後に、放心する私の頬を優しく撫でてから、
みちるちゃんは台所へと歩いていく――
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「ねえ……。私、もう自分で食べられるよ」
目の前にサンドイッチを差し出されながら、
遠慮がちに伝えてみるも、彼女は手を引こうとしない。
「わたしがこうしたいの。……食べてくれる?」
ゆらり、と目の前で触手を揺らされて、
諦めて目の前のサンドイッチに口を着けた。
「……ふふ……。いい子、いい子」
サンドイッチを食べる私の頭を、みちるちゃんが優しく撫でる。
……『ハンドリング』されたあの日から、スキンシップが増えたように思う。
「デザートにプリンも買ってあるから、ご飯の後に食べましょうね」
今日の彼女はなんだかとても機嫌が良いみたいで、
触手もずっと、踊るようにゆらゆらと周囲を蠢いている。
「はい、あーん……」
ローストビーフとサラダが刺さったフォークが目の前に差し出され、
素直に口に入れると、くすくすと吐息が漏れる音がする。
「すっかりいい子になったわね……これも、しつけの成果かしら」
私の口の端についたソースをナプキンで拭い、
みちるちゃんは自身もサンドイッチを口にした。
(お茶飲も……)
何気なくお茶のコップに手を伸ばそうとすると、
しゅるりと触手が手に巻き付いてきて、驚いて動きを止める。
「喉が乾いたの?」
そう言って、彼女はコップを手に取ると、私の口元に持って行った。
「…………」
人の手から飲食させられるのも、すっかり慣れさせられてしまったもので、
私は彼女が持っているコップから、ゆっくりとお茶を飲んでいく。
「もういい?」
彼女は私のことをよく見ているのか、飲み物を飲ませる時も、
いつもちょうどいいタイミングでコップをどかしてくれる。
(まあ、そもそも今、自分で飲もうとしてたんだけど……)
それでも、彼女に逆らうと良いことがないと、
すっかり身体に教え込まれてしまった私には、
ただ彼女から与えられるものを、そのまま受け入れるほかない――
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「さあ、身体を綺麗にしましょう」
ロープで縛られていた時も、入浴の時だけは解いてくれたけれど、
首輪も同様、入浴時だけは外してくれるようで、首元が解放される。
(……かといって、逃げようって気にはならないけれど)
いや、ならないというより、なれないといった方が正しい。
これは彼女と暮らしいててわかったことの一つだけれど、
みちるちゃんは背が高くてスタイルが良いだけじゃなく、運動神経も相当に高い。
「おいで」
呼ばれるがまま、素直に歩いていく。……昔抵抗して、
子供のように軽々と抱えて連れていかれたことがあるからだ。
(あと、反射神経も良い……ていうか、私のことをよく見てる)
普段だって、ほんのちょっとでも普段と違う動きをすると、
彼女自身は無反応に見えても、警告するように触手がこちらを向く。
「撮影先でね、新製品のシャンプーとリンスを貰ったの。
まだ、わたしにしか渡してないんですって、ふふ……」
力で敵わないのは勿論だけれど、今は上機嫌に揺れている
触手だって、本気で怒らせたらどう出てくるのかわからない。
「つまり、今この世界でこの香りなのは、
わたしとみこちゃんだけ、ということになるわ」
私のことを洗い終え、自身も身体を綺麗にしたみちるちゃんが、
私を抱きかかえるようにして浴槽に座った。
「それって、とっても素敵なことだと思わない?」
狭い浴室に、くすくすと吐息を漏らす音が響く。
……私があまり話さないからか、それとも本来の性格なのか。
ここで暮らすようになってから、彼女は随分と饒舌になった。
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お風呂から出ると首輪を着けられて、彼女に髪を乾かされる。
「ふふ……。女の子だもの、綺麗にしておかないとね」
髪が乾くと、ヘアオイルをつけられて、
丁寧にブラッシングされる……この時間は正直、嫌いじゃない。
(人に髪をといてもらうのって、気持ちいい……)
彼女の細長く器用な指先が髪束を掴んでは、丁寧にとかして戻す。
そんな作業がしばし繰り返されたのち解放され、
ベッドに座ってぼーっと、自分自身を乾かす彼女の姿を見る。
(そういえば……、これ、着けたまま寝るのかな)
首輪に指先で触れると、小さな金属音が鳴った。
「さあ、そろそろ寝ましょうか」
髪の手入れを終えた彼女が、私の隣に座って頭を撫でる。
この様子を見るに、やっぱり首輪は着けたまま寝ることになりそうだ。
「……ねえ、寝る間だけでもさ、これ外さない?」
動くたびにチャリチャリと音を鳴らす首輪を着けていると
単純に寝苦しそうに思えて、そう提案してみたけれど……。
「…………」
彼女が黙り込むのと同時に、触手がふわり、と浮き上がって、
私の手首を拘束するかのようにしゅるりと巻き付いた。
「……っ!」
今のところ触手に物理的な当たり判定はないけれど、
それだけで彼女の考えていることが伝わって、慌てて顔の前で手を振る。
「ち、ちがっ……! べつに、みちるちゃんが寝てる間に、
何かしようとかじゃなくて……ちょっと、寝苦しそうだなって……」
また拘束されてはたまらないと必死に発言の意図を伝えると、
どうやら理解してくれたようで、触手がしゅるしゅると引っ込んで行く。
「……最初は少し気になるかもしれないけれど、
そのうち肌に馴染んで、気にならなくなると思うから」
少しだけ我慢してほしいと言いながら、
彼女は私の肩を軽く押して、ベッドに寝かせた。
「それが無いと、やっぱり心配だもの」
みちるちゃんがつう、と私の首輪をなぞり上げるのと同時に、
触手が仰向けに寝ている私をなだめるように、優しく叩く素振りを見せる。
(……外してもらうのは、無理そう)
しかたなくそのまま目を閉じると、優しく頭を撫でられた。
手のひらの暖かさと心地よさに、徐々に瞼が重くなっていく。
(まあ……手を縛られてるよりは、まだ……)
そんなことを考えてしまう程度には、彼女に毒されて
しまっていることに気が付いて――複雑な気持ちになりながらも、
眠気には抗えず、意識は、ゆっくりと夜の闇に溶けていく――
第四話です。話も折り返し地点ですが、
最後までお付き合い頂けますと幸いです。
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