籠の中の見える子ちゃん   作:hinadori2424

5 / 10
みちるは籠を盲愛する

――学校の、昼休憩の時間。

いつものメンバーで、いつものベンチに集まる。

 

その『いつも』から、一人いなくなって、どのくらいの時が経ったのだろう。

 

「……ねえ……」

 

大量の、しかしいつもの彼女と比べればかなり少ない

菓子パンが入った袋を抱えたハナが、ぽつりと、口を開いた。

 

「みこの捜索、打ち切られたんだって……」

 

その言葉に、両隣に座っている二人がぴくりと反応する。

 

「早いよ……早すぎるよ……!」

 

ハナはぎゅっと自分のスカートを握りしめて、

大きな瞳からぽろぽろと、涙を零し始めた。

 

「みこが、家出なんかするわけないもん……

もっと、ちゃんと探してよ……ぐすっ……みこ……」

 

「……百合川さん」

 

いよいよ本格的に泣き出してしまったハナの前に、

みちるがハンカチを差し出して、小さな背を手袋越しに撫でる。

 

「きっと、四谷さんなら大丈夫よ……」

 

「でも、でもっ! みこってああ見えてドジっ子だし……!

簡単に……だいじょーぶ、なんて言わないで……っ!」

 

ずっと一緒だった親友が、ある日突然消えてしまって。

いつも天真爛漫だったハナが、激しく取り乱してみちるに縋る。

 

「あっ……ご、ごめんねみちるちゃん。

みちるちゃんだってみこのこと、心配なのに……」

 

――今自分を慰めている存在が、大切な親友を連れ去ったのだと。

もしも知ったら、彼女はどういう反応をするのだろう。

 

(今まで、みこちゃんの隣は百合川さんのものだったものね)

 

――けれど、今は違う。

四谷みこは……もう、自分の籠に仕舞い込んだ。

 

(わたしだけの籠。わたしだけのみこちゃん……ふふ、いい気分ね)

 

そんなことを一瞬だけ考えて、みちるはいつも通りの顔でハナに声を掛ける。

 

「百合川さん……。きっと、四谷さんは無事でいるわ」

 

「うん……。いつか、見つかるよね。帰って、くるよね……?」

 

 

「…………」

 

 

そんな二人のことを、ユリアは弁当に

手を付けることもせず、じっと見つめていた。

 

「ねえ、ちょっと来て……」

 

ユリアが立ち上がり、みちるに声を掛けて歩き出す。

背後からハナが呼び止めるが、少し待っててとだけ言い残し、足は止めない。

 

「……なにかしら?」

 

人気のない校舎裏に連れてこられたみちるが、小首をかしげる。

一見すると純粋無垢なその姿を前に、ユリアはますます表情を険しくした。

 

「みこちゃんのこと……なにか、知ってるでしょ」

 

二人の間を、突風が吹き抜ける。

乱れた髪に合わせて揺れるみちるの影が、一瞬、不自然に歪んだ。

 

「どうして?」

 

いつも通り、感情があまり乗らない顔と声で、彼女が尋ねる。

その『いつも通り』が、胡散臭いものに感じて、ユリアは眉をひそめた。

 

「…………。あんなに執着してたのに、アナタがあまりにも

『いつも通り』だから、おかしいなって、ずっと思ってた……」

 

かつて、みちるによって女子トイレに引き込まれ、

みこの情報を根掘り葉掘り尋ねられたユリアが、鋭くみちるを睨んだ。

 

「もしも。……もしも何かしたって言うなら――」

「わたしを疑っているの? ……心外だわ」

 

みちるは、自身の口元に指先を添えて、ユリアの方を見た。

ただそれだけなのに、凄まじい威圧感に襲われ、冷や汗が落ちる。

 

「わたしだって、心配で、心配で……胸が張り裂けそうよ。

……でも、わたしが騒いだら、みんなをもっと不安にさせてしまうわ」

 

黙り込んだユリアを前に、みちるは悲しそうな表情を、

完璧に『作って見せて』胸の前に手をやった。

 

「だから……普段は、いつも通りに振る舞っているの」

 

(理由は自然……動揺も、まったくしてない……)

 

今すぐにでも逃げ出したくなる威圧感。

ユリアはじっと耐えて、自分の倍ほど背丈のあるみちるを観察する。

 

(でも、なら、あの時――どうして、笑っていたの?)

 

ユリアは見ていた。見えていた。

ハナを慰めている時に、ほんの一瞬――彼女は、歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「ねえ」

 

みちるに声を掛けられて、ハッとして前を見る。

正体不明の威圧感は、先程よりも増しているように思えた。

 

「わたしが、四谷さんを心配している気持ち――」

 

ゆらりと、彼女が一歩接近してくる。

……ユリアには何故か、その影が少しだけ、揺らめいて見えた。

 

「――二暮堂さんなら、わかってくれるわね?」

 

眼前にまで接近し、かがんで目を合わせてくる彼女に、ユリアは――

 

「……う、うん。勿論だよ」

 

――屈した。いや、屈するしかないと、本能が告げていた。

 

ユリアが頷くのを確認すると、みちるは立ち上がり、

ゆっくりと背を向けて、ハナの待つベンチの方角へと歩み始める。

 

その途中、彼女は一度だけ振り向いた。

 

「わかってくれて、よかったわ。

……わたし、二暮堂さんのこと、お友達だと思っているから」

 

その顔にはにっこりと満面の笑みが浮かべられていた筈なのに、

ユリアは足がすくんで、反応を返すことが出来なかった。

 

そんなユリアを気にすることなく、今度こそみちるは歩いていく――

 

 

--------

 

 

――撮影が無い日は、まっすぐ『籠』に帰る。

玄関の鍵がしっかり閉まっていることを確認して、廊下から部屋に続く扉を開けた。

 

「ただいま」

 

声を掛けると、チャリ、と首輪の音がした。

 

「おかえり……」

 

さっきまで寝ていたのか、髪に寝癖をつけたまま、

みこちゃんがこちらを見上げておかえりの挨拶をしてくれる。

 

……最近、彼女はよく、こうして迎えてくれるようになった。

 

「……ふふ」

 

それがなんだかうれしくて、みこちゃんの頭を撫でると、

彼女は少しだけ目を細めながらわたしの手を受け入れた。

 

(最初の頃は、手を近づけると怖がっていたけれど)

 

みこちゃんを籠に入れた時のことを、思い返す。

当時も時々触れてみようとしたことはあったけれど、

わたしが手を近づけると、彼女は怯えた顔で目を閉じていた。

 

(きちんと、しつけをしてよかったわ)

 

あの日から、みこちゃんはとても素直になってくれた。

……目隠しを解いた時、涙で濡れているのを見た時は胸が痛んだけれど、

今の彼女を見ていると、やっぱりしつけは必要なことだったんだと思う。

 

「何か変わったことはなかった?」

 

何もないとは思うけれど、コミュニケーションを兼ねて、

手袋を外し、みこちゃんの頬を優しく撫でながら問いかける。

 

「ううん……。何もなかったよ」

 

わたしの手の上に、手を重ねて、みこちゃんが少しだけ微笑む。

……この笑顔だって、最近になってようやく見せてくれるようになった。

 

(ほんのたまに、だけれど……)

 

それでも、少しずつわたしに心を許していく彼女を見ると、うれしく思う。

 

「……何か、良いことあった?」

 

みこちゃんはたまに、わたしの心が見えているのかと思うくらい、

的確な言葉を投げてくる時があって……すごく、胸が高鳴る。

 

「ふふ……。ただ、みこちゃんと一緒にいられるのがうれしいだけ」

 

そう言って、わたしよりも幾分小さな身体を抱きしめると、

一瞬みこちゃんは身体を強張らせたけれど、すぐに力を抜いて受け入れた。

 

(かわいい……)

 

なぜだか目は合わせてくれないけれど、

それ以外のことなら、彼女はだいたい受け入れてくれる。

 

(わたしの……わたしだけの、みこちゃん)

 

後頭部に手を回して、髪の流れに沿って撫でると、

彼女はほんの少しだけ、わたしの身体に顔をすり寄せた。

 

「……っ……」

 

不意に見せられた甘えるような仕草があまりにも愛らしくて、

言葉を詰まらせてしまうわたしを、みこちゃんが不思議そうに見つめる。

 

「みちるちゃん?」

 

――ああ、彼女は本当に……ずっと見ていても、まったく飽きない。

 

「……なんでもないわ。もう少ししたら、ご飯の用意をするわね」

 

可愛くて、愛おしくて……トクベツで……

……ずっと、欲しくてたまらなかったものが、今、わたしの手の内にある。

 

(こんなに幸せで、いいのかしら)

 

ふるりと、高揚感に身を震わせて、みこちゃんの喉を撫でる。

すこしくすぐったそうに身じろぎするその仕草一つすら、愛おしい。

 

「ねえ……。ハナは、元気にしてた?」

 

不意に、そんな質問をされて、どう答えようかと迷う。

 

「そう、ね……」

 

……正直、あまり彼女に外の事を意識させたくない。

けれど……ここで話題を変えても、逆に気にさせてしまうかも。

 

「百合川さんは……相変わらずよく食べていたわ」

「そっか……。私のこと、気にしてなかった?」

「…………」

 

あまり彼女に他の人の情報を与えたくなくて、

沈黙していると、みこちゃんは諦めて首を振った。

 

「ううん、やっぱいい……ありがと。ユリアちゃんは?」

 

――その名前を聞いた瞬間、今日の出来事が頭をよぎった。

 

「二暮堂さんは……、なんだか、わたしを疑っているみたいなの。

わたしが、みこちゃんにひどいことをしたんじゃないかって……」

 

そんなこと、する筈がないのに。

みこちゃんは、大切に、大切にしまい込んだ、わたしだけの宝物。

 

(特に、怪しい行動はしていない……はず……)

 

……ひどいことはしていないけれど、みこちゃんのことを知っているのは事実。

今日の『お話』で、疑いが解けていればいいのだけれど……。

 

(二暮堂さんも、わたしのお友達。でも……)

 

もしもまだ、わたしを疑って、わたし達の邪魔をしようとするなら――

 

「み、みちるちゃん……っ!」

 

ドン、と身体に軽い衝撃があって、思考を中断する。

見れば、みこちゃんが私の身体に抱き着いて、こちらを見上げていた。

 

「……どうしたの?」

 

急に積極的になったみこちゃんにドキドキしてしまったけれど、

せっかく彼女から来てくれたのだから、平静を意識して声を出す。

 

「私、ちょっとお腹空いちゃったな、なんて……」

 

きゅう、と私の服の裾を掴んでおねだりする姿を見ていると、

先程まで考えていたことなんて、どうでもよくなってきてしまった。

 

「ふふ。それじゃあ、少し早いけれど、ご飯の用意をしましょうか」

 

頭を撫でてあげると、みこちゃんは少し安心した顔を見せてくれた。

……そんなにお腹が空いていたのかしら?

 

(素直に自己主張してくれるようになったのは、良いことね)

 

いつか彼女に食べてもらいたくて、密かに練習していた料理。

みこちゃんの方から食べたいと言ってくれるのは、やっぱりうれしい。

 

(みこちゃん、髪が伸びて来たわね……スタイリングも覚えないと)

 

専用の道具を揃えて、練習用のセットも買って……

そんな風に頭の中でスケジュールを組み立てるのは、とてもわくわくする。

 

(ああ、今わたしは、みこちゃんと一緒に暮らしているのね)

 

今ある幸せを噛みしめながら、材料を手に台所へと向かう。

 

みこちゃんと暮らすようになってから、彼女のお世話は勿論、

周囲へのカモフラージュだったり、やることが増えて大変だけれど……。

 

(それで、みこちゃんを守れるのなら、何も苦ではないわ)

 

 

――彼女との生活を続けるためなら、わたしはなんでもする。

 

 

そんな決意を胸中に秘めながら、わたしは今日も

みこちゃんと一緒にすごす『いつも通り』を送っていく――




みちるちゃん視点と、少しだけ外の世界のお話です。
お読みいただきありがとうございました。

評価や感想などいただけると喜びます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。