籠の中の見える子ちゃん   作:hinadori2424

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みこは彼女に躾られる

――逃走に失敗し、山で遭難した私を回収した彼女は、

家まで私を抱いて帰ると、無言でベッドに座らせた。

 

「…………」

 

恐怖で動けずにいる私の周囲を、ゆらりと触手が囲む。

こちらに向けて尖りかけているそれらに恐怖を覚え、身体が震えた。

 

「ご、ごめんなさ……ごめんなさい……」

 

震える声で謝っても、触手も彼女も、微動だにしない。

 

「…………」

 

ややあって、私の周りからゆっくりと触手が引いていった。

 

「……わたしが悪いの。わたしが……」

 

みちるちゃんはそれだけ呟くと立ち上がり、

どこからか新しいチェーンを持ってくる。

 

「もっとちゃんと、みこちゃんに理解してもらうべきだった」

 

淡々と、独り言を呟きながら、みちるちゃんは首輪から壊れたチェーンを

取り外し、新しいチェーンがしっかりと取り付けられる。

 

「ごめんなさい、みちるちゃ、許し――」

 

――急にベッドに押し倒されて、ぐるりと、天地がひっくり返った。

 

「っ!? なっ、ぁ……!」

 

彼女は混乱する私の身体を片腕で押さえつけると、

もう片腕で首輪に繋がるチェーンを力強く引く。

 

「あっ……かはっ……」

 

突然空気を吸い込むことができなくなって、

パニックになる私に、みちるちゃんは淡々と語りかけてきた。

 

「……この首輪は、強くチェーンを引くと、締まる仕組みになっているの」

 

首輪の外側から、彼女の触手がぐるりと、締めるように巻き付いて来る。

 

「こんな機能、使いたくなかったけれど……

わたしの話をよく聞いてもらうためには、必要でしょう?」

 

ギシ、と、無機質な音が自分の首元から鳴った。

反射的に首輪に手をやるも、なんの解決にもならず、声にならない音を漏らす。

 

「っ、あ……、かっ……!」

 

息ができない。いつも、当たり前にしていた呼吸が。

彼女の腕に手をかけて、口を大きく開いても、全く空気が入って来ない。

 

「ああ……わたしのこと、そんなにまっすぐ見つめて……

ふふ、これならわたしの話も、よく聞いてくれるわよね……」

 

ほんの僅かにチェーンが緩められ、気道が確保されるも、

充分に呼吸できる程ではなく、ヒュウヒュウと、細い空気が喉を抜ける。

 

「か、ひゅ……。ひゅー……ひゅー……」

 

ほんの僅かな気道から必死に息を吸い込んで、

返事をする余裕すらない私を、彼女が見つめる気配がする。

 

「ねえ、みこちゃん。苦しい?

苦しいわよね、そうなるようにしているのだから……」

 

みちるちゃんはチェーンを引いたまま、私の顔を覗き込んだ。

 

「はっ……はっ……みち、るちゃ……」

 

ギリギリ呼吸ができるかどうか、くらいの締め付けを続けられて、

酸欠で、頭がぼうっとして、何も考えられなくなってきた……。

 

「わたしも、あなたがいなくなってしまった時、

それくらい苦しかったって、わかってほしいの……」

 

働かない頭に、ただ、彼女の言葉だけが、入り込んでくる。

 

「あなたの気配を感じなくて、飛び起きたら、

壊れたチェーンだけが隣にあって……息が、止まってしまうかと思った」

 

ずい、と、触手の生えた黒い塊が――彼女の顔が、近づいて来た。

 

「ダメじゃない。あれだけ言い聞かせたのに、わたしのところから

離れていこうとするなんて……ねえ、みこちゃん……」

 

耳元でゆっくりと囁かれるたび、ぞくぞくと、身体が勝手に震える。

朦朧とする意識の中、チェーンが擦れて鳴る音だけが、やけに浮いて聞こえた。

 

 

「…………。わたしのお話、ちゃんと聞こえてる?」

 

 

ギリ、とチェーンを強く引かれ、首の締め付けが強くなる。

途切れかけている意識を振り絞って、どうにか頷いて見せた。

 

「よかった。とても大切なお話だもの……」

 

再び、締め付けが緩められる――といっても、窒息しないギリギリに。

 

「いい子にしていたら、きちんと息をさせてあげるから……

だから、わたしのお話を、よく聞いてね」

 

酸欠でくらくらしながらも、声の方向を見つめる。

すり、と、彼女の顔が私の頭に寄せられる気配がした。

 

「ふふ……。そうよ、それでいいの……」

 

辛うじて息ができる程度に、器用にチェーンを操って、彼女が笑う。

……今、私の命綱は、みちるちゃんの手によって、文字通り握られている。

 

「わたしは、みこちゃんにいじわるしたいワケじゃないの

でもね、お外は、危険なことが多すぎるから……」

 

細い息をしながら、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「ここが一番安全なの。わたしは、みこちゃんを守ってあげたい。

あなたと、ずっと一緒にいたい。ただ、それだけなの……」

 

息が苦しくて、ぼーっとして、何も考えられない中で

視界の端に映る触手が、私の身体を包み込むように巻き付いた。

 

「……あなたを大切に思う気持ち、わかってくれる?」

 

言葉が入ってきても、内容は入って来ない、けど、

辛うじて問いかけられているのはわかったから、ふわふわする頭で頷いた。

 

「ふふふ……。いい子ね、いい子……」

 

ついにチェーンから、手が離された。

荒く呼吸をする私の身体を、みちるちゃんが正面から抱きしめる。

 

「ごめんなさい、ずっと締め付けられて、苦しかったわよね……」

 

背の高い身体に包まれて、優しく背中を撫でられて。

 

「でも、わたしも苦しかったの。だから……これで、おあいこね」

 

さっきまで、私を苦しめていた張本人の筈なのに……

彼女に優しい声を掛けらると、なぜだかほっとしてしまう。

 

「はぁ、はぁ……」

 

ぐったりと体重を預ける私の背中を、みちるちゃんは

呼吸が整うまでの間、ぽんぽんと優しく叩き続けてくれた。

 

「みちる、ちゃん……。ごめん、これからは、いい子にするから……」

 

ようやく息が整ってきて、改めて謝罪の言葉を紡ぐと、

しゅるしゅると、私に巻き付いていた触手が引っ込んでいく。

 

「……わかってくれたみたいね。わたし、うれしい」

 

背中を叩いていた腕が頭に回されて、髪の流れに沿って撫でられる。

それがなんだか心地よくて、目を細めて受け入れた。

 

「そうね……。『おしおき』は、このくらいにしておきましょうか」

 

――よかった。終わった。解放された。

そんな安心感から脱力する私の前から、みちるちゃんが離れる。

 

「あとは――」

 

戻ってきた彼女の手には、頑丈そうなロープが握られていて。

 

(え……。終わったんじゃ、なかったの?)

 

そんな思いから、彼女の顔であろう部分を見上げると、

ゆらり、と触手が伸びて、私達の周囲を檻のように囲い込んだ。

 

「――きちんと『しつけ』をするだけね」

 

みちるちゃんは擦れないようにロープと手首の間に

ハンカチを挟んで縛り、動けないようにベッドに繋ぐ。

 

既視感のある状況だけれど、今回はそれだけではなく、

足首にも同じようにハンカチとロープを巻き始めた。

 

「……っ……」

 

両足もベッドと繋がれ、逆Yの字に拘束されてしまい、

いよいよ一切動くことが出来なくなってしまう。

 

そんな私に、彼女は広げたネクタイを持って近づいて来る。

 

「あ……やだ、それやだ……っ!」

 

脳裏に浮かぶのは、拘束され、目隠しをされて生活する恐怖。

 

しかも、今度は足まで動かせない状況でそれをさせられそうに

なっていると気が付いて、ゆるゆると首を振るも、無慈悲に視界が暗くなる。

 

「…………」

 

腰の下に何かを――おそらくペットシーツを差し込んで、

無言で、彼女がその場を離れる気配がする。

 

(……またしばらく『しつけ』されることになるの……?)

 

彼女が帰ってくるまで、拘束される生活に逆戻りすることに恐怖する。

 

ただ、それと同時に、あくまでも一度受けた仕打ちだから、

初めて受けた時ほど怖くはないだろう、とも思っていた。

 

……けれど――

 

 

――その日、彼女が帰ってくることはなかった。

 

 

--------

 

 

(暗い……怖い、怖いよ……)

 

今が朝なのか、夜なのかもわからない。

ただ一つわかるのは――彼女が、いつもよりもずっと長い間、

この部屋に帰ってきていない、ということだけ。

 

(お腹空いた……喉、乾いた……)

 

今まで、これほどまでに空腹と渇きを感じたことはなかった。

……少なくとも、丸一日は何も口にしていないような、そんな気がする。

 

(みちるちゃん……どうして帰ってこないの……?)

 

いつもなら、毎日朝晩必ず帰ってきていたのに、

出先で事故にでも遭ってしまったのか、それとも――

 

――裏切られたことに怒って、私を見放した……?

 

「……ッ!!」

 

自分の想像に恐怖して、身体がガタガタと震えた。

彼女の感情が見えることを利用して、睡眠薬を盛って……

……見放されたとしても、仕方のないことをした自覚はある。

 

「や、やだ……みちるちゃん、許して、みちるちゃん……!」

 

名前を呼ぶと、静寂に包まれた部屋に自分の声が反響する。

それでも、黙っていると気が狂いそうで――何度も、何度も彼女を呼んだ。

 

 

--------

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

どれくらいの間、声を張り続けたのか……気付けば喉は枯れ、

私は身体をベッドに沈め、荒く呼吸することしか出来なくなっていた。

 

(意識、が……一口でいいから、何か、飲みたい……)

 

体力を使い果たして、朦朧とする意識の中、ぼんやりと思考する。

 

(私、このまま終わるの……?)

 

じわりと、残り少ない水分が、涙として染み出した。

 

その時だった――

 

――ガチャリ。

 

「……ッ!?」

 

ドアが開く音が鳴り、思わず跳ねる身体に引っ張られて、

ギシ、と全身を拘束するロープが音を鳴らす。

 

「み……みちるちゃ……んっ!」

 

掠れた声で名前を呼ぶと、口に何かが突っ込まれた

スポーツドリンクのような味がする、飲み物の入ったペットボトルだ。

 

「んぐっ……んっ……」

 

渇きが限界だった私は、与えられたそれをひたすら飲み干す。

 

「…………」

 

すると、次に口に惣菜の挟まったパンが入れられて、

口の周りが汚れるのも気にならないほど、必死に食べた。

 

「……みちる、ちゃん?」

 

飲み物と食べ物を与えられ、ようやく一息ついたところで、

私に食事をくれたのであろう彼女が一言も発しないのが気になって

声を掛けると、返事の代わりに、ナプキンで口元をぬぐわれた。

 

(この手つきは、みちるちゃんだ……)

 

どうしてか一言も喋ってくれないけれど、

毎日触れられているから、彼女だということはわかる。

 

彼女は無言のまま、私の目隠し以外の拘束を解くと、

流れるように身体を拭いて服を着替えさせ、再度手足を拘束する。

 

「みちるちゃん、だよね……?」

 

呼びかけても、返事は一切なく、代わりに彼女の細長い指先が、

ゆっくりと頬を撫で上げて、優しく体に触れて来た。

 

「……っ……」

 

拘束されて身じろぎ一つ取れない身体は、全神経が触覚に集中していて、

ほんの少し撫でられただけでも、刺激を敏感に受け取ってしまう。

 

「ふあ、ぁ……!」

 

声なんて出したくないのに、勝手にはしたない声が漏れて。

 

「ひぅ……! ん、ぅ……!」

 

それでも彼女はそんな私を気にすることなく、一言も喋らないまま、

身体全体の輪郭をなぞるように、ゆるやかに、丁寧に撫でさする。

 

「や、ぁ……ん……!」

 

声が出てしまうのが恥ずかしくて、必死に堪えようとするけれど、

彼女の細い指が私の肌を撫でるたび、視覚を奪われて

聴覚から情報も得られない私の触覚は、敏感に刺激を感じ取ってしまう。

 

「なに、して……、ふぅ……っ!」

 

彼女の目的も何もわからないまま、ただ与えられる刺激を、

時折ロープをきしませながら受け入れることしか許されていない。

 

太ももを撫でられ、服の中に手を入れられるたび、身体が勝手に跳ねた。

 

(っ、う……身体が、熱い……)

 

隅々まで優しく触れられて、肉体が熱を帯びてきた頃。

ようやく、彼女が私に触れるのをやめて、身を起こす気配がした。

 

「……はーっ……はーっ……みち、るちゃん……?」

 

呼吸を整えながら呼びかけてみても、みちるちゃんは応じることなく

私の上から離れて立ち上がり、ベッドから足音が遠ざかっていく。

 

「ね、ねえ……!」

 

慌てて声を掛けると、遠ざかっていた足音が止まった。

 

「…………」

 

ただ、視界を奪われて触手の動きも見えない今、

何を考えているのかまったくわからない彼女に対して

掛ける言葉が思いつかず、黙り込んでしまう。

 

(もっと来てほしいとか、どうして来てくれなかったの、とか、

今の私が言ったら、気を悪くしちゃうかもしれないし……)

 

ぐるぐると思考を巡らせていると、再び足音が遠ざかり――

 

「あっ……」

 

――バタン、と、扉が閉まる音が響いた。

 

(みちるちゃん……やっぱり怒ってる、のかな……)




自給自足から始まったのんびりペースのお話ですが、
皆様からブクマや評価をいただいてとてもうれしく思っております。
引き続きよろしくおねがいいたします!
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