Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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初陣と偽りの王
見世物の戦争


 頭上に聳える塔を睨みつけ、琥珀(こはく)は舌打ちをした。そこにいる観客たちをここから見ることはできない。けれど自分たちの初陣に注がれる視線が好意的なものでないのはわかっていた。期待されている。自分たちが惨めに負けることを。

「ったく、ナメられたもんだよね。向こうは二軍だってさ」

 緑簾(りょくれん)が不機嫌そうに言う。勢いよく椅子に座ったために、緑簾の金色に染めた髪の毛が揺れた。琥珀は何も答えない。拳を握り締めると、皮の手袋が擦れる音がする。彼女の心を満たしているのは、現状に対する激しい怒りだった。

「……クソ兄貴が」

 クソ兄貴――天青(てんせい)が出奔さえしなければ、こんなことにはならなかった。玉髄(ぎょくずい)が死んだ後、悧国(りこく)の王は嫡子の天青になるはずだった。それなのに天青は数年前に突如姿を消し、玉髄が死んだ今も戻ってこない。そのせいで血が繋がっていないが養子であった琥珀が王に担ぎ上げられてしまったのだ。

 若き女王は内外から侮られていた。また、琥珀がそれまで玉髄に仕えていた者たちを全て馘にしたことで、反感を持たれてもいた。悧国の者たちは新しい王に、王が組織した新しい軍に、何も期待などしていなかった。

 負けることを、蹂躙されることを期待されている。けれど大人しく負けてやるつもりは琥珀にはなかった。この軍は強い。それだけはかくしんしていたのだ。

「――時間だ」

 戦を仕切る黒装束の男が琥珀に告げる。琥珀は頷いて、前を見据えて立ち上がった。緑簾が琥珀の背中を強く叩く。それに押し出されるように、響き渡る歓声の中、琥珀は歩き出した。

 顎を突き出し、琥珀たちを嘲るような笑みを浮かべているのは號国(こうこく)の男たち。黒装束の合図とともに、琥珀はその先頭に立つ男の首筋に剣を突きつけた。

「……っ!」

 先頭の男が怯んだ瞬間、琥珀の後ろに控えていた緑簾たちが一斉に前に出る。統率の取れた美しい動きに號国の男たちは翻弄されていた。琥珀は動揺している男に向かって微かに笑みを浮かべる。

「どう? 強いでしょ、私たち」

 男が琥珀の玲瓏な声と、強く透明な瞳に気圧された刹那、男の首が飛ぶ。噴き出した血を浴びる少女に、戦いを見下ろしていた観客からどよめきが漏れた。しかし琥珀はそれに一瞥もくれることはなく、剣の血を払って鞘に納める。文句なしの圧勝であった。

 黒装束の判定員が、悧国の旗を上げる。琥珀は上から降ってくる歓声に対し勝鬨をあげることもせずに踵を返した。冷淡なその態度に観客からは野次が飛ぶ。しかし琥珀は自らを映そうとするレンズを睨みつけ、そのまま何も言わずに戻っていった。

 

 

「いやー強いね琥珀ちゃん」

 藍晶(らんしょう)がモニターを覗き込みながら言うと、天青は不機嫌そうに立ち上がった。

「相手が油断してたからだろ。そもそも王があれだけ前線に出て戦うのがおかしい」

 この戦いは、その日の軍の将の首を取れば終わる。だから普通は将はうしろに引っ込んでいるものだし、王の首を取られたら一巻の終わりだから、王が軍を率いて前線に出るのはまずありえない。悧国の、あるいは琥珀の戦略はそれだけ異様だった。

「塔の連中は盛り上がってるみたいだよ」

「あいつらに盛り上がられても困るだけだ。それに態度悪すぎて嫌われてるんだろ?」

「そりゃあまあ初陣で喜びもしなければ笑いもしなかったし。それがいいって言ってる連中もいるけど」

「――琥珀のことはいいんだよ。あの世界とは関係ないところで生きることにしただろう」

 天青は聳え立つ塔を睨んだ。塔の中には遺伝子操作された、進化した人間たちが住んでいる。遺伝子操作ができないほど貧しい者や、遺伝子操作に失敗して捨てられた子供たちは、塔の足元にスラムを作って雨風を凌いでいる。そして半径二百(キロメートル)の広大なスラム街は四つの区画に分かれている。號国、霜国(そうこく)梓国(しこく)、そして悧国だ。そしてその四つの国は、定期的に戦争をしている。しかしそれは塔の人間の娯楽のため、日時と場所が決められ、まるで試合のように行われている。何年も続けられているその戦争で勝利を収めれば、塔の人間はその国の人間を塔の中に向かい入れるらしい。新たに王になった琥珀も、死んだ玉髄もそれを目指していた。しかし天青は塔の人間が勝ったからといってその国の人間を受け入れるとは思えなかった。だから自ら国を捨て、現在王が空位となり国の機能が麻痺している霜国に潜り込み、そこで仲間を見つけた。寄る方なき者たちの集まり。塔を目指すことなくここで生きていく。天青はそう決めていた。

 だが、血の繋がりのない妹のことが気になるのは事実だった。琥珀は天青が玉髄のところにいたときも戦闘の訓練などほとんど受けてはいなかった。護身術と剣術の基礎を簡単に教えられていた程度だ。あの身のこなしは天性のものだろう。その上で、相当な努力を積んでいる。天青の記憶よりも引き締まって見える琥珀の姿から目を逸らし、天青は外套を羽織った。

「出かけるの?」

 菫青(きんせい)が尋ねる。天青は振り向かずに答えた。

「ああ、ちょっとな」

「行ってらっしゃい。途中で人とか殴らないでよ?」

「向こうが殴ってこなきゃな」

 

 

 琥珀は基地(アジト)を抜け出し、縁石に腰掛けて天を見上げていた。上を見たところで塔の底が見えるだけだ。戯れに青空を映し出すフィルムを貼った塔の人間もいるが、そこだけがいつも昼で、それ以外はいつも夜だ。琥珀は静かに塔に手を伸ばす。塔の人間の言うことを全て信じているわけではなかった。けれど琥珀には悧国の人間を、いや、己の近衛軍である緑簾たちを塔に送らねばならなかった。

 遺伝子操作された人間は塔の空気の中でしか生きられない。遺伝子操作が失敗したとしても、一度そこに手を入れれば、塔の外の空気が毒になる。それなのに塔の大人たちは遺伝子操作に失敗した子供を平気で塔の外に捨てる。その子供たちは塔にいかなければ二十年ほどしか生きられない。近衛軍の少女たちの大多数はその刻限が近付いている。彼女たちが死んでしまう前に彼女たちを塔に送る。それが琥珀の目的だった。そのために求められるのは、ただ勝ち続けることだ。危険を伴うとわかっていても前線に出るのは、それが塔への近道だと知っているからだ。媚びるつもりはない。だが勝ち続けて気に入られれば、近衛軍を塔に入れられる可能性は上がる。そう信じていた。

 力なく右腕を下ろした琥珀は、自分に近付いてくる人影に気が付いた。遠目でもわかる。琥珀は半ば無意識で舌打ちをした。

「――死んだのかと思ってたよ、クソ兄貴」

「残念だったな、死んでなくて。そっちこそ今頃首飛ばされてるのかと思ってた」

「逃げたアンタとは違うんだよ」

 琥珀は敵意どころか殺意に近い視線を向ける。天青がいれば自分が王になることなどなかったのだ。苛立たしげに琥珀は地面を蹴る。

「逃げたわけじゃない。俺は捨てただけだ」

「同じことだろ。そもそも捨てたくせに何ノコノコと戻ってきてやがる」

「偽王に挨拶をと思って」

 琥珀は唇を噛んで天青の胸倉を掴んだ。

「誰のせいでこんなことになったと思ってんだクソ兄貴!」

「塔の奴らの言うことを鵜呑みにして戦うなんて馬鹿馬鹿しい。どうせあいつらは約束なんて守らない。今みたいなやり方をしてたら数ヶ月後にはお前の首が飛んでる。そんな馬鹿なことはやめろと言ってるんだ」

「今更出てきて兄貴面すんじゃねぇよ」

 琥珀は舌打ちをしながら乱暴に天青の服を離した。赤いジャケットを翻して踵を返す琥珀を天青は溜息を吐きながら見送った。

 玉髄は琥珀の才能を見抜いていたのだろうか。玉髄の傍にいたことで、他人の戦闘の動きを見ることは多かった。自分が体を動かさずともそれを吸収していたのだろう。新しい近衛軍との連携も取れている。玉髄の近衛軍をそのまま引き継いでいればここまでの躍進はなかっただろう。けれど十分すぎるほど戦えることが知られてしまった以上、これから琥珀率いる悧国は標的となるだろう。王自ら最前線で剣を取る戦いが今後も通用するかは、まだ誰にもわからなかった。

 

 

「またかよ……暇人しかいないわけ?」

 緑簾が持ってきた電報を見て、琥珀は溜息を吐いた。初陣から三ヶ月。これまで一度も負けたことはなかった。当然だ。負けていたら王である琥珀の首が飛んでいる。琥珀が生きていることが勝利の証に他ならなかった。しかし毎日のように繰り返される戦いにさすがにうんざりし始めていた。

 それだけ塔の人間に求められているということの証左ではあるが、毎日毎日人の首が飛ぶところを見て何が面白いのだろうか。近衛軍は勝利を喜び合っていたが、琥珀は完全にそれに浸ることはできなかった。勝った気がしない。人を斬った剣は脂が巻いてしまうから手入れをしなければならない。それだけが琥珀にとっての勝利の証だった。

「どうする? 今日は小編成らしいから琥珀が出なくてもいいと思うけど」

「いや、出るよ」

 出なければ文句を言われるだけだ。近衛軍に任せても勝てる相手だとわかってはいる。けれどただ勝つだけでは駄目なのだ。塔の人間に認められれば、塔に行ける日は近付く。そのためには、今ここで琥珀が休んでいるわけにはいかなかった。

「緑簾、翡翠(ひすい)天河(てんが)……あとは燐灰(りんかい)と私。向こうも五人だからこの編成でいいかな……」

「私はいいと思うよ」

 琥珀は口元だけで微笑んだ。戦いの始まりは五時間後。けれど王の仕事は戦闘だけではない。最初は全て琥珀が取り仕切っていたが、最近は内政は近衛軍に任せてしまっているところもある。それでも目を通さなければならない書類は多い。正式な国でもないのにどうして雑務まであるのだろう。机に頬杖をつきながら書類を見ていた琥珀は、そのままの姿勢で緑簾に言った。

「――あれは、何か新しいことわかったの?」

「そっちは進展なしだってさ」

「そんな簡単に尻尾は出さないか」

 勝ち続けることによって塔に迎え入れられること。それとは別に琥珀にはやらなければならないことがあった。先代の王であり琥珀の育ての親である玉髄の死の真相を突き止めること。玉髄は何者かに殺された。けれど玉髄の周りにはいつも常勝軍団の近衛兵がいて、玉髄自身も誰よりも強かった。そんな玉髄があっさり殺されたのだ。琥珀は内部の人間の仕業だろうと睨んでいた。だから近衛兵含め、王の身の回りを固める人間を総入れ替えした。琥珀が信頼できる人間は一人もいなかった。けれど全員馘にして終わりではない。玉髄を殺したのが誰なのか、真実を暴き出さなければならないのだ。

「あの人だって説も出てるらしいけど」

「兄貴はクソ野郎だけど、そういうことはしない」

桃簾(とうれん)は『天青さんなら殺したあとに戻ってこないのはおかしい』って。まあ家出してんのに殺す理由なんてそんくらいしかないしね」

 天青は王になるつもりはないのだろう。王になりたければ今すぐ戻ってくるだけでいいのだから。玉髄と血が繋がっていない琥珀が「偽王」であることは琥珀自身が最もよく理解していた。

 玉髄を殺したのは天青ではない。それなら誰が殺したのか。不意を突かれたのだとしても、玉髄があっさり殺されるなんてことは考えにくい。相手は相当の実力者だ。

 玉髄を殺したのは誰なのか。悧国の人間の誰もが、いや他の地区の人間や塔の住人ですらも真相を知りたがり、疑いの目を向けていた。その目が新しく王になった琥珀にも注がれていることは、琥珀も当然理解していた。

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