Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
どんぐりの背比べ
「前に何かで見たわ」
依頼主の長い髪の女は、血生臭い空間には似合わないハイヒールを履いた脚を組み替え、そう言った。
「結局人を殺したり殴ったりしてるのに『自分達はクスリはやらない』っていう一点で善であろうとする輩がいるって」
「……そういう奴も確かにいるが」
「あなたたちもそうでしょう? クスリがらみの依頼は決して受けない。そのくせあのくだらない戦争の代理戦闘は引き受ける」
依頼してきたのは女の方なのに、横柄な態度だ。だがこの女の態度にはもう慣れている。塔の歌姫・
「何が言いたい」
天青は苛立ちを隠さずに言った。天青からしてみれば、代理戦闘よりもくだらない依頼を持ってきた彼女にそんなことは言われたくないのだ。
「私から見ればどんぐりの背比べよ。どうせみんな失敗作か
「自分は選ばれし者のような言い方だな」
「その通りだもの。私は完璧な遺伝子操作の末に、多くの人間を虜にする声を手に入れた。この声を持っているのは私だけ。私は選ばれているのよ」
「……そんな自慢話をするためにここに来たのか」
遺伝子操作を受けていない人間を見下しながら、それを利用する。しかもわざわざ塔から降りてきてまでそんな話をする。それは明らかに嫌がらせとしか思えなかった。
「前はあの戦争に関わるのも嫌がっていたような気がしただけ」
「お前には関係ないだろう」
「……妹さん、かわいいわよね。下手なこと言うと首飛ばされそうで怖いけど」
「ああ、絶対に会わないことを薦めるよ」
どいつもこいつもその話か。天青は深く溜息を吐いた。琥珀の存在はどこでも噂で持ちきりになっているようだ。
「次の取引、悧国でやる予定なんだけど、大丈夫なのかしら?」
「不安なら他に頼め。どんぐりの背比べなんだろ?」
「あら、怒っているの?」
「わざと神経を逆撫でしてるのはそっちだろう」
確かに霜国の他のごろつきたちと大差のないことをやっているかもしれないが、それでも自分達がやってることに筋を通してはいる。それが矜持なのだ。踏み躙られてへらへらと笑っていられるものではない。
「それにしてもわざわざあの国でやることもないだろう。警備もかなり厳しいはずだが」
「玉髄のときであれば絶対なかったでしょうね」
「……内政はそんなにガタガタだと思われてんのか」
「私から見れば玉髄以上に取り締まりを強化しているように見えるけど……女だとそれだけで舐められるのよ」
それは女性だから如実に感じることなのだろうか。しかし、〈砂漠の薔薇〉の言うことが本当であれば、今度の依頼は面倒なことになりそうだ。琥珀が玉髄以上に取り締まりを強化しているのが本当なら、天青たちは動きにくくなるはずだ。
「……危ない橋は渡らないんじゃなかったのか」
「今回はパスしようと思ったのよ。でも――奪われたものはどうしても取り返したくて」
〈砂漠の薔薇〉の趣味は塔の外で違法に行われる闇オークション潰しだ。金に物を言わせて競りをめちゃくちゃにすることに何よりも喜びを感じるらしい。ついでに売られている盗品などは元の持ち主に返すところまでがセットだ。その趣味のために護衛を雇いながらも、本当に危ない橋は渡らないようにする。あくまで趣味だから――彼女にはそういう狡猾さがあった。
「宝石でも盗られたか?」
「そんな頼まなくても誰かがくれるような物に価値は感じていないわ。私の大切な共同作業者がうっかり誘拐されてしまって、売られてしまうらしいのよ」
「……人間なんて更に厄介な」
そもそも無法地帯と化している霜国ではなく王が機能している悧国で闇オークションを開催するだけでリスクが高いのに、その上を競りにかけるとは。下手をしたらその場にいる全員逮捕だ。
「まああの子は非常に珍しい見た目をしてるから愛玩用として持っておきたいという好事家の考えることもわかるのよ。でもそれだとあの子の作曲の才能は死んでしまうし……だから何が何でも取り戻したいの」
塔の上の人間の考えることは理解できない。だがそれなりの額を積まれたからには応えなければならない。何もせずとも金が手に入るわけではないのだ。
「でも今回は本当に危ない橋を渡ることになるから……いつもより成功報酬も弾まなければね」
「それは成功してからでいい」
「予め決めていた方が揉め事にならなくていいわよ。金額はこのくらい上乗せするとして」
〈砂漠の薔薇〉は綺麗にマニキュアを施した手の甲を見せて言う。5を示しているのだ。悪くない数字だ。
「そうね……今回の意趣返しに私も一回くらい誰か誘拐して塔にでも連れて行こうかしら」
「戦争には興味がないんじゃなかったのか」
興味がないなら、琥珀の事情も知っているとは思えないのだが。まさか鎌をかけているのか。警戒するように天青は〈砂漠の薔薇〉を睨みつけた。
「私は一応塔の中で一番の歌姫なのよ。呼吸器に問題がある人は見ていればわかるわ」
「それでお前に何のメリットがある?」
「あなたに恩を売れるかもしれないし、ついでにあの子にも恩が売れるかもしれないし、何より私の趣味よ」
趣味でそんなことをしようと思うのは悪趣味としか言いようがないが、この歌姫は趣味に命をかけているような人間だ。
「まあ成功するかはわからないけどね。それに危ないからすぐ帰したいし」
「……仮に今回のことが失敗したら?」
「成功報酬を払わないだけよ。どうせあなたたちを突いたところで端金しか出てこないでしょ」
見下しているのは変わりがない。結局は彼女も塔の人間なのは同じだ。だが、それがたとえ一日でも塔の中に入ることができるなら――少なくとも今より状況は好転するはずだ。
「わかった。成功報酬の件、忘れるなよ」
「誓約書でも作る?」
「その方がいいな」
紙とペンを渡すと、彼女はさらさらと文字を書いていった。そして最後にサインをして、天青が渡したナイフで薬指の爪の下に傷をつけ、その血を使って血判を押した。
「……鉄の女め」
〈砂漠の薔薇〉が帰った後で、天青はそう漏らした。シャーロック・ホームズを唯一出し抜いたオペラ歌手の女性になぞらえて、〈砂漠の薔薇〉をそう呼ぶ人もいた。
「悪いようにはしないんじゃない?」
「……でもあれも塔の人間には変わりない。所詮は向こうだってどんぐりの背比べだ」