Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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梓国軍との戦闘を控えた琥珀。戦いの前に苛立ちを覚える琥珀に、時計男は空気を読まずに話しかける。


勝ち続けること

 防刃用の布を巻きつけた上に、胆礬色(たんばいろ)の服を身につけていく。着物の袂のように広がった袖に腕を通し、胸元の釦を留める。普段着とは違う戦闘用の衣装を着ると自然と気持ちが切り替わる。手甲を身につけた琥珀は一呼吸置いてから立ち上がった。

 今日は梓国軍との戦闘だ。向こうは二軍を出してくるらしい。そもそも王が戦闘に出ること自体が珍しいのだ。なぜなら、その戦いにおける将を落とすか、時間切れで引き分けになるまで戦闘は終わらないからだ。負けた場合はその国は王を失う。王を失う恐ろしさは、霜国を見ていればよくわかるだろう。

 けれど王を倒さなければ意味がない。替えのきく二軍をいくら倒したところで、この茶番劇が終わることはない。いないとわかっていても前線に出続けるのは、挑発のためだ。いつまでも戦争を終わらせる気がなく、平穏な場所に隠れている王を引き摺り出す。琥珀の狙いに塔の人間も気付いているのだろう。出てこない王に対する揶揄の声と琥珀を称賛する声が嫌でも聞こえてきてしまう。

 舌打ちをした琥珀の隣に、時計の形の被り物をした男が腰掛ける。興行主の一人である時計男だ。

「今日はまた一段と不機嫌そうで」

「……いつまであんな雑魚と戦ってなきゃいけないのかな」

 負ける相手ではない。相手の戦力は既に分析してもらっているし、戦場に立てばそんな分析は頭から飛んでいくので意味はない。けれど勝てるイメージは描けていた。

「別に二軍も雑魚ではないですけどね」

 空気を読まずに話しかける時計男にも苛立っていた。集中したい時間だということは誰が見たって明らかだろう。

「でもあなたが勝ち続けているからか、期待度はどんどん上がっていますよ。このまま行ったら他の王も出て来ざるを得なくなるでしょうね」

「さっさと出てきてくれるといいけど」

「どうなりますかね。王が出てしまうと国から王が消えるリスクを伴うことになりますから。――あと、梓国軍は幻術を使いますよ。注意してくださいね」

「それはもう聞いてる」

 幻術――と言っても魔法のようなものではない。相手の頭に自分達に都合のいい景色を見せるだけ。そして防ぐ方法もある程度は確立されている。

 琥珀は袋にしまっていた小型の防毒マスクを装着する。幻術を使うとわかっている相手にはこれが必要だ。結局のところ魔法でも何でもなく、幻覚を見せる物質をばら撒くことで戦況を有利にするのだ。

「……まあ、気休めだろうけどね」

 防がれるのは向こうもわかっている。だからどんな高性能なマスクでも通り抜けられるように改良を重ねている。幻術にかかるほどそれを吸い込む前に決着をつけるのが最善だ。でもそれも直接薬を打ち込まれたら手の打ちようがない。

 梓国は四つの国の中で最も安定していて治安も良いと言われているが、そこには絡繰がある。梓国の人間は、全員がある薬を摂取しているのだ。それは幻術をかけるときに使う物質と同じもの。彼らは偽りの幸福の中で生きている。

「幻術も厄介だけど、あの国の人たちは――」

 殺されることも厭わずに向かってくる。なぜなら常に幸福の中にいて、この戦争ですらその中での出来事にすぎないのだから。

「そろそろ時間のようですね。では健闘を祈ります」

 時計男が席を立つ。琥珀は時計男を一瞥してから懐に小刀を入れながら立ち上がった。相手が誰であろうと負けることは許されない戦いだ。今は勝ち続けているから期待も寄せられているが、負ければ潮が引くように人々の関心は逸れていく。身勝手だ。命懸けの戦いなどしたこともないくせに、勝ち馬には乗ろうとする。琥珀は拳を握ったり開いたりしながら、近衛軍の円陣に加わった。

 

「梓国軍は幻術を使ってくるし、何より死ぬことを恐れずに向かってくる。――気をつけて」

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