Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「それにしても、この前のはすごかったわね」
「……興味ないんじゃなかったのか」
シャンパングラスを揺らす〈砂漠の薔薇〉に、天青は冷たく返した。闇オークションの会場では誰もが仮面をつけて顔を隠している。正体を知られるわけにはいかない人間が沢山いるのだ。もちろん天青たちや〈砂漠の薔薇〉も仮面をつけていた。
「興味はないわよ。けれど噂になっていたものだから。だって初めてなんでしょう? 梓国軍に完全に勝ったのって」
「玉髄は避けていたからな。あそことまともにぶつかったら廃人にされる」
「けれど利き手の方を思いっきり刺してたけど、大丈夫なのかしらね」
「さあな。むしろしばらく大人しくしてた方がいいんじゃないか」
梓国軍の幻術に対してはある程度の対策が打たれているけれど、直接薬を打たれてしまえばなす術がない。だから王をその戦いに出すことはない。それがこれまでの常識だった。それを琥珀が完全に覆したのだ。
「……あんなやり方は何度も通用しない。実際あの出血なら、一撃で決められなかったら死んでたのは琥珀の方だ」
「でも勝ったのは事実。面白いわね、あの子」
この女に面白がられても何もいいことはないのだが――。天青は酒を飲むふりをしながら周囲の様子を窺っていた。くだらない話に花を咲かせている暇はない。〈砂漠の薔薇〉の依頼を完遂するためには、奪われたものを見つけること、それを奪還すること、そして捕まらずに逃げ切ることが必要なのだ。
「まあいいわ。ここからが本題なのだけど」
「……無駄話が多いな」
「ここからは真剣なのよ」
〈砂漠の薔薇〉が声を落とす。本題があるのならさっさとその話をすればいいのに。それを口にすると無粋だの何だのと言われそうだったので、天青は口をつくんだ。
「塔の中では、時々神隠しにでも遭ったみたいに人が忽然と消える事件が起きるの」
「誘拐じゃなくてか?」
「ええ、あれは――少なくとも人間が起こしている現象ではない。黒い霧のようなものに包まれて、次の瞬間には消えてしまう」
話だけを聞いていれば、まるで幽霊か何かが起こしているようだ。けれどこの世界に幽霊などというものはおそらく存在しない。その存在はかつて科学が完全に否定したのだ。
「私が知っている限りでは五年周期でそれは起こる。今回巻き込まれたのがあの子だった」
「その情報はもう少し早く教えてほしかったんだが」
〈砂漠の薔薇〉が「あの子」と呼んでいるのが、今回奪還しようとしている作曲家の少女だ。ジプサムと呼ばれているが、それは本名ではないらしい。
「忘れていたのよ。それがあの現象の怖いところ」
「忘れていた……?」
「そう。不思議なことに記憶から綺麗さっぱり消えてしまう。実際私がジプサムがいなくなったことに気がついたのはそれから三日後のこと。私でなければ思い出すこともなかったでしょうね。それからあの子の行方を探して――まあ結果的にすぐ見つかったのだけど」
塔の事情の全てを知るわけではない。けれど五年周期で起きるその現象に思い当たることもあった。
「……悧国の近衛兵は、十五年前に入ってきたのが五人くらいいたな。その全員が神隠しに巻き込まれたとは考えにくいが」
「こちらから見れば五年周期で人が減る。そちらから見れば五年周期で人が増えるってことね。下手をすれば塔の人間としてのIDすら消えてしまうから、誰も思い出さなければ捨てられたのと同じ状況になってしまう」
「琥珀が来たのも十五年前だ。――ところで、なぜお前は思い出せたんだ?」
「一週間に一度、自己暗示をかけてるのよ。自分の声を録音していて、それを聞いているのだけど――その中にあの子のことが出てきた」
〈砂漠の薔薇〉が歌姫として君臨し続けているのは、ひとえにその特殊な声ゆえである。天青たちには何の効果もないが、遺伝子を操作された塔の人間は、彼女が出した本気の声には逆らえなくなるらしい。そしてその強力な暗示は録音した自分の声を彼女自身が聴くことでも効果を発揮するようだ。
「自己暗示か。何でそんなことを」
「じゃないと使いすぎてしまいそうでね。あなたたちには効かないから意味がないけど、塔の中では万能に近いもの。だから自分で自分に制限をかけているの。こういう能力を使いすぎるのは私の趣味ではないわ」
何事にも趣味を優先する彼女らしい言葉だ。けれど彼女の語る神隠し事件には引っ掛かることもあった。調べてみる価値はあるかもしれない。そもそも彼女は調べさせたいからこんな話を振ってきたのだろう。
「――さて、そろそろ時間のようね」
談笑しながらも互いの腹を探り合うパーティーの時間は終わった。ここからは違法なものばかりの競売が始まる。
「今回は目当てのものが取り戻せればいいんだったな?」
「ええ、そうよ。他はあまりパッとしないから」
「――それなら予定より早く事が済むかもしれない」
顔を隠す仮面に仕込んでいた通信機から、
「今回はそっちのやり方に任せるわ。その代わり、必ず――」
なるべく自然を装いながら周囲に目を配る。合図に反応してやってきた藍晶と交代した天青は、会場の裏側に向かって動き出した。