Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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〈砂漠の薔薇〉の依頼で少女を助け出す天青たち。しかしそこに予想外の敵が現れる。


ハーバリウム

「悪趣味……」

「でも理には適ってるな。この子が塔の子だって言うなら、基本的にはこっちの空気は毒だ」

 塔に住む人間は遺伝子を操作されている。その副作用で塔の外の空気は毒になってしまうのだ。短時間であれば影響も少ないようだが、住むようになってしまうと、二十年ほどで発作が出るようになり、やがて死に至る。

 だからこそ、競売にかけられたジプサムという少女は、人ひとりが入れる細長い水槽の中に入れられていた。口元に酸素マスクがつけられているので、呼吸は問題なくできるのだろう。薄紫色の長い髪と同じ色の花が水槽の中に入れられていて、さながら植物標本(ハーバリウム)のようだ。

「とりあえずこのままじゃ運べないな……ぶっ壊すか」

 雄黄(ゆうおう)が言う。確かにこの水槽くらいなら雄黄の力で簡単に壊せそうだが、そう簡単にはいかないだろう。水槽を調べていた青虎(せいこ)が何かに気付いて声を上げる。

「これは普通にセキュリティかかってるから、壊したら警報とか鳴るやつだね」

「だったらどうやって持って帰るんだこんなん……」

「半分に分かれて、片方が陽動で、もう片方がこの子連れて逃げるとか。どっちにしろぶっ壊すことになるけど」

 壊さずに水槽ごと移動するのは現実的ではない、というのが青虎の意見らしい。このまま出品の時間まで待っていても水槽を壊せば警報が鳴るのであれば変わりはない。話を聞いていた天青も青虎の案に乗るのが一番安全であると判断した。

「あとは歌姫様も何とかしないといけないけど」

「あっちは藍晶がいるからどうとでもなる。あの女、逃げ足は割と速い」

 〈砂漠の薔薇〉は趣味が高じすぎて修羅場を何度もくぐっている。そうでなくても公の立場だけで命を狙われることもある。ひとまず逃げるだけなら心配はいらない人間だ。

「あとは多分、悧国の近衛兵もいるっぽいから、そっちにも捕まらないようにしないとね」

「……近衛兵出してきたのか」

 市井の治安を守る警察組織も存在しているのに、わざわざ近衛兵を配備するとは予想外だった。警察なら取り締まりの範疇だが、軍を動かせばそうはいかなくなる。

「まあでも一回それだけ大規模に潰しちゃえば、この国でやろうなんて物好きはいなくなるだろうね。お金は欲しくても死にたくはないし」

「とにかく全員逃げるのが最優先になるか」

「そうなるかな。あとは、近衛兵なら最悪あの人が何とかできる。一人だけ確実に効かないけど」

「……使う状況にならないことを祈るが」

 遺伝子を操作された人間にだけ効く〈砂漠の薔薇〉の能力は、確かに遺伝子操作児が多い近衛兵には効果覿面だろう。しかし彼女に借りを作るような真似をしてもいいことは何もない。使う状況にならないことを願うしかなかった。

 

 

 警報音が鳴り響いている。仮面をつけた男たちが天青たちの陽動に簡単に釣られてくれたので、少女を連れて逃げている青虎たちは特に問題なく会場を脱出できそうだった。けれど際限なく湧いてくる敵に、陽動班の離脱は難航するだろうと思われた。

「何か倒した数より減ってねえか?」

 雄黄が言う。確かに倒している数よりも倒れている人間の数が多い。そう言っているそばから、天青たちに向かってくる男たちの数人が床に倒れた。彼らの体には銀色の細い矢が刺さっている。

「――天河か」

 武器から人物を推測する。弓矢系の武器を使うのは燐灰もそうだが、彼女のものとは矢の形が違う。天青たちには当てないように、確実に標的だけを仕留めていた。天青たちを攻撃してこないということは見逃してくれるということだ。それなら乗じて逃げるしかない。群がる敵を倒しながら先へ進む。

 あと少しで出口に辿り着く。しかしその手前で鼓膜を突き刺すような甲高い音が響いた。それに気を取られた瞬間に黒い霧に包まれる。否、それは霧ではない。漆黒の翅を持つ無数の蝶だ。

(何だ、これは――)

 想定外の敵に思考が止まる。蝶が一斉にはばたき、その集合体が外套を羽織っているような人間の形に変わる。その手には同じように蝶の集合体でできた大鎌が握られていた。その刃の先は紛れもなく自分の首を狙っているのに、何故か体が動かない。それに攻撃力が備わっているのかさえわからないまま立ち尽くす天青がその次に見たのは、黒い蝶の集合体に斬りかかる狐面の少女の姿だった。

 その一閃で蝶は忽然と姿を消す。いつの間にか乱闘が起きていたはずの会場は静寂に包まれていた。刀を鞘にしまった少女は溜息と共に静かに面を外す。

 

「――私以外の雑魚に殺されかけてんじゃねえよ、クソ兄貴」

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