Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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謎の黒い蝶に襲われた天青。間一髪で琥珀に助けられるが――。


戛然(かつぜん)

「……何でここにいるんだ」

 狐面を外して顔を晒した琥珀に、天青は呆然として呟いた。

「こっちの台詞なんだけど、それ」

 近衛兵がいることはわかっていたが、まさか王まで出てきていると誰が予想しただろうか。少なくとも闇オークションなんて王自らが取り締まるようなものではないのだ。

「あの黒い蝶はあんたたちが回収した女の子を追ってた。私はあの蝶を始末しにきただけ。ついでに潰したいものもあったし」

 闇オークションをついでに潰されてしまった主催者側に少しだけ同情する。だが〈砂漠の薔薇〉が絡んだ段階で趣味で潰されるのだからあまり変わりはしないのかもしれない。

「あれは何なんだ?」

「さあ?」

「さあ、ってお前な……」

「塔の中で五年に一度くらいの周期で発生する現象らしいけど、詳しいことは知らない。あと死にたくなかったらさっさとここを出た方がいい」

 五年に一度の周期。それは〈砂漠の薔薇〉に聞いた神隠し事件の周期と一致する。神隠し事件の不可思議な点といい、きな臭い話だ。天青が更に情報を引き出そうと口を開いたそのとき、再び黒い蝶がどこからか現れた。琥珀は左手につけたHertz-Maschine操作用の端末に触れてから刀を鞘から抜く。小さくて動くものを攻撃するのは至難の業だが、その剣筋は驚くほど正確だ。

「天青、俺たちは退くぞ。もう依頼自体は達成してる」

 雄黄が言う。これは琥珀の戦いであって、天青たちには関係がない。けれど琥珀の動きに少し気にかかるところがあった。

「……キリがない……っ」

 地面に片膝をついて呼吸を整えている琥珀が、握っていた刀を取り落とす。戛然(からり)と音を立てて落ちたそれを拾い上げる琥珀の手は酷くぎこちなく動いていた。

「おい」

 琥珀は両手に手甲をつけているからほとんど隠れているが、その下に白い包帯が見えた。

「右手、治ってないんだろ」

 琥珀は何も答えなかった。けれど掌を貫通するような傷を負ったあと、二週間もしないうちに戦いに出る方が無茶なのだ。掌の傷なら、もしかしたら神経も傷ついているかもしれない。天青は琥珀の腕を強く掴んだ。

「あれに普通の攻撃は通じない。だから私が――」

Hertz-Maschine(それ)なら俺も使えるだろ」

 再び一つに集まり始めた黒い蝶を一瞥して、琥珀は唇を噛んだ。しかし逡巡は一瞬だった。私情よりも目の前の敵を倒すことを優先する。勝負に関しては誰よりも心得ているのだろう。

 

「……足手纏いにはなるなよ、クソ兄貴」

 

 言いたいことは山ほどあるが、まずは目の前の敵をどうにかしなければならない。二人は背中合わせで立ち、同時に刀を鞘から抜いた。

 Hertz-Maschineを介しての攻撃しか通じない相手。おそらくはこの世界の根幹に関わる問題だ。琥珀はそれに気が付いていないのだろう。真実を知った上で王の椅子を捨てた人間と、何も知らずに王になった人間。天青は知っているからこそ、この戦いの終わらせ方がわかる。だが――問題は、誰が何も知らない琥珀に無為な消耗戦を強いているかということだ。切り倒すだけでは蝶はすぐに復活してしまう。元を断たなければそれはいつまでも生まれ続ける。

 天青は刃先に指を当て、浅い傷をつけた。Hertz-Maschineは血に含まれた情報を元にして動く。現在実行されている算譜(プログラム)を強制的に終了させるためには登録されている人間の新しい血が求められる。その血を刀に伝わせて、黒い蝶の中心を切りつける。

 痛いほどの沈黙が広がった。暫く待ってみるが蝶が復活する様子はなかった。天青が息を吐くと同時に、再びからりと音がする。

「――どういうこと」

 取り落とした刀を拾い上げることもせずに琥珀が呟く。本当のことを言うべきなのか、言うべきでないのか。この絶望的な世界で見出されたかすかな希望すら断ち切ってしまうような真実を今ここで告げるべきなのか。迷う天青の背中に琥珀の声が突き刺さる。

「……また、何も言わずに行くつもりなのか」

 天青が国を出たとき、琥珀はまだ幼かった。そして天青も玉髄も琥珀が王になることなど想定していなかったのだ。血が合わないのだから、琥珀はHertz-Maschineを動かすことができない。天青が国を出ることを決め、それを玉髄が積極的には止めなかった段階で、玉髄の死後には悧国が霜国のように王のない国になることは確定している未来だと思っていた。だから何も言わなかった。玉髄もまた琥珀に真実を教えるつもりはなかったのだろう。王でもないのにそれを知ってしまうことは、その身に危険が及ぶ可能性も高めてしまう。そして何より――選ばれなかった人間に対する世界のあまりの残酷さを、純粋な少女に告げることはできなかった。

「少しは自分で考えてみろ」

 あのとき本当のことを言えていたのなら、こんなことにはならなかったのだろう。だが後悔したところで何も変わりはしない。

「今回は誰の言葉で動いたのか――お前に何かを教えてくれる人は本当に真実を語っているのか」

 それが誰かは知らない。けれど今回琥珀が戦いに出るように仕向けた人間がいるなら、その人物はわかっていたのにあえて琥珀に教えなかったのだろう。やり方がわかっていれば一瞬で終わらせることができた戦いをわざと長引かせた。今は刀を握れない右手も、戦闘の時間が短ければ問題なくこなせたはずだ。そもそも悧国で起きたこととはいえ、琥珀が対応する必要などなかった。Hertz-Maschineが使える人間なら誰でも良かった。それなのにわざわざ怪我をしている人間にそれをやらせたのだとしたら――そこには底知れない悪意がある。

「俺だって、お前に嘘をつく可能性はある」

 信じられるのは自らの目で見たことだけだ。この世界が嘘で出来ている以上、人の言葉を本当に信じることはできない。

「とりあえずその手を早く治せ。話はそれからだ」

 琥珀は何も答えない。背を向けている状態ではどんな表情をしているのかも見ることはできなかった。

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