Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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〈砂漠の薔薇〉と琥珀が去ったあと、天青は蝶を操っていた者と対峙する。


黒蝶の鱗

 琥珀を連れた〈砂漠の薔薇〉が去ったあと、天青は近くの壁に寄りかかって溜息を吐いた。〈砂漠の薔薇〉は上の人間らしい選民思想の塊ではあるが、琥珀を悪いようにするような人間ではない。選民思想だけでは説明できない、物好きとしか言えない部分もあるからだ。滞在できる時間もごく短いものだろう。それでも少しでも終わりを先延ばしできるならそれでいい。

 問題は琥珀が何をするために外に出たかだ。王のはずなのにふらりと一人で出かけてしまうことは今までにもあった。けれど今日の琥珀は明確な目的を持って外に出たように思えた。

 そしてそれ以上に突き止めなければならないのは、あの蝶を仕向けたのが誰なのかということだ。〈砂漠の薔薇〉が現れた瞬間に手を引いた理由にはおおよそ推測がつく。王の本当の役割を知っている人間は、塔の中で生きて、地位も確立している人間を攻撃することはできない。それは役目に背くことになるからだ。琥珀を害することより〈砂漠の薔薇〉がその流れ弾に当たって死んでしまう可能性を避けることを優先させた。そこから推測できるのは――Hertz-Maschineを使える人間の中でも特に真面目な人物だということだ。それに比べれば王としての玉髄は真面目だったとはとても言えなかった。

(二人のうちどちらかなんだろうけど……どっちのこともよく知らないからな)

 梓国王も號国王も就任してから一度も人前に姿を現していない。顔を知られている玉髄や琥珀の方が王としては珍しい方だ。戦争は下の人間に任せる。本来の役割に集中すべきであるという梓国と號国の考え方の方が本来は正しい――それが本来世界が王に求めていることだ。けれど世界の機構の言いなりになっているような人間に殺されるのは気に入らない。

 天青は意識を集中させて、周囲の気配を探った。蝶を倒したところで埒があかない。本体をどうにかしなければまた新しく湧いてくるだけだ。

(――あのあたりか)

 僅かな音から場所を割り出し、Hertz-Maschineの端末に触れる。正確な場所まではわからないから、広範囲の攻撃だ。一帯に炎が広がる。

「そろそろ姿を見せたらどうだ」

「王が姿を見せるのは悪手だと、あなたならわかっていると思っていたんですがねぇ」

 姿は見せないが、声だけは聞こえる。しかしその声も明らかに合成音声のものだった。正体を明かす気はさらさらないらしい。

「王が前線で戦うことを煽った奴に言われたくはないな」

「何のことでしょう? そんなことをしたつもりはないですが」

「琥珀は誰に言われたわけでもなくここに来て、あんたの攻撃に遭った。――誰が自分を欺いていたのか、薄々勘付いたんだろう」

 あるいは琥珀の方から呼び出していたか。実際のところは天青にはわからないが、少なくとも琥珀が真っ直ぐにこの場所を目指していたのは事実だ。適当に散歩をしていて巻き込まれたのとは違う。

興行主(プロモーター)のフリをして近付いて、あいつが自滅するのを狙ってたのか」

「フリではありませんよ。興行主(プロモーター)も正規の仕事です。ただ、自分も王であることを彼女には言わなかっただけですよ」

 同じことではないか、と天青は舌打ちをする。どちらにしろ本当のことを言わなかったのは事実だ。知っていながら王になる琥珀に王の役目を教えなかった。そして――その願いがどうやっても叶わないものであることも。

「あなただって、真実を明かさなかったという意味では同じ穴の(むじな)ですよ」

「……王以外の人間が役目を知っていることはむしろ危険だと思っていた。だから言わなかっただけだ」

「同じですよ。私もまさか機械の方を捩じ伏せるとは思わなかった。それどころか試みた段階で排除されてもおかしくはないと思っていたんですがね」

 自分には罪がないというその言い方に腹が立つ。天青は白鞘に手をかけた。王の血筋でないものが王になろうと試みた段階で死ぬ可能性もあるとわかっていてそれをやらせたのだ。

「随分怒っているようですが――でも彼女が遺伝子操作児である以上、何をしたところであと数年で死んでしまうことには変わりないのですよ? それに私の立場としては、さっさと死んでもらった方がいい」

「……もう一回言ってみろ」

「何をです?」

「今の言葉をもう一度言ってみろ、下衆野郎……!」

 帰ってきたのは言葉ではなく攻撃だった。無数の黒い蝶が湧き出し、頭上を埋め尽くす。蝶はやがて巨大な龍の姿を取る。天青はその黒い鱗を睨み付けた。

「少しは期待していたのですが――やはり親子揃って大いなる意志には背くつもり、ということですね」

「玉髄はやってただろ。積極的ではなかったが」

「積極的でないことは、私から見れば罪ですよ。役目を果たさない王など必要ないのです」

「――お前、まさか」

 黒い龍の背に乗って姿を現した男は黒い仮面で顔を覆っていて、顔は見えなかった。黒い外套からステッキを持った白手袋をはめた手だけが見えている。

「お前が殺したのか」

「さあ、どうでしょうね。探したところで証拠なんて一つもありませんよ。それにしても彼女は実に可愛らしいですね。自分の育ての親を殺したかもしれない人間の言葉に素直に従い、一番実現してほしくないと思っていた未来を自分自身の手で実現しようとしてしまっている」

 言葉よりも先に手が出た。Hertz-Maschineを操作して、高いところから天青を見下ろしていた男のところまで飛び、その首に刃を向ける。しかし触れる直前にステッキで防がれた。間違いなく王に相応しい手練だ。けれどあそこまで虚仮にされて引き下がるわけにはいかない。

「私の言葉が嘘だとわかっているなら、教えてあげればよかったじゃないですか。彼女が大切に思う近衛兵のあの子たちを助ける術なんて存在しない。王は不適格だと判定された塔の外の人間を処理するための存在で、王である以上望んでいることとは反対のことをし続ければならないって」

「それをやらせたのはお前だろ。そもそも玉髄が死ななかったらこんなことにはならなかったんだ」

「そうかもしれませんね。ですが私は王としての役目を果たしただけです。全てはHertz-Maschineの意志なんですから」

 龍の鱗の一部が剥がれて天青に襲いかかる。天青は自らの血を塗った刃で巨大な龍を切り伏せた。Hertz-Maschineの力を使って男が地面に着地する前にその鳩尾に拳を突き込む。体制を崩した男に天青は懐から取り出した拳銃を突きつけた。

「やはり強いですね。王にならなかったのが非常に勿体ない。この世界の損失ですよ」

「こんな世界の役に立つなんて御免だ」

 機械が適格と判断した人間だけを生き残らせ、そうでない人間を排除するようになっているこの世界を、天青はどうしても受け入れることが出来なかった。自分自身がその手足となって統治している振りをしながら死に導く役割など担いたくはなかった。玉髄からそれを聞かされたとき、天青は王になることを拒み、そして玉髄は天青の決断を受け入れた。けれど世界の方は簡単にはシステムを崩壊させるつもりがなかったようだ。

「王が半分になれば、システムの維持は難しいかもしれないな」

 かつて玉髄はそう言っていた。玉髄はおそらくは自分が死んだ後にそうなることを望んでいたのだろう。それは結果的に実現しなかった。けれど数が問題なのなら、今からこの男を殺したらそれは実現するはずだ。

 

「――自分が真面目な王だったことを、あの世で後悔するんだな」

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