Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「とりあえずおやつでも食べる? もらい物だけどマカロンがあるのよ」
想像していたよりは簡素な外観の家に到着すると、落ち着いた色調で統一された家具が配置された居間に通された。身体を柔らかくもしっかり支えるソファに座らされ、どうすればいいのかと戸惑う琥珀に、〈砂漠の薔薇〉は家に友人が遊びに来たときのような調子で話しかける。
「……別に、いらないけど」
「私が食べたいから準備するわ。えーと、あと紅茶か珈琲ならどっち?」
「……珈琲は飲めない」
「そう。それなら紅茶ね。――ねぇ、ジプサムもちょっと手伝ってくれない?」
〈砂漠の薔薇〉が奥に向かって声をかけると、薄紫色の髪の少女が現れた。瞳の色も髪と同じ薄紫色だ。この前オークションで売られそうになっていた少女だ。動いているところを見るのは初めてだった。
落ち着かないと思いながらも暫く待っていると、ジプサムがティーセットとマカロンを運んできて、琥珀の目の前のテーブルに無言でそれを置いた。そして一礼するとそのまま奥に戻って行ってしまった。
「あの子、生まれつき喋れないのよ。意思疎通は出来るから気にしないで」
「……こっちにもそういう人がいるんですね」
「あの子も一歩間違えば塔の外に捨てられていたでしょうね。でも遺伝子の変異によって喋れなくなってしまった代わりに、音楽の才能を手に入れた。それがわかったから私が引き取ったのよ」
それだけ聞くと心優しい女のように思えるが、実際は才能を買っただけだろう。琥珀は軽く手を合わせてから、出されたマカロンに手を伸ばした。
「……思ったのと違う」
「初めてだったのね。ちなみにどんな味だと思っていたの?」
「もっと柔らかいのかと思ってたけど、意外にしっかりしてた」
塔の外では絶対に食べられないようなものだ。けれど〈砂漠の薔薇〉にとったは、もらい物とはいえ簡単に人に出せるようなものなのだ。マカロンを食べて紅茶を飲み始めたところで、〈砂漠の薔薇〉はおもむろに切り出す。
「ジプサムが塔の外に連れ出されたときも、あの蝶を見たと言っていたわ。あの蝶が五年周期で起きている塔の中の神隠し事件の何らかの関わりがあるのなら、もしかしたら塔外の子供たちを調べたら他にもそんな子がいるのかもしれない」
琥珀は事情を説明する〈砂漠の薔薇〉の言葉を黙って聞いていた。塔の中で起きている神隠し事件。そしてHertz-Maschineから召喚された黒い蝶。それが繋がっているのだとすれば、何らかの意図があって事件を起こしているということになる。
「ジプサムは、塔の人間として適格とは言えない。あの蝶はもしかしたら、塔の人間を選別するシステムのようなものかもしれないと思うのよ」
「……でも、王が塔の人間をそうやって選別する意味がわからない。自分の国だったらまだしも」
言ってしまえば、関係のない世界だ。そんなことをして何か利益があるとは思えない。
「そうなのよ。やっぱりそこで躓くのよね、この説」
「その話を他の人にしたことは?」
「あなたが初めてよ。そもそもHertz-Maschineを使っているから相手は王の中の誰かだっていうのも知ったばっかりなのだから」
選別でないとしたら他に何の意味があるのだろうか。考えてみても、納得できるような説明は琥珀には思いつかなかった。
「……王が本当はどんな役割を持ってるのか、私は知らない。でも……兄さんは、多分それを知ってる。それがわかればもしかしたら
「随分協力的に話してくれるわね。本当はもっと突っぱねられることを予想していたのだけど」
答えるつもりは確かになかった。〈砂漠の薔薇〉は琥珀とは違う世界で生きる人間だ。けれど彼女は彼女なりに、それは利用価値があるという理由に過ぎないとしても、自分の大切なものを理不尽に奪われかけたことに憤っているのは感じられた。理解できない彼女のことも、その一点においては自分と同じだと感じる。だからこと言えることは全て言ったのだ。進展らしい進展はなかったけれど。
「
一瞬で終わらせる方法を知っていたのに、それを言わなかったのは、長引くことを望んでいたからだろう。戦闘が長引けば戦える状態でなくなることも、琥珀の身体が今どんな状態であるかも、あの男は全て知っていたのだ。
「そう考えるとあの蝶が標的を兄さんに変えたことも説明がつく。対処法を知られる前に始末すれば、目的は達成できると考えた。けれど、慌てて標的を変えたからタイミングが上手くいかなかった」
「一理あるわね。いずれにしても――あなたも私も、本当のことを知る必要があるわ」
琥珀は頷く。王の本当の役割とは何なのか。それがわかれば散らばった破片は一つに繋がるだろう。