Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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因縁

 

 揃いの新しい戦闘服を着た悧国の精鋭五人に、観客は沸いていた。この戦争は、そこで多くの人間が死んでいるというのに、塔の人間にとっては見世物(ショー)でしかなかった。賭けの対象にすらなっているという。地獄に蜘蛛の糸を垂らして高みの見物をしているつもりなのだろう。遺伝子操作で進化した人間は、そうでない人間を戦わせて、自分たちは平和な世界で生きているつもりになっている。反吐が出る――しかし、今はその細い糸を掴むために前に進むしかなかった。黒装束が鏑矢を放ち、仕組まれた戦いが始まる。

 今日の相手は弓を多用する。けれどどこかで必ず距離を詰めなければ、勝利条件を満たすことができない。勝利条件は将の首を落とすこと。けれど戦闘の時間は決められているから、それで決着がつかなければ判定による勝利や引き分けも存在する。琥珀が近接戦闘に特化していると知っていて、時間を稼ぐような戦略を取る敵も出てくるようになってきた。

「――燐灰」

 前衛の緑簾と翡翠が配置についているのを見ながら琥珀は横に控えている燐灰を呼んだ。燐灰は頷いて琥珀に武器を差し出す。弓と矢――しかしその矢の先には小さな球体が取り付けられている。琥珀は矢を番え、敵陣に向かってそれを放った。矢は真っ直ぐに敵陣まで届き、金属の盾に阻まれたが、次の瞬間に矢先に取り付けられていた爆薬が炸裂した。爆薬を使うのは思いもよらなかった攻撃だったのだろう。動揺した敵の懐に前衛の二人が潜り込む。翡翠と緑簾が他の敵を攻撃している間に、琥珀を含む残り三人が敵の将の首を狙う。

 琥珀の剣が敵の首に届くかと思われたその瞬間、視界の隅に見えていた燐灰が崩れ落ちるのが見えた。

「燐灰!」

「っ……大丈夫……!」

 燐灰は派手に咳き込んだ。口を押さえていた掌に散った赤色を見て琥珀は目を瞠る。

「琥珀!」

 燐灰の異変に気を取られて、敵への注意が逸れた。それを見逃してくれるほど優しい相手ではない。琥珀に向けられた剣を、緑簾が双剣で受け止める。琥珀はその間に体勢を立て直し、緑簾を飛び越えて敵の首に剣を振り下ろす。勝利に浸ることもなく、響く歓声に耳を貸すこともなく、琥珀は返り血で汚れたままの姿で燐灰に駆け寄った。

「あはは……急に来るって聞いてたけど、本当に急に来るんだね、これ……さっきまで全然平気だったのに」

「いいから、喋らないで。すぐに蒼鉛(そうえん)のところに……!」

 琥珀の指示に、天河と緑簾が頷く。二人に支えられるようにして、燐灰が闘技場を出て行く。琥珀は翡翠とともにその背中を見送った。

「……こんなに早く、症状が出るなんて」

「琥珀、とりあえず今は」

 降り注いでくる喝采も、琥珀には何の意味もないことだった。拳を握り締め、琥珀は天を仰ぐ。そこには塔の中から眺めている人間たちの無数の顔が映し出されていた。琥珀はそれを睨めつけてから、舌打ちとともに踵を返した。

 

「燐灰は?」

 汚れた服を着替えることもせず、琥珀は蒼鉛のいる病院へ出向いた。燐灰は真っ白なベッドに寝かされ、点滴を打たれている。

「今回は軽い発作だったからすぐに落ち着いたよ。だけど……」

 蒼鉛が何を言おうとして口をつぐんだのか、琥珀には理解できていた。遺伝子を操作された人間は塔の外では生きられない。たとえ遺伝子操作に失敗し、捨てられた子供であっても。大抵は二十歳になる前に血を吐くようになり、進行すると呼吸ができなくなって死に至る。対処法は塔の中へ行き、その空気を吸うことだけだ。琥珀は右手で自分の左手をきつく握り締めた。

「……私がみんなを塔に連れて行く」

 蒼鉛は眼鏡を外して琥珀を見た。近衛兵の一員であり、医者でもある蒼鉛は琥珀の目的を知っていた。近衛兵のほとんどは遺伝子操作に失敗し捨てられた子供たちだ。玉髄が秘密裏に施設に集め、延命できるよう手を尽くしながら育てていた。その中から琥珀が信頼できる人間を集めて近衛兵を作った。少女たちの刻限は確実に近付いている。助かる方法は、今のところ、勝って塔の人間に受け入れられるしかないのだ。

 ――そこまでしたとして、塔の人間が約束を守るという保証はどこにもないのだけれど。

 

 

「お前いつまで見てんだそんなもん」

 画面を食い入るように眺めていた藍晶に天青は呆れ声で言った。

「と言いつつ天青も気になってんじゃないの? 琥珀ちゃんのこと」

「こんなところで負けるならそれまでってことだろ」

 これまでの悧国の戦績は全てが圧勝の一言であった。それが崩れたのが先程の戦闘。仲間の一人に気を取られて、あと少しで首を取られるところだった。琥珀が初めて見せた隙――今後、それを狙ってくる敵は増えていくだろう。

「琥珀ちゃん、弓矢も使えるんだね」

「敵陣に届けばいいだけなら誰でも出来る」

「矢飛ばすだけで大変だけどね、普通は。それにしても、琥珀ちゃんの軍ってもしかしてほとんど遺伝子操作してる? 緑簾がしてるのは知ってるんだけど」

「少なくとも半分はしてるはずだ。いや、もっと多いかもな」

 玉髄が管理していた施設に誰がいたかまでは天青も把握していない。天青がそこに顔を出すことはほぼなかった。玉髄も運営は部下にほとんど任せていた。一番頻繁に出入りしていたのが琥珀だ。

「近衛兵にそれだけいっぱいいるって結構ヤバいんじゃない? 琥珀ちゃんが一番若いくらいじゃん」

「黙ってても減っていくだろうな」

 王自ら前線に立つという異常とも言える方法を取っているのは、それだけ琥珀に焦りがあるからだ。遺伝子操作された子供は塔の外では二十年ほどしか生きられない。個人差は大きいが、近衛兵の中にいる者はそのほとんどが死期が近付いていると言える年齢だ。

「このまま琥珀ちゃん勝てると思う?」

「さあな。でも勝ったところで無駄だ。塔の連中が律儀に約束を守るとは思えない」

 琥珀もそれに考えが至らないほど愚かではないなはずなのだが。全ての地区の王の首を取ったところで、塔の人間は外の人間を認めたりはしない。塔の外の人間が一つになれば塔の人間たちを脅かせるかもしれないが、それはどだい無理な話だ。

「そういえばこっちにも久しぶりに依頼が来てたよ。受けるかはまだ決めてないけど」

「それを早く言え。どこの連中だ?」

「號国だね。はいこれ資料」

 天青は藍晶が手渡してきた資料に目を通す。霜国は王が空位の状態が続き、その機能はほとんど麻痺している。その中にはいくつもの武装集団が出来上がり、それぞれが他の国の軍の依頼などを受けて活動している。天青たちもそうした武装集団のひとつだった。

「これは断ってもいいと思うよ」

「――受けないわけがないだろう」

先日の悧国との戦闘で號国の二軍は壊滅的な打撃を受けた。これは復讐戦(リベンジマッチ)だ。けれどそれにすら一軍を出すつもりはないらしい。それが普通だ。普通最も強い部隊は温存するものだ。王の首には国そのものがかかっている。常に国を差し出すようなやり方をしているのは琥珀くらいのものだ。

 悧国の人間はこの状況をどう見ているのだろうか。快進撃を続けている間はいい。けれど一度でも負ければ国が終わる戦いを強いられているのだ。若き女王に己の命運が握られている。天青は国にいた頃に顔を合わせていた玉髄の臣下たちの顔を思い出す。

 玉髄は強かった。王同士が直接戦ったなら玉髄が勝つだろうと言われていたほどだ。その玉髄に自ら付き従う人間の中にはその強さに媚び、下卑た表情の上に尊敬の仮面を貼り付けているような者もいた。天青はそんな手合いには嫌悪しか感じていなかった。おそらくは琥珀も同じだ。琥珀は一部の人間以外には決して心を開かなかった。現在の近衛兵の大多数がいた施設に顔を出したときは年相応の無邪気さを見せることもあったが、そうではない人間たちはおそらく琥珀の笑顔を一度も見たことはないだろう。琥珀はある日玉髄に唐突に連れてこられた日から、分厚い殻で自らを守っているような子供だった。

 その殻の下に存在しているものがあまりにまっすぐで脆いことを、天青は知っている。だからこそ號国からの依頼を突き返すようなことはしない。

「こんな早く兄妹対決になるとはね」

「琥珀に引導を渡してやるのは俺だ。お前らには他の連中を任せる」

 いま琥珀の首を取れば悧国そのものも終わり、現在の霜国のような混乱状態に陥るだろう。天青はそれを望んでいた。だから国を出た。そのうち玉髄が何らかの形で死ねば、それだけで国が壊れると思っていたからだ。しかしその予想は覆され、王の養子ではあるが血筋ではない偽王が立つことで国がどうにか維持されてしまっている。それは不本意な結果だった。

 あんな国は滅びてしまえばいい――その言葉を発したことはない。だがそのことについて考えない日はなかった。

 

 

「――クソ兄貴が」

 桃簾からの書類に目を通した琥珀は、それをぐしゃぐしゃと丸めて放り投げた。次は號国との再戦。けれどまだ一軍は顔を見せないらしい。代わりに霜国を拠点にした武装集団を雇ったらしい。要するに傭兵だ。傭兵ごときに用はない。欲しいのは王の首だけだ。霜国の王は空位が続いているから、首を取る必要があるのは號国と梓国の二つだけだ。それなのに肝心のその二つはいつまでも表には出てこない。琥珀が表に出続ける危険を冒してまでそれを誘っているのにも関わらずだ。

 戦いに出れば琥珀の首と共に悧国が手に入る。それは喉から手が出るほど欲しいものではないのか。――要するに二軍や傭兵で仕留められるだろうと、未だに思われているということだ。

 それを嘲笑うように、予想よりも早く天青と戦うことが決まってしまった。恨みつらみを口にすれば夜が明けるくらいにはある。だが、王ではないただの傭兵の天青に用事などなかった。

 けれどこの道の邪魔をするのなら容赦してやるつもりはない。琥珀は執務机を拳で叩いた。

「こんなところで止まってる暇はないんだよ……!」

 近衛兵のほとんどが遺伝子操作を施され、それに失敗したとして塔の人間に捨てられた子供たちだ。幸い症状が出ているのは今のところ燐灰だけだが、年齢を考えれば誰がいつ死んでもおかしくない。塔に行くことさえできれば、それがたとえ一日だけだったとしても年単位での延命が可能であるという研究が出ている。一度でいいから塔の中に入ることができれば、その空気を掠め取って、それを調べれば玉髄が作った施設内などの狭い範囲であれば再現できる可能性もあるという。ただ一度。それさえ叶えられれば琥珀の目的は達成されるのだ。そのあとはこの国がどうなろうと知ったところではない。どうせ琥珀の段階で偽王なのだから他の人間に引き継いだとして困ることはないだろう。

 立ちはだかるものは殺してでも進む。琥珀にとっては相手が誰であってもそれは変わらない決意だ。

 

「――首を洗って待ってろ、クソ兄貴」

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