Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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玉髄を殺した男に向かって放たれた銃弾は、しかし男には届かなかった。男は世界を味方につけて余裕の態度を示す。


不定形

「甘いですねえ。そう簡単に私は殺せませんよ」

 狙いは正しかった。引き金を引いたときに成功したという感覚はあった。けれど男に届く前にその銃弾は水の壁に阻まれてしまったのだ。 Herz-Maschineを自在に使える人間ならばそれくらいの操作はできる。そこに思い至らなかったのは天青の失態だ。

「それに、私を潰すことはおそらく世界が許しませんよ」

「世界に背いててでも、俺はお前を殺す」

「なら、試してみますか? Hertz-Maschineがどちらの味方をするか。結果は見えていると思いますがね」

 王として正しいのがどちらなのかはわかっている。世界のシステムを動かす人間と、ただ私情で動いた人間、選ばれるのかどちらかなんて、火を見るよりも明らかなのだ。

「お前の意志はないのか? だったらお前はHertz-Maschineの奴隷でしかない」

「それが王というものでしょう?」

「少なくとも、お前と琥珀のどっちが王にふさわしいかと聞かれれば、俺は琥珀の方だと答える」

 欺かれていた結果とはいえ、ほとんど孤立無援の中で守るべきもののために自ら剣を取る。安全なところから、世界に守られながら人を欺く人間よりもよほどその下につきたいと思う。

「それで彼女のことを本当に思っているつもりですか?」

 嘲るように男が笑う。そして体勢をゆっくりと整えながら話し始めた。天青が国を離れてからの数年間で起きた出来事を。そしてそれを受けて琥珀が選ぼうとしていた道を。

「そもそもは玉髄が変に遺伝子操作児に同情なんかするからこんなことになったのですがね」

「本当は捨て置かなければならない存在――」

 その理不尽な運命に同情なんてすれば王の役目は務まらない。それなのに保護する施設まで作ってしまった。仕事で忙しいときに琥珀を預けるのにちょうどいい場所にもなっていたようだが、それが琥珀に仲間を作ることにも繋がった。そもそも出会うことすらなければ、彼女たちを守るために琥珀が戦うことすらなかったのは事実かもしれない。

「私としてはちょうどいい展開になりましたけどね。……Hertz-Maschineは使用者の呼吸器に負担をかける。同時にその周りにいる人間にも害になる。特に遺伝子操作児には効果覿面でしょう」

「そんなに殺したいなら、お前がその手でやればよかった。それなのに――」

「Hertz-Maschineに適合するかどうかを試すことを決めたのは彼女自身ですよ」

 望んでいることと真逆の結果を琥珀自身が引き出してしまう現状に、天青は何も言うことができなかった。真実を知ったときにどれだけ傷つき、どれだけ自分を責めてしまうだろうか。だからこそおそらくは琥珀がその道を選ぶように誘導したであろうこの男が許せなかった。

「……よくそんなことを平気な顔で言えるな」

 天青がHertz-Maschineを操作するのと、男が操作するのはほとんど同時だった。雨が降り始めると同時に、その一部が刃となって男を目指す。逃れることはできない全方位からの攻撃。先程のような手段で防ぐのは難しい――はずだった。

「王が姿を見せるのは悪手だと言っているでしょう?」

 男の姿が弾ける。天青の目には男が忽然と姿を消したように見えた。けれどすぐに足元に溜まった水が男の姿を作り出す。水を使った分身――手が込んでいることだ。おそらくずっとその状態で活動していたのだろう。興行主としても生身で動いてはいないのかもしれない。

 自分よりも明らかにHertz-Maschineを使いこなしている。天青も流石に人間と寸分違わない分身を作ることはできなかった。王としての実力に開きがある。けれどそれ以上に、安全圏から攻撃することしかできないこの男に腹が立った。

「――どこまで人を虚仮にすれば気が済むんだ」

「私を本気で殺すつもりなら、せめて同じ土俵に上がっていただかないと」

「同じ土俵?」

「気に入らないんですよねえ、王でもないのにHertz-Maschineを使える人っていうのは。それもあの子が面倒くさがってあなたのデータを消さなかったから使えているわけだし」

 実際本当にただ面倒だったのかはわからない。琥珀には案外そういう一面もあるから、別に消す必要がないと判断したなら、わざわざやる必要はないと言いそうではある。そのおかげで今でもHertz-Maschineを使えるのは事実だ。けれど本体は安全なところにいながら全てを操作しているつもりの人間に、同じ土俵に上がれと言われる筋合いはなかった。

「幸いにも、席は一つ空いているんですよ」

「俺は王になるつもりはない」

「そのようですね。しかしいずれ避けられない運命として、あなたは王にならざるを得ない。王の血筋というものはそういうものです。逃れられはしないのですよ」

 そう言い残し、男は姿を消した。そもそも本体ですらなかったのだから追いかけるのは無駄だ。それよりは本体がどこにいるのかを突き止めた方がいい。

 天青は苛立ちに任せて近くの壁を殴った。その相手は沢山いる。あの男にも、あんな男にあっさり殺された玉髄にも、あの男の言葉を少しでも信じてしまった琥珀にも、そして分身に弄ばれた自分自身にも。灰色のコンクリートの壁は、自分は何も関係がないという顔をして、ただ冷たい硬さを天青の拳に返した。

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