Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
燎原の火
塔から戻ってきてからは、立て続けに戦闘の予定が入っていた。一日だけだったとはいえ塔の中にいた影響なのか、薬を飲まずとも発作が起きることはなく、手の怪我も治りつつあった。体調だけでいえば順調ではあった。けれど解決していないいくつもの問題が心を塞いでいた。
あれから何度も號国との戦闘を望んでいるが、それが興行主側に聞き入れられることはなかった。そちらに敵――號国王が紛れ込んでいるのだから仕方ないとは言える。琥珀が何かに気がついたことは既に察しているのだろう。出てこなければ問い詰めることもできないというのに。
戦闘服に着替える琥珀に話しかける人は誰もいなかった。琥珀の気が立っていることを誰もが察知しているのだろう。漆黒の生地に赤い刺繍がされた、袖口が広がった上着を羽織る。琥珀は肩の飾りから垂れ下がる小さな房を手で弄びながら時間が来るのを待っていた。
今日の相手は霜国を拠点とする集団だと聞いている。霜国には王がいないため、乱立する様々な団体が、自分たちこそが他国に勝利して国を治めるのだと意気込んで戦いを挑んでくる。中には手応えのある人たちもいるが、基本的にはそれほど強くはない。同じ霜国の傭兵集団なら、天青たちの方がよほど強いが、彼らが戦争の舞台に出てくることはほとんどない。記録では號国からの依頼で琥珀たちと戦った一回だけだ。
思えばそれもあの男に仕組まれたことだったのだろう。琥珀と天青のどちらかが死ぬことを狙っていたのか、それとも琥珀がHertz-Maschineを使わざるを得ない状況に追い込みたかったのか。いずれにしても今までは全てあの男の掌の上だったと言わざるを得ない。琥珀は深く溜息を吐いた。
今日はそれとは関係のない、純粋に自分達が成り上がりたいだけの相手との対戦だ。時間をかけずに終わらせる。琥珀は地球儀の頭の興行主に促され、立ち上がった。
やろうと思えば一瞬で勝負はつくだろう。相手を見たときに琥珀が始めに思ったのはそれだった。三十人程の人間がいるというのに隙が多すぎる。その首を落とすまでの道筋が簡単に描けてしまう。けれど弱い相手というのはとんでもない戦い方をすることも多いので油断はできない。違反行為であっても、それで死んだ人の命は帰らない。それで自分が死んでしまえばこの戦いは負けになるのだから。
戦いの始まりの合図が鳴る。どんな攻撃を仕掛けてくるのか。琥珀たちは身構えながらも相手の出方を窺う。
次の瞬間、違和感に気が付いた琥珀は目を瞠った。男たちは統制の取れない動きで琥珀たちに向かってくる。このまま乱戦に持ち込もうとしている相手なら簡単に倒せる。けれど彼らの狙いは別にあることに気がついた。Hertz-Maschineの端末に触れながら琥珀は叫ぶ。
「――みんな逃げて!」
玉髄が話していたのを聞いたことがある。かつての霜国軍が多用していたが、禁止された技。自分自身の体を爆弾にして敵に突っ込む特攻。それはあまりに人道的でないと禁止され、結果的に霜国を王のない国にする一因となった。
悧国軍の陣営に飛び込んでくる前に、Hertz-Maschineの力で向かってくる男たちを吹き飛ばす。直後に刀で空中を薙ぎ払えば、吹き飛んで地面に転がった男たちを嘗めるように炎が広がっていく。これだけで戦闘不能と判断されて戦闘は終わるだろう。しかし琥珀は更に炎の出力を上げた。
「琥珀……」
呆然と呟いた声が誰のものなのかはわからなかった。その後にはどんな言葉が続くのだろう。これまでとは違う戦い方をしたのは事実だ。殺す人間は最小限にとどめてきた。一番上の人間さえ殺してしまえば戦闘は終わるのだから。けれど今の琥珀は向かってきた男たち全ての命を葬り去った。しかもHertz-Maschineを使い、誰一人としてその体に触れることなく。
戦闘終了の合図が鳴っても消えずに広がる炎を琥珀はぼんやりと見つめていた。どうしてそうしたのかと聞かれたら、それが最善だと思ったからだ。全員が自爆技を使おうとしていたのなら、全員を倒さなければこちらに被害が出る。実際に悧国軍には全く被害はなかった。選んだ手段は正しかったはずだ。けれどそのせいで何か大切なものの螺子が外れてしまったような、そんな感覚に襲われていた。
「――消火をしますので、離れてもらえますか」
戦いは終わった。これからは興行主が用意した人たちが戦場の後始末をする。広がる火を消し、その死体を処理する。それが始まる前に戦場を後にするというのが規則だ。
「何のつもりなの」
しかし琥珀はその場から動かずに、興行主の男――時計男に尋ねる。
「こちらはただこの戦闘の組み合わせを決めただけですよ。自爆技を使うかどうかなんて私たちが知るはずもない」
仕組まれたという証拠はない。けれどおかしなところはあった。あの男たちの中には作戦を指揮しているように見える人はいなかった。ただ闇雲に全員が向かってきたのだ。戦いに慣れておらず、そういう無鉄砲なやり方をする人たちも確かにいる。けれど今回の相手は勝利を収めて王位をものにしようとする人たちだったはずだ。自爆技で勝ったとしても誰も生き残らないのなら何の意味もない。誰か他に指示していた人間がいるような、そんな気がしていた。
「どちらにしろ彼らは戦いの規律を乱した。けれど死んでしまっているのでそれを裁くことも出来ませんね」
「……誰かがあの人たちに自爆技を使うように支持してたのなら、私はその人を許さない」
「今更正義面ですか? もう何人も殺しておいて」
琥珀は拳を握り締めた。正義面などするつもりはない。彼らが普通に勝負を挑んできたとしても、おそらくその中の一人は確実に自分の手で殺しただろう。許せなかったのは、誰かの支持した自爆技が、もしかしたら仲間たちの命を奪ったかもしれないからだ。
「――でも王としてのあなたは正しいことをした。Hertz-Maschineも喜びますよ」
「機械に喜ばれても何も嬉しくはない」
琥珀は時計男に背を向けた。この男が先程の戦闘を仕掛けたという証拠はない。ここで言葉を交わしていても追い詰められはしないだろう。けれど琥珀の背中に投げかけられた男の言葉に、琥珀は思わず足を止めた。
「けれどあなたには王になる素質がある。才能と言ってもいいかもしれませんね。――これからの戦いにも期待していますよ」
琥珀は含みのあるその言葉の意味を完全に理解することはできなかった。けれど自分の中にある、自分ではどうしようもない何かの存在を、確かに感じ始めていた。