Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「琥珀、入るよ?」
「一応できる限り頑張ったんだけど、これ以上やると生地の方が傷んじゃうんだよね」
鉛華は白い布の上にその中身を広げ始める。そこには琥珀が普段戦闘のときに着ている衣装が数着あった。戦闘のときにどうしても汚れてしまうので、終わるとすぐに洗ってもらっているのだが、その担当が鉛華だった。
「この辺はどうやっても無理だから刺繍増やしてみたんだけどどう思う?」
「いいんじゃない? かっこいい」
「そう? よかった」
鉛華の仕事は衣装を洗うだけではなく、そのデザインを決めて、それぞれのサイズに合わせて作るところまで含まれている。それでいて戦闘にも出ることがあるので、流石に激務だと思うが、鉛華曰く衣装関連の方はどちらかというと趣味らしい。琥珀も鉛華の作る服がなければ黒い服ばかり着てしまうので、鉛華の作る彩りを密かに楽しみにしているところはある。
「でもよくここまで落ちるね」
「そう思ってるならあんまり汚さないでほしいなぁ」
「それはまあ……ごめん」
「うそうそ、冗談だよ」
どうしても戦闘の後の衣装は血塗れになる。血液は落としにくい汚れの一つなので、必然的に鉛華の仕事は増えてしまう。とはいえ汚さないように戦うのも難しい。
「私は私の服着て戦う琥珀を見るのが好きだし。できることなら何でもするから」
実際に武器を仕込む場所を服に作ってもらうこともあった。そしてそれを着るだけで気持ちが引き締まる。戦うのに服なんて必要ないだろうという人もいるかもしれないが、琥珀にとっては重要だった。
「――あのね、琥珀に聞きたいことがあるんだけど」
鉛華が真剣な顔で切り出す。大事な話なのだろう。琥珀は鉛華にしっかりと目を合わせた。
「私の勘違いならごめんなんだけど……もしかして、琥珀も燐灰みたいに発作が出てるんじゃないの?」
琥珀は答えに窮した。燐灰にはもう知られている。けれど彼女はそれを人に言って回るような人ではない。それならどうして鉛華は気が付いたのか。
けれど真っ直ぐに聞かれてしまった以上、嘘をつくことはできなかった。
「……そうだよ。最近は調子いいけど」
一日だけ塔の中にいただけでもそれなりに効果はあったらしく、戻ってきてからは一度も発作が出ていない。明らかに泣きそうな顔になる鉛華に、琥珀は静かに微笑みかけた。
「でも、よくわかったね」
「私、ずっと血の汚れを落としてるんだから……そりゃあわかるよ」
「そうか……確かにそれはそうかも。でもどうしてみんなには隠してるの? そもそも私、琥珀は遺伝子操作されてないと思ってたし」
「私も知らなかったんだよ、それに関しては」
琥珀自身も発作が出るようになってからようやく知ったことだ。違法に遺伝子操作が行われた場合、遺伝子操作児につけられるコードは発行されない。見た目は変わらないから気がつくこともないのだ。
「――他の人には言わないで」
「でも、琥珀……私たちは」
「わかってる。……でもそれが私たち以外の人間に知られてしまったら、多分私は王ではいられなくなる」
王でいることに拘っているわけではない。けれど、自分が王でなくなったときに、今の近衛兵の後ろ盾がなくなるのは事実だ。しかも、既に一番知られてはならない人間にその事実を知られてしまっている。
「必ずみんなを塔に連れて行くから、それまでは――お願い」
鉛華は迷っていたようだが、やがて静かに頷いた。
「わかった。でももししんどくなったりしたら言ってね。とはいえ蒼鉛みたいにお医者さんでもないからできることはそんなにないけど」
「そんなことないよ。鉛華の仕事にはいつも助けられてる」
「それならいいんだけど。あともうひとつ聞いてもいい?」
琥珀は頷く。聞かれることは何となく予想がついた。この前の戦闘のこと。そのことについて聞きたいと思いながらも触れられないと思っている人は多いだろう。
「この前の戦闘のときのこと、ちゃんと聞いてみたいと思ったんだけど……でもこんなざっくり聞かれても困るよね?」
どこから言えばいいのかわからなくなるような聞き方だ。けれど琥珀が答えられることは少ない。だからどんな質問が来てもあまり変わりはしないのだ。
「……あんまり覚えてないんだよね」
「気が付いたら終わってた感じ?」
「自爆技に気が付いたところまでは思い出せるんだけど、そこからは何も」
何故そんなことをしたのかと言われても、覚えていないから答えられない。そのときの自分自身は妙に冷静だった気もするのに、思い出そうとしてもその時の自分があやふやになっている。自分でも分からない何かに突き動かされているようだった。
「うーん、覚えてないなら仕方ないよね」
「――鉛華は、どう思ったの?」
鉛華の質問よりもさらに曖昧なことを聞いてしまう。けれど琥珀はどうしても聞きたかった。誰にどう思われても構わない。勝てるならそれでいいと思っていた。けれど、仲間が何を思っているのかは気になってしまうのだ。
「……いつもの琥珀とは違うな、とは思ったかな」
「いつもの私……」
「琥珀はなんだかんだですごく優しい子だと思ってるよ。きっとみんなも同じように思ってる。だから少し驚いたかな」
それなら――もし、あちらの方が本質だったとしたらどうなのだろうか。
そのことを聞くことはできなかった。鉛華の携帯端末に誰かからの連絡が入ったからだ。
「緑簾が訓練中に服破けちゃったって」
「それ、今月に入って三回目くらいじゃない?」
「緑簾のだけ生地変えようかな、今度」
「そうした方がいいかも。その方が動きやすいだろうし」
緑簾のところへ向かった鉛華を送り出した後で、琥珀は洗い上がった衣装を手に寝台に横になった。血の汚れは綺麗に消えているし、消えなかったところは刺繍などでうまく誤魔化されている。言わなければそれが一度血で真っ赤に染まった服だとは誰も思わないだろう。けれどそれを抱きしめて顔を近付けると、洗剤や柔軟剤の柔らかな香りに混じって、本当に微かに血の匂いがするような気がした。