Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「――悪いんでしょ、結構」
どう切り出そうかと迷っている様子の蒼鉛に、燐灰は笑いながら言った。自分の体のことは自分が一番理解している。時間が自分の命を刻一刻と削っていく。その自覚はあった。
「燐灰……」
「いやさすがにわかるって。薬飲む量も回数も増えてきちゃったし、もう息しててもたまにつらいわ、みたいな?」
軽口を叩く燐灰とは対照的に、蒼鉛の表情は暗かった。
「正直に言うと、数値はかなり悪いね」
「どんくらい?」
「このままだと、保ってあと二月――」
医者は余命を少し短く伝えることもあるらしいが、蒼鉛は正直に言った。燐灰は二月、と蒼鉛の言葉を繰り返す。
「ねえ、蒼鉛」
「何?」
「別に死ぬのは怖くないんだよ。もう発作の度に今死ぬんじゃないのかって思って、でも死なんのかい、みたいになって……覚悟みたいなのはできた気がするし」
最初からこうなることはわかっていたし、と燐灰は笑う。蒼鉛はその言葉を聞きながら更に顔を曇らせた。
「でも……みんなに言うのはもう少し待ってほしい。特に琥珀には」
「どうして?」
「私がもうすぐ死ぬってわかったら、絶対無理するでしょ」
雑魚相手の戦いが多かったとはいえ、連戦を繰り広げている最中だ。流石に表情にも疲れが滲んできているのを燐灰は知っていた。それでも燐灰の命が尽きようとしていることを知ったら、燐灰だけでも塔につれていくために戦うだろう。
「もう十分すぎるくらい頑張ってんだからさ。本当はあんなに戦う必要もないのに、うちらを塔に連れてくためにってやってるんだから――だから」
「わかった。もう少しみんなには黙っておく。でもいずれは――」
「うん。心の準備ができるくらいには言わないとね」
運命を変えるために戦った。けれど間に合わないことだってある。それを受け入れられるくらい前には言わなければならない。けれどそのときに琥珀はどんな顔をするのだろうかと考えると、なかなか踏ん切りがつかなかった。
「でもさ、たまたま私が最初かもしれないだけで、みんなこうなる可能性はあるんだよね」
「そうならないように頑張ってるんだよ、今。燐灰だって間に合うかもしれないし」
「うん、間に合うといいな。……だって」
間に合わなかったと知ったとき、一番傷つくのが誰なのか、誰もが知っているのだ。
*
蒼鉛がどこかしらから手に入れたという発作を抑える薬には助けられている。これがあればひとまずは普通に生活を送ることができる。けれど発作が酷くなり、回数が増えるとそれも追いつかなくなってきた。口を押さえた手が赤に染まっている。燐灰はその血を綺麗に拭いてから、薬を一錠飲んで寝台に潜り込んだ。今日は何も予定がない日だ。少しでもその日を遠ざける為にも体は休めておきたい。
薬が効き始め、呼吸が落ち着いてきたところで、部屋のドアが控えめにノックされた。燐灰は寝台から出てドアを開ける。
「どうしたの、琥珀?」
「何となく、話がしたくて」
戦闘用の服ではなく、ラフな私服姿で燐灰の部屋を訪れた琥珀を中に通す。何か飲み物でも出そうかと思って棚を見てみると、お茶の類は切らしていて、インスタントコーヒーしかなかった。
「コーヒーしかないけどいい?」
「砂糖ある?」
「ないね」
「じゃあ別にいいや」
「ブラック飲めないの、本当にお子ちゃまだよね」
「コーヒー飲めなくても困らないし」
からかうと明らかに唇を尖らせるあたりも子供っぽい。年相応かそれよりも幼く見える表情に燐灰はどこか安堵していた。
「で、話って何?」
「……違ったらごめんなんだけど」
「うん」
「もしかして体の方、すごく悪くなってるんじゃないかと思って」
最初は蒼鉛に聞いたものの、蒼鉛は守秘義務があるので答えられない、と言ったらしい。蒼鉛は燐灰との約束をしっかり守っているようだ。とはいえ本人に直接詰め寄られたら誤魔化すのも難しい。
「何でわかるのかな……」
「何となくそんな気がしただけ」
「保って二ヶ月だって。自分でもそんな気はしてたけど」
琥珀の表情が曇る。そんな顔をさせたいわけではない。できれば最後まで笑って、少し買い物にでも出かけるような感じで別れを告げたかったのに。
「そんな顔しないでよ、琥珀。もう覚悟はできてるから」
「……もし、燐灰が私の代わりに塔に行っていたら、もう少しなんとかなったかもしれない」
少し前、琥珀は〈砂漠の薔薇〉に礼を兼ねた誘拐をされ、一日だけ塔の中に滞在した。けれど他の人は知らないだけで、琥珀も既に発作が出ているのだ。行くべき人間だったのは琥珀も同じだ。
「向こうに行ってからそんなに調子いいの?」
「発作は一回も出てない。一日でそれだけ効果があった。だから――」
「そっか。じゃあ……二ヶ月の間に塔に行ければ私もみんなも助かるってわけだ。だって一日でそんくらい効果があるってことは明日にも死にそうな時に行っても何とかなるってことじゃない?」
「そうかもしれないけど」
「だったら絶望してる暇はないよ。まだ二ヶ月もあるんだよ?」
どこか自分に言い聞かせるように燐灰は言っていた。絶望するにはまだ早い。諦めなければ奇跡も起きるかもしれない。だから大丈夫だ、と。
「……燐灰」
琥珀が燐灰をそっと抱きしめる。華奢な手で頭を撫でられて、燐灰は初めて自分が涙を流していることを知った。
「おかしいなぁ……泣くつもりなんてなかったんだよ。だってまだ二ヶ月あるんだよ。諦めなかったら、何とかなるかもしれないのに」
「……諦めないで。私が、絶対に助けるから」
琥珀の低い声が、重く響く。絶対なんてない。自分たちは1%にも満たない希望に縋っているだけ。それは互いに理解しているのだろう。そんなに頑張らなくていい。もう十分だよ――そう言いたいのに、燐灰の口からはどんな言葉も出てこなかった。