Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「Hertz-Maschineに登録されている情報をもとに彼女の遺伝情報を調べてみたんですよ。そうしたら面白いことがわかりまして」
「お前の面白いことはどうせ碌でもないことだろう」
「相変わらず手厳しいですね、梓国王」
「今はその名前で呼ぶな」
梓国王と呼ばれた女は、光を織ったような長い金髪を掻き上げる。滅多に姿を見せず、女王であることさえ知られていない梓国王だが、塔の一角にあるこの「GARNET MOON」というバーには正体を隠してよく現れる。
「それでは何とお呼びすれば?」
「……マルガリータとでも呼べ」
「それ今飲んでるカクテルの名前じゃないですか」
「文句があるなら帰れ。私の時間を邪魔するな」
刺々しい態度だけなら悧国王の琥珀にも匹敵する。しかも梓国王の場合はこれで決して怒っているわけでも不機嫌なわけでもないのだ。
「今日のお前はどっちなんだ? 興行主かそれとも王か?」
「どちらかというと後者ですかね。でも私もここではあなたに倣って別の名を名乗るとしましょう。――サラトガ・クーラーを」
「ノンアルコールじゃないか。何しに来たんだ」
「少しばかり面白い話をね。下で会うことはないんですから」
「――私としてはいつお前を殺してもいいんだが」
「もう少し協力関係でいましょう。我々の最大の使命はこのシステムを運用していくことだ」
「ところでお前、こんな暗いところでサングラスをする意味はあるのか?」
男は微笑む。梓国王は塔の中では別人として振る舞い、顔を晒すことも多いが、男は塔の中でも顔を隠していることが多かった。いつ誰が自分の正体を見破るかわからないのだ。用心に越したことはない。
「それで、お前の言う面白い話とは?」
「彼女がHertz-Maschineを動かせた理由を考えていたんですよ。間違いなく王の誰とも血は繋がっていない。その上遺伝子操作をされているので、王の血筋ではあり得ないのに何故なのかと思いまして。その理由がわかったんですよ」
「それはつまり王の共通点でもあると言えるわけだな」
「そういうことになりますね。我々の遺伝子にも同じものが……一部分だけ全く同じ配列があるんです。言ってしまえば『殺人遺伝子』のようなものです」
「なるほど。それは確かに我々にふさわしいのかもしれない」
王の役割はできるだけ多くの人間を殺すことと言い換えることができる。そのために必要な残酷さや凶暴性は最初から血の中に刻まれているのだ。
「しかし、遺伝子操作児ならそんな因子は真っ先に取り除きそうなものだが」
「逆にこうは考えられませんか? 普通の子供だったのに、わざとそういう因子を組み込まれた――とか」
「一理あるな。だが何のためにそんなことをする?」
「さぁ……私にはわかりかねますが、例えば塔の現状に何らかの不満を持つものが、武器として子供を作ったとか。しかしそれをHertz-Maschineが許すはずもない」
「……神隠しか。確かに玉髄が彼女を拾ったのは十五年前だったと言っていたな」
「下にいれば二十年は生きられない。でも、こちらの世界で普通に生きるには不必要とされた因子は、王になるためには必要なものだった」
梓国王は鼻を鳴らす。単なる偶然とはいえ、システムが機能した結果が現状なのだ。
「玉髄もたまたま拾ってしまったあたり運がいいのか悪いのか――。まあ死んだ人間に何を言っても仕方ないか。それにしても、お前は彼女が王になるのは気に入らないと言っていた気がするが」
「王に相応しい人物なら話は別ですよ。最近の彼女は見ていて実に面白い。戦いを重ねることでこれまで眠っていたものが目醒めたのでしょうかね。Hertz-Maschineの影響も大いにあるでしょうが」
「私は部下に結構強い薬を持たせてやったのに彼女にしてやられたんだが」
男は笑みを浮かべた。強い薬を打たれて幻覚を見せられていたのに、自分の手を突き刺してまで現実に戻ることを選んだ少女。仲間を助けたいと思う優しさと、隠し持った苛烈さ。彼女の本質は一体どちらにあるのだろうか。
「彼女はいずれ良き王になる素質を持っている。暫くはそれを見守るのも悪くはないかと思います」
「……もうひとりの方はどうするんだ?」
「どうしましょうかねぇ。でも今の霜国の状況を見る限り、そろそろHertz-Maschineが動き出してもおかしくはないとは思いますが」
「王になりたくなくて国を出たんだろう? 大丈夫なのか?」
「逃れられませんよ。我々が負っている役目からは。彼だって王の血を持つ人間です。――すみません、同じものをもう一杯」
男がバーテンに向かって声をかけると、一分もしないうちにグラスの縁にライムの飾られた薄い琥珀色のカクテルが男の前に置かれる。
「逃れられない、か。だが一体いつになったら本当の選別が始まるんだ?」
「全てはHertz-Maschineの御心のまま、ですよ」
「機械に心はないだろう。それとも『脳と手の媒介者は、心でなくてはならない』とでも言うつもりか?」
「Hertz-Maschineだけに、ですか。そんなSF映画のヒロインのようなことは言いませんよ」
梓国王はカクテルを飲み干すと、ご馳走様、とだけ言って店を出て行った。代金は自動的に引き落とされるシステムの店だ。一人残された男は、グラスの中の琥珀色を暫く堪能してから、ゆっくりとそれを飲み干した。