Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「私もこうなることは予想できなかったんですよ」
「……あんなめちゃくちゃな戦闘を続けさせておいてよく言う」
Hertz-Maschineが鎮座する部屋の中で、顔を隠した號国王と天青は向かい合っていた。通常の戦闘の後に発生した悧国王に対するクーデター。それは琥珀と近衛兵たちが相手を倒すことで失敗に終わったが、同時に琥珀がHertz-Maschineを暴走させるという事態を引き起こした。そのあと琥珀は怪我と毒の影響を取り除くために入院させられているという。それでも意識ははっきりしており、命に別状はないらしい。
「ただでさえ最近使いすぎて、その影響が出ていた」
「ええ、わかっていますよ。ですがあれを使うかどうかは自己責任ですから」
使ったのは琥珀の意志だ。だが、この男が誘発したと言えなくもない。この男は琥珀の目的も、置かれた状況も全て知っていながら、それを邪魔しているのだ。いつまでも目的に近付けない焦燥が琥珀にHertz-Maschineを使わせている。
「私としては、あなたの選択の方が不思議ですけどね」
「……いずれ王になるのは避けられないと言ってなかったか?」
「ええ、言いましたよ。けれどそれは悧国王になるという意味だったのですが」
王が身につけているHertz-Maschineの端末を壊すためには、別の王がその情報を抹消して、そのあとに物理的に壊すしかない。あのとき、號国王も梓国王も動かない状況で、暴走したHertz-Maschineを止めるにはそれしか方法がなかったのだ。おそらく號国王はいずれその状況に陥るということがわかっていたのだろう。そしてそのときには天青が王になることを選ぶだろうということも。
選択肢は二つだった。天青の情報は元々悧国王の後継として登録されていた。それを利用して琥珀を王から退かせ、天青が悧国王になるというのが想定されていた方法。しかし天青は新たに情報を登録し、空座となっていた霜国王の椅子に座ることを選んだのだ。
「一度出た国に戻るつもりはない。それに、琥珀を支持してる人も多い」
「でも彼女はもうHertz-Maschineを使えませんよ。まあ再登録に成功すれば話は別ですが」
「……わかってるだろ。二回目もおそらく成功する」
Hertz-Maschineを使いすぎたとき、稀に使用者の精神がHertz-Maschineの意志に汚染されることがある。おそらくは自爆技を使おうとした霜国の戦闘集団を倒したあたりからそれが起きていたのだろう。そしてその汚染は、Hertz-Maschineが認めた人間にしか起こらない現象だ。琥珀にはそれだけの才能があったのだ。――人を殺す才能が。
「それに国を運営するだけなら別にHertz-Maschineは必要ない。俺はもう霜国王だから悧国王を兼任することもできない」
霜国王を選んだのはそれも理由の一つだった。天青が霜国王になってしまえば、悧国王にはできなくなる。天青を支持する層は黙らざるを得なくなるだろう。
「なるほど、妹想いの兄ということですか」
號国王は笑いながら天青に近付いてくる。手に持っているステッキが床に当たる硬い音が響いた。
「ですが、彼女がまだ悧国王であり続け、あなたが霜国王である以上、いずれは戦う運命にある」
「……それはわかっている」
そのときは前のように引き分けを狙うという手は使えないだろう。どちらかがどちらかの命を奪うまでの殺し合い。けれどその道を選ぶことでしか、あのときの琥珀を救う方法はなかったのだ。
「――話は変わるが」
天青は刀を抜き、その切っ先を號国王に突きつける。どうせ今の姿も本体ではないだろう。だからこれはただの脅しだ。
「これで同じ土俵に上がったことになるが」
「そのようですね」
號国王がステッキを操作すると、細い刃が現れた。仕込み杖だったようだ。けれどそれも所詮は脅しに過ぎないだろう。
「俺はお前を決して赦さない」
「いいでしょう。いずれ――我々が戦うことがあれば、そのときに」
そう言い残して號国王は姿を消した。一人残された天青は、目の前に聳えるHertz-Maschineを睨みつける。
「――俺は、お前のことも赦すつもりはない」
王の役割がどれほど重要なのかはわからない。だが、Hertz-Maschineがこの世界にしようとしていること、そして琥珀にしたことを考えると、決して赦すことはできないと思った。
號国王やHertz-Maschineにはわからないことがある。あのとき、意識を失う寸前の琥珀が天青に言ったのは、恨み言でも現状を嘆く言葉でもなかった。自分の方が死にかけているのに、意識を手放すその瞬間まで、琥珀は仲間のことを考えていたのだ。
Hertz-Maschineは沈黙を続けている。天青が溜息と共に踵を返すと、部屋のドアが開いた。部屋に入ってきた人物を見て天青は目を瞠った。
「……まだ動ける状態じゃないだろ。何でこんなところに来てるんだ」
「あんたには関係ない」
命に別状はないとは言われていたが、出血量も多く、毒の影響も簡単に消えるものではなかったはずだ。それなのにたった一人でここまで来てしまうとは。
「今の状態でHertz-Maschineが使えるわけないだろ」
「――だったら」
琥珀は目にも止まらぬ速さで刀を抜き、天青の首筋に突きつける。少しでも身じろぎをすれば皮膚が切れるほどの距離だ。
「ここであんたを殺したら、何か変わるの?」
「琥珀……」
「もう時間がないの。邪魔しないで」
「時間がないのはわかってる。でもこんなことを続けてたらお前もお前の仲間も潰れることになる」
「このまま何もしなくてもみんな死ぬんだよ……っ!」
それなら少しでも運命を変えられる方を選ぶと琥珀は言う。けれどそのためにHertz-Maschineの力を使うことがどういうことなのか、琥珀は本当にわかっているのだろうか。
「――琥珀」
刀を突きつける、震える琥珀の手を天青は優しく掴む。その想いの深さは痛いほど伝わってくる。自分のことよりも、自分の命よりも、大切なのは仲間の命の方なのだ。それでも――。
「俺は、お前にも死んでほしくはない」
「っ……!」
「今の状態で使い続ければ、この前のようなことがまた起きる可能性もある」
今伝えてしまえば、傷つけることになるだろう。けれど真実を伝えなければ琥珀を止めることもまたできない。王の本当の役割とはなんなのか。Hertz-Maschineは何を望んでいるのか。
「――塔の外の四つの国の王は、塔外の人間を皆殺しにするためのシステムなんだ」
琥珀の目が驚愕に彩られる。それが王だけが知っているこの世界の真実だ。
「それを仕切っているのがHertz-Maschineだ。Hertz-Maschineは基準に適合した人間だけを塔に集め、そうでない人間を排除しようとしている。塔の外にいる人間をそれとは気付かれないように効率的に排除するために、王がその役目を担っている」
「それじゃあ……塔の外にいるってだけで、もう生きる資格はないってこと……?」
「少なくともHertz-Maschineにとってはそうだ。繰り返されている戦争も、その中で多くの人間が死ぬように画策されている」
琥珀は近衛兵を守ろうとはしていたが、そのために他の人間の命をたくさん奪っていた。Hertz-Maschineが琥珀の意識に介入していたのは、それをさらに加速させるためだったのだろう。実際琥珀の手によって、この数週間だけで百人以上が殺されているだろう。
「それじゃあ、戦争に勝ったら塔に行けるって話は――」
「そんなの大嘘だろうな。塔外の人間をわざわざ塔に入れて生かそうとするとは思えない」
「……じゃあ私は今まで……何のために」
琥珀がその場に膝をつく。琥珀の夢は叶わないことを天青は最初から知っていた。だからこそそれを真正面から突きつけることはできなかったのだ。天から垂らされた一本の蜘蛛の糸を登っていたつもりが、その先にも地獄しかないのだと告げることはできなかった。
「失敗作には、生きる資格もないの……?」
か細い声は震えていた。琥珀にとっての大切なものはどうやっても助けることはできない。それはこの世界がそういう風にできているからだ。
「……琥珀」
「それを決めたのがあの機械だって言うなら……どうしてみんなそれに従ってるの……!」
それは涙に濡れながらも、強い怒りを含んだ言葉だった。逆らえないと誰もが無意識に刷り込まれている機械に対する憎悪の言葉。
「それなら……全部、壊してしまえば……!」
琥珀が刀を強く握る。ゆらりと立ち上がった琥珀は天青の横をすり抜けて、真っ直ぐにHertz-Maschineを目指していた。けれどHertz-Maschineも殺気を漲らせている人間を黙って近づけるほど甘くはない。
「琥珀……!」
轟音が響き、紫電が琥珀の体を貫く。その場に倒れ込んだ琥珀に駆け寄った天青は、地面に投げ出された琥珀の左手首を見て目を瞠った。確かに破壊したはずのHertz-Maschineの端末がしっかりと輝いていた。しかもHertz-Maschineを破壊しようとする琥珀の行動を戒めるように、前のものとは違い、螺旋状になって二本の線を描いている。
「琥珀! しっかりしろ、琥珀……!」
琥珀がうっすらと目を開ける。そして自分の左手首を見て、溜息まじりの笑みをこぼした。
「……壊そうとするのも無駄ってことか……それなら、どうすれば……」
諦めてしまえば苦しまずに済むのかもしれない。運命を呪うだけで、それに抗わなければ傷つくこともないのだろう。それでも琥珀の目は光を見失わない。
「っ……!」
琥珀が刺された場所を押さえて蹲る。元々動ける状態ではなかったのにここまで来てしまったのだ。琥珀は荒い呼吸を紡ぎながら目を閉じた。