Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
塔の一階部分のことはG階と表記されることが多い。G階、つまりground floor――英国での言い回しらしいが、要するに彼らにとってはそこが地面だということだ。塔外の人間からしてみればそこは天の上だ。戦場と呼ばれている闘技場がある場所の更に下に、普段塔外の人間が暮らす四つの国があるのだ。塔のG階は居住区ではなく、さまざまな公共の設備と、塔外の戦争を見下ろすための観客席がある。そこは戦闘が行われる度に開かれ、普段は無機質な天井になっているものが透明な板に変わる。直接繋がっているわけではないが、そのときは塔の人間と塔外の人間が顔を合わせることができる。塔の人間から見れば、ここはさながら地下闘技場で、ここで起きる戦いは現実のものではあるのに、単なる娯楽として消費されていく。そこにあるのは本物の人間の命であるはずなのに、観客はできるだけ派手で多くの人間が死んでいくような闘いを望んでいる。そんな観客たちからは、最近の悧国王の戦いは大人気らしく、琥珀が出ない日は不満の声が出ることもあるらしい。いくら琥珀に人気が出ようとも琥珀も塔の外の人間であることには変わりなく、結局は消費されていくだけの安い命なのだ。そこにどんな想いがあるかなど、観客たちには何も関係がない。
できればこんな無駄な戦いは避けたいところだが、王になってしまった以上、その国の人間を出さないというわけにはいかない。興行主の決めた初陣の相手は梓国軍。號国に雇われて出たこともあるというのが評価され、その対戦カードとなったらしい。
「やだなぁ……梓国軍が最初とか……」
藍晶がぼやく。梓国軍といえば幻術を使うことで有名だ。あらかじめその薬品を吸わないように対策をすることもできるが、以前の悧国との対戦のときのように、直接薬を打つ戦法を取られてしまうと意味がない。長引かせずに戦闘を終わらせるのが最善策ということになる。
「梓国軍が嫌なら、どこならいいんだ?」
「全部嫌かな」
「正直だな」
幻術のような方法をとってこないという意味では號国も悧国もいいのかもしれないが、飛び道具を多用する號国と近接戦闘を主とする天青たちの相性はいいとは言えないし、何だかんだで一番スタンダードな戦闘をする悧国軍は、他国に比べて近衛兵の士気が高すぎる。相手にしたい国は一つもない。
「まあでもどうせ王様は出てこないんだよね」
「そうだと思うけどな」
自分が死ねば国が終わるとわかっているのに、わざわざ前線に出る王はいない。琥珀にはそう言いながらも天青は今、王として戦場に立とうとしていた。そもそも自分の都合に巻き込んでしまった以上、自分が引っ込んでいるのはおかしいと思ったからだ。
命を賭けた戦いの前とは思えない和やかな雰囲気が辺りには満ちている。そもそもほぼ無法地帯だった霜国にいたのだ。毎日が戦いだった。それに比べれば、ルールが決められた戦いはまだ安心できるのかもしれない。
*
金木犀を思わせる甘い香り。この香りがわかるのは戦場に立っている人間だけだ。観客には何も通じない。梓国の戦い方が観客側からはあまり人気がないのは、敵がかかる幻術を観客は見ることができないからだ。それでも幻術を多用するのは、梓国王がそれだけ自国民の戦いを有利に進めようと考えているからだ。だが自分は前線に出ない狡さもある。深く息を吸い込めば頭の芯が眩むような中で、それぞれが臨戦態勢に入る。
見極めなければならないのは、誰が将であるかだ。必ず誰が将なのかわかるように、腕に赤い紐を巻いている。けれど大抵は目立たない場所に隠れているものだ。何よりも予想よりも強い幻術が思考を邪魔する。
観客は派手な戦いを望んでいる。向こうがこちらにあり得ない幸福の景色を見せて溺れさせようというのなら、こちらもあり得ない景色を見せればいい。天青は左耳のHertz-Maschineの端末に触れた。その途端に、人工的な光に照らされていた闘技場が夜のように暗くなる。明るい中で赤い紐を見つけるのは困難だが、蓄光する染料で染められているため、暗闇に沈んで数分が一番見つけやすくなる。これは以前に青虎が考えていた作戦だ。そもそも暗い場所での戦いの方が全員慣れている。
急に訪れた暗闇に相手が戸惑う中で前衛が突入する。相手が動揺している間にできるだけ無力化しながら、狙うべき場所を探る。隠れていても、人間が全く動かないというのは基本的に不可能だ。微かに光る赤色が揺れた瞬間に、天青は次の攻撃を繰り出した。闇に紛れる漆黒の獣を召喚し、それを一斉に赤い光の元へ向かわせた。
断末魔が聞こえる。
遅れて戦闘終了の合図が聞こえ、天青は息を吐きながらHertz-Maschineの攻撃を解除した。明るい景色が戻ってくる中で、天青たちは喜びに声を上げることもなくその場を後にした。
*
「好評らしいよ、この前の」
「……あいつらを喜ばせるためにやってるんじゃないんだけどな」
霜国王としての初陣が終わって一週間。攻撃力がさほど高くない割に派手だった戦闘は、塔の観客たちには好評だったらしい。評判は聞かないようにしているが、いやでも耳に入ってくる。
「で、巷では悧国との再戦の希望が多いらしいけど」
「対戦相手を決めるのは興行主だろう。俺たちにはどうにもできないことだ」
「まあでも観客の希望は無視できないんじゃない? 何しろ観客はコレ持ってるから」
青虎は親指と人差し指で円を作る。つまりは金だ。金がなければ運営もできない。観客の希望にはある程度答えていかなければ、興行主としてはその金が得られないということだろう。
「この調子だと、当たるのもそう遠くはないと思うけど」
どうするの? と目で問われる。どうするもこうするも、基本的に興行主の決めた対戦を断ることはできない。そして以前のように互いに引き分けを狙う戦いも今度は難しいだろう。そんな戦いを望まれてはいない。見たいと思われているのは本当に命をかけた殺し合いなのだ。
「――自分で戦わない奴らは、勝手なことばかり言うな」
思わず溢した言葉は本音だった。命をかけているのは、苦しんでいるのはこちらなのに、安全な地上から見下ろす人間たちは、まるで商品についてのようにああだこうだと好き勝手なことを言う。
仮に悧国と当たることがあれば、そのときは流石に無傷で帰れるようなことはないだろう。どちらかの命が失われることを観客は望んでいる。そこにどんな切実な思いがあるかなど、知るつもりもないのだろう。