Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
その日は戦闘の予定もなく、他の仕事も思いの外早く終わったので、琥珀は基地の裏手にある施設に向かった。そこは玉髄が建てた遺伝子操作児を集めた施設で、近衛兵の全員がこの施設の出身だ。そして琥珀も忙しい玉髄が託児所代わりに使っていたがために、在籍はしていなかったのに長い時間をここで過ごした。
この施設にいられるのは悧国での基本教育が終わる十八歳までだ。近衛兵はほとんどが十八歳を超えているので、玉髄が生きているうちに施設を出ることになった。琥珀が王になったときはまだ所属していた数人も、近衛兵に任命されると同時にここを出て基地の中の居住区に住んでいる。
基本的に門はしっかり施錠されているので、琥珀は柵越しに中を覗き込んだ。子供たちがぐるぐると走り回ったり、遊具で遊んだりしている。血生臭い琥珀の日常とはかけ離れているようで、実はすごく近くにある光景だ。無邪気に遊んでいるように見える子供たちも、やがて琥珀たちと同じ運命を辿る。ここにいる子供たちの中で、二十歳を超えても生きられる人間はほとんどいないのだ。
暫く中の様子を眺めていると、子供たちと一緒に遊んでいたふくよかな女性が琥珀に気がついて駆け寄ってきた。彼女はこの施設の施設長だ。琥珀や近衛兵たちのこともよく知っている。
「そんなこっそり見てないで、中入って」
「あ、でも……本当に暇だから見にきただけで」
「暇ってことは平和な証拠ね。いいことだわ」
施設長に言われるがまま、琥珀は施設の中にひさしぶりに足を踏み入れた。数人は初めて見る顔ぶれだが、大体は顔くらいは見たことがある。遊んでいた子供たちは琥珀に気がつくと、元気に挨拶をしてきた。子供とは現金なもので、挨拶をしたらすぐに遊びの方に夢中になっていく。琥珀はその様子を見て微笑んだ。
「――そうだ。これ」
誰も琥珀たちの方を見ていないことを確認してから、琥珀は施設長に封筒を手渡した。中にはさほど多くはないが紙幣が入っている。この施設の運営は公費でまかなわれているが、それだけでは厳しく、寄付を募っていることもあることを琥珀は知っていた。けれど私情で予算を増やすわけにもいかない。だからこれは琥珀が自由にできる金を寄付として渡しているだけだ。
「こんなにたくさん、貰えないわよ」
「気にしないで。賞金は戦闘に出た人全員で山分けって規則は守ってるし、私だけの分だからそんなに多くはないんだけど……」
他国との戦争に勝てば、国に入る金とは別に、個人に幾許かの賞金が出る。個人に出た金は自由にしていいというのは玉髄の時代から続く悧国の規則だ。
「でもこれ、今までの分全部なんじゃ」
「あんまりお金使わないから、貯め込んでおくよりは使ってもらったほうがいいと思うし」
施設長は暫く何か言いたそうにしていたが、やがて琥珀の申し出を受け入れて封筒をしまった。
「――施設長、準備できました」
そんなやりとりが終わったところで、二人の後ろから明るい少女の声がした。それに反応して振り返った琥珀と少女の視線がぶつかる。
「琥珀……様?」
「様とかいいよ別に。同い年なんだし」
少女の名前は
「準備できたのね。それじゃあ――」
施設長と螢のやり取りを聞いて、琥珀は確信を得る。螢は今日この施設を出ていくのだ。その引越しのための準備が終わったことを施設長に言いに来たのだろう。
「実は、住み込みで働ける仕事が決まって……まだ学校もあるんだけど、仕事先からの方が学校が近いから、越してきたらどうかって言われたの。仕事もまずバイトとして始めてもらって――って」
「そっか。よかったね」
螢は以前から武器を作る仕事をしたいと言っていた。その希望が叶った形らしい。この施設にとっては、近衛兵たちを除けば久しぶりに円満な旅立ちということになる。
「いつか琥珀たちの武器も作れるかな。早く一人前になれるといいんだけど」
螢の表情が曇った。遺伝子操作児である以上、螢は一人前になる前に命を落とす可能性すらある。現状、近衛兵たちを助ける方法さえわからない中で、螢に無駄な期待を持たせるようなことも言えなかった。
「琥珀もみんなもすごく頑張って戦ってくれてるから、私も頑張ろうって思ったんだ。ちゃんとお礼が言いたかったから、今日会えてよかった」
「うん、私も」
螢はすごい――琥珀は素直にそう思った。何もない自分とは違って、螢は自分自身のやりたいことをしっかりと持っている。その命があと数年のうちに失われるとわかっていても、その目には光が宿っていた。
そのあと螢は職員たちに花をもらったり、子供たちから折り紙で作ったプレゼントをもらったりしていた。けれどここを出ていくような年齢になったということは、終わりが近付いているということでもある。それを思うと、琥珀は胸の奥にちりちりとした痛みを感じた。
このまま何もせずにいたら、別れは避けられない。けれどこの理不尽な世界の壊し方は何も思い付かないままでいるのだ。
「じゃあね、琥珀。いつかみんなの武器を作れるくらいの職人になるから」
螢は明るく笑う。けれどその日は巡ってこないのではないか――そんな予感が頭をよぎり、琥珀は上手く笑うことができなかった。