Hertz-Maschine @ Metropolis   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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偽りの王

 天青が振り下ろした刀を琥珀が鉄扇で受け止める。そのまま天青は逆の手でHertz-Maschineに接続した。虚空から現れた二匹の狼から距離を取るため、琥珀は後ろに向かって跳んだ。

 召喚獣とか聞いてないんだけど――思わず素に戻って叫んでしまいそうになるのを琥珀はぐっと堪えた。正規の使い方をしているのは琥珀の方なのに、未だその力を引き出しきれていない自分。それに対して獣を召喚するなどという高難易度の技を使うことができる天青。これが血筋の違いなのか。王の血を引いた嫡子と、どこの馬の骨ともわからない捨て子の自分。どちらが王に相応しいかは琥珀が一番理解していた。

 天青は狼を召喚するだけしておいて目立った攻撃はして来ない。琥珀が普通に防げる攻撃に留めているように見えた。時間稼ぎをしたいのはお互い様だ。そしてその時間稼ぎで塔の人間の興を削がないように派手な動きは見せたい。これは戦争であっても所詮は見世物だ。それはわかっているが、明らかに手加減されている現状は腹立たしかった。

「舐めやがって、クソ兄貴が……!」

 Hertz-Maschineによる召喚は体に負担がかかる。発作を隠しながら戦う琥珀がその技を使うことができないのもおそらくわかっているのだ。わかっていてこんな真似をするのは、見せつけるつもりなのか。どちらが王の資質を持っているのかを。

「逃げたアンタに何がわかる!」

 自分の体の状態を隠しながら、血が合わないから、使えば使うほど体に負担をかけるとわかっていても王の力を、Hertz-Maschineの力を使うのは、目指している場所があるからだ。

「――答えろ、Hertz-Maschine」

 心臓が早鐘を打つ。体に、特に循環器に負担をかけるHertz-Maschineの使用は発作中の肺にさらに軋むような痛みを与える。けれどあと少し持ち堪えられればいい。時計はあと三分でこの戦闘が終了することを示していた。

「本物の王は、私だ――!」

 天青が召喚した狼と天青の間にある見えない繋がりを断ち切り、強引に自分自身にそれを繋ぐ。そのまま琥珀が狼の目の前に手を出すと、狼は尻を落として、まるで琥珀が飼い主であるかのように顔を上げた。琥珀が鉄扇を振り下ろすと狼たちは今度は天青に向かって飛びかかる。

 天青が冷静に身を引くのと、終了を知らせるブザーが鳴り響くのは同時だった。琥珀は左手を握りしめてHertz-Maschineとの接続を切る。Hertz-Maschine経由で召喚されていた狼たちはその瞬間に霧となって消えた。

 望んだ結果は得られた。双方多少傷を負ってはいるものの死亡(ロスト)は一人もいない。けれど琥珀は人知れず唇を噛んだ。

(舐めやがって、クソ兄貴が――)

 明らかに手心を加えられていた。召喚獣よりももっと直接的な攻撃方法はいくらでもあったのにそれを使わなかった。派手な動きを見せつつも攻撃力は抑えることは琥珀の作戦でもあったが、天青は結局琥珀にかすり傷ひとつつけなかったのだ。

「――わかっただろう。お前は王に相応しい器じゃない」

「っ……! 逃げたくせに勝手なこと言いやがって……!」

 すれ違いざまに天青に言われ、琥珀は思わず声を荒げた。叫んだ瞬間に喉が焼けるように痛む。でもここでは駄目だ。自分が既に遺伝子操作児特有の致死性の発作を発現させていることは誰にも知られてはならないのだ。琥珀は軽く口を押さえて咳き込むのを堪えた。

「……その体でこんなことを続けてれば、遅かれ早かれ死ぬぞ」

「死ぬ覚悟がなくてここに立つ馬鹿がいるか!」

 ここは見世物に成り下がっているけれど戦場だ。人の首を飛ばすということは自分も同じことをされる可能性があるということだ。天青はそれ以上は何も言わず、長い上着の裾を翻しながらその場をあとにした。その背中を睨め付ける琥珀に燐灰が駆け寄る。

「琥珀……!」

「燐灰。発作は大丈夫だった?」

 戦闘中とは違う力の抜けたような微笑みを浮かべた琥珀の腕を燐灰は強く掴む。琥珀は大きな目を見開いた。

「――あの薬は、本当は琥珀のだったんじゃないの?」

「何言ってるの? 私はまだ発作出てないし……この中で一番若いんだよ?」

「橄欖の例もあるから年齢なんて目安でしかないでしょ。――ごめん、さっき戦闘中に見ちゃった」

 燐灰は琥珀にしか聞こえないような声で言う。琥珀が他には聞かれたくないことを理解しているのだろう。

「……それでも、止まるわけにはいかないの」

「それはわかってる。琥珀の気持ちを無視するつもりはない。でも――自分の薬はちゃんと自分に使って。わかった?」

 琥珀は頷いた。けれど燐灰は本当にわかっているのだろうか。発作を抑える薬は悧国内にはほぼ出回っていない。かつて玉髄が確保した分にも限りがある。製造ルートも流通ルートも押さえようとしてはいるが、比較的内部の治安がいい悧国内には流れてこないのが現状だ。

 可能性があるとすれば、王の空位が続き無法地帯と化している霜国だ。そして天青たちは現在、その霜国を拠点としている。時間稼ぎをしたのはそういう理由もある。

「……他のみんなには黙ってて」

「琥珀、でも」

「今やめるわけにはいかないの。それに、私も――塔に行ければなんとかなる」

 目指しているところは近衛兵のほとんどが同じだ。遅かれ早かれ近付いて来る死の刻限を遠ざけて、生きるために戦っている。そこに余計な思いを上乗せしたくはなかったのだ。

「――わかった。じゃあそろそろ戻ろうか。みんな待ってる」

 

 

 王の空位が続き、いくつもの戦闘集団が乱立する霜国。その一角にある薄暗い根城(アジト)で、天青はゆっくりと足を組み替えた。

「随分遅かったな」

「質の良いやつ手に入れるの大変なんですよ。この国、薬の類は出回りすぎるくらい出回ってるが、粗悪品も多い」

「それはわかってる。こっちが要求してるのは100%の純正品だ」

 天青の前に座る男はテーブルの上を滑らせるようにケースを天青に渡す。それを受け止めたのは藍晶だった。ケースを開けて中身を調べる。

「うん。これはちゃんとしたやつだね」

 取引は成立。言われていた金額を詰め込んだ鞄を菫青が男に渡す。しかし男は口元に笑みを浮かべた。

「このままただで渡すってわけにはいきませんなぁ」

「金は言い値で用意した」

「いや、気になるんですよ。だってこれは遺伝子を弄ってない人間には必要のないものだ。それをこんなに沢山どうするつもりなのかと思って」

「持っていると色々使えるんでね」

 実際、薬がほとんど出回っていない號国とも繋がりがある天青たちにとってはいざというときの交渉材料にもなる。そしてもうひとつ、薬がほとんど手に入らない国は――悧国だ。

「あの物騒な妹と交渉でもするつもりですか?」

「お前、あれが話の通じる人間に見えるのか?」

 交渉事は近衛兵の他の人間に任せていることも多いが、悧国の利益にならないことには決して首を縦に振らない。それどころか交渉相手の首を物理的に飛ばしかねない。

「それに交渉するようなこともない。あれはやがて滅びる国だ」

 玉髄が斃れたときにとうとうその時がやってくると思っていた。だがそれは琥珀が王になることによって、そして琥珀が組織した近衛兵が勝利を続けることによって阻止された。今も悧国は一度の敗北が亡国を招く瀬戸際に立っている。おそらくそれを一番自覚しているのは琥珀自身だろう。文字通り、生き残るためには勝ち続けるしかないのだ。

「すこぶる順調に見えますがね、こちらからしてみれば。曲がりなりにも兄の目で見れば違うのでしょうか」

「――ここに琥珀がいたら今頃首が飛んでたぞ」

「嫌われている自覚はあるんですね」

「昔は慕ってくれてたのにねぇ」

「おい」

 軽口を挟んだ藍晶を睨め付け、天青は溜息を吐く。嫌われても仕方のないことをしたのは事実だ。そしてその理由を今、琥珀に説明するつもりはない。

「悧国との交渉にも使わないとなると、一体何に使うつもりなんでしょうね?」

「何が言いたい?」

「悧国の王は自身にまつわる重大なことを隠しているのではないか――という噂が最近出ていましてね」

「隠し事の一つや二つはあるだろう。玉髄のときは金の流れすら不透明だった」

 心当たりはある。琥珀は仲間たちにすら隠していることがあるのだ。そしてそれが公になれば、現在は悧国という勝ち馬に乗ったつもりでいる塔の人間たちは掌を返すだろう。おそらくは琥珀を王に祭り上げた悧国の人間たちも。

「この薬は、彼女のためのものなのでは?」

「馬鹿なことを。だいいち仮に琥珀に渡そうとしても突き返されるのがオチだ」

「そうですか。ではそういうことにしておきましょう。ですが――次はお互いに手加減なしの勝負が見たいところです。見世物でも、戦争ですから」

 ここでこの男を殺すのが得策か。表情では悟られないように考える。だが琥珀に手を貸す義理があるわけではない。あの国は早々に解体された方がいい。そう思っているのは変わらないのだから。

「あれは號国から『負けなければいい』と言われていたからそうしたまでだ」

「では次は本気が見られると期待していいんでしょうかね」

「依頼次第だ。こっちは国に属してるわけじゃないんだ」

 霜国にいるのも、王のいない国は無法地帯と化しているから根城にしやすいだけだ。どの国にも肩入れをするつもりはない。

「でもわかっているんでしょう? Hertz-Maschineに血が適合する人間は少ない。だからこの霜国は王がいなくなった。だがあなたなら、今すぐにでもこの国の王として立つことができる」

「王位には興味がない。そもそも興味があったら国を出ないだろう」

「それもそうですね。しかし……そう考えると、彼女はよく血が合いましたね。元々捨て子のはずでしょう?」

 合ったのではない。おそらくは――合わせたのだろう。だが天青は自分の知っているHertz-Maschineの真実を他人に漏らすつもりはなかった。

 Hertz-Maschineは本来は塔の中のシステムを動かすための機械だ。しかしその機能の一部を、塔に入ることのできないスラムの人間にも恩恵として与えている。その恩恵を受け、スラムの国々を統治することを求められているのが王の血筋の人間――というのが一般的な理解だ。けれどHertz-Maschineを動かせる王の血筋の人間だけはそこに嘘が含まれていることを知っている。

 だがその真実を全ての王が隠している中で言ったとして、誰が信じるだろうか。

「流石に空位が二国に渡るのは問題だとHertz-Maschineが判断したんだろう。玉髄とこはくは血は繋がっていないが、養子として正式な親子として登録されているわけだし」

「ですが、號国の王はお怒りのようですねぇ。まあ二軍とはいえあっという間に潰されてしまったのは事実ですし。……選ばれた血を持たない者が王になるのは許せない人みたいですから」

「だったらさっさと自分が出ればいいと思うんだがな」

 先日、天青たちを雇ったのも號国の王だ。負けなければいいと言いつつも、本来の王が偽王に打ち勝つところを見たかったのだろう。結局は引き分けに終わったが。

 天青が溜息を吐いた瞬間に、男が銃を構える。やはり初めからまともに話をするつもりはなかったようだ。そしてその後ろに誰がいるのかも読めている。

「――自分が表に出ないところは一貫してるな」

 男が引き金を引くのと、その首が飛ぶのはほぼ同時だった。仕込み刀の血を払い鞘に収めた天青は軽く舌打ちをする。

「こんな奴で殺せないのはわかってるだろう。――これは警告か、それとも宣戦布告か」

 男がやたらと琥珀の話を持ち出したところからしても、その存在を意識しているのは確実だ。そして琥珀も己が戦場に立ち続けることによって挑発を続けている。決して表に出ない王を戦場に引き摺り出そうとしているのだ。

「どっちにしろ敵になっちゃったね、號国も」

「そもそも味方なんていないだろ。この国どころか――この世界そのものが無法地帯だ」

 天青は受け取り手のいなくなった金と薬を回収する。その様子を見て、藍晶が言った。

「で、結局その薬どうすんの?」

「……緑簾あたりに渡せるか?」

「まあ渡せるけど、緑簾だと絶対バレるでしょ」

 おそらくは仲間たちも琥珀の現状を知らないだろう。薬を渡すことは、それだけで琥珀の秘密を暴くことにもなりかねない。協力してやるつもりはないが、わざわざ隠しているものを暴露する趣味もない。

「蒼鉛ちゃんなんかいいんじゃない? 軍医兼務してるはずだし。物分かりもいい方だし」

「そうだな……」

 いずれにしても、琥珀に薬が渡ったところで発作は抑えられても延命はできない。根本的な解決は、やはり塔に行くしかないのだ。塔の外の空気は遺伝子操作された人間には毒になる。

 

 なぜなら塔の外こそが、Hertz-Maschineが作用する場所だからだ。

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