Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
塔の外で育った人間は本当の空を知らない。屋上に登って上を見ても、そこにあるのは空高く聳える塔の足場でしかない。そこには誰かが戯れに投影した空の映像が映し出されているだけだ。Hertz-Maschineを使えば局地的に雷雨などを起こすこともできるが、それも自然に存在していたものを人為的に再現しているにすぎないのだ。
「なに黄昏てんの、琥珀」
「燐灰」
いつの間にか屋上まで上がってきていた燐灰が、少しだけ間を開けて琥珀の隣に立つ。燐灰のこの独特の距離感を琥珀は好ましく思っていた。
「本物の空ってどんな感じかなと思って」
「でもこれとあんまり変わんないって聞いたよ」
身も蓋もない。再現度が高いと言われているのだから、それは確かにそうなのだろう。けれどそこにあるのは空ではなく聳え立つ鉄の塊。本当の空はそこからどこまでも続いていって、先は宇宙に繋がっているという。途方もない話だ。でもその空の下ならば、このどうしようもない閉塞感も少しはましになるのかもしれない。
「燐灰、体調はいいの?」
「うん。今日はすごく調子いいよ。琥珀は?」
「私はまあまあかな」
近衛兵の遺伝子操作児の中で既に発作が出ているのは二人だけだ。けれど他の人も時間の問題ではあるだろう。
「もし本当にみんなであの上に行けたら、本当の空が見られるかな」
「……もしじゃなくて、必ず行くんだよ。みんなで」
命を賭けた戦いの目的は、ただ未来を手に入れるだけのこと。大人の都合で勝手に遺伝子をいじられて、うまくいかなかったから棄てられて。そんな運命に抗うために――他人の命を奪いながらも琥珀たちは進んでいる。
「必ず、ね。じゃあ本当の空が見られたら何する?」
燐灰の質問に琥珀は面食らった。塔に行くことだけを目的に進んできた。だからその先のことなど何も考えてはいなかったのだ。
「じゃあ宿題」
「宿題?」
「私たちが塔に行ける日まで、行けたら何するか考えておくの。どう?」
琥珀はしばらく考えてから頷いた。今は何も思いつかないけれど、そこが近付けば見えてくるものもあるかもしれない。
*
「宿題、か……」
部屋に戻った琥珀は天井を見上げて呟いた。未来のことはあまり考えたことがない。今を生きること、そして大切なものを守ることに必死になっていて、その先まで頭が回らなかった。
「私は、みんなが生きられればそれでいい……」
塔に行って、ただ馬鹿みたいに笑い合って、くだらない日々を過ごせたらそれでいい。その未来を手に入れるためにどれだけ血が流れようとも、その日が手に入るなら構わないのだ。
「――この宿題は難しすぎるよ、燐灰」