Hertz-Maschine @ Metropolis 作:深山瀬怜/浅谷てるる
「こんな遅くまで調べ物?」
「桃簾こそ」
「秋だからね、ちょっと捗ったからもう少しやろうと思って」
桃簾は琥珀にある調査を命じられている。玉髄は一体誰に殺されたのか。それを調べているうちに、気が付いてしまったことがある。
「……ここって、歴史資料のコーナーだよね?」
蒼鉛は勘がいい。蒼鉛には誤魔化さずに伝えた方がいいだろうと判断し、桃簾は資料を探しながら、蒼鉛に応えた。
「琥珀は何も知らされないうちに王になってしまったから……多分、王の役割の中でもわかってないことがたくさんあるのよ」
「充分やってると思うけどなぁ」
「表向きの運営はね。でも私は――王には別の役目もあるんじゃないかと思ってる。で、それを裏付けるために色々読み漁ってるというわけ」
「それと玉髄様のことが繋がるの?」
蒼鉛は一瞬納得できなかったようだが、やがて何かに気付いたように手を叩いた。
「王の別の役目が、玉髄様の暗殺に関わってるってこと?」
「私はそう睨んでるんだけど……その別の役目ってのがまだ掴めないのよ。もしかしたら天青さんなら知ってるのかもしれないけど」
琥珀の話では、Hertz-Maschineには天青の情報が登録されていたという。玉髄は天青を次の王にするための準備を進めていたのだろう。自分が死ぬ前に引き継ぎを済ませておいた方が国としては安定する。そのときに王の役目についても引き継いでいるのなら、天青なら何かを知っていてもおかしくはない。
「蒼鉛は? 何調べてるの?」
「何とか遺伝子操作児の延命する方法を考えてて。発作を抑える薬がたくさん手に入ったから、それを解析して複製もしてるんだけど、根本的な解決方法は今のところないから」
「そうだよね……燐灰も発作の頻度が上がってるように見えるし。間に合わないかもしれない……」
琥珀の前では言わないようにしているが、たとえ琥珀が戦争に勝利したとしても、近衛兵の中にはそのときまで生きていられない人もいるのではないかと思っている。いや、琥珀もおそらくそのことはわかっているのだろう。だけど考えないようにしている。全員を連れて行くという目標だけを見ているのだ。
「そうなっては欲しくない。――琥珀は、ああ見えて繊細な子だから」
「そうね。特に燐灰は、琥珀と昔から仲もいいし」
玉髄が作った遺伝子操作児の保護施設。近衛兵の全員がその施設出身である。琥珀は同年代の子供たちと遊んだ方がいいと判断した玉髄によって保護施設によく遊びに来ていたのだ。付き合いはそれなりに長い。長いからこそ、お互いに思い入れもある。
「私たちはしっかり立ってなきゃいけない。琥珀のためにも」
「そうだね。ふふ……でも不思議だね。まさか桃簾とこんな風に話をするなんて思ってなかった」
「はっきり言ってきたもんね。私のこと嫌いって」
蒼鉛と桃簾は昔は仲が悪かった。それは遺伝子操作児の保護施設において、桃簾だけが遺伝子操作児ではなかったからだ。玉髄が特例で、親から虐待を受けて彷徨っていた桃簾をその施設に入れたのだ。そこにしか入れられる場所がなかったのは事実だが、最初は随分居心地の悪さも感じた。けれど意地悪をされたわけではなく、遠慮がちにされていたというのが一番正確なところだ。腫れ物に触るような扱いを受けていた桃簾に直接はっきりと「嫌い」だと言ったのは蒼鉛だけだった。だからこそ、桃簾は桑園のことを好ましく思っている。それを直接言える人はなかなかいないからだ。
「自分はどうせ二十歳まで生きられるかわからないのに、この子はそんな心配いらないんだなって思ったらムカついちゃって。理不尽だったなって今は思うけど。ごめんね」
「もういいよ。蒼鉛の気持ちもわかるし。それに直接言ってくれたのは嬉しかったし」
ただ、蒼鉛と桃簾の不仲を知った琥珀は密かに気を揉んでいたらしい。のちに仲良くなったことを知ったときは本当に嬉しそうにしていた。
「今は……桃簾が長生きできる体でよかったと思ってるよ」
「そうなの?」
「私らはいつまで琥珀のそばにいられるかわからない。でも桃簾なら、長い間琥珀を守れるから」
「守るほど弱くもないけどね」
近衛兵の誰も、琥珀に戦闘で勝つことはできない。琥珀には戦いの才能があったのだ。おそらくは玉髄ですら気付いていなかったほどのものが。
「……もしここで私がみんなを長生きさせる方法を見つけることができたら、もう戦う必要もなくなる。私としてはそれが最善なんじゃないかと思ってるよ」
琥珀は本当は戦いなんて好きではないのだ。ただその才能があって、それを活かせる場所がたまたま与えられてしまっただけだ。けれど本人の幸せを望むのなら――それは開花しない方が良かったものなのかもしれない。
「今まで色んな人が研究してきて見つかってないんだから、本当に難しいとは思うんだけどね」
「でも、見つけられたら私もすごく嬉しい。それに琥珀も――」
琥珀は自分たちのことを一番に考えている。だからこそ、自分たちがやがては欠けていく運命だということからは目を逸らしている。誰一人欠けることなく助かることは現実的には難しいだろう。その現実が襲ってきたとき、琥珀は戦い続けることができるのだろうか。
蒼鉛も同じ不安を抱いているから、先程あんなことを言ったのだろう。
「あ、この資料とかなんか良さそうじゃない?」
蒼鉛が話を切って、棚から一冊の本を取り出す。かなり古い本だ。桃簾はそれを受け取り、ぱらぱらとめくって見る。確かにそこには桃簾が望む情報の欠片くらいはありそうだった。
「さすが蒼鉛。これは確かに良さそう」
「ここのことは誰よりも知ってるから。じゃあ私あっちの棚の方見てるね」
今は使われていない言語で書かれた本がある棚を指して蒼鉛は言った。桃簾は蒼鉛の背中を見送ってから、蒼鉛が選んだ本を再び開いた。