声をかけられて画面から顔を上げる。どうやら何度か呼びかけていたようで、少し泣きそうな相手は見知らぬ少女だった。
見覚えのある制服から察するに高校生のようだが、同級生の女性たちとは何もかもが違った。
一番に目を惹かれたものは目尻の下がった丸い瞳だったが、黒髪が重たいと感じないように明るい肌の童顔を見せているせいで幼く見える。
彼女の同級生たちは彼女を妹のように思っているのかもしれない。そんな在り方が許されている雰囲気を感じた。
「あの」
再び彼女の声に引き戻される。
「突然に思われるかもしれませんが、好きです。付き合ってはくれませんか」
そして、俺は再び彼女から意識を逸らした。
いや、どういうことだろうか。彼女と出会ったのは間違いなく初めてだ。俺が気づかなかっただけで、彼女もこの店の常連なのかもしれないが、他に接点はない。
普通、話したこともないやつに声をかけるだろうか。学校の初日とかならあり得るが、いや日常で見知らぬ人に声をかけるのは、困っている時か困っていそうな時だけだろう。
少なくとも俺の周りはそうだった。周りにいる人間は両親しかいないが。
こういう時はどうすればよいのだろう。その答えは対人経験がマイナスの俺には出せそうにない。
「だめ、ですか?」
ここで妹的存在の涙目と上目遣いは軟弱な全男子高校生の理性を殺すに違いない。現に俺が殺された。
殺されたが故に、何も口にすることができなくなっている。その反応を彼女は拒絶と受け取ったのだろうか、涙が溢れた。
「ちょ、な、なくの」
気取ったような心の声とは裏腹に、俺の口から出てきた声は気弱なものだった。
みっともなく目線を動かす俺を冷ややかに見ている客の視線を感じる。俺以外には彼女しかいないのだから幻覚のはずのそれは、俺の罪悪感をかきたてる。
唸りたくなるのを抑えて、ひとまずは声をかけなければならない。
「つ、きあうのは、待ってほしいけれど、友だちとしてなら」
自分を殺したくなった。
どうして、頭の中では文が踊るのに声にすることができないのだろう。
俺は何度だって、こんなシチュエーションを望んでいたはずじゃないか。その度に理想的な誘い文句を考えていたはずだ。
どうして、その言葉を今、言わないんだ!
「そ、それでも、いいです! よろしくお願いします!」
うさぎが跳びはねるような可愛らしい声に、俺はようやく彼女に意識を戻した。
あまりに明るい彼女に、俺は少し気後れする。その間に、俺の正面の席に座っていた。
「それでね、連絡先を交換してほしい、な」
頬を染める彼女は、どこでも見られるような白いスマートフォンをもてあそぶ。
人生で初めて、俺は異性と連絡先を交換した。
「これで、いつでも連絡が取れるね」
そこで微笑む彼女をどうしてもあざといと思えなかった俺は、どこからどう見ても童貞丸出しの隠キャだった。きっと女性や経験豊富な野郎どもが見たら嘲笑するに違いない。
それでも俺にはどうでもよいことだった。
可愛い異性の友だちができたこと、その友だちから好意を向けられていること、毎週日曜に会えるということの三つで、浮き足立ってしまうのだから。
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