プラチナランクの初戦の日が来た。研究者のお陰でどうにか加減が出来るようになり、ホッとしている。吹き飛ばしと拘束だけでもやれるとは思うが、時間がかかる。負けてしまうリスクが出るからだ。
「ヒュー!」
950年度シーズン4の初日ということもあり、遠い控室からでも盛り上がりが分かる。アイドルとやらが来ているのも大きいだろう。露出度の高い衣装と艶めかしい踊りで人気があるのだとか。男ならハマるだろう。古い時代の人間でも間違いなく。
「グリムリーパー様」
廊下にいる案内役の女が魔法総合格闘技での呼び名を言った。
「そろそろ行きましょう」
控室から出て、腰付近に翼が付いている鳥のような女に付いて行く。表に出ることがないのか、スーツとやらの格好だ。真面目な印象が強い。
「どうぞ。ここから戦いが始まります。熱きファイトを期待しております」
このドアの向こう側に戦場がある。その証拠に観客の歓声、いや振動を感じる。確かに自分は戦ってきた。強い者を倒してきた。だがこれは違う。生きるか死ぬかではない。たくさんの好敵手とともに切磋琢磨をする。こういったものはあの頃にはなかった。
『来ました! 新人選手のグリムリーパー!』
フィールドに入ると、眩しい光と溢れる歓声に圧倒される。女の実況者が叫ぶと、更に会場が熱くなっている気がする。周りを味わうのはこれでおしまいにしよう。
既に向こう側に相手選手がいる。名前は確かフレイムボムだったか。黒いふと眉と髭、サングラスをかけている中年の男だ。人間の遺伝子が強く出ているのか、魔族の特徴がない。恰好はシャツとズボンで、かなりシンプルなように思える。
「俺と同じで人間の遺伝子強く出てるのか。まあよろしく頼むぜ。試合じゃ容赦しねえけど」
口元が笑っている。かなり軽い感じだが、魔力量が多い。油断は出来そうにないだろう。
「こちらも容赦はしない」
近付いて握手を交わしたら、何故か更に盛り上がっていた。何故だろう。
「まあこういう展開にヨエーからな。気にすんな」
フレイムボムは長年参加していると情報誌に載っていた。慣れているのも納得だ。
「おっと。そろそろ定位置に行っとけ。始まらねえのは大問題だ」
確かにずっとこの位置にいるのはよくない。教えられた位置に行こう。
「そうだな」
白く光っているところを踏む。フレイムボムを観察する。武器を所有していない。いや。魔法で作るタイプだったから、最初から手ぶらで当然か。瞬時に仕掛ける可能性を考慮して、最初からフルスピードで行くしかないだろう。
『5、4、3、2、1、デュエルスタート』
抑揚のない電子の声の合図と同時に魔法を使う。一時的に身体能力を強化し、加速させるものだ。念のため、感知の魔法も使用する。3つ以上同時使用しないと、対処がしづらい。どんどん魔法を使っていこう。
「はええ!?」
フレイムボムは驚いている様子だったが、瞬時に何か仕掛けてきた。真正面から攻めるつもりだったが、一旦引くしかない。解除のために、魔法の矢で透明のものを当てる。当たったのか、爆発音が響く。火薬の匂いは予想よりもしない。奴は恐ろしいものを使っている。
「驚いたな。まさか2つどころか、3つ以上も同時に魔法を使ってやがる。またやべえ新人が入って来るとはな。はー……付いてねえ」
話している間にいくつも罠を仕掛けているだろう。器用な男だ。少し気になる部分があるから、質問をしておこう。
「その新人はオフィウクスのことか」
「正解だ。まああの女王様は有名だからな。誰もが知ってることか」
地面から何かが来る。ここは高く跳ぼう。ついでにライトバレットと呼ばれる光の魔弾を作る。フレイムボムが作った全てを破壊しておこう。土煙で奴の位置が把握しづらくなるが、大した問題ではないだろう。発している魔力で分かる。あそこか。
「ゲッホゲッホ! 容赦なく壊してるな!?」
「当たり前だ」
「やっべ!」
隙を見つけて、奴に付与しているプロテクトオーブを1撃で破壊する。腹パンとアーリーが言ってたか。普通なら痛いかもしれないが、あそこまで……これ以上はやめておこう。色んな意味で奴は大丈夫だろう。
『グリムリーパー、3点獲得。再び付与するまで』
とは言え、俺の方が有利であることに変わらない。フレイムボムは多少焦っては……この笑みは不自然だ。何か変だ。右肩に違和感が。
「しまった!」
油断をしていた。ただフレイムボムは攻撃を受けただけではない。右肩に爆弾をくっつけていた。蜘蛛のような不気味なものが張り付いている。
「親切に教えてあげるぜ。それ外したらドカンだからな」
奴のことだ。いつでも爆破が可能だろう。しかも外してもとなると……性格が悪い。プロテクトオーブの再付与の時間が終わる前に、距離を取っておこう。付与が終わったら、試合が動き始めるからだ。
「おい。今、何考えた」
バレていたか。素直に答えよう。変に誤解されたらマズイ。
「……タチの悪い魔法だと思っただけだ」
「だろうな。だからこそ、おっさんにとっちゃ良い魔法なんだよ。この歳じゃ、動くのにも限界があるしな」
フレイムボムの戦略は歳に合わせて変えているのか。これは参考になりそうだ……と感心している場合ではなかった。周囲に透明の爆弾か。足元にもある。逃げ場は……ない。それなら全てを壊せばいい。身を守ればいい。得意ではない魔法だが……これが最善手だ。詠唱するぐらい苦手だが仕方ない。
「黒い薔薇の棘よ。針のように鋭く。槍のように貫け。四方八方に広げよ」
派手に雷でドカンすればいいのだが、観戦客が巻き込まれる。正直こういう召喚に近い類は使いたくなかった。肩にあった邪魔者を対処。血が出ているが、たいしたことではないだろう。そろそろ軽くジャンプしておく。これで足元は安全になった。ついでだ。雷を落とす。
「げ!?」
あくまでも場所を把握し、一時的にマヒさせるために撃ったものだ。オーブを破壊出来るほどの威力はない。いた。あとは本命を放つだけだ。指先から黒い雷を撃つ。
「いってええ!」
これで奴のプロテクトオーブを破壊した。痛みはあるようだが、怪我はしていないみたいだ。実戦でも加減は出来ていることが分かり、ひと安心だ。
『グリムリーパー。3点獲得。5点先取。試合終了とします。勝者、グリムリーパー』
そして試合が終わった。あっという間だ。僅かな攻防で決まるのは変わりないが、
「完敗だぜ。やるな。お前」
「選んだ択が当たっただけだ。リスクもそれなりにあったしな」
「よく言うぜ」
こうして終わった後に握手を交わすことなんてなかった。互いに称えることも初めてだ。全力を出し切っているわけではないが、清々しく勝利を手にする。歓声が心地いい。これほど気持ちの良いとは。
「いやーこりゃ楽しみになってきた。予想が出来ねえってのはおもしれえってことだ。ただ今シーズン、お前と再戦出来ねえのが残念だけどな」
リベンジマッチという奴だと理解した。戦略家のフレイムボムのことだ。今回とは違う方法で挑んできたのかもしれない。そう考えると、本当に油断の出来ない男だ。
『グリムリーパー! フレイムボムと話してないで、報酬を受け取ってくださーい!』
女の実況者の声で現実に引き戻される。
「誰がおっさんだ!」
『おっさんなんて一言も言ってないんですが! そりゃ思ってますが!』
フレイムボムが抗議しているわけだが……年齢を考慮すると、おっさんと言われるのも無理はない。口に出さないが。
「こんなナイスガイな爆弾使い、いねえだろうが! 20年前の記録を見ろ! あの頃はイケてたぜ!?」
キリがない。奴のことは無視しよう。あの様子だと大きい声で口喧嘩するだけだ。その間にフィールドにいる眼鏡をかけている悪魔のような女から報酬を受け取ろう。
「グリムリーパー、おめでとうございます」
「ありがとう」
初めての勝利は手渡しで報酬を受け取る形式だ。黒い紙の封筒に札束が入っている。
「次回以降の勝利報酬は口座に振り込ませていただきます」
次に勝った時は口座とやらに金が入って来る。自分のものはないため、アーリーの口座にしている。ある程度は予想しているだろうし、驚く事はないだろう。事前に説明を受けているから、これで報酬を受け取る儀式は終了だ。あちらの方はどうなって……特に変化はなかった。
「はあ……」
悪魔のような女がため息を吐いた。背中から何かを取り出した。紙の扇というものだ。黒い。そして何故か光っている。魔法を使って。
「いい加減にしてください」
容赦なく扇でフレイムボムの脳天を叩いた。無防備だったのか、気絶している。観戦客が大爆笑している。
「すみません。せっかくのデビュー戦だというのに……最後がこういうので」
女が謝罪してきた。頭を下げてまでやっている。申し訳なさがにじみ出ている。
「いや。気にしていない」
生と死どちらかが決まるものではない。鍛錬のようにガチガチの固いものでもない。正直こういう終わり方もありだと思う。平和だからこそなのかもしれない。