団体戦で事件が起きた後、個人戦を見る奴らが少なくなったように思える。関係性がないはずだが、気になる奴もいるのだろう。ニュースとやらで批判が出まくっていたからだとアーリーが言っていた。恐らくそうなのだろう。
「おーい。グリムリーパー、余所見してる場合か」
そうだ。今日はスピリタスとの試合だ。既に戦場にいる。そのことを忘れていた。戦士として失格だ。
「すまない」
「ま。こんだけ少なくなったら、気にするのも無理はねえか。まあ俺としちゃ、やることは変わらねえ。やっちまおうぜ?」
既に試合開始の合図が鳴っている。このまま動かないのはよろしくない。
「ああ」
スピリタスの魔力が上昇している。その反面、足取りが拙いというか、酔っぱらっているが正確か。先読みしたところで意味はないだろう。ならばこちらから攻めればいいだけのことだ。
「おっと」
流石に反応したか。酔っぱらっていたら、冷静な判断はそう簡単に出来ない。魔法で再現しているだけだからか。擬似的に酔っぱらって、強くする特殊な体質だと聞いてはいたが、これほど厄介なものだとは。勢いで攻めればいいだけの話ではない。
「おらよ!」
本気ではないとは言え、この速さについて来ている。この拳は防御可能だが、今後を考えると、避けた方がいい。魔力の消費は出来るだけ控えたい。今のスピリタスは準備運動の段階だと経験で分かる。
「やりづらいな!」
しかし酔っぱらっているが故、先読みがしにくい。ゆっくりだと思ったら、急に速くなったりしている。緩急自在にやられると対応に困る。早めに決めておきたいところだが、そう簡単に隙を見せないだろう。本気の戦いなら、最初で決着付けられたと思うが、これは競技だ。かなり難しい。
「ふー……ようやくいい感じに出来てきたぜ」
急に動かなくなった。殴り合いが止まったのは何故だ。この感じは感知魔法を使うべきだろう。
「お。流石に気付いたか」
しくった。普段なら戦闘しながら、感知魔法も行えていたはずだ。このパターンを知っていたはずなのに……忘れていた。宙と地、どちらも十数個も魔法陣を作っている。
「知っているのと、出来るのと、別物ってこったあ。まあ。とりあえず派手にやられてこい!」
スピリタスが拘束の魔法らしき紐のようなものを使う。魔法の解除を使う。だがこれは準備のようなものだ。外しても問題ない可能性は十分にある。本命は天と地からの高火力の攻撃だ。確実にプロテクトオーブを破壊する手段なのは間違いない。
「ふぃー」
スピリタスがゆっくりと近づいて……魔法で加速して来た。避けながら今ある魔法の解除は厳しい。ある程度感覚が戻ってきているとは言え、反射的にやれるとは思えない。かと言って、フレイムボムで使った魔法ではだめだ。簡単な魔法で奴の動きを止めて、互いに1枚破壊するような状態にしておくべきだろう。詠唱が来た。
「天の涙は岩となり。泣きわめく。地に落ちよ」
簡単な転移でスピリタスだけ逃れられるようにする形なのは分かっていた。今がチャンスだ。魔法で小さい雷を発する。
「あで!?」
スピリタスの動きが止まる。そして宙から攻撃魔法が来る。巨大な岩を何回もくらって痛いが、これでイーブンだ。互いに同点というだけで十分だろう。
「いってえ。やってくれたじゃねえか。ま。お前なら当然か」
互いに似た笑みをしていたかもしれない。プロテクトオーブが再び貼られるまであと5秒。試合が終わるまでに何回か点を取って行きたいところだ。
「まだまだ戦いは終わらねえ。存分にやり合おうじゃねえか! なあ!?」
魔力を放出させる。スピリタスと同じ考えになっているとは思ってもみなかった。拳に魔力を込めている。スピードと威力の勝負だと理解しているからだろう。俺もだ。十八番が封じられ、試行錯誤している最中だ。察しの良い奴だから、フレイムボムでやったあれは使えないはずだ。シンプルにやるしかない。
「そうだな。だが」
懐まで近づく。スピリタスは両腕で防御を取るつもりか。この反応の良さは流石だ。それでも甘い。
「ここで決める」
防御するよりも前に、速く拳を撃つ。防御の魔法を使ったみたいだが、これで止まるほど甘くない。拳で貫いて、試合終了の音が鳴った。こうしてスピリタスとの試合が終わり、3日後に誘いを受けて、魔界に行く事になった。内容からして、ちょっとした打ち上げ会のようだと解釈していた。そのはずだった。
「まさか打ち上げ会をこういう薄暗い場で行うとはな」
普通はスピリタスが保有する酒蔵で行わないはずだ。祝うのなら表でやるべきだと思っているが、魔界はそういう文化を持たないらしい。
「んなわけねえだろ。こういうとこじゃねえと話し合い出来ねえだろうが」
とスピリタスはすぐに否定した。酒臭いので遠ざけたいが、無理そうだ。
「そうか。失礼した」
あくまでも表向きは打ち上げ会。正々堂々と明かせない理由は何だろうか。
「おーい。スピリタス。来たよー」
ウル達ウイングランが来た。スピリタスの顔見知りばかりなのは分かる。しかしプラチナピンクの短髪の老婆……確か長年の選手らしいブロンドランクのマーブルか。何故いる。
「ババアも一緒だったのか」
スピリタスが嫌そうに言った。知り合いみたいだが、相当苦手らしい。しかめっ面になっている辺り、そうだろう。
「たまたま会っただけさ。嫌なら何で呼んだのかね?」
「しょうがねえだろ。本当はフレイムボムが良かったんだぜ? 子供と食事に行くっつったら誰だって躊躇するってもんよ。それにお前は初期からいるんだ。知恵を借りない手はねえだろ」
フレイムボムを呼ぶつもりだったことを知った。そして意外にも子供がいることも知る。恐らく奴がいてもいなくても、マーブルはここに来ていただろう。長年いるからこそ見えていることもあるという理由でマーブルを呼んでいたから間違いはない。背に腹は代えられないという奴だろう。その辺りはマーブルも納得しているようだ。
「まあそれはごもっともだね。あんたは確か新入りのグリムリーパーだったかね。初めまして。私はマーブルと言ってね。ブロンドランクで参加させてもらってる1人の選手さ」
「グリムリーパーだ。よろしく頼む。いずれはお手合わせ願いたいところだ」
これは本音だ。初期からブロンドランクでずっと戦っていけているのは珍しい。老いを感じさせない素早さで相手に勝っていた動画をいくつか見た。あれは素晴らしいものだ。だからこそ、学びたい。そういうこともあって、ああいうことを言ってみたが、マーブルはどう受け取るのだろうか。
「あっはっは! まさかあの子と似たようなことを言うとはね」
豪快に笑っていた。良い印象を与えたかもしれない。
「あの子というのはオフィウクスですね?」
ウルが確認をしてきた。マーブルが縦に頷いているということは、肯定と捉えて良さそうだ。
「そうだね。あの子もストイックだから。プラチナ級なのに、何でか私のところに弟子入りしようとしてたぐらいに。まあ昔語りはここまでにしておくとして」
マーブルの視線はスピリタスに移る。酒の宴会でよくある賑わいや明るさといった雰囲気は既にかき消された。その代わりに重い雰囲気となった。
「ああ。分かってる。とりあえず座れ」
スピリタスの指示に従い、酒蔵の床に座る。
「お前たちをここに呼んだのは分かっているな」
何となく団体部門の件であると理解している。しかしこれが合っているとも限らない。どうしようかと悩んでいる矢先、
「僕達の試合のあれでしょ。じゃなきゃウイングラン全員呼ぶ発想にならないわけだしね。本当はナイトフォレストも誘ってたけど都合悪いっぽいし、僕達だけになっちゃったけど」
ケットシーがあっさりと答えた。どこかからゴソゴソと聞こえているが、気にしない方がいいだろう。
「とりあえず食べながら話そうか。真剣に話したところで解決するわけでもないからね」
ウルの鞄から金色の平たい皿が出てきた。黒い物体のような奴がせっせと菓子を取り出している。仮面を被っている奴は飲み物の用意をしちゃっている。こういう試合のないときでも、チームワークが発揮する辺り、流石と言ったところか。
「ごもっともだ」
スピリタスは困り顔になりながらも、菓子に手を出した。俺もいただく。穀物の粉で出来た棒をちょびちょびと食べる。
「お前達はどう感じた?」
スピリタスの問いにリーダーであるウルが答える。
「今までにない感じだった。ある程度経験は積んでいるさ。獣を狩る者としてね。でもあれは何て言うかー……うーん」
悩むウルに確かマスクマンという名の仮面の男が助け舟を出す。
「自然由来を再現したものではないがもっとも正しい表現だと思いまする」
ウルは指でパチンと鳴らし、すっきりとした顔で言う。
「そう。それ。色々と弄ってるって感じだったんだよ!」
「運営側が用意した新しいタイプの魔獣なのかもしれねえな。観客も俺らも変化を求めてるわけだしよ」
そう言ったスピリタスは豪快に果実酒を飲んだ。マーブルがすぐに否定する。
「そういう変更は事前に選手側に告知してるはずなんだよ。魔獣の種類を増やす時だってそうだったと聞いてるしね。それで。ウル、事前告知はあったかね?」
「いやないよ。うん。ただのミスならまだいいんだけどね」
運営も失敗するときはある。原因を突き詰めて、それで解決出来ればいい。そのはずだが、ウル達の顔が暗かった。
「裏がないとも限らねえからな」
スピリタスの台詞にマーブルたちは頷いている。
「最近魔界も物騒でござるからな。この間、バエルで事件が起きたと聞いておりますぞ」
マスクマンが記事を見せてくれた。1週間ぐらい前に起きたらしく、犯罪組織が暴れたようだ。一般の人も巻き込まれ、2桁の被害者を出したと書かれている。
「あの時と似ておるからな。団体部門だけとも限らない。個人だってどう影響するのかも分からん。ああいう組織が関与となると、流石にブロンドランクは来ないだろうけど」
ランクが違うとはいえ、同じ競技のはずだ。マーブルに何故来ないと考えているのかを聞かなくてはいけない。
「マーブル、何故そう思う」
「ん? 金だよ。金」
マーブルはシンプルに答えた。その答えにスピリタスたちが賛同していた。ずっといるからこその発言を聞く。
「金の動きが大きいのはプラチナ級だからね。様々な企業があって、金の流れを作っている。そうなると、犯罪組織も目に付ける。そういうことさ」
何となくだが、経済という奴だと理解した。そして利用する悪い輩もいることを改めて学んだ瞬間だった。俺達が住む新人界と大差がない。
「金がたくさんあるところだとそうなるのか。魔界も変わらないな」
「変わらないとは思うけど、新人界の方が治安良いと思うよ。魔界の方がもっと血の気があるというか」
ようやく黒い物体のような何かが喋った。幼子のような声。白い布で全体を隠し、ピンク色のリボンが目立つ。この感じだと、強大な魔法を使える力量だろう。その反面、性格は温厚なのだと分かる。
「魔界は強さを第一にしてるからね。昔ほどじゃないから弱者でも安心して過ごせるようになってるよ」
ケットシーが教えてくれた。魔界の価値観は変化していないみたいだ。安心したというか、驚くべきか、その辺りは微妙なところだ。
「今の魔法総合格闘技は強者のガス抜きにもなってるからね。全部なくなるなんてこと、ないように祈るしかない」
本当はあるのではないかと思って、質問してみる。
「マーブル、何か案はないのか。年長者としての知恵はあるのだろ」
そう聞いてみたら、マーブルは嬉しいような、申し訳なさがあるような、複雑な笑みをした。
「頼ってくれるのは嬉しいんだけどないね。所詮わたしは選手でしかない。警察とかそういう職種は別になるだろうけど、あいにくそういうものに就いてない。グリムリーパーも傍観するつもりだろ。それでいい。下手に刺激しちゃいかんよ」
そうだ。確かに俺は強い。しかし選手でしかない今は何も出来ない。そして動いたところで、周りに迷惑をかけてしまうのがオチだ。悔しいがこれが現実なのだと痛感した。