個人部門で起きた殺人、またサミュエル・ルペスによるルール変更。魔界だけではなく、人界にもニュースとして話題に取り上げられた。サミュエル・ルペスは魔界の古い思想を持ち、今回は暴走したのではないかというのがネットでの見解のようだ。
「魔界も変わったからな。それが嫌だったんじゃねえの?」
世話になっているアーリーも似たようなものだった。それもあり得るのかもしれない。
「お前はどう思ってんだ」
何故アーリーは俺に聞いてくるのだろうか。魔界を知っているわけではない。むしろ今の情勢は知らない方だ。
「ショール。顔に出てんぞ。何で聞いてくるんだって」
ゲラゲラと笑った。アーリーにバレていたみたいだ。涙が出る程笑える内容だったかは不明だが、奴にとっておかしいのは確かだろう。
「そう固くなるなって。簡単に答えときゃいいんだよ」
簡単に答えていい問題ではない。そしてそれが戸惑いを助長させる。
「いやしかし何故俺に」
「あの距離で聞いた数少ないひとりだからな。ああいう場にいたからこそ、分かることだってあるだろ?」
サミュエル・ルペスが宣言した時を思い出す。感情の振れ幅が大きかった。戸惑いと悲しみ。ほんの少しの怒りの雷。いや。この答えはアーリーが望んでいるものではない。どう感じたのか。難しい質問だ。
「お客様がいらっしゃいました」
朝早くに抑揚のない声が聞こえる。客人が来るなんて珍しい。
「お前が呼んだのか」
友人の数を考慮すれば、不自然ではない。だからアーリーに聞いてみた。何かしら教えてくれると思ったのだが、意外にも困ったような表情を見せる。
「いや。今日はそういう予定ねえよ。ちょっと見に行ってくる」
穀物の粥を頬張りながら待つしかない。そう思って匙を持ったのだが、アーリーが険しい顔をして手招きをしている。何かがあったのは間違いない。
「何があった」
「魔界警察が来た。急いで出る支度しろ」
このひと言を聞いて、困惑しながらも、出る支度をした。魂魄学というものを学ぶつもりだったのだが、これは明日に回すしかないだろう。これぐらい手荷物さえあれば、問題ないはずだと思い、外に出る。
「待たせたな」
人界の警察は白い制服を着ているので、魔界のも制服に似た類を着ているものだと思い込んでいた。ドアを開けると、凶悪犯を取り締まったりするような恰好ではないことがすぐに理解した。白のシャツに肩出しの緑色のセーターとやらのものと紺色の短パン。魔犬の血が混ざっている人型と言ったところか。いやそれにしては強そうに見えない。茶色のたれ耳に中性的な顔立ちの男は予想外だった。
「いえ。こちらこそ朝早くからごめんね。グリムリーパー。初めまして。魔界警察の魔法調査部所属、リッチェ・ロハイオだよ。よろしく」
「こちらこそよろしく頼む。魔界の者が来るということはサミュエル・ルペスのことでいいのか」
「うん。色々と話を聞かせて欲しいんだ」
リッチェ・ロハイオがそう言っていたが、他にも何か聞きたい事があるようだ。奴について行き、魔界に到着。透明なガラスで出来た建物の中に入る。地下で聞くのか、下っていく。
「フラウ、入るよー」
ただの壁かと思いきや、そうじゃなかった。壁とドアが一体化していたみたいだ。驚きながらも部屋に入る。こじんまりとしていた。会議をするような広さはない。むしろとても狭い。机を真ん中に置き、小さい椅子を数個配置するだけで精一杯と言った感じだ。
「連れてきたよー」
そして見覚えのある奴らが2人いた。オフィウクス、女の実況者。どちらもサミュエル・ルペスの宣言時にいたため、この場にいるのも納得だ。
「お前がグリムリーパーか」
犬歯が見え、耳先が尖り、青に近い黒髪の男がフラウだろう。長い脚を組んでいる。戦い慣れていそうだ。いつかは手合わせ願いたいところだが、職業柄厳しいはずなので諦めるしかない。
「ああ。どれぐらい協力出来るのかは不明だがよろしく頼む」
席に座り、聞き取り調査が始まる。
「まず試合を見てどう思った。データを集めようとしたがダメだった。映像もサミュエル・ルペスが消去したのか、公式サイトに一切ない」
上の立場ということもあり、情報を操作していた。警察が調べて来ること自体、読んでいたことが分かる。この時代だと警察が動くことを前提に作戦を考えないといけないようだ。
「その前にふたつ質問したいことがあるのですが」
オフィウクスが右手を挙げた。
「ひとつめは何故私達を呼んだのか。ふたつめは何故逮捕出来ないのか、教えて頂けると助かります」
それは俺も同じだ。フラウが苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「ひとつめの質問を答えよう。関係者がグルである可能性があるためだ。それに直接見て、尚且つ推察が出来るような選手は君たち2人しかいなかったのも大きい」
出来るだけ正確に情報を得たいからだと理解した。フラウの最初の質問で何となく分かっていたが、選手から意見を聞いて捜査に活かしたいのだろう。
「ふたつめの答えだが……証拠がない限り、逮捕することが出来ないからだ」
「弱点に突かれた形ですね」
オフィウクスの台詞にフラウは縦に頷く。悔しさがにじみ出ている。規則を利用した悪行のようなものだろう。昔の魔界の秩序に戻りたいのかもしれないが、あまりにも急すぎる。元からそうだったのか、何かがあって行動を起こしたのか、いやただの選手の身である今は考えたところで意味はない。
「試合を見て思ったことは最初から殺す気で臨んでいたことでしょう。その辺りはどう思う。グリムリーパー」
「同じ考えだ。それと違和感があった。攻撃した時、いつもと違う何かを感じた。あの時は気付かなかったが……プロテクトオーブという付与魔法を解除していたな」
冷静に振り返ってみると、頑丈なはずのプロテクトオーブという防御を付与したものが剥ぎ取られていた。自分の視点はそうなのだが、隣にいたオフィウクスはどうなのだろうか。
「そうだな。付与魔法の解除、殺傷力のある魔法の行使。この2つが重なることでオルカウンタが死亡したと考えて良さそうだ」
リッチェが透明の板を叩いている。メモをしているのだろう。フラウは感心しているように俺達を見ている。
「なるほどな。流石はトップクラス。俺達だと分からんことをすぐに答えられるとはな。もうひとつ質問だ。オフィウクスとダイーラ(恐らく実況者の名前か)、競技者としてこの行動はどう解釈する」
「わっ私もですかぁ!?」
予想外だったのか、ダイーラという女の実況者が慌てふためく。たれ耳が動いている。涙目になっている。相当だ。
「それなら私じゃなくて、グリムリーパーに聞くべきではないかと思うのですが」
ダイーラがそう言っているが、俺個人としては自分自身が返答者として含まれていない理由を分かっている。それを伝える。
「俺は新参者だ。経験が少ない。それ故、競技の暗黙の了解を知らない。だからフラウはお前たち2人に聞いてるのだと思うが……間違いないか」
フラウは無言のままだ。特に訂正する部分はないということだろう。
「ダイーラ。思ったことを言えば良い」
オフィウクスが微笑んでエールを送る。厳格なイメージがあったが、そうでもないみたいだ。
「えっとですね。魔法を無効化にする魔法の行使は可能なのはご存知ですよね。実際何人かの選手も使っていますし」
確かに選手の何人かは無効化にする魔法を使っていた。俺も使えなくはないが、普通に魔法でぶつけた方が早いし、そもそも処理が間に合わないからやっていないが。
「ですがプロテクトオーブに関しては別です。それがなくなったら競技自体成立しませんから。まあそもそもプロテクトオーブは防御でもあって、得点として加算する要素もある魔法ですので……どの選手も無効化をやろうとしないのが当たり前なんです」
プロテクトオーブはただの防御魔法かと思いきや、複合型の付与魔法だったのか。解説に載っていなかったから初めて知った。ルール上そういうものだと思い込んでいた俺が浅はかだったのかもしれない。
「なのでジャックナイフは最初からルールを無視して行っていたのだと思います。運営委員長が宣言した新しいルールのもと、やっていたと言った感じでしょうか。本性を見せずに登録を済ませ、本番に向けて準備したでしょうね。実況者という立場ですので……その当たってるかどうかは分かりませんが」
ダイーラは自信のない表情をしていた。緊張気味なのも伝わってくる。
「意見を聞いたのはこちらの方だ。言ってくれてありがとう」
フラウが礼を言った。それが理由なのかは分からない。だがダイーラの緊張がほぐれているのは事実だろう。
「試合に関することはここまでにしておきたいのだが、何か言いたいことを残している者は」
特に言い残したことがないのか、2人とも静かなままだ。
「よろしい。次に行くとしよう。サミュエル・ルペスについてどう思った」
次の話題に移った。サミュエル・ルペスについて。これはかなり難しい内容だ。どういった人物かなんて記事でしか知らない。個人部門の事件より前に顔を見たことがあっても、遠いとこから見ただけにしかすぎなかった。これはどう答えればいいのだろうか。