悩んでいる間にオフィウクスが右手を挙げた。何か確信を持っている。表情を見てそう悟った。
「私はサミュエル・ルペスと対談したことがあります。だからこそ断言出来る」
フラウが困惑する。いや。そこまで表に出していないのかもしれない。だがすぐに発言をしない辺り、そうなのだろう。オフィウクスは結論を出す。
「あれはサミュエルの魂ではない」
どういう意味だと思った。肉体が全て機能しなくなれば、魂は死の世界に向かう。逆に魂に異変があれば、肉体にも影響が出て来る。魂は肉体に結びつくもので変わらないもの。少なくとも俺自身はそう認識している。だからこそ、本人のものではないという結論に理解出来ない。それは恐らく、フラウたちもそうだろう。
「ちょっと待て。魔眼で魂を見たってことか。なんでもありかこの子」
魔眼持ちだという話はかなり有名。フラウも知っているのか、特に言及はしていない。問題は別だと考えているからだ。
「はい。以前会ったことがありますから。その時の魂がどういったものかぐらいは分かります。確かに冷酷な部分もあるが、温厚な人物像です。それは魂の色にも出ていた。形も全く異なっていた」
女の実況者ダイーラが信じられないと言った顔になっている。魂魄学という存在は最近になってから作られたもので、分析をしたり、修復したりすることが出来るという話を読んだことがある。だが魂を別のとこに移動することは不可能なはずだ。拒絶反応を起こすリスクがある。そう書かれていたはずなのだ。
「オフィウクスさん、いくらなんでも無理なのでは」
リッチェが恐る恐る発言をするぐらい、魂が変わるなんてあり得ない現象だ。フラウは半分納得している節があるみたいだが。
「不可能な理由として、倫理問題が絡むというのも取り上げられている輩もいる。裏世界との繋がり、金、その他諸々を踏まえると、いずれ魂の交換ぐらいは出来るようになっているだろう。オフィウクス、君もそう考えているのかい?」
フラウの確認、オフィウクスは静かに肯定の頷きをした。フラウは右の人差し指で眉間に触れ、ため息を吐く。
「そうか。リッチェ、調査班を編成し、裏世界の情報を洗い出せ」
「了解。すぐに実施するよ」
命を受けたリッチェが部屋から出てしまった。
「まだ証拠がない故、調べるしかない。煩わしいと思うかもしれないが」
謝るようにフラウが言って来た。
「いや。情報が私の魔眼だけです。魂は別でも肉体はサミュエル・ルペスのまま。そうなると世間からバッシングをくらうのはあなたたちの方。悪化する事態になるより遥かにマシですよ」
オフィウクスは冷静だ。視野も広い。そこまで年齢に差がないはずだが、ここまで差が出るものなのか。
「そうか。ああ。少し待ってくれないか」
端末に何か連絡を受けたのか、立ち上がったフラウは部屋の隅でやり取りを始める。
「ああ。奴に関する記述を見つけたのか。それで。やはりそうだったか」
何かを掴んだ。それ以外は何も分からない。通信を切って椅子に座った。フラウは真剣な顔になっている。
「資料室にある報告書でジャックナイフに関する記述が見つかった。それを君たち、いや特にオフィウクスに伝えておきたい」
何故オフィウクスにと思ったが、ルールが変わり、事実上の殺し合いとなったからだ。警察は市民を守るのも仕事。出ないよう忠告をするつもりか。
「ジャックナイフの正体は15年前に起きた魔界最大の犠牲者を出した殺人事件、通称魔女の夜の事件の主犯、ユークス・ジャイヤ。その他にも罪を犯した殺人鬼でもある。未だに捕まっていないことを知っているな」
ダイーラとオフィウクスは知っているみたいだ。あいにくこちらは何も知らない。あとで調べておくべきだろう。
「何故ユークス・ジャイヤとジャックナイフが同一人物だと?」
オフィウクスの質問にフラウが答える。
「やり口が同じだ。黒い霧。鎌。殺傷能力の高さ。そして何より、殺害後の習慣までも同じだった。血を浴びる。出来ない場合は肌に塗る。そして歌って踊って、どこかに去っていく。姿は全く異なっているが、本質は変わらないままだ。探ること自体、楽だった」
快楽殺人者というべき人物像。狂っている。戦士ではなく、殺人鬼そのものだ。
「そうか。いや。あの頃はまだ幼かったです。細かい部分まで教えてくれて助かりました」
オフィウクスが礼を言った。フラウはー……まんざらでもないみたいだ。頬を赤くするところまで行くかと思うが、オフィウクスは顔立ちが整っている。照れる奴もいるだろう。
「あ。ああ。そのだな。オフィウクス、君は次の試合相手がジャックナイフ、ユークス・ジャイヤだろ」
「そうですね。言っておきますが、私は普通に出るつもりですよ」
先手を打つように言った。というか。オフィウクスは普通に試合に出る気満々だ。怯えがない。かといって無謀かと言えば違う。
「お父さんがどう思うのかとか考えなかったのかね。良いとこ育ちだろうし」
フラウがここまで慌てるとは。普通はお願いを聞くだろうから、当たり前ではある。だが戦士にとって、受けない決闘はない。例え死ぬ末路になろうとも。この辺りは価値観の違いだ。戦争時に悪化した経験がある。今回も平和な時代とは言え、似た感じになりそうだ。控えておこう。言えるような立場ではない。
「残念ながらプラチナランクの者は棄権出来ない仕組みです。」
このオフィウクスの発言でフラウは頭を抱えた。他のランクにいる者は自動的に選手じゃなくなった。プラチナランクにいる者全員で殺し合えと言っているようなものが通知に書かれていたのだ。警察としては当然の反応だ。
「オフィウクス、策はあるのか」
さて。オフィウクスはどう答える。
「ああ。事実上のルール廃止だからな。使える魔法なら腐る程ある。それはグリムリーパー、お前もそうだろ。加減しても圧勝だ。本気でやれば、瞬殺だろ」
手段はたくさんあるということか。高火力の魔法をずっと封じてきたとか、加減で苦戦したと聞いていたから、予想は出来ていた。そして流石に手加減していたことを見抜かれていた。殺そうと思えば殺せる。それは否定しない。強力な魔法も扱える。だがこれは観戦客を巻き込みかねない。状況にもよる。そうなると答えはこれしかない。
「時と場合だ」
「そうか。それで今回のルール変更、どう思う」
個人部門プラチナランクのルール変更。その表現は正しくないだろう。階級制度を排除。魔法の力量を問わず、全員が殺し合う。生き残った者だけが勝ち。この考えはオフィウクスの好みではないだろう。しかめ面になっているのが良い証拠だ。
「そうだな。平和な時代に殺し合えと言われると戸惑う部分もある。だがルールが変わったところで変わりはしない。戦うだけだ」
この考えは遥か昔の時代で戦ってきたが故だ。相応しくないのは承知している。平和な時代に生まれ育った者、戦うしかなかった時代で生きた自分。本当の意味で俺は今の時代の人間になっていないのかもしれない。あの時は止めてくれと心の中で悲鳴をあげるような声を出していた。しかし今は受け入れてしまっている。戦士としての悪い癖がここで出ていた。染みついたものはそう簡単に消えない。オフィウクス、申し訳ない。こういう面もあるのが……俺という者だ。
「なるほどな。お前は受け入れられているのだな。新しいルールを。私にはまだそれが出来ていない」
予想通り、奴は新しいルールを受け入れられていない。当たり前だ。殺すことを慣れていないし、そもそも殺さない前提の競技だ。すぐに受け入れる選手はほぼいないだろう。戦えるが、戦士ではない。誰もが何かしらの職を片手に参加する奴ばかりだ。
「適応できなくてすまないな。グリムリーパー」
ひとつの感情ではない。複数のものが混ざっている。悔しさか。苦しさか。申し訳なさがにじみ出ている。どう言えばいいのだろうか。女にどう言えばいい。こんな経験をしたことがない。我が王ならこんな自分に助言をくれたかもしれない。何も言えない自分が情けない。
「オフィウクス、グリムリーパーはすぐに受け入れろなんて言ったか?」
フラウが何故オフィウクスに聞いたのだろうか。意図は何だ。質問されたオフィウクスは何かに気付いた。
「言ってませんね」
「だろ。ゆっくり考えればいい」
フラウが立ち上がる。
「聞き取りはここまでだ。ゆっくり休んでくれ。出入口まで送ろう」
これで聞き取りが終わった。魔界警察の建物から出て、すぐ家に戻った。誰もいない寝室のベッドで寝転ぶ。そしてガラではない考え事をする。
「はあ……」
この時代に馴染んできたと思っていた。けどそうではなかった。長年の考えはそう簡単に変わらない。そしてあの時、オフィウクスにどう言えば良かったのだろうか。